救済
「ミッツ、本当にこの下に居るの!?」
「がふっ」
大量に崩れ落ちた、瓦礫の山。
その中で、少年はとてつもない重量に耐え続けていた。
「シュークリーム? 生きてる? 生きてるなら返事してくれる?」
「……」
聞き覚えのある声が、瓦礫の山を掻き分けている。
けれども少年は、重さに耐えるので精一杯で、返事をすることが出来ない。
その心に抱くのは、ただ無念の感情のみ。
敗北という文字が、頭の中から離れない。
やがて、次々と瓦礫が取り除かれて。
「はぁ、よかった。思ったより元気そう」
「いいや。最悪の気分だ」
龍宮桜の手によって、紅月朱雨は瓦礫の山から助け出された。
輝夜がこの世界から消えてから、ほんの数分後の出来事である。
◇
「で、何があったわけ?」
「説明する義務があるのか?」
「あったりまえじゃない! 助けてあげたんだから」
瓦礫の山から救出され、紅月朱雨は不機嫌そうに地面に座る。
そのそばには、彼を助けた龍宮桜と。
朱雨の契約魔獣である、ケルベロスの姿があった。
「そもそもお前、なんでここに来たんだ?」
「とーぜん、近くでドタバカ音がしてたから。かぐちに、今日は家から出るなって言われてたけど。なんというか、見覚えのある? 魔力を感じたからさ。そりゃ助けに来るでしょ」
「……そうか」
知っている魔力の持ち主が、家の近くで戦っていたのだから。
気になって様子を見に来るのも、まぁ当然の話であった。
「それで? シューがあんなザマになってた理由は?」
「ぐっ」
単純ながら。
それは、言葉にしたくない内容であった。
「おい、ケルベロス。お前がもっと早く瓦礫をどけてたら、こいつに見つかることもなかったんだぞ?」
「がう」
※意訳 四足歩行なんだから、無理言わないでよ。
「そうそう! ミッツの体重が乗っかったら、もっと怪我してたかもよ」
「クソ」
「くそって言わない! まったく、そういう所だけは姉弟そっくりね」
あまり、言われたくない指摘に。
流石の朱雨も、白旗を上げざるを得なかった。
「……あの金髪の男。ジョナサンと戦ってたんだ」
「ジョナサン!? それって、あの。不動連合を壊滅させた?」
「そうだ。あいつがここに居るって情報を、輝夜から聞いたからな。待ち伏せしてぶちのめそうとしたんだが」
「逆に、ぶちのめされたと」
「そうじゃない! いや、まぁ。結果だけ見るとそうなんだが、そんな単純な話じゃなくてだな」
およそ、10分前。
紅月朱雨とジョナサン・グレニスターは、この場所で熾烈な攻防を繰り広げていた。
まるで芸術のような魔法で、無数の剣を操作するジョナサンと。
拳と蹴りのみで、それに対抗する朱雨。
互いに無駄がなく、洗練された実力者ゆえに、周囲への被害が出ることなく。
その姿はまるで、局所的な嵐のように。
魔獣や悪魔の横槍もなく、正真正銘の一騎打ち。
あの時の決着をつけるために、互いに負けられない戦いだったのだが。
――なに?
