1話 その男、ブサイクにつき。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方は待たせたなぁ。
勇者タカアキの物語、開始でございます。
死なない限り完結へと持ってゆくのでゆっくり楽しんでいただければ幸いです。
ここは異世界だ。
誰がなんと言おうと異世界だ。
中世ヨーロッパを思わせる世界観。
そして、魔法という謎パワーとわけの分からない生命体が跋扈する不思議な世界。
まさに、人類の大半が思い描くファンタジー世界だ。
無論、この世界にも知的生命体は存在しており、無数の国家を形成している。
その中の一つ、トレイビア王国にて、この物語は始まりを迎える。
トレイビア王国の王都ルネイサ。
人口百万を超える大都市だ。
文化レベルも他国に比べると極めて高い。
加えて、温暖な気候の土地柄か、農作物の収穫が安定しており、
これまでに飢饉らしき飢饉を記録したことが無い。
故に人々はルネイサへと流れ込んでくる。
だが、その流れ込んできた人間の中には、良からぬことを企む者がいた。
窃盗、強盗、詐欺、人攫い、そして国家転覆。
どの世界、その時代、いつの世も悪党は存在する。
そんな悪党どもを駆逐するのは、いつだって勇気ある者たちだ。
賑やかな市場。
ルネイサの中心部にそれはある。
この住人たちの欲を満たす市場は活気に溢れているが、
同時に悪事の温床も溢れていた。
そんな悪を正すべく、
この世界の警察機関とも言える衛兵たちが見回りを行っている。
しかし、それでも悪が滅びることはなかった。
市場を訪れる客層は大半が中級市民、下級市民、そして旅人。
中には犯罪者も混じっている。
犯罪者の大半は、
ここで商いを営んでいる不正業者に盗品を横流しするために訪れる。
人を隠すのは人の中。
多くの人々が集まるこの市場は格好の隠れ蓑となるのだ。
衛兵とて間抜けというわけではない。
数多くの犯罪者たちを検挙している。
だが、そのいずれもが木っ端。
組織の末端や、しょうもない単独犯。
根本的に犯罪者を駆逐できているわけではない。
予防に留まるのが関の山だった。
だからだろう、今日も市場で悲鳴が響く。
悲鳴は若い女性のもの。
癖のあるブロンドヘアーに青の瞳。
中の上といった整った顔立ちだ。
彼女の足元には血塗れの男性。
ピクリともしないのは気を失っているか、既に事切れているのか。
それを生み出したのは抜き身の刃に赤をドレスアップさせた粗野な大男。
世紀末ヒャッハーを思わせる風貌は世界観をぶち壊している。
というか、ピンク色のモヒカンって、おまえ。
「ひゃっはー! 俺に逆らうから、こうなるんだっ!」
「な、何もしていないのに、なんでこんな酷い事をっ!?」
「こいつの目が気に入らねぇ!」
酷い理由である。
男性は斬られる理由など何一つなかった。
ただ単に世紀末ヒャッハーの虫の居所が悪かっただけ。
「貴様っ! 何をしているかっ!」
「ひゃあっ! うぅるせぇっ! 止まってろ!」
ヒャッハーの身体が一瞬、青白く輝く。
「っ!? か、身体が……!」
しかし、弱者は強者には逆らえない。
このヒャッハーには理不尽を行使するだけの権利、即ち強さを持っていた。
駆け付けた衛兵たちも決して弱くはない。
しかし、このヒャッハーは特別な力を授かって生まれてきた。
俗にいうチート能力。
転生物にはお約束。
強力無比の授け物である。
「こ、こいつっ……神力者かっ!」
この世界ではチート能力者は神力者と呼ばれ、畏怖の対象となっている。
人徳者は敬われ、このような悪党は邪神の使いとして恐怖される。
「俺は強いんだ! 何をしても許されるっ! 悔しかったら俺を止めて見ろ!」
「あっはい」
すぱーんっ。
「ぼびぶっ!?」
軽快な炸裂音。
ヒャッハーが一度も地面に接触することなく、
3メートル離れた場所の果実屋台へとふっ飛ばされた。
「っがぁぁぁぁぁぁぁっ! て、てめぇ!」
ヒャッハーは怒り狂い、屋台を破壊しながら立ち上がった。
鼻血が出ていることから、しっかりとダメージは頂戴しているもよう。
「いけませんねぇ。力を振りかざす者は、力ある者によって成敗されるものです」
ヒャッハーを張り倒した彼は、
人間というよりかはオークのそれに似通った姿をしている。
しっかりと衣服を身に着けているのでオークとは誤認されないだろうが、
その容姿はお世辞にも見れる物ではない。
黒髪の天然パーマに極厚のぐるぐる眼鏡、
額にバンダナ、頬に浮かぶニキビに赤い鼻。
顔は皮脂でギトギトであり、黒シャツには白字で【勇者】との文字が。
とんでもない巨漢であり肥満。
ジーンズも悲鳴を上げている。
背負っているのはリュックサックか。
そこからはみ出しているポスターの束は、
アニメの美少女キャラクターが印刷されていた。
どう見ても、おっさん。
恐らくは秋葉原辺りに出没する特殊性癖の人間である。
「るっせぇ! 取り敢えず死んどけや!」
「やです」
ばちーん。
「へぴっ!?」
ヒャッハーはチート能力【ストップ】を行使した。
しかし、目の前の巨漢は一切、その能力に影響されることはなかった。
「な―――」
再びの張り手を受けたヒャッハー。
何が起こっているのか理解できない。
