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地獄姫 〜初期ポイントを容姿に全振りしたら、とんだクソザコナメクジに生まれ変わってしまった〜  作者: 相舞藻子
ソロモンの夜 Ver.1.41421356237

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原罪の少女(2/3)






 沈みゆく夕日と。

 それに代わるように、輝ける光の輪が姫乃を照らす。




 それはまるで、天使の輪のように。姫乃タワーの上空には、明らかなる超常現象が発生していた。

 異常は、タワーだけではない。姫乃という街全体を包み込むように。街を守護する防壁に、見慣れない光のようなものが迸っている。




 長きに渡る沈黙を終え。その儀式は、ようやく世界へと。世界を在るべき形に戻すべく、起動する。

 そのはず、だったのだが。





『エラー、エラー。範囲内に規定量の遺物(レリック)が確認できません。繰り返します、範囲内に――』





 タワーの頂上部分に、機械音声が鳴り響く。儀式を停止させる、イレギュラーの手が。

 その音を聞いて、悪魔の少女、アスタは笑みを浮かべる。




「僕たちだって、無策で今日を迎えるほど能天気じゃない。騎士団、そしてリタにも内緒で、色々と手を打ってあるんだよ」


「ふーん」




 対する黒羽えるは、軽めの反応を。

 まるで、意に介していないかのように。




「それって、あれかな? ロンギヌス、紅月龍一さんに協力してもらって、遺物(レリック)を他の場所に転移させたとか」


「……君って、どこまで読んでるの?」


「別に。ただ、あらゆる可能性を考慮してるだけだよ」




 黒羽えるは、何も特別なことはしていない。特別な力も持っていない。未来を読んだり、時間を弄ったり、他者に協力を得たり。

 ただ、誰よりも考えてきただけ。




「誤解しないでほしいな。わたしがこんな大掛かりな儀式を起こせたのも、あなた達を巻き込むことが出来たのも。全部、この”姫乃”という土地のおかげなんだよ」


「姫乃のおかげ?」


「そう。なぜかというと、この街はかの天才、ニャルラトホテプが世に残した、”最後の作品”だから」




 姫乃タワーの頭上に輝く、光の輪。街全体を巡る強大な魔力。

 儀式が特別なのではない。この街が、儀式を特別にしている。




「死亡説の流れている天才、ニャルラトホテプ。かの悪魔が世にもたらした発明は数多くあるけど、その中でもこの街は、とびっきりに優れてる。なにせ、わたし一人の力で、こんな儀式を行えるんだから」




 この街に暮らす人々の中で、どれだけの者が気づいているのだろう。

 自分たちを守護する姫乃という土地の、真の姿を。




「外部からの転移を阻害する特殊なフィールド。エリア内で活動する全ての魔力を感知するセンサー。物理的防御としても機能する周囲の外壁。どれも優れたテクノロジーだけど、それはこの街のシステムのほんの一部に過ぎない」




 ただ1人。

 黒羽えるという少女だけが、この街の真の姿に気づいていた。




「多分、完成を前にして、開発者のニャルラトホテプが居なくなちゃったせいかな? この街のシステムの大部分が封印されていて、本来なら管理者であるはずの紅月龍一でさえ、それを紐解く権限を有してない。だから、わたしみたいな人間に悪用されちゃうんだよ」




 今やこの姫乃は、黒羽えるの手中にある。

 ゆえに、この街を基盤とするソロモンの夜は、まるで万能のプログラムのように機能する。




『フェイルオーバー。設定された時刻より、あらゆる空間転移の履歴を算出。探知可能な領域より、逆転移を実施します』




 システムに呼応するかのように、光の輪が輝き。

 大いなる力が発動。


 雷鳴のような音とともに、2つの物体が姫乃タワーへと出現した。


 現れたのは、2つの小さな箱。

 そのうちの1つが、黒羽の手元へとやってくる。




「まぁ、確認する必要はないけど。一応、ね」




 そう言って、黒羽が箱を開けると。

 そこには無数の指輪。遺物(レリック)が収納されていた。




「……嘘だ」



 信じられない現象に、アスタは愕然とする。




「まぁ、賢明な判断だと思うよ。もし、わたしがそっち側だったとしても、多分似たようなことを考えるから」




 その瞳は、憐れむように。

 けれども黒羽は、容赦しない。




「片方の箱は魔界へ、もう片方は衛星軌道上に。確かに、それだけ離れた場所に移動させれば、儀式の対象から除外できると考えるよね。でも、残念。この街のシステムは優秀だから。物の出入りなんかは、いくらでも痕跡を追えちゃうんだ」