双子の姉弟ゆえだろうか。
輝夜がこの世界から消えた瞬間、朱雨はその異変に気づいてしまい。
それゆえ生じた一瞬の隙を突いて、ジョナサンの有効打が炸裂した。
その結果として、朱雨は瓦礫の山に埋もれ。
ジョナサンはどこかへと消えてしまった。
とはいえ、朱雨はまだ戦える。
瓦礫から抜け出せないという失態を晒してしまったものの、肉体的にはそれほどダメージを負っていない。
「それじゃ、これからどうするの?」
「あの金髪男を追う。と、言いたいところだが」
朱雨を迷わせるのは、あの感覚。
確かにあの瞬間、輝夜の身に”なにか”が起きた。
「お前たちの学校、神楽坂高校に行く」
「かぐちの様子を確かめに行くわけね。もっち、あたしも行くわ」
「……好きにしろ」
ただ、魔力を感じれるだけの足手まとい。だがしかし、瓦礫から助けてもらった以上、あまり強く言うことが出来ず。
なおかつ、すでにケルベロスが桜を背中に乗せていたため、朱雨は同行を許すしかなかった。
(こいつは、かなりの厄介事だな)
今夜、この街で何かが起ころうとしている。
朱雨も桜も、それだけは確信していた。
◆◇ 救済 ◇◆
それはまるで、一つ一つが命を持っているように。
それでいて、集団で狩りをするかのように。
魔力を帯びた無数の剣が、少女。
黒羽えるに向けて襲いかかる。
だがしかし、黒羽は意に介さないという表情で。
瞬間、解き放たれた白銀の光によって。
無数の剣は跡形もなく消滅した。
「なるほど。この期に及んで、ボディガード付きとは。なかなかスムーズに行かないものだな」
剣を操りし王。
ジョナサンが見つめる先には、1人の少年が。
花輪善人が、白銀の槍を携えて立っていた。
先程の強烈な光は、彼から放たれたもの。
「どこの誰かと思ったら。輝夜サンの実家を襲った、外国の保有者か」
「君は誰だい? 思うに、初対面のはずだが」
善人とジョナサン。彼らは一度、紅月輝夜の実家、不動連合の総本部にて顔を合わせている。
だがしかし、その時の善人はまだ”以前の彼”であり。白銀へと変貌を遂げた今の善人を、ジョナサンは同一人物と認識できなかった。
「どうでもいいだろう? なんせお前は、ここで脱落するんだからな!」
白銀の槍に、猛烈な魔力が宿り。
純粋な殺人光線となって、ジョナサンのもとへと放たれる。
「くっ」
咄嗟に、前方に剣を展開し。
盾のような形で攻撃を受け止めようとするも。
白銀の槍から放たれた光は、ジョナサンの剣を容易く打ち砕き。
凄まじい衝撃と共に、着弾した。
けれども、結果は不発。
すんでのところで、1人の少女が間に入っていた。
「ジョン、危なかった」
「あぁ。助かったよ、レヴィ」
ジョナサンの使役する”魔獣”の1人、レヴィアタン。
人間体の姿は、可愛らしい白髪の少女だが。有している力は召喚者であるジョナサンをも凌ぎ、魔王クラスと言っても過言ではないだろう。
そんなレヴィをしても、強い警戒が必要な相手。
それが、今の善人であった。
「まったく、突っ走るから死にそうになるんだよ」
「!@#$%」
続いて現れたのは、ピンク髪の少女と、クモのような下半身を持った女性型魔獣。
ジョナサンの最初の相棒であるアスタと。最近、新規で召喚された魔獣、アラクネである。
紅月朱雨とケルベロス。
彼らを突破して、ジョナサンたちはここまでたどり着いた。
ジョナサンと、彼の率いる3体の契約魔獣たち。
対するは、戦闘能力皆無の黒羽えると、花輪善人、悪魔アミーという3人。
戦える人数でいえば、ジョナサン側の圧倒的優勢だが。
”個”の持つ底力が不明なため、容易い戦いにはならないだろう。
そんな、緊迫感の中。
「……」
敵対する相手を見て、善人は怪訝な表情をする。
黄金と白銀のオッドアイは、通常では見えないものすら看破していた。
「遺物保有者はこれまで何人か見てきたが。3体と契約して、なおかつ3体とも悪魔じゃないって奴は初めてだな」
「なに?」
善人の言葉に、ジョナサンは一瞬、理解できないという反応をするも。
そのすぐ側で。
アスタは、蛇に睨まれた蛙のように動揺していた。
