叛逆の騎士
『不動連合解散という、衝撃的なニュースから数日が経ち――』
テレビから流れてくるニュース。その内容を耳にして、金髪の美女は興味をそそられる。
彼女の名は、”リタ・ロンギヌス”。人知れず日本へとやって来た魔女であり。
今現在、ジョナサン・グレニスター達と行動をともにしていた。
それゆえ、彼らが拠点として使うホテルの一室で、何気なくニュースを見ていたのだが。
悠々自適な彼女にとっても、それは”無視できない内容”であった。
『以前より、政界、経済界との癒着が非常に大きかったことも――』
一体、なぜ。このような状況、このようなニュースが流れているのか。
リタは真剣な表情で、ニュースに耳を傾け。
『日本はこれから、戦後最大の転換期を迎えることになるでしょう』
一連の内容を、余すことなく脳内に記憶する。
その後、しばしの間、リタは瞳を閉じ。自分の中でニュースの内容を整理すると。
同じく部屋に居た、ジョナサン、アスタらに尋ねた。
「紅月不動が、自ら解散を表明したと言っていましたが。もしや、彼はまだ生きているのですか?」
「……そう、だろうな。僕の刃は、彼のもとまで届かなかった」
リタの質問に、ジョナサンが答える。
「そう、ですか」
話を聞くと、リタは再び眉をひそめ、脳内で情報を整理する。
「刃が届かなかったのは、なぜ? 不動連合の構成員に、あなたを止められる者が居たとは思えないのですが」
「僕を止めたのは、彼らヤクザの仲間じゃない。紅月不動の孫、紅月朱雨という少年に、僕の攻撃は阻まれた。もしも彼の参戦が無かったら、確実に紅月不動の首は獲れていただろう」
「……なるほど、そういう事情でしたか」
ジョナサンの説明を聞き。一応、リタは納得ができたようで。
とはいえ、質問された側からすると、どうにも煮えきれない。
「紅月不動が生きていることが、そんなに不思議なのか?」
「ええ、もちろん」
リタは、迷うことなく口にする。
彼女は自分の記憶を、”辿ってきた軌跡”を疑わない。
「――”本来の流れ”なら。不動連合は完膚なきまでに叩き潰され、解散ではなく”壊滅”と報じられたはずです。紅月不動の命も、保有する遺物も、全てあなたが奪ったのです」
「……僕も、出来ることなら、彼らを滅ぼすつもりだったさ」
「そーそー。なのに、予想外の邪魔が入ってね。ジョンも”醜態”を晒しちゃうし、ほんと最悪だったよ」
ジョナサンにとっても、アスタにとっても、あの日は予想外の連続であった。
あと一歩で、紅月不動の命を奪えるはずだったのに。その孫である、紅月朱雨が戦いに参戦し。そしてその後、ジョナサンにとって”相性最悪”とも言える増援がやって来た。
それゆえ彼らは、レヴィの力を借り、不動連合からの撤退を余儀なくされた。
「……やはり。小さくとも、”ズレ”が生じているのですね」
憂うように、月の魔女はつぶやいた。
◆◇
「死ねよな!」
赤髪の少女、マドレーヌは大きく跳躍し。
手に持った月避けの傘で、輝夜に攻撃を仕掛けてくる。
それと同時に、彼女の契約悪魔であるウヴァルも。
漆黒の剣をもって、ドロシーに斬りかかった。
爆発的な魔力、勢いのまま、ドロシーとウヴァルは川の方角へと戦場を移し。
召喚者である輝夜とマドレーヌは、河川敷で戦闘を行うことに。
「ッ」
中学生程度。まだ幼い少女だというのに、マドレーヌは魔力を用いた戦闘に慣れているようで。
傘を剣のように扱い、輝夜に連撃を繰り出していく。
非常に鋭い攻撃ではあるものの。
輝夜はそれを、全て紙一重で回避する。
今まで目にしてきた”猛者たち”と比べれば、それほどの脅威とは感じなかった。
「聞いたぜ、お前も戦えんだろ!」
「……」
マドレーヌは、有り余る魔力、体力を有しているようで。輝夜相手に攻めながら、余裕そうに言葉を口にする。