 この儀式、ソロモンの夜は止められない。どんな手を使っても、どんなルール違反を犯しても。

 すでに、”王手”がかけられているのだから。




「特に、転移は一番の悪手だよ。転移を掌握しているのは、こっち側なんだから」




 黒羽はスマートフォンを取り出すと。画面に映る一覧の中から、1つの名前を選択。

 強制コマンドを入力する。




「こんなことだって出来る」



 狙われたのは、ジョナサン・グレニスター。




「ランダムエンチャント。ループ、ゼロカウント」




 黒羽がそう唱えた瞬間。

 ジョナサンの姿が、跡形もなく消失した。




「――ジョン!!」




 アスタが声を上げる。

 何も出来ないほど、それは一瞬の出来事で。




 すると、先程まで彼がいた場所へ。

 再び、ジョナサンの姿が出現する。





「なっ」



 本人も、自分の身に何が起きているのか理解できていない様子で。





 再び消え、現れ。


 消えて、現れて、消えて、現れてを繰り返す。





「ちょっと、何が起こってるの?」


「ふふ、ちょっとしたイタズラだよ」




 黒羽が再びスマホを操作すると。

 ジョナサンの転移ループは終了した。




「見ての通り、この街には力がある。そしてわたしは、その運営システムを掌握してる。潤沢なエネルギーを利用すれば、他人への強制的な転移すら可能だからね」


「これが全部、街の機能だって?」


「まぁ、確かに本来の使い方じゃないけど。ほんの少し仕組みを弄くれば、いくらでも応用が利くから。もしもあなた達が、この街の外に逃げたとしても、儀式からは逃れられない」




 黒羽が今行ったのは、単なるデモンストレーション。

 すでにその機能は、儀式そのものにプログラムされていた。




「王手をかけたのは、あなた達。あなた達がこの街に来なければ、儀式は永遠に起動しなかったのにね」




 ソロモンの夜の起動には、一定量の遺物(レリック)が必要となる。輝夜やバルタの騎士たちの持つ遺物(レリック)も相当な量だが。それでも、儀式の起動には僅かながら足りていなかった。

 けれども、ジョナサンたちがやって来たことで、条件は揃ってしまった。


 すでに、終わりは始まっていた。




「わたし達が、こうやって無駄話をしてても、儀式には何一つ影響しない。完全にプログラム化されて、どんなイレギュラーも許さない」




 黒羽えるにとって、これは全て無意味なこと。

 大切なプロセスでも、最後の戦いでもない。



 ただのエピローグ。

 あまりにも長過ぎた時間の。



 ただのプロローグ。

 本来、在るべき物語の――






『エラー、エラー。範囲内に規定量の遺物(レリック)が確認できません。繰り返します、範囲内に――』





「……うん?」




 再び流れ出す、システム音声。

 それに黒羽は、疑問符を。




『スキャン範囲を、地球全域、及び魔界まで拡大します』




 異常を修正するべく、天上の光の輪が輝きを増す。

 儀式は絶対に止まらない。


 だがしかし、





『エラー、エラー。特定ターゲット、紅月輝夜の存在が確認できません。ターゲットの現在位置、及び保有する遺物(レリック)が見当たりません。このままでは、プログラムの起動が不可能です』