「魔獣が2体と、”混ざりもの”が1体。指輪は、持ち主と相性の良い存在を呼び出すって聞いたが。その理論で行くと、アンタはよっぽどの物好きらしい」
「……まぁ、否定はしないよ」
まるで、不安を分かっているように。
ジョナサンは、相棒であるアスタの肩に触れる。
「この僕に仕える存在だ。普通じゃ、つまらないだろう?」
「ジョン……」
自分の契約する存在が何者であろうと、ジョナサンは気にしない。
その正体が何であれ、どんな秘密があろうとも。共に歩んでくれる仲間なのだから。
「フッ」
だとしたら、相手にとって不足なし。
善人は槍を手に、臨戦態勢へと入る。
「アミー、黒羽を守ってくれ。こいつらが相手じゃ、俺も本気で戦わないとヤバそうだ」
「了解した、相棒」
今の善人は、黄金ではなく、白銀である。
ゆえに、前までのような攻防一体のコンビネーションは使えない。
善人が圧倒的な力で暴れ、アミーはそれを補助するのみ。
「花輪くん。暴れ回るのは良いけど、タワーやここの設備には危害を加えないでね。儀式そのものに影響はないけど。最悪、エネルギーの暴発で、みんな死んじゃうかもだから」
「今更ながら。お前、どんな馬鹿げた現象を起こそうとしてるんだ?」
「気にしない気にしない。泣いても笑っても、もう結末は変えられないんだから」
すでに、約束の時は訪れた。
もはや誰がどれだけ足掻こうと、ソロモンの夜は止まらない。
「なぁ相棒。この嬢ちゃんを守るの、本当に合ってるのか?」
「さーな。後で、輝夜サンに聞けばいいだろ」
善人の持つ白銀の槍に、強烈な魔力が満ち満ちる。
対するジョナサン側も、各々の力を解放。
ソロモンの夜における、最後の戦いが幕を開けた。
◆◇
深淵の底。星の影たちが闊歩する、地獄世界。
そこに、ぽつんと存在するシェルター内にて。
「ど、どうしたにゃん!?」
しんみりとした空気で見つめ合う、カグヤとリタ・ロンギヌス。
その姿を見て、タマにゃんは愕然としていた。
「まぁ、なんだ。感動の和解? ってやつだな」
輝夜はもちろん、特に何も考えていない。
「ミーが超特急で作業してる中で!? と、当然、諸々の説明は終わってるにゃん?」
「……あ、ごめんなさい。完全に忘れてたわ」
カグヤは冷静に謝罪する。
思えば、それなりに時間が経ってしまっている。
「なんというか、わたしの身の上話しかしてないわ」
「にゃ!?」
想定外過ぎて、タマにゃんは開いた口が塞がらない。
「か、空の王への対抗手段は?」
「説明してない」
「花輪善人に関する懸念は?」
「まだ」
「他の宝具の所在地!」
「言ってない」
「厄災関連は……」
「ごめんなさい」
まったくもって、約束が違うのだから。
タマにゃんがうろたえるのも仕方がない。
「えっと、2人とも? 一応、わたしも未来に関しては知識があるから。そこまで心配する必要はないんじゃないかしら」
リタが仲裁に入る。
そもそも、最初に時間を越えて、未来を変えようとしたのは彼女である。
今後、気をつけるべき事象なども把握しているつもりだが。
「ダメなのよ、それじゃ」
カグヤはそれを否定する。
「すでに、運命の歯車は大きく歪み始めてる。今後、あなた達という”蝶”が羽ばたき続ける限り、その歪みは収まらない」
リタの有する未来の知識は、あくまでも1つのルートのみ。
ほんの僅かでも選択肢を間違えれば、異なるルートへと突入してしまう。
「いい? あなた達はこれから、姫乃の街を、ソロモンの夜を解決しようとしてるんでしょう? それが果たされた時点で、もう約束された未来なんて訪れないの」
本来の歴史では、姫乃に空の王が出現し、街も人も全てを焼き尽くす。
生存者は、輝夜と善人の2人だけ。
「紅月龍一という抑止力の消失と、それに端を発した悪魔たちの地上侵攻。あの動乱が起きないのは、とても良いことだと思うけど。あれがなければ、世界に誕生しないものもある。何もかもハッピー、とは行かないの」
世界を救うほどの大きな変化。
けれども、それを一度でも起こしてしまえば。リタの持つ知識、アドバンテージは大きく失われてしまう。
ゆえにこそ、より多くの知識を共有する必要があった。