対する輝夜は、その攻撃を全て回避するものの。
無駄な体力を使わないために、とりあえず彼女を無視していた。
「おいこら! シカトすんな、”このブス”!」
「あぁ?」
その一言は、まさに衝撃。
思い返せば、紅月輝夜として目覚めてから、一度も言われたことがないかも知れない。
マドレーヌからの罵倒を受け、輝夜もとっさに苛つき。
体内、”魔力”のスイッチを入れると。
華麗な動きで、マドレーヌの攻撃の間を潜り抜け。
「がっ!?」
カウンター気味に、彼女の腹に”蹴り”を叩き込んだ。
強烈な蹴りを食らい、マドレーヌは吹き飛ばされ。
輝夜は、面倒くさそうな顔でため息を吐く。
とっさに魔力を使ってしまったものの。
流石に、明らかな年下相手に、カグヤブレードまで使いたくはない。
ゆえに勝敗は、”もう片方の戦い”に任せることに。
「ドロシー、そっちを早く終わらせろ!」
これは、正真正銘の”悪魔バトル”なのだから。
◇
浅い川に、足を浸からせて。
ドロシーとウヴァル、2人の悪魔が対峙する。
ドロシーの手には、身の丈ほどの無骨な大剣。
ウヴァルの手には、漆黒の魔剣が握られていた。
「……あなた、それなりに強い悪魔みたいだけど。あの子の命令だから、さっさと潰させてもらうわ」
初撃を受けた上で、ドロシーはウヴァルの力をそれなりに評価するも。
輝夜の声を聞いて、即座に戦闘終了を決意。
力強く地面を蹴り、ウヴァルに接近すると。
グレモリーの障壁を砕いた時のように、強烈で無慈悲な一撃を叩き込んだ。
ドロシーの一撃に、ウヴァルは派手な水飛沫とともに吹き飛ばされる。
まさに、圧倒的な力を見せつけた結果だが。
斬撃を叩き込んだ本人は、納得がいかない様子で。
(……真っ二つにするつもりで斬ったけど。今の手応え、防がれてるわね)
ドロシーの懸念は、その通りであり。
「あぁ、痛ってぇ。腕が折れるかと思ったぜ」
強烈な一撃で、ウヴァルは吹き飛ばされたものの。その手に握る魔剣で、ドロシーの斬撃を受け止めており。
なんと、”無傷”という結果であった。
「なるほどな。これがバルバトス、最強の魔王か。確かに評判通りの魔力、戦闘力の持ち主だが」
「……」
魔剣を持ち、無傷で攻撃を凌いだ相手を、ドロシーは睨みつける。
「まさか、”この程度”が全力か? だったら、正直拍子抜けだぜ」
「……」
ウヴァルは笑い、対するドロシーは無反応。
しかし、これは戦い。
強い者が、弱い者をぶっ潰すことでのみ、終りを迎えるもの。
「――”アームド”」
ウヴァルがつぶやくと。彼を中心に、強烈な魔力の濁流が発生し。
大地が、空気が、揺れる。
隠しきれない、圧倒的なまでの破壊の力。
ウヴァルはそれを、解放した。
風が止むと。
そこの立っていたのは、漆黒の鎧に包まれた一人の悪魔。
”暗黒騎士”、ウヴァルの本領発揮である。
◇
ウヴァルの覚醒。
暗黒騎士の顕現は、当然ながらその召喚者たちにも察知ができた。
「へっ、ウヴァルも本気か。じゃあテメェの契約悪魔も、もうお終いだな」
マドレーヌは、自身の契約悪魔に絶大な信頼を寄せているようで。
彼が本気を出した時点で、この戦いの勝利を確信していた。
だがしかし、輝夜には納得がいかないことがあった。
「……解せないな」
「あぁ? なんだって?」
輝夜は、疑問を口にする。
「お前たちの話は、アリサから聞いている。まぁ、中途半端な所で中断したから、その結末までは知らんが」
それは、お昼休みに聞いた出来事。
まだ、遺物も何も知らなかったアリサを、ここに居るマドレーヌが襲撃したという話。
「悪魔バトルを行って、どっちかが勝って、そして負けたのなら。片方は遺物を失うはずだ。なのに、お前もアリサも、”未だに悪魔と契約してる”のはなぜだ?」
「チッ。どうでもいいだろ、そんなこと」
