6話 失踪
それから数日後。
タカアキはいつものように散策という名のパトロールを行っていた。
「幼女、パーフェクト! ザッツ! ワンダホー!」
「ぎゃーっ!?」
「へんたいだー」
「君、ちょっと詰所までいいかな?」
勇者、逮捕される。
小一時間ほど、衛兵さんにお説教を頂いた勇者は釈放された。
「ふぅ、娑婆の空気は美味しいですねぇ」
「あの、おねえさん、いつも、ごしゅじんに、きびしいです」
タカアキを逮捕した衛兵は女性だ。
長い紫髪の女性で赤い瞳。
スタイルも良く美人であることから、何故に衛兵に就いた、と不思議がられている。
「まぁ、気を取り直してゆきましょう。私が逮捕される、ということは平和な証拠です」
そんな平和な証拠があって堪るか。
とはいえ、確かに王都ルネイサは平和であった。
特に大きな問題も無く。
冒険者たちも問題を解決するために日々、仕事に精を出していた。
衛兵は町の平和を護るのが仕事だが、冒険者は結果的に町の外の平和を解決している。
この両者がバランスよく活躍している国は治安が良いのだ。
「あ、あなたは……」
「おや、あなたは確か……」
「はい、ゼステルです。あの時はお世話になりました」
転生者ゼステル。
タカアキがお節介を焼いた者の一人。
テイマーであり、最上級の獣を使役する。
だが、彼の戦力たる従者の姿が見えない。
これは、いったいどういうことか。
「おや? 従者の皆さんは?」
「そ、それが……」
ゼステルは事情を言うかどうか悩んだ。
だが、結局はタカアキを頼ることにしたもよう。
「実は、フェイリーの姿が見えなくなって、探している最中なんです」
「それは穏やかではありませんねぇ」
「そうなんです。あの子は、僕から離れない子で……なので姿が見えないこと自体、おかしいんです」
「むむむ」
タカアキの脳裏に浮かんだ可能性。
それは、誘拐であった。
「誘拐された、という可能性は?」
「まさか。彼女はフェンリル。狼の中でも最上級の強さなんです」
「そのまさか、が起こるとしたらどうでしょう」
「……」
ゼステルもその可能性を否定してはいない。
というか、気付かない振りをしている、が正しい。
しかし、ハッキリと指摘されてしまえば、彼とて向かい合わないわけにはゆかないだろう。
「僕は、どうしたら……」
「テイマーの召喚スキルは?」
「試しました。でも、効果が無くて」
テイマーは契約中の獣を任意で召喚できる。
これができない、ということは繋がりが途絶えている、ということ。
即ち、従者との契約が何らかの方法で途切れている。
もしくは、転移阻害の檻に閉じ込められている。
最悪、従者が死亡しているかだ。
「ふぅむ、被害届は?」
テイマーの従者は残念ながら器物扱いだ。
なので、捜索の際には被害届として申し出なければならない。
「いえ、出してません。彼女たちは物じゃないんです」
「その考えは共感出来ます。そうなると衛兵さん方には……」
「はい、でも、オールさんたちが協力してくれています」
「ほう」
タカアキは素直に喜んだ。
ゼステルとオール。
両者は、どうやら、少しづつではあるが、お互いに歩み寄っているもよう。
「僕は断ったんですが、彼がどうしてもって」
「良い兆候です。頼れるなら、頼ってしまえばいいんです」
「むぅ……僕はそんな風に割り切れませんっ」
ゼステルは女の子のようにむくれた。
小柄なためか、少年にも見えるし、少女のようにも見える。
不思議な容姿を持っていた。
「むむむ、これは良い【男の娘】」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
タカアキは誤魔化した。
確かに逸材ではあるが、今はそれどころではない。
「ちゅん子」
「あい、おそらから、さがしてみますっ」