「にゃん。あっちの世界の潜在的なリスク、起こりかねない出来事、そのへんに対抗するための手段をいくつか考えてあるにゃん。で、その説明を、カグヤに頼んだつもりだったにゃん」
「本当、ごめんなさい。わたし個人、というより、わたしとリタの話に熱が入っちゃって。まだ1ミリも説明してないわ」
「なんでにゃん!?」
カグヤの怠慢に、タマにゃんは吠える。
「はぁ。……今から説明すればいいでしょ? 別に、時間だってまだあるんだし」
「にゃ、それは間違いにゃん! いつどこで、どんなタイミングで、その時が来るかなんて分からないにゃん」
タマにゃんの抱く焦り。
それには、確固たる理由があった。
「時間の流れにも差異があって、戻った時の状況だって不明にゃ。ミーたちに引き金を引く権利がない以上。それは明日かもしれないし、1時間後かも知れないにゃ。最悪、今この瞬間にだって――」
”その時”が、いつ訪れるのか。
分からないがゆえに、タマにゃんは事の重要性を強く訴えて。
――世界が、揺れた。
「……地震か?」
「いや、違うにゃん」
長い事、この場所で生活してきて。物理的にそれはあり得ないと、タマにゃんは知っている。
これは地震などではない。
これは、音。
鐘の音。
世界を揺らすほど大きな、鐘の音。
理解不能な現象が起きている。
でも、これが鐘の鳴る音だと、誰もが理解してしまう。
「ねぇ、タマにゃん。もしかして、これ」
「にゃー。タイムリミットにゃん」
この奇跡、この邂逅にも、終わりが訪れようとしていた。
「忘れて、ないわよね?」
「にゃん」
時が来たのだと、カグヤとタマにゃんは悟る。
もはや一刻の猶予もない。
こちら側からの扉は、ただ一度しか開かないのだから。
「うぅにゃーん! もうヤケクソにゃーん!」
「ふぅ。やることやるしかないわね」
何かしらの、覚悟を決めた様子の2人だが。
輝夜とリタからしてみれば、まるで状況が理解できず。
「なんだ? この変な音」
「確かさっき、あなたを救うために、カグヤが宝具を使って。その時にも聞こえたわ」
「にゃん。ミーたちのコードブレイカーと、同じ現象が起きてるにゃん。つまりこの世界の何処かで、誰かがコードを、物理法則を破ったにゃん」
コード。
それはこちら側の世界に存在する、絶対的な法則。
この世界を縛り付ける呪い。
「それにしても、わたし達のコードブレイカーとは桁違いじゃない? 下手したらこれ、大陸単位で距離があるわよ」
「にゃはは〜 ミーの計算が正しければ、3.52/ksほどの魔力が一瞬で爆発して、その余波でコードが崩壊したっぽいにゃん」
「なによ、その知らない単位。もっと分かりやすく教えてくれる?」
「にゃ。簡単に言うなら、地球が3回壊れるくらいのエネルギーってことにゃん」
「……馬鹿なの? それ」
嘘か誠か。
タマにゃんの話はスケールが大きかった。
「まぁ、どうでもいいわ。こうなった以上、わたし達は、わたし達の使命を果たすだけ」
「にゃ〜 楽しい時間は、一瞬にゃん」
遥かな昔より、カグヤとタマにゃんは覚悟が出来ていた。何をするべきかを考えていた。
自分たちに残された、この物語のフィナーレを。
「ねぇ、”わたし”。あの黒い刀を出してくれる?」
「ん? カグヤブレードのことか?」
「ええ、そうよ。その恥ずかしい名前のやつ」
そんな事を話しつつ、輝夜はブレードをその手に出現させる。
「恥ずかしいって。お前の名前もカグヤだろう」
「いや、そういう問題じゃなくて。……え、これ天然なの?」
もう一人の自分の感性に驚きつつ。
カグヤは、黒い刀に手を伸ばす。
「ちょっと借りるわよ」
「あぁ、うん。一応、わたしのメインウェポンだからな。壊すなよ?」
「馬鹿にしないで」
同じ、かぐや姫だからか。
まるで所有者であるかのように、ブレードはカグヤの手に馴染み。
本人も、それを実感すると。
素早い動きで手首をひねり、もう一方の手で刃の部分を掴み。
迷うことなく、力を込めて。
「――ッ」
カグヤは、自分自身の胸を貫いた。
予想もしない行為に、輝夜とリタは思考が追いつかず。
そんな2人を見ながら、カグヤは笑う。
「これが、わたしの、最後のわがままよ」
刀は確かに身を貫いて。
真っ赤な血が、地面を濡らした。




