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5話 拳は嘘を吐けない

タカアキの行くてを阻むは美麗なる妖精族だ。

俗にいうエルフ。


切れ長の目にはアクアブルーの瞳。

金髪碧眼で肌が雪のように白い青年だ。

長い髪を束ね、ポニーテールにしているが、それが良く似合う。


緑色の動き易そうな服は、中国拳法の使い手を想起させる。

よく鍛えられているであろう肉体には余計な脂肪は一切無い。

不細工勇者の真逆にいるかのような存在だった。


ただし、彼はエルフとはいえ、我々が一般的に想像する耳の長さではない。

ほんのり耳が尖っているに留まる。

それ以外は人間と相違はないだろう。


「貴様だな? 最近、この辺りをうろついている怪物はっ!」


タカアキに敵意を向けるエルフは拳を向ける。

すると彼の肉体が、ほのかに光を帯びた。

青白い輝きだ。


彼らエルフ族は戦闘態勢に移行すると全身が青白く輝く。

それは、内封する魔力を用いて肉体を強化するため。

これを極める、と厚さ十五センチメートルの鋼鉄を意図も容易く貫くほどの頑強さを得るという。


なので、この世界のエルフは魔法を用いて優雅に戦う種族ではなく、魔法で肉体を強化しての肉弾戦を得意とする種族となる。

世界が変われば種族の特性も変わるのだ。


「さて、なんのことでしょうか?」

「しらばっくれるな! 調べは付いているんだ! 巨大なオークのような怪物が、道行く者たちを攫っている、ってな!」

「ほう……そのような事があったので?」


タカアキは、それなる情報を把握していない。

余程、丁寧に隠蔽していたのであろうことが予測できる。


「残念ながら、私はあなたが探しているオークではありません。というか人間です」

「俺を騙そうとは……小賢しいオークだ!」

「人の話はしっかり聞きましょう」

「黙れっ! ここで邪悪の芽を摘ませていただくっ!」


問答無用。

若者にありがちな、猛る血潮に任せた行動。


正義感が強い、と言えば聞こえはいい。

しかし、猪突猛進もいかがなものか、とタカアキは苦笑する。


「是非も無し」


それを理解する勇者は、ならば気が済むまで相手をしよう、と決断。

ゆるり、と構えた。


左手を前方に突き出し、右手は後方へ。

握り拳は作らず、自然体での構え。

見ようによっては防御の構えにも見えようか。


それが、エルフの青年の琴線に触れる。


「オーク風情が構えだとっ!? この【烈風のザンマ】を舐めるなっ!」

「ある意味で、頭痛が痛い、みたいな名前ですねぇ」

「なんだとっ!?」

「あぁ、いえ、こっちの話です」


タカアキの独り言が、侮辱の言葉だ、と勘違いしたザンマは怒りに任せたまま突撃。


「(むっ……早いですねぇ。見事です)」


しかし、それは洗練された身のこなし。

怒りを保ったままでも、最高の身のこなしが出せるよう身体に覚え込ませたのだろう。

タカアキは彼の研鑽に対し素直に賛辞を送った。


しかし、だからといって無抵抗で攻撃を受けてやるつもりはない。


「しっ!」


ザンマの鋭い正拳突き。


対するタカアキ。

ゆるり、とした動き。

左手が円を描く。


回し受け。

ザンマの拳は空を切る。


「っ!」


この僅かな一連の応対。

ザンマは己の過ちに気付く。


「……失礼した! どうやら、俺は勘違いをしていたようだ!」

「おや?」

「邪悪な豚風情が、このような清らかな武を体得しているはずがない! 大変に失礼した!」


だが、それはそれなのだろう。

ザンマは構えを解かない。


そして、タカアキもその理由を理解した。


「では、改めて拳を交えましょう。ちゅん子」

「あいつ、てんせいしゃ、ですよ。きをつけて。ちゅんちゅん」


ぱたぱた、とタカアキから離れたスズメは近くの岩の上へと移動。


「感謝っ! 烈風のザンマ、参る!」