「お願いしますね」
ちゅん子は戦闘でこそ役に立たないが、その他に関してはタカアキよりも有能。
特に空を飛べる、というアドバンテージは唯一無二。
「ひょっとして、タカアキさんって……」
「えぇ、あなたと同じく本業はテイマーですよ」
「あっ……」
ゼステルは頬を赤く染めた。
―――何故染めた、答えろ。
「といっても、あなたほどの才能は無いのですが」
「そ、そんなことはないですっ! あなたほどの優しさの持ち主なら、獣たちも心を開くはずですっ」
「過大な評価、痛み入ります。でも、私は不器用でしてね。まんべんなく愛を注ぐのは難しい」
それこそが、ちゅん子のみを従者としている理由。
通常、テイマーは少なくとも三匹の従者を従える。
それは、テイマー自身が貧弱だからだ。
テイマーは従者を強化する代わりに、本人は弱体化の呪いを受ける。
ただし、従者を何匹従えても、弱体化の効果は変動しない。
つまり、従者は多いほど良いのだ。
タカアキは確実に弱体化の呪いを受けているが変態なので、あって無いようなものである。
何やら妙な雰囲気となっている両者の下に、赤髪で褐色肌のド派手な女性が駆け寄ってきた。
「ゼステルに何すんだ! ふしゅるるっ!」
「おっふ」
すかさず大きな尻でヒップアタック。
しかし、タカアキはこれに耐える。
攻撃を仕掛けてきたのはゼステルの従者、サラマンダーのサランだ。
「き、効いてないっ!?」
「いえ、効きましたよ。私の益荒男がフジヤマボルケイノしかけました。見事なものです」
「フジヤマ?」
危険が危ない。
このままでは、いろいろとデンジャラス。
「サ、サランっ! ダメだよっ、そんなことをしちゃっ」
「だって、ゼステルがいじめられてると思ったから」
「僕は大丈夫。それより、フェイリーは見つかった?」
その問いかけに、サランは悲しそうに首を振る。
その様子を見て落胆するゼステル少年。
「気配も感じられない。今までこんなことはなかったのに」
「サラン……きっと大丈夫だよ。フェイリーは強いもの」
タカアキは「むむむ」と唸った。
これは、トロールによる誘拐の線が濃厚なのでは、と。
あれ以降、情報は入ってきてない。
しかし、目的を果たしたのであれば、活動を停止する。
そうなると目撃情報が入ってこなくなるのは当然。
後手に回った、勇者はそう感じずにはいられない。
「ごしゅじんっ」
「お帰りなさい、ちゅん子。どうでした?」
「わんこの、けいせきを、みつけましたっ」
その返事に食いついたのはゼステルだ。
「ど、どこでっ!?」
「ごしゅじん、いがいの、ひとには、おしえません」
「ううっ、しっかりしている従者っ」
どこかの誰かさんとは大違い、とは口が裂けても言えないゼステル。
サラマンダーのサランは、脳筋で大雑把なので教えた事もだいたいすぐ忘れる。
ラタトスクのラタートは、逆に賢過ぎて嘘を吐くので信用し辛い。
失踪中のフェンリルのフェイリーは素直過ぎて秘密を守れない。
戦闘能力は極めて高いものの、使い勝手が悪すぎるのだ。
なので、正直にちゅん子を羨ましく思った。
「ちゅん子、構いません。今は一時を争います」
「わかりました。わんこの、けいせきは、まちのそと。あの、ざんま、とかいう、やからと、たたかった、そばです。まりょくたんちに、ひっかかりました」
「お手柄です、ちゅん子」
「えへへ……」
タカアキに褒められた、ちゅん子は、目を細め「いやん、いやん」と喜びを露わにした。
正直、めんこい。
「では、ゼステルさん。急ぎ向かいましょう」
「わ、わかりましたっ!」
こうして、タカアキはゼステルを伴い、転生者ザンマと拳を交えた地へと急行する。
そこに待ち受けるはいったい何か。
ちゅん子が感じたのは転生者の魔力。
しかし、それを理解したのは現場へ到着した後の事だった。