原罪の少女(1/3)
感想等、ありがとうございます。
これは、わたしの罪。
最初の。あるいは、生まれる前からの罪。
かつてのわたしは、時代の転換期に生きていた。始まりの文明、黄金の時代。後のどの時代よりも栄え、もはや誰も憶えていない。
真っ赤な血によって塗り潰された、人の時代である。
わたしの仕事は、王の側にて仕えること。王である彼が、まだ人の子であった頃から。わたしは彼の最初の下僕にして、おそらくは最も信頼されていた者の一人だろう。
だからこそ、わたしは、わたしを許せなかった。
王に忠告するべきだったのだ。魔神たちに対して、もっと慎重に対処するようにと。
契約によって、魔神は王に逆らうことは出来ない。だがしかし、その心までも縛り付けることは不可能なのだ。
増えすぎた魔神たち。王の命令以外で行動を起こして、無駄な血が流れたとの話も聞く。
けれども王は、あまりにも寛大な心を持ち過ぎた。自分がそうであるように。全ての人類、魔神が、根本では善性であると疑っていない。
その身に宿す力は、まるで神の如く。
王が健在であるうちは、世界に混乱など起こらない。
だからわたしも、それを信じてしまった。
王への忠告を怠ってしまった。
そして、あの日が訪れた。
『何が歯車だ。何が人類のためだ。なぜ我々のような優れた種が、旧世代を導かなければならない!』
三体の魔神と、協力者の人間。
彼らの裏切りによって、王はその命を奪われた。
わたしは、何もすることが出来なかった。
王の暗殺を止めることも、相手に復讐することも。非力な悪魔であるわたしは、ただ己の弱さを恨むしかなかった。
――なぜだ。どうして、君が。
王の最後の言葉が、頭から離れない。
わたしではない、断じて。裏切ったのも、暗殺を手引したのも。わたしは初めから王の味方であり、生涯を通して仕え続けると決めていた。
けれども、王にわたしの想いは届かなかった。
それから、わたしを突き動かすのは、煮え滾る憎しみと、王に対する懺悔の気持ちであった。
王が亡くなったことにより、黄金の時代は終わりを迎え、魔神たちによる支配の時代が始まった。王の守りたかった人間たちは、今や魔神たちによって虐げられる存在へと変わってしまった。
このままではいけない。世界のためにも、王の存在は必要不可欠である。
そしてわたしも、出来ることならば謝罪の言葉を伝えたい。
今はまごうことなき、夜の時代である。
象徴たる王が不在で、世は混迷を極めている。
わたし一人では、どうすることも出来ない。
世界を変えられるのは、あのお方だけなのだから。
だからわたしは、計画を始動した。
王を再びこの世に蘇らせ、世界を在るべき形に戻すために。
計画の名は、”ソロモンの夜明け”。
◆◇ 原罪の少女 ◇◆
それはまるで、神話の時代の戦いであった。
片翼の天使。6枚の翼を展開した花輪善人と、ジョナサン・グレニスターらが衝突する。
善人は、事実上1人。契約悪魔のアミーは黒羽えるの護衛に回っているため。
それに対するジョナサンの陣営は、まさに総動員であった。
悪魔の少女、アスタと。魔獣レヴィアタン、魔獣アラクネ。
魔獣たちは戦闘形態であり、出し惜しみはしない。
ジョナサン本人の実力も、人類の中ではトップ層に位置する。戦後日本を牛耳ってきた一大組織、不動連合を壊滅させたその魔法、剣の嵐も健在である。
魔獣としての姿を解放したレヴィアタンの実力は、もはや規格外。並の魔王を凌駕し、魔王バルバトスや紅月龍一とも渡り合える力の持ち主であろう。
新規に召喚した魔獣アラクネも、それには一歩及ばないものの、魔獣としては最上級。どれだけ低く見積もっても、その総戦力は”魔王3体分”とも言える。
相手は、花輪善人ただ1人。もしも、今までの彼が相手だとしたら、あまりにも過剰な戦力と言えるだろう。
善人の持つ黄金の魔力は確かに強力だが、その性質は防御寄り。真正面から対峙すれば、ジョナサン1人でも突破できる程度である。
だがしかし、今の善人は違う。
リタ・ロンギヌスとの邂逅により、強烈な月の呪いを浴びた結果、魔力の色は黄金から白銀へと変質。
眠っていた感情と共に、本来なら有り得ない力が溢れていた。
「――墜ちろ!」