「んん!?!?」



 エラーを吐き出し続けるシステムに対して、黒羽は戸惑いの表情を隠せない。




「どういうこと? 紅月さんが、存在しない? この地球上に?」




 遺物(レリック)を隠すだろうとは、黒羽もあらかじめ予想はしていた。

 物理的に遠い場所、魔界という別の領域。それに加えて、探知されないように様々な隠蔽工作を行うだろうと。


 だがしかし、それを暴くだけの力が、この姫乃という街には存在する。

 たとえ月の裏側まで逃げたとしても。ニャルラトホテプの残したテクノロジーなら、それを捉えきれると。




『出力最大。地球圏、及び存在の予想される”あらゆる異界”へのスキャンを実施。……失敗。対象の反応を確認できず』




 けれども、現に今。

 システムを持ってしても、捕捉不可能なイレギュラーが発生していた。




「完全に消えるなんて、有り得ない。……まさか、太陽にでも突っ込んだ? 確かに太陽の熱量なら、遺物(レリック)を存在ごと抹消できる可能性が。…………いや、いくら彼女でも、それは流石に」




 予想外の展開に、黒羽は頭を抱える。

 姫乃のシステムでも行方を追えないのであれば、もはや手の施しようがない。




「まいったなぁ。まさかあなたが、一番のイレギュラーだったなんて」




 儀式を中断された。

 長年に渡って練ってきた計画を邪魔されたというのに。


 黒羽の表情には、どこか嬉しさのようなものが滲んでいた。




「なんで、止めちゃうかな。わたしで、終わりにしないといけないのに。間違った世界を、正しい形に戻さないといけないのに」




 左目から、涙が溢れる。

 それは一体、誰の感情なのか。





「不可能を可能にできるなら。いっそのこと、わたしのことも……」





 淡い願いを、つい口に。






 そんなさなか、


 姫乃タワーの上空。輝ける光輪は、今まで通り。


 いや、今まで以上に力を増して。






【縺、繧峨∪縺ェ縺�€∵怙蠕後∪縺ァ繧�l】



 小さなノイズが、システムを駆け巡る。






『データの破損を確認。復元を実行します』



 それは内部にて、人知れず。




『――了承』



 歪んだ儀式が、動き出そうとしていた。















 戦いの手を止めて。

 花輪善人と、ジョナサン・グレニスターの一派がタワー最上階へと集結する。




 争う意味が消えたのだと、黒羽やアスタの様子が物語っていた。




「紅月輝夜。まさか、あえて作戦から除外してた彼女が、儀式を止めることになるなんて」




 儀式の止まった理由を黒羽から聞いたのか。

 アスタがそうつぶやく。




「それで、これからどうする?」


「うーん。相変わらず、リタや他のメンバーとは連絡が出来ないし。このまま彼女を監視しながら、待つって感じかな」




 戦いは終わった。

 破滅をもたらす儀式は止まったのだから。


 誰もがそう認識する。

 ジョナサンも、アスタも。仕掛け人である黒羽でさえも。



 そんな中、




「なぁ、黒羽。あの光の輪っかは、いつになったら消えるんだ?」



 空を見上げて、善人がつぶやく。




 この儀式を象徴する、姫乃タワー上空の光の輪。

 それが未だに、形を保っているのだから。




「……儀式の失敗は、予想してなかったけど。あのヘイローは、目的を失ったら自然と消滅するはず。儀式が完了するまでは、単なるエネルギーの塊でしかないから」


「そうか」




 全て消えて、元通り。

 そのはず、なのだが。




「その割には、あいつかなり元気じゃないか?」


「え?」




 その言葉に、黒羽は空を見上げて。

 理解不能な光景に、言葉を失う。





 光の輪は、なおも上空に健在で。


 中心には、ブラックホールのような深い闇が発生していた。





「いったい、なにが」



 黒羽はスマホを取り出して、システムの現状を確認する。




「新たなるプランの立案? プログラムが、勝手に? 現時点での強制接収コマンドを実行?」




 あり得ないことが起きている。

 必要条件を満たしていないはずなのに。システムが勝手に判断し、儀式の再起動を行っていた。




「成功確率、34%って。話になる水準じゃない。プログラムを停止させないと」