「そのちょうせん、勇者タカアキが受けましょう」


裂帛の気合と共にザンマが踏み込んできた。

その速度、先ほどの比ではない。

流石のタカアキも対応しきれない。

何十、何百もの拳がタカアキに突き刺さる。


戦いはどう見てもザンマが優勢。

見る者によっては既に勝敗が決した、と判断するであろう。


だが―――拳を叩き込んでいるザンマは己の濃厚な敗北を理解する。


「(―――っ! 俺の拳が、まったく通用していないっ!?)」


何かの間違いだ。

それを証明すべく連打、連打、連打。


渾身の一撃をタカアキの腹部へと突き入れる。

柔らかな脂肪を掻き分けて内蔵に届かせる。


瞬間。


「―――痛ぅっ!?」


拳に伝わる確かな痛み。

途方も無く硬い金属でも殴ったかのような、そんな痛み。


少なくとも、ザンマは厚さ十五センチメートルの鋼鉄程度は容易く貫ける拳を所持している。

そんな彼が、拳に痛みを感じた。


「実に見事です。相当な鍛錬を積んだのでしょう。その真っ直ぐな拳に恋心すら覚えます」


タカアキは確実にダメージを負っていた。

鼻からは血が流れているし、至る所に打撲の痕跡。

ザンマの拳が見切れないのだから受けに回るしかない。

しかし、倒れない。


難攻不落の要塞。

いや―――雄大なる巨山のごとし。


あえてザンマの拳を全て受けきったのか。

そう思わせるほどの強大なタフネス。


烈風の拳を持つ男が抱く、濃厚なる敗北のイメージは間違いではなく。


「(よもや、脂肪に隠された筋肉がこれほどとはっ!)」


倒れないわけだ、ザンマは理解に及んだ。

そして、嬉しくなる。


ザンマは転生者。

そして、チート能力【烈風】の所持者だ。


【烈風】は所持者の魔力を対価に烈風のごとき速度を得る。

それは、常人では何をされているのか分からない内に勝敗が付くレベルだ。


ザンマは、この力で連戦連勝を積み重ねてきた。

無論、鍛錬も常人の数倍は積み重ねている。


ザンマは修行馬鹿だった。

前世でも無茶な修行の末に死亡している。

強くなることに快感を覚える、そんな人生だった。

そんな彼がチート能力を得ればどうなるか。


最初は無自覚に連戦連勝。

次第に能力ありきの勝利に気付き、能力を封印しての勝負。

それでも、連戦連勝。

退屈を覚え始め、人ではなく魔物相手に勝負を挑むようになる。


それでも―――彼は敗北を知ることはなかった。


今となっては、烈風のザンマの名は、武を極めんとする者たちの中では知らぬ者がいないほど。


しかも、これはまだ能力開放前に過ぎない。

真に烈風の能力を開放すれば、己自身を風と化し物理攻撃無効、かまいたちによる斬撃の追加効果を得る。

事実上、ほぼ無敵と化すのだ。


ザンマは数秒だけだが烈風の真の能力を開放できる。

だが、それでも勝利のイメージが湧かない。


数秒、強化できた程度で揺らぐようなものではない、そう認識してしまったのだ。


「(参った……上には上がいるもんだ)」


だというのになんだ、笑みがこぼれる。

まだまだ、自分は上を目指しても良いのだ。

ザンマは、そんな喜びを覚えてしまった。


「では、行きます」

「来いっ!」


タカアキが攻撃に転じる。

ザンマは構えた。


そして、次の瞬間、ザンマは空を見上げていた。

仰向けの状態で大地に転がっている。

油断などしていない。

だというのに、彼は攻撃の起こりすら見えなかった。


特殊な能力とか、そんなものじゃない。

明確にタカアキの【攻撃するぞ】という意思を浴びたのだ。


風よりも早い一撃。

なのに、風は起こっていない。

後になって爽やかな風が通り過ぎていった。


視界が、ぐにゃり、と歪んで何がなんだか分からない。

何をされたのか理解が追いつかない。

痛みはあるようで無い。

だが、身体は一切動かない。


金縛り。

そう、金縛りだ。

