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地獄姫 〜初期ポイントを容姿に全振りしたら、とんだクソザコナメクジに生まれ変わってしまった〜  作者: 相舞藻子
ソロモンの夜 Ver.1.41421356237

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巡り廻り

感想等、ありがとうございます。






 時折、わたしは夢を見る。

 過去の記憶。目にした光景や、耳にした言葉。


 でも、それはわたしの記憶ではない。




 遠い、遠い昔。

 この星の支配者が、2度変わる前のこと。




 1人の少年が、草原にて世界を見渡していた。

 小さな国の、小さな人間。それゆえ、目の届く範囲などたかが知れており、100人にも満たない人の営みが見えるだけ。




 見えるのは、石を運ぶ男たち。女や子供は、水と食物を練っている。

 昨日も今日も明日も、このまま変わらない日々が続いていく。

 少年には、それが分かっていた。


 自らも身に着ける布の服や、寝床である石の建物。

 人の造りし物は有るが、未だに多くが自然に敵わない。


 食って、生きるために、人々は晴れや雨に一喜一憂するだろう。

 激しい嵐には、為す術もなく荒らされてしまうだろう。

 獰猛な獣は、生活を脅かす敵となり得る。




 少年は見る、遙か先の未来を。

 今より何百年も先、人々がより栄え、自然にも打ち勝つ日を。

 けれどもそれは、今ではない。この繁栄の速度では、いくつもの世代を経なければならない。




 天と地の狭間で、少年は悟る。

 自らに課せられた、星からの使命を。





――ソロモンさま。こんなところで何を?





 それは、夜明け前。

 この星に革新が起こる、黄金の時代の始まり。










◆◇ 巡り廻り ◇◆










 宝具の輝きが、姫乃の空を微かに照らし。

 それと同時に、紅月輝夜の契約悪魔たちは、一斉に遺物(レリック)とのリンクが途切れた。




「ッ」




 紅月龍一、ウルフという猛者を、たった1人で抑えていたドロシーも、その異変には驚きを隠しきれず。

 同時に降り注ぐ、”月からの圧”に、魔王である彼女の肉体も悲鳴を上げる。


 すると、




『異常を検知。バルバトス様の生命維持のため、BAパッケージを起動します』



 そんな音声が聞こえた後。




 ドロシーの身体を、膨大な血と魔力が覆い。

 彼女専用に調節された、地上戦闘用の血の鎧、BAパッケージが展開される。




「……」




 突如起動した、特注の戦闘ドレス。

 ドレシーはそれに驚きつつも、何よりも気になるのは”直前の感覚”。


 自身に流れる魔力を感じて、実感する。

 自らの主、輝夜との繋がりが切れていることに。





「BAパッケージ? てことはあいつ、今から本気出すのか?」


「……いいや、違う」




 ウルフの言葉を、龍一は冷静に否定する。


 そもそも、BAパッケージというのは、悪魔が月の呪いを遮るために開発した、地上戦闘用のシステムである。人間よりも月の呪いの影響を受けやすい悪魔は、そもそも生身の状態ではまともに活動することすらできない。


 けれどもそれは、一般的な悪魔の話。


 遺物(レリック)、王の指輪によって地上に召喚された悪魔は、遺物(レリック)の効果によって月の呪いを無力化できる。

 よって、結局は防護服でしかないBAパッケージを、わざわざ展開する必要はない。




 ドロシーは、冷静に。

 武器である大剣を収め、攻撃的な魔力を沈める。




「輝夜の身に、何か起きたみたい。ここは戦いを止めましょう」




 あくまでも、両者は異なる信念のために、その力を衝突させていたに過ぎない。

 異常事態が起これば、もはや戦う意味はない。


 両者互いに、輝夜の味方なのだから。
















 場所は変わって、姫乃の河川敷。

 ここでは、”混乱するバルタ騎士団”と、残る輝夜の契約悪魔たちが戦闘を繰り広げていた。




「うおぉぉ!! テメェら!! 本心じゃねぇんだが、あいつのために死んでくれ!!」


「おいおいマスター。いい感じにイカれてんじゃねーか!!」




 混乱の原因となっているのは、バルタの騎士が1人、マドレーヌ・クライン。

 彼女と、その契約悪魔であるウヴァルは、あろうことか敵側につき、仲間であるはずのバルタの騎士に攻撃を仕掛けていた。


 