これまでストップの能力は無敵であった。
どんな戦士も、剣士も、魔術師だって抵抗できぬまま蹂躙されて終わった。
だというのに。
「な、なんで俺のストップが効かないっ!?」
「おや? 何かズルをしているのですね」
オーク、或いはブサイクオタクの表情に一切の変化はない。
そもそも、敵対するヒャッハーは
血に塗れたロングソードを手にしている、というのにだ。
一歩間違えば大怪我、寧ろ、自分の命すら危うい、というこの状況。
この男には危機感が無いのだろうか。
それとも、絶対に無傷で切り抜けれる、という確信があるのか。
その答えは、戦いの結末を以って答えとなろう。
「そんなはずはねぇ! 極低確率でストップは失敗するんだ! たまたまだ!」
ヒャッハーは再びストップのチート能力を行使する。
身体が青白く輝いたのは、正しくチート能力が行使された証。
「そぉいっ」
すぱーん。
「おぼぉぉぉぉぉっ!?」
やはり効果無し。
ヒャッハーはみぞおちに巨大な拳を叩き込まれた。
悶絶。くの字に折れ曲がる。
「どんなに凄い能力を授かっても、正しいことに使わない能力は呆気ないものです」
「て、てめぇ……いったい何もんだ……!?」
ヒャッハーは忌々し気に自分を見下ろす巨漢を睨み付けた。
しかし、既に勝敗は決している。
既にヒャッハーからは戦意が失せており、巨漢に恐怖を覚え始めていた。
「私ですか? 私は【勇者】です」
「あ?」
勇者。
それは、この世界に置いて異能者たちの頂点に立つ者の称号。
現在は勇者コウイチロウがその地位に納まっていた。
「笑わせんな……おまえが、あの化け物に勝てるわけがないだろう」
「さて、なんのことだか分りませんが……私の言う勇者と、あなたの言う勇者は少々、意味合いが違うのでしょうね」
自称勇者は巨大な拳を天高く掲げ、それを振り下ろした。
「あげっ」
ごちん、という音を立て、ヒャッハーは地に倒れ伏す。
同時に衛兵たちの戒めも解かれた。
「勇者とは勇気ある一歩を踏み出せる者。それ以上でも、それ以下でもありません」
そう言い残すと自称勇者は被害者の男性の下へと向かう。
そして、男性の脈を確認。
続けて負傷具合を確認する。
「まだ間に合いますね。ならば!」
ずきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!
まさかの口づけっ!
これが美少女同士なら絵になるっ!
しかしっ! 男同士っ!
しかも、片方はどうしようもないほどに不細工っ!
まさに地獄絵図っ!
嘔吐も辞さないっ!
「うっ……げほっ! げほっ!」
だが、被害者の男性っ! 息を吹き返すっ!
これは奇跡かっ!?
否っ! これは技術っ!
「ふぅぅぅぅぅぅ……! 彼の体内から回復魔法を発動させました」
「えっ!?」
「続けて外傷を治療いたします」
その巨大な手より黄金の輝きが生まれ出る。
これは奇跡。
魔法という名の奇跡だ。
「か、回復魔法の使い手……!」
「なんと、尊い光景かっ!」
「アレさえなければなぁ……」
この世界、回復魔法は存在する。
しかし、使い手は極端に少なかった。
加えて、回復魔法の使い手は奇跡の行使者として、
力ある教団が強引な手段を用いてでも確保してしまう。
それは、もちろん利益を貪るため。
通常の医者では手に負えない症状でも、魔法でなら回復の可能性がある。
その奇跡に縋る者たちから理不尽な治療費を巻き上げるのだ。
もし支払えないのであれば、教会へ入信させ死ぬまで働かせる。
それ故に、こうして回復魔法行使の現場を見る事は極めて稀。
寧ろ、回復魔法の使い手が、こうして自由に行動できていること自体異常なのだ。
「これで大丈夫です」
「あぁ……よかった! ありごとうございます!」
「いえ、お気になさらず。これも勇者活動の一環ですから」
そう言い残し、自称勇者は颯爽と去ってゆく。
彼の大きな背。
その光景は救済された者たちは勿論、
その場に居合わせた傍観者たちの目にも焼き付く。
「いったい何者なんだ……?」
「分からん。だが、彼が善なる者であることは確かだ」
「見た目は完全に変質者なんだがなぁ」
衛兵たちはヒャッハーを捕縛した。
ヒャッハーは完全に意識を失ってはいるが軽い打撲のみ。
この後、ヒャッハーは神力封じの首輪を掛けられ、裁判に掛けられるであろう。
恐らくは懲役を免れる事は出来ない。
強制労働3年辺りが妥当か。
人の群れの中に紛れ込み見えなくなる自称勇者。
そんな彼を見つめる影。
「見つけたぞ……タカアキ・ゴトウ」
呟きの声は少女のもの。
灰色のローブに身を包んだ小柄な影の視線は巨漢の男を捉えた。
やがて、彼女も人の群れの中へと入り込む。
勇者タカアキ。
本名、後藤貴明。
彼は転生者ではない。転移者である。
生まれは日本国。
おっさんのような見た目だが、まさかの十七歳。
この物語は、彼が真の勇者となるべく奮闘する物語である。
実は三回ほどボツに(三十話まで書いて)。
こりゃあかん。患者が死ぬ。
というわけで見切り発車しました。
退路を断つのは当たり前だなぁ?(おっ、そうだな)
毎日投稿は難しいですが、のんびりと書いてゆこうかなぁ、と。
暫しの間、お付き合いいただければ光栄でございます。