片翼の天使。善人が手をかざすと、無数の光の槍が具現化。
それらが雨のように、ジョナサン達へと放たれる。
武器の具現化という点では、ジョナサンも同じ戦法である。
善人の槍に対抗するべく、剣を射出するものの。
ジョナサンの剣は、まるでガラスのように粉々に粉砕され。槍の勢いを止めることすらままならない。
「チッ」
仕方がないと、ジョナサンは回避に専念。
魔獣アラクネも、本能的に槍に恐怖しているのか、完全に逃げに徹していた。
それほどまでに、今の善人の放つ攻撃は、一撃一撃が規格外であった。
唯一、真正面から対峙できるのは、魔獣レヴィアタンのみ。
蒼き龍の如きその巨体で、光の槍を弾き飛ばし。反撃とばかりに、極太のウォーターレーザーを口から放った。
魔獣レヴィアタンの渾身の一撃。光の槍を弾きながら、善人のもとへと迫るも。
彼がその手に具現化させた、白銀の槍。他とは異なる槍と、正面から衝突し。
結果、善人の槍が打ち勝った。
その光景に、レヴィアタンは言葉を失い。
主である、ジョナサンのもとへと近寄る。
「ジョン。あの槍、インチキ」
「確かに。レヴィの全力が効かないとは、予想以上の力だ」
「それもそうだけど。あいつの魔力、あの銀ぴかの光。わたし達じゃ、絶対に勝てない」
「それはどういう」
レヴィアタンも、それ以上は言語化することが出来ない。だが、同じ魔獣であるアラクネも、完全に恐怖を感じている様子。魔獣にしか理解できない何かが、善人の力にはあるのだろう。
1対3という形ながらも、多人数であるこちら側が押され気味。だがそれでも、この戦いから逃げるという選択肢はなかった。
言葉で止められない以上、少しでも時間を稼がなければ。
その思惑を悟られないためにも、ジョナサン達は再び善人へと攻撃を仕掛けた。
目の前で繰り広げられる熾烈な争い。それを、黒羽えるは冷めた表情で見つめていた。
まるで興味がない。対岸の火事を眺めるように。
彼女は、何を想いそれを見るのか。
すると、
「君は一体、何者なのかな?」
声をかけてきたのは、1人の少女。ジョナサンの契約悪魔、アスタであった。
一応、黒羽の身を守るために、護衛のアミーが前に出る。
「おっと、そう身構えないでよ。僕に敵意はないし、そもそも弱っちい下級悪魔だよ?」
「……見た目で相手の力を判断するほど、俺は愚かじゃない。それに、彼女を守るのが、俺の役割だからな」
「うーん。ほんっとうに解せないなぁ。なんで君たちみたいな善人が、その子を守るのか」
そう呟くアスタの声色に、嘘は感じられない。
「うちの相棒や、あの嬢ちゃんのクラスメイトだからな。確かに、俺なんかには理解できない、どデカい儀式を行おうとしているようだが。……まぁそれでも、俺は守るさ」
それが、アミーの結論。善や悪という話ではない。仲間やその友人を守るのに、細かな理由など不要であった。
その真っ直ぐな感情に、アスタは辟易とする。情報の共有が出来ていないだけで、こうも事態は面倒になるのかと。
「いい? その子が行おうとしている儀式は、世界を滅ぼす可能性があるんだよ?」
「なに?」
「……」
アスタの言葉に、黒羽は口を閉ざしたまま。
「信じられないだろうけど、僕たちは未来を知ってるんだ。タイムスリップに、未来予知。まぁ事情は複雑だけど、1つだけ確定してる」
それは、このソロモンの夜と呼ばれる儀式の顛末。
全ての遺物が一つになり、空の王と呼ばれる巨人が誕生。その圧倒的な力によって、姫乃の街を消滅させる。
惨劇を生き延びるのは、ほんの一握りの人間のみ。
「急に未来の話とか言われて、信じられない気持ちは分かるけどさ。君だって感じるだろう? この街、そしてこの塔に集められた膨大な魔力。ここに、世界中の遺物が合わされば、どれだけヤバいかって」
「……確かに、それは一理あるが」
事が大きくなり過ぎている。それは、アミーにも理解できていた。
最初は、王の指輪を巡る何らかの戦いに巻き込まれたと思っていたが。
それを裏で操っていたのは、この黒羽えるという少女で。姫乃という街のシステムを使って、何か大きなことを成し遂げようとしている。
アスタが言っている未来の話も、全くの嘘とも思えない。
でなければ、ここまで本気で止めに来ないだろう。