「いや、よくはないだろ。お前とアリサ。結局、”どっちが勝ったんだ?”」
「……うぜぇな」
輝夜の問いに、マドレーヌは苛立ちを隠せない。
「そんなに知りてぇなら。ここでアタシを倒して、あいつに聞きに行きゃいいだろ!!」
ゆえに彼女も、ここで本気を出すことに。
「――”抜剣”!!」
マドレーヌが、そう叫ぶと。彼女の持つ、月避け傘が漆黒の輝きを放ち。
その刹那。
持ち主よりも巨大な、”漆黒の大剣”へと姿を変えた。
「ハハハッ。こいつはアタシ専用、特注の”魔剣”だぜ! これを出した以上、テメェに明日は無ぇ」
軽々と魔剣を掲げて、マドレーヌはそう宣言した。
「……完全に、人を殺せる武器だな」
「あぁ? ビビってんのか? テメェ。アタシは別に、人を殺すのなんて怖くないんだぜ!」
赤髪の少女、マドレーヌ・クラインと。その契約悪魔、ウヴァル。
彼女たちがなぜ、ここに現れ、悪魔バトルを挑んできたのか。
輝夜には分からない。
分からないことが多すぎる。
ただ、1つ確かなのは。
目の前に立つ少女が、”純粋なる敵”であることのみ。
「――後悔するなよ」
向こうがその気なら、こちらも出し惜しみはしない。
全身に、淡いピンクの魔力を帯びながら。
輝夜はその手に、”漆黒の刀”を具現化した。
◆
「死ね!」
「……頭のイカれたガキめ」
マドレーヌは手にした魔剣に魔力を込め、大地を容易く砕くほどの剣技を繰り出してくる。
流石に、ドロシーのそれには及ばないものの。
巨大な魔剣による斬撃は強く、速く。
輝夜の脳裏には”一撃死”という文字が浮かんでいた。
だがしかし、輝夜は焦らない。
持ち前の戦闘センスと、これまでの経験を存分に活かし。より卓越した剣技によって、マドレーヌの攻撃を完全に捌いていた。
「ぐっ」
隙を見て、マドレーヌの腹に”蹴り”を入れるのも忘れない。
「テメェ! なんでそんなに強ぇんだよ」
「うるさい。お前が弱いだけだろ」
殺そうと思えば、輝夜はマドレーヌを殺すことが出来る。
両者の間には、それだけの実力差が存在していた。
それを”わからせる”ために、定期的に蹴りを叩き込んでいるのだが。
「このブス!」
「……愚かな」
マドレーヌは苛立ちを隠さずに、輝夜に罵倒を浴びせてくる。
しかし、輝夜は全く動じない。
なぜなら、自分はブスではないから。
「”絶対に”、わたしはブスじゃない!」
「くっ」
蹴りで学習しないのであれば、より痛めつけるまで。
輝夜はマドレーヌの攻撃の隙間を縫い、彼女の体に浅めの斬撃を叩き込んだ。
だがしかし、
「……痛ぇな、オイ」
マドレーヌの戦意は衰えず、なおも輝夜を睨み続ける。
その根性には、もはや鬱陶しさすら感じてしまうほど。
「おい、ドロシー! さっさと終わらせて、こいつをどうにか――」
相棒の悪魔に、救援要請をする輝夜であったが。
その瞬間、
浅瀬で戦っていたはずのドロシーが、こちらの河川敷まで”吹き飛ばされてきた”。
「……なっ」
信じられないものを見た、と。
輝夜は言葉を失う。
ドロシーは、”血”を流していた。
彼女の象徴とも言える黒いドレスは、ところどころ斬り裂かれ。
大剣も、その手から離してしまっている。
「おい、嘘だろ」
輝夜は誰よりも、ドロシーの強さを知っているつもりである。
召喚してから、ずっと一緒にいるのも理由の1つだが。
何よりもそれを裏付けるのは、輝夜だけが知っている”前回の記憶”。
失敗してしまったルート。
やり直す前の世界で、ドロシー・バルバトスは輝夜たちの敵として現れ、輝夜の父である紅月龍一と熾烈な戦いを繰り広げた。
その斬撃は建物を薙ぎ払い、応援に駆けつけた他の魔王たちをも寄せ付けず。
最強である自分の父と、同等の強さを持つ存在。
それが、輝夜の持つ認識だったのだが。
そのドロシーが、今。