 看過できない現象に、強制終了をかける黒羽であったが。




『却下します。あなたに、本プラグラムへの命令権はありません』


「ちょっと。こんな時に限って、律儀に機能しないでよ」




 用意周到な計画。自分自身でさえ、儀式を止められないように。

 掌握していたはずのシステムが、黒羽の手から離れ始める。






 儀式は、最終局面へ。






「ちょっと、ジョン! 浮いてるって!」


「……なんだ、これは」




 ジョナサンの体が、宙に浮かび始める。

 まるで、何かに引かれるように。




「ダメ、ヘイローが遺物(レリック)の吸収を初めた。全部飲み込もうとしてる」




 光の輪の中心。

 漆黒の闇が、遺物(レリック)を取り込むべく動き出す。



 無論、対象はジョナサンだけではない。

 この街に存在する、全ての遺物(レリック)保有者(ホルダー)が、その引力に引き付けられる。




「あれに吸収されないように、みんな引っ張って! 転移による一発アウトは、わたしの方で食い止めるから」




 システムは、完全に牙を剥いた。

 空間転移という最悪の手段を行使されないよう、黒羽はシステム妨害へと行動を移す。


 こんな形での儀式の完遂は、黒羽の望むものではない。




「おい、黒羽。仮に、あの輪っかに遺物(レリック)が吸収されると、最終的にどうなるんだ?」



 善人が尋ねる。




「そう、だね。現状の確率からして、ほぼ間違いなく結合は失敗するから。まぁ、諸々合わせて、この街が跡形もなく吹き飛ぶかも」


「冗談だろ」


「……本当、そうだよね。こうならないよう、しっかりとプログラムしたはずなのに。いくらイレギュラーが起きたからって、その条件を無視するなんて」




 あり得ないこと。イレギュラーとは、こうも重なるものなのか。

 黒羽は必死にシステムを取り返そうとするも、強固なプロテクトによって阻まれてしまい。


 そのそばでは、空に連れて行かれそうなジョナサンを、契約悪魔たちが総出で食い止めていた。




「ヤバいヤバいヤバい! みんな踏ん張って!」


「くっ。自分ではどうしようもないのが、こうも(つら)いとは」




 所持している遺物(レリック)が多いせいか。

 レヴィ、アスタ、アラクネが必死に引っ張って、ようやくという形で。


 見かねたアミーも、ジョナサンの救援に入っていた。




 同様の現象が、おそらく姫乃の各地で起きているのだろう。

 それほどまでに、光の輪の力は強大であった。



 しかし、そんな中。




「……えっと。花輪くんは、大丈夫なの?」


「うん? あぁ、そうだな。俺は問題ない」




 善人は、ジョナサンとは打って変わり、平然とした様子で地面に立っていた。

 彼の指には、紛れもなく王の指輪が存在するのだが。


 引き付けられる気配すら感じられない。




「まぁ、俺の指輪はそんなに大きくないからな。輝夜サンのイヤリングだったら、多分ヤバかったぜ」


「えーっと、うん。そういう問題、なのかな」




 何か、間違っているような気がするが。

 この非常事態では、黒羽も意識が及ばず。




「そもそも、あの輪っかを破壊すれば、全部解決するんじゃないのか?」




 善人は空を見上げ、そう言葉を放つ。

 けれども、世の中そう上手くはいかない。




「あのヘイローは、理論上どんな物理攻撃でも破壊できない。そういうふうに、わたしが設計したから」




 全てを仕組んだがゆえに、理解が出来ている。

 どんなに圧倒的な力。たとえ、核ミサイルの直撃を受けようとも、絶対に壊れないように光の輪は設計されている。





「――だが、世の中に絶対は無いだろう?」




 それでもなお、善人は不敵に笑う。

 その身に、魔力を。美しき天使の翼が、彼の左肩に具現化する。




「俺が、全部ぶっ潰す」




 これが、正しい行いである。

 人として、1人の男として。


 もしも、この場に彼女がいれば、きっと同じような言葉を発しただろう。

 そう信じているから。




 片翼の天使は、空を目指して飛翔した。






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