だがそれでも、アミーは思い返す。
ここまでの道のりで見た、黒羽えるという少女を。
――100万回生きた猫、わたしはあれと同じ。神さまが洗い残した、薄汚いシミ。
自分をそう卑下する、儚げな横顔。
――約束の時間だ。ごめんね、紅月さん。
どこか悲しみを帯びた、謝罪の言葉。
その全てを経て、感じて。
アミーは、黒羽を守るように胸を張る。
「嬢ちゃん。黒羽えるは、悪ではない。俺はそう信じている!」
この複雑な事態を、理解できているとはとても言えない。
だがそれでも、敵と味方、守るべき者が誰なのかは、自らの心が教えてくれる。
「ッ」
その大きな背中の影で、少女は胸を抑える。感じたことのない、この気持ち、この痛み。
なぜこの人たちは、頼んでもいないのに、そばにいようとするのか。
ただ、わからないことに困惑する。
そんな、アミーと黒羽の姿を見て。
アスタもバツの悪そうな顔をする。
「まったく。これじゃ、完全にこっちが悪者じゃん」
深いため息を。
「僕だって、できれば誰も殺したくはないよ。この国に来てから、ジョンはすっごく生き生きしてるし。僕も、現状の生活には満足してる。でもね、」
アスタの瞳が、微かに輝く。
彼女もまた、時に選ばれし者であった。
「……未来が、見えるんだよ。この街が炎に包まれて、ジョンが死ぬ凄惨な未来が」
未来から来た魔女、リタの言葉によって、多くの陣営が一つに纏まった。
リタの語る詳細な情報に、ただ破滅を回避したいという強い気持ち。紅月龍一も、魔王グレモリーも、そしてジョナサンも。その未来を変えるためならばと、手を取り合う道を選んだ。
だがしかし、アスタだけは、他とは少々事情が違った。彼女は元より、時間に関する能力を有しており。実際にその力を使って、自分たちに降りかかる未来の光景を目にした。
大切なものが、すべて、崩壊する未来を。
何としても、この儀式を止めなければ。
「正直、問答無用で君を殺そうと思ったけど、すぐに無駄だと悟ったよ。だって君、自分の命を作戦の勘定に入れてないでしょ?」
「なに? どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。僕たちがこの場所に乗り込んでから、彼女は一度も自分の身を守ろうとしていない。最初は、仲間の力を信じてるからだと思ったけど、それは間違い。――たとえ君が死んでも、もう儀式は止まらないんでしょ?」
アスタの問いに対して。
黒羽は無言の微笑みで、肯定の意を示した。
「どういうことだ、嬢ちゃん」
「……アミーさん、だっけ。彼女の言葉通りだよ。儀式の成功を確実にするために、工程の殆どがこの街、姫乃のシステムによって自動化されてる。もしも、魔法で心を操られたりして、わたし自身の手で儀式を止められる、そんな可能性もあったから。だから、もう儀式は止められない。たとえ、わたしが全力を尽くしたとしても、ね」
それほどまでの執念。
彼女の中で、ソロモンの夜という儀式は、自分の命よりも重要なものと位置づけられていた。
どう考えても、普通ではない。
「君をそこまで突き動かすのは、どういう理屈かな?」
それは、誰にも分からなかった情報。どれだけ過去を調べても、未来の知識を参照しても。調べても調べても、結果はいつも同じ。
黒羽えるは、普通の女子高生である。
「君の生まれは、ごく平凡なものだ。確かに、家宝として受け継がれてきた遺物に触れて、僅かな魔法の力には目覚めたみたいだけど。君はその力を使うことなく、一般的な生活を送ってきた。特殊な技術、特殊な思想を持った存在と、コンタクトを取った形跡もない。……にもかかわらず、君はソロモンの夜という儀式を組み上げた」
それは、疑問。あるいは、恐怖。
理解不能。未知なるものを、人は恐れる。
「もう一度聞くよ、黒羽える。君は一体、何者なのかな?」
真剣な瞳で、そう問われた。
まっすぐに。回答以外は、不要とばかりに。
黒羽は少し考えるも。
最後だからいいか、と。重い口を開く。
「――わたしの本当の名前は、バエル。ソロモン王の生み出した最初の悪魔にして、彼の忠実なる下僕」
黒羽える、改め。
バエルの計画が、ようやく終わりを迎えようとしていた。