夜、目が覚めた際に身体が動かせない、それとよく似た状態。


やはり、わけが分からない。

ただ一つ、分かっている事。


それは、自分が完全に敗北した、ということだ。

ザンマは、そのような答えに行き着いた。


「お見事でした。更なる研鑽を」


構えを解くタカアキ。

彼は大きく息を吐き出す。

額から流れる大粒の汗は、ザンマに対する最大の賛辞。


「……また、会えるだろうか?」

「あなたが正しき歩みを止めない限り、きっと」


タカアキはちゅん子を伴って、この場を後にした。

残されたのは、初めて敗北を知ったチート転生者だけ。


「間違いから始まった戦い」


ザンマは肺の空気を全て出す。

それは、ため息に相違ない。


「よかった。負けてよかった。初めての敗北が彼で良かった」


ザンマはタカアキに漢を見た。

自分とは明らかに違う戦闘スタイル。

無謀とも思えるそれは、間違いなく技術とはかけ離れたもの。


全てを受けきる、という精神力。

それはきっと【覚悟】だ。

今の自分には無い力。


「俺は……弱い! だからこそっ!」


強くなろう。

あの人のように、強い心を。


自分には無い力を持つ相手に敗北することが、こんなにも悔しくて、そして嬉しい事だ、と理解したザンマは、真に異世界を楽しむことができるだろう、と確信する。


そして、いつの日か、また拳を交えるその日まで鍛錬を重ねよう、と。


「そのまえに、注意深く行動するようにしなきゃな……」


自分の過ちを恥じる。

そして、ははは、と力なく笑い彼は意識を手放した。






王都ルネイサへと戻ったタカアキは町の入り口付近でマッドボアの串焼きを購入。

その数、30本。

焼き上がった串焼きを買い占めた形だ。


炭火で丁寧に焼き上げた肉に秘伝の甘辛いタレを塗り、仕上げに柑橘系のドライフルーツのみじん切りを塗す。

爽やかな酸味が甘辛いタレを鮮明にする。


それを、むしゃり、と噛み締めながら、タカアキは誘拐を行うオークの件について考えを巡らせていた。


烈風のザンマとの出会いは望んだものではなかったものの、邪悪なる者の存在を知れて良かった、と認識している。

加えて、転生者にしては真っ直ぐな性格をしていたザンマに対し好印象を抱いていた。


「あいかわらず、ごしゅじんは、つよいですねっ」

「それほどでもありません。彼は十分過ぎるほどに強かった」

「けんきょだなー、あこがれちゃうなー」


実際、タカアキの強さは底が知れない。

転生者殺し。

タカアキを言い表すなら、これが妥当か。


転生者は決して弱くない。

この世界の住民たちでは手も足も出ないだろう。

しかも大半が効率よく成長している。

特殊な能力抜きにしても歯が立たない事が往々だ。


いったい、タカアキの強さは何なのか。

それが解明する時は、きっと世界の危機に直面している時だろう。

この世には知らなくてもいい事が山のようにあるのだ。


「さて、それでは夕食を仕込みましょう」

「あい、でちゅん」


タカアキの負傷は恐ろしいことに、食べ歩きしているだけで自然に治ってしまった。

一見するとチート能力。

しかし、これはチート能力ではなく、自然治癒の延長に過ぎない。

誰しもが持っている治癒能力に過ぎないのだ。


彼はそれを漫画にて理解し実践。

生死の境を彷徨う事、数十。

その果てに、これなる超加速自然再生能力を獲得した。


おまえ、絶対に地球で人間辞めてるだろ。

白状しろ。


ダッチ荘に戻ってきたタカアキは、早速、ビーフシチューの仕込みに取りかかった。

やがて、ビーフシチューの良い香りが漂ってくる。

もちろん、ハイエナ共も顔を覗かせた。


だが、薬師のローランドは顔を見せない。

製薬に集中しているからだろう。

タカアキも無理に彼を呼ぶことはない。

それだけ繊細な作業だという事を理解しているからだ。


後は娼婦のフリエンの姿も無い。