「マドレーヌちゃん!? どうして。こんなタイミングで裏切るなんて」


「アリサ、しっかりと剣を握れ。どうやら手加減する気はなさそうだ」




 騎士団のリーダー、アリサも動揺を隠せない。

 その契約悪魔にして、魔王であるグレモリーも、表面上は冷静ながら、この予想外の展開に対応が遅れていた。




(このままでは、マズいな)




 これは、大義のための戦いである。

 人と悪魔の世界を壊しかねない儀式、ソロモンの夜を止めるために。


 未来を知るという魔女、リタ・ロンギヌスの言葉を信じるならば。ここで儀式を止めなければ、騎士団はおろか、この街に暮らす全ての人々の命が失われてしまう。

 そのために、首謀者とされる少女、黒羽えるの排除を行うのが、バルタの騎士に与えられた役割である。



 まず、騎士団に立ちはだかったのは、紅月輝夜の契約悪魔たち。

 ガラの悪い、男3人衆である。


 これだけならば、騎士団にとってさしたる障害ではなかった。こちら側には、現役魔王であるグレモリーに加え、それ以上の魔力を持つウヴァルの存在もある。

 魔王バルバトスさえ居なければ、輝夜の契約悪魔たちは大した集団ではない。


 そのはず、だったのだが。




――わりーな、テメェら。



 戦闘が始まる直前。問題児であるマドレーヌが、突如として敵側に寝返った。




 確かにマドレーヌは、この街に来て早々、紅月輝夜を襲撃するという暴挙に出るなど、性格に難を抱えた少女ではある。

 だがしかし、まがりなりにも彼女は、アリサをリーダーと認めた、騎士団のれっきとした仲間である。

 このような真剣な場において、冗談で裏切るようなバカではない。




――マスターが裏切るなら、俺も張り切らねぇとなぁ。



 契約悪魔であるウヴァルは、戦えれば何でも良いという単純な性格である。




 マドレーヌとウヴァル。魔王級の戦力が、突如として敵側に寝返ったことで、戦いは最悪の形で幕を開けた。




 紅月輝夜の契約悪魔と、裏切ったマドレーヌたち。

 敵の数は、合わせて5人。


 対するこちらは、残った4人の騎士と、その契約悪魔たち。

 単純に、戦力としては8人となる。


 だがしかし、突然の寝返りによる衝撃と、マドレーヌ相手に本気では戦えないという状況から、戦力は拮抗。

 むしろ精神面では、数で勝るこちら側が押され気味であった。




(……魔女からの念話によれば、他所でも問題が起きているはず。このままでは、黒羽えるの排除が間に合わない)