たった一人の悪魔を相手に苦戦し、あまつさえ血を流していた。
最強の魔王、そのはずなのに。
「……怪我をするのは、久しぶりね」
ドロシーは、いつもと変わらない無表情のまま。
腕の傷に指で触れると、自らの血をぺろりと舐めた。
「おいおい。まさか、これで終わりなんて言わないよな?」
川の方から、暗黒騎士ウヴァルが歩いてくる。
彼の纏う鎧も、強靭な魔剣も、全てが自信に満ち溢れているようだった。
「……」
そんな彼を、”特に気にせずに”。
ドロシーはゆっくり立ち上がると、落としてしまった大剣を拾い上げる。
「はっ、驚いて言葉も出ねぇってか?」
なおも変わらないドロシーの姿を見て。ウヴァルは、より自己顕示をしたくなったのか。
自らに宿る魔力を、分かりやすく解放した。
鎧によって、隠されているものの。
隠しきれない”悪魔の尻尾”が、魔力として可視化される。
ウヴァルの持つ尻尾の数は、”6つ”。
「悪魔の序列ってやつを、改めて教えてやるよ」
人間とは違い、悪魔には尻尾がある。
それは生まれつき、絶対的なものであり。尻尾の数が、そのまま魔力の強さに直結する。
大抵の悪魔が、1〜2本の尻尾を持ち。
3本もの尾を持つ一部の悪魔が、俗に言う”上級悪魔”である。
そして、さらにその先。4本ともなれば、その悪魔は”魔王級”と呼ぶに相応しい力を持つ。
実際に、多くの魔王がこの枠組みに当てはまるだろう。
無論、魔王級の力を持ちながらも、表舞台に上がらない悪魔も居るのだが。
5尾の悪魔ともなれば、それは魔王の中でも限られた存在である。
最上級悪魔、あるいは上位魔王とも呼ぶべきか。
魔王グレモリーなどが、この上位魔王に当てはまる。
魔王の中でも、さらに特別な。
”大きな影響力”を持つ存在である。
そんな、悪魔の序列の中で。
暗黒騎士ウヴァルは、”6本”もの尾を有していた。
それはもはや、”魔王すら凌駕している”。
「実は俺はよぉ、本気で戦えば、グレモリーより強いんだわ。けどまぁ、魔界の階層を統治するってのも、正直めんどくさくてな。てなわけで、俺はグレモリーの部下に収まってるわけよ」
ウヴァルは、自分という存在を高らかに表現する。
自分こそが、”最強”であると。
それに対し、ドロシーは。
「変わってるのね、あなた」
「……あ?」
その言葉の意味が、ウヴァルには分からない。
「わたしも、いつの間にか魔王ってことになってたけど。正直、仕事なんて1つもしたこと無いわよ? 基本的に、周りが全部やってくれるし。……わたしは魔王として、ただそこに存在するだけでいい」
「何が、言いてぇんだ?」
「……さぁ?」
ウヴァルが何を言っても、どれだけ力を誇示しても、ドロシーには響かない。
今は、とりあえず。
久々の怪我と流血に、”懐かしさ”を抱いているだけだった。
「とはいえ、ここじゃやりにくいわね」
魔王をも超える存在が激突すれば、人間である輝夜たちはひとたまりもないだろう。
ドロシーは、それを認識すると。
再び、大剣を構え。
力強く踏み込むと、ウヴァルのもとへと突進していった。
「くっ」
ただの移動。その魔力の余波だけで、輝夜は吹き飛ばされそうになり。
改めて、”自分のパートナーの強さ”を実感するものの。
先程までと違い。
輝夜の脳裏には、”敗北”という文字が浮かんでいた。
相手が魔王だろうと、どんな悪魔だろうと。
ドロシーなら、涼しい顔をして倒してくれる。
そう思っていたから、安心して。
ここまでのんきに、戦いに興じてきたというのに。
(どうする? 今からでも、カノンたちを呼ぶべきか?)
そんな思考が浮かぶほどに、輝夜は焦ってしまい。
「――よそ見すんなよ! このクソ美人が!!」
全てを粉砕する、マドレーヌの大剣が輝夜に迫る。
「ッ」
それが文字通り、彼女の”命取り”となった。