男を搾る仕事に出かけているからだ。


「あー腹減った!」


朝に別れたきりのターラが戻って来る。

その手には酒瓶。

種類としてはクラフトジンだろう。


「お帰りなさい、ターラさん」

「おう、ただいまー。今日も良く働いたっ、と」


当たり前のようにテーブルに着いているが、これは集り行為である。

他のハイエナたちも、当たり前のように席に着いて食事を始めていた。


タカアキは特に気にする様子も無く。

そもそも、心に余裕のある彼が気にするわけがない。

加えて、食べられたくなければ、ここを出て行けばいいだけの事。


それをしないのは、ここに見合うだけのメリットがある、という事に他ならない。


そもそもが、この男、大の世話好きである。

ここの、だらしない住人たちを放っては置けないのだろう。


「そうだ、エルトロッテさん。最近、人攫いのオークの話って耳にしましたか?」

「うん? そうだなぁ……あ、聞いたわ」

「ほほう」

「まさか……タカアキさんが犯人」

「そんなわけありません。私なら、こそこそしたりしませんよ」

「ふぅん。いや、褒められた返事じゃないね」


会話の違和感に気付いたエルトロッテの鋭いツッコミ。

これにタカアキは満足感を示す。


「確か、それってオークじゃなくてトロールだ、って話よ」

「トロール。強力な再生能力を持つ巨人、或いは妖精でしたね」

「そうそう。決して、オークなんていうケチな魔物じゃないよ」


耳にした情報とは違う、タカアキはそう思った。

流石は元職業シーフ。

引退したとはいえ、彼女の下には正確な情報が流れ込んでくる。


狸っぽい彼女は、チャージバイソンの肉とは知らずにパクパクと肉に喰らい付く。

じゅわり、と肉汁が溢れ、エルトロッテのふっくらとした唇を油塗れにした。


「おいひぃ。んぐんぐ、でも、知能が低いトロールが誘拐、とかおかしな話」

「そうなので?」

「うん。命令なんて理解しないし、人なんて連中にとっては餌同然だもの。途中で食べちゃうわよ」


エルトロッテはあまり酒を飲まないので、ビーフシチューにはコッペパンを合わせている。

他のハイエナは無論、酒だ。


「トロールは使役するには向いてませんね。寧ろ、転移魔法で送り込んで、無差別破壊兵器としての運用が主になるかと」


運用方法の一例を挙げたのはセドックだ。

魔法に明るい彼は、魔物にもある程度の知識を持ち合わせている。


「ただ、その後の処理が大変なのでトロールを用いた作戦は一般的ではありません」

「あいつら、ほぼ不死身みたいなものだしね」


セドックは赤ワインが入ったワイングラスをゆらゆらと揺らしながら、色と香りを堪能し口に含む。

仕事中は食事を忘れるほどに没頭する彼だが、意外と美食家であり、料理と酒の組み合わせにはこだわりを見せる。


なので、ビーフシチューには赤ワイン、という哲学を持っているのだ。


逆に何でもいいのがターラである。

彼女は酒がメインで、料理はオマケなのだ。


「ところで、何でこんな話を?」

「いえ、たまたまですよ、エルトロッテさん」

「ふぅん」


話を打ち切ったタカアキはそのご、大量に作ったビーフシチューを完食。

約三十人前をペロリと片付けたのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] オークではなくトロル、匂い立つ陰謀の香り…。 それはそうと肉食治癒は海賊王になる男を思い出しますねクォレは…
[一言] 誤報でしたか。 ならば、「真犯人」がいると。
[一言] 次の相手はトロールか? タカアキ「まずは自首してきましょうか…」 チュン子「なんで?」 タカアキ「相手を探すと十中八九、 私が捕まるから」 チュン子「………」 (心当たり有り過ぎて何も言えな…
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