 まるで、こちらの動きを見透かすかのように、同時多発的に妨害が行われている。

 未来を知る魔女。リタすらも手玉に取る、敵側の動き。


 それにどう対処するべきか。

 悩むグレモリーであったが。





――突如として、敵である紅月輝夜の悪魔たちが、その場でもがき苦しみ出した。





 微かに漏れる、赤い粒子。

 月の呪いによって生じる、肉体と精神の破壊である。




「なっ、何が」


「ぐっ」


「い、いでぇよぉ」




 魔王であるドロシーとは違い、彼らは非常用のBAパッケージを所持していなかった。

 そもそも、遺物(レリック)による契約がある以上、無警戒で当然なのだが。


 主との繋がりを失い。地上に取り残された彼らは、月の呪いに抗う手段を持たない。

 苦しみ、死んでいくのみ。





「……まったく、イレギュラーが過ぎるぞ」



 とはいえ、彼らを黙って見殺しにするほど、魔王グレモリーは非情にはなれず。





 最悪に備えて用意していた結界魔法を発動。

 輝夜の契約悪魔である、カノン、アトム、ゴレムの3人を月の呪いから保護した。



 突然のリンク切れを受けて。

 流石に3人も、グレモリーたちに逆らうような真似はしない。





「さて。生殺与奪が、こちらの手にある以上。どういう意図で我々の邪魔をするのか、説明してもらえるな?」




 こちらの魔法がなければ、カノンたちはこの場で野垂れ死ぬしかない。

 ゆえに、もはや勝敗は決したようなものだったのだが。





「アリサちゃん! もう戦いは止めようよ!」


「うるせぇ! 下剋上だコラァ!!」




「……あっちは、変わらないのか」




 紅月輝夜の消失により、契約悪魔たちはその影響を失った。

 だがしかし、根本的に別の力で縛られているマドレーヌには、まるで変化は無いようで。



 マドレーヌとウヴァルを止めるべく、バルタ騎士団はさらなる足止めを余儀なくされた。

















 時を同じくして。

 姫乃の中心、姫乃タワー。


 ロンギヌスの日本支部が存在し、本来であればこの街でも特にセキュリティの高い建物であろう。

 だがしかし、今この瞬間においては違うようで。



 黒羽えるは、堂々とタワーの中を歩いていた。



 彼女の手によって、システムが掌握されているのか。セキュリティは機能しておらず、彼女の意のままに扉が開いていく。

 その後ろを、花輪善人とアミーの2人が。人気のない不気味な雰囲気に、困惑している様子だった。




「……ここまで妨害がないなんて。紅月さんは、どんな手品を使ったのかな」




 そんな言葉をつぶやきながら、黒羽えるはエレベーターへ。

 最上階へのボタンを押した。




「セキュリティを逆手に取って、邪魔者を足止めする予定だったけど。これなら、予定通りに儀式を進められる」


「……」




 ソロモンの夜。世界中の遺物(レリック)保有者(ホルダー)を巻き込んだ、大規模な事象。

 一通のメールから始まり、多くの争い、多くの人の命すら奪った。

 この、たった1人の少女の手によって。




「なぁ、黒羽。このソロモンの夜ってのは、お前1人で計画したのか?」


「そうだね。わたしは、最初から最後まで1人だよ。あなた達がこうやって同行してるのが、一番のイレギュラーかも」


「そいつは悪かったな」




 善人とアミーは、黒羽の身を守るのが役割である。

 ただ、輝夜に頼まれただけ。他に複雑な理由など存在しない。




「こんな場所まで来て。そんで、儀式とやらをやって。一体何が変わるんだ?」


「さぁ、どうなんだろう」




 ソロモンの夜、大いなる儀式。

 その果てに何が起きるのか。首謀者である黒羽ですら、正確に把握していなかった。





 一階から最上階まで。

 エレベーターは静かに、運命を導いていく。





「花輪くんは、生まれ変わりって信じる?」


「……急に、どうしたんだ?」




 最上階まで到達。

 けれども黒羽は、エレベーターから降りない。


 踏み出せば、もう戻れないのだから。




「輪廻転生。同じ魂が、名前を変え、姿を変えて。何度も何度も、生と死を繰り返す」


「異世界転生的な話じゃ、なさそうだな」


「……」




 黒羽と善人の対話を、アミーは静かに見届ける。

 彼女から”こぼれ落ちる言葉”が、きっと重要なことなのだから。




「この世界はね、大きな循環の輪で成り立ってるんだ。死んだ人間の魂は洗われて、真っ白な新しい生命に。それがきっと、世の中の大半を占めてる。――でも、わたしは違った」




 普通の少女として、生きられない理由。

 なぜ、彼女はこのような出来事を起こしたのか。




「100万回生きた猫、わたしはあれと同じ。神さまが洗い残した、薄汚いシミ」


「黒羽?」


「でもこれが、きっと最後の人生になる。今日、ここで、2000年の旅路が終わりを迎える」




 言葉は、十分過ぎるほどに呟いた。

 覚悟はもう出来ている。


 ほんの少しの余白を経て、黒羽は一歩を踏み出した。















 腕時計の針は、午後6時を刻み、通り過ぎる。


 黒羽はもう時計を見ない。


 もはや、その必要が無くなった。





「――約束の時間だ。ごめんね、紅月さん。あなたが何をしようとしていたのかは知らないけど。儀式は予定通り、始めさせてもらうね」





 時が来たことで、姫乃の街に異変が。

 姫乃タワーを中心に、街全体が魔力の膜に覆われる。


 これが、儀式の始まり。

 世界を変える、大いなる力の誕生。





 だがしかし、





「――そうはさせない」





 静寂を破って。


 姫乃タワー最上部に現れたのは。


 無数の剣と、それを操る1人の王。



 ジョナサン・グレニスターが、運命の場へと到達した。






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