二人の輝夜
ゆらゆらと揺れる、まどろみの中。
確かに生きている。自分の呼吸を感じながら、輝夜は目を開ける。
そこにあったのは、自分と瓜二つの顔をした人間。
まったく同じで、まったく違う。見た瞬間に分かってしまう、どうしようもない結末の果て。
鏡合わせのようで、その中身はまるで違う。
一体、どんな人生を歩んだら、そんな瞳になるのか。
(……あぁ、気持ち悪い)
その少女が、ではない。
自分と彼女の違い、歩んだ歴史の違いを、まざまざと見せつけられているようで。
輝夜は目を、閉じた。
◆◇ 二人の輝夜 ◇◆
連れられてきたのは、岩のように偽装されたシェルターのような場所。
居るはずのない人物、カグヤと。もう一人、分厚い防護服を身に纏った人物。
謎だらけの現状だが、今のリタには他に選べる選択肢など無く。意識を失ったままの輝夜の存在もあるため、ここまでついて来た。
「ようこそにゃ! 我らのささやかなる楽園へ! 飲み物は冷蔵庫に入ってるから、好きにして良いにゃん」
「……ええ」
ささやかなる楽園、彼女たちが生活しているであろうシェルター。
一言で表すなら、そこは”ゴミの集まり”だった。
騒々しく稼働する、壊れかけの機械が多数。この環境下で設備を維持するのが、それほど大変なのだろうか。
ゴミ捨て場で拾ってきたような、ボロボロの家具。あまり掃除の行き届いていない、床や壁。
正直、あのかぐや姫が暮らす場所としては、最も適していない環境とも言える。
「ねぇ、カグヤ? あなた、こんな場所で暮らしているの?」
「ん? まぁ、そうね。あなたの時間逆行に巻き込まれて、かれこれ5年近くここで暮らしているわ。そこの、うるさい悪魔と一緒にね」
「にゃ! うるさいにゃん!?」
カグヤの言葉に反論しながら、もう一人の人物が防護服を脱ぐ。
その正体は、”ズレた猫耳”を頭につけた、黒髪ツインテールの少女。
輝夜に引けを取らないほどの美少女だが。
なおさら、この粗悪な環境との対比が大きく感じられる。
そしてリタは、彼女の顔に見覚えがあった。
「……嘘。あなた、もしかして、ニャルラトホテプ?」
「にゃはは! 有名人はつらいにゃん」
サイズ感こそ違うが。
輝夜の電子精霊、マーク2に瓜二つ。
かつて魔界に存在した天才科学者、タマモ・ニャルラトホテプ、その人である。
「あなた、魔界の大崩壊に巻き込まれて、死んだはずじゃ」
「ノンノン。正確に言うなら、アガレスの起爆したAMコアの衝撃に巻き込まれて、木っ端微塵の行方不明にゃ」
「ちょっとタマにゃん。木っ端微塵なら、死んでるじゃない」
「にゃん?」
カグヤと、ニャルラトホテプ。この異様な世界、シェルターの中で共に暮らしてきたのか。
互いに気を許している雰囲気を、リタも感じ取る。
「とりあえず、話は後にゃん。そっちの輝夜を、ソファに寝かせるにゃん」
「ソファで大丈夫? 金具が飛び出てて、どっちかの血が付着してるけど」
「あー。やっぱり、ベッドにするにゃん」
「了解。おんなじ顔だから、わたしのベッドに運んでおくわ」
「にゃはは」
冗談交じりに、向こうのカグヤが、もう一人の輝夜をベッドへと連れて行く。
この混沌とした場所に、リタは動くことが出来なかった。
鼻歌交じりに、ニャルラトホテプ、タマにゃんが冷蔵庫を開き、中に入っていた謎の飲み物を口にする。
こんな環境下に存在する飲食物を、果たして接種して良いのだろうか。
「えっと。タマにゃん、で、良いのかしら?」
「にゃ! こっちではタマにゃんで通してるから、むしろウェルカムにゃん!」
沈黙が怖いので、リタは話しかけることに。
「死んだ天才科学者と、わたしのことを知っている、もう一人のカグヤ。そんな2人が存在するなんて、ここはどこなの? 正直、地獄って言われても驚かないわ」
「にゃーん。確かに、ここは地獄すら生温く感じるような場所にゃけど。かろうじて、あの世ではないにゃん。リタやそっちの輝夜はもちろん、ミー達だって死んでないにゃん」
「うそ。でもあなたは、魔界の大崩壊で」
「にゃはは。なんというか、ミーは運が良かったにゃん。あまりにも爆心地に近かったせいか、時空の歪みのような何かに吸い込まれて。にゃ、命からがら、この世界へたどり着いたにゃん」
「……この世界。ねぇ、ここって一体、何なの?」
全てが黒に染まり。
魔王に匹敵、あるいは凌駕するような生命体がそこら中に。
リタの知識に、このような場所は存在しなかった。
「――”異世界”よ。まだ分からない?」
輝夜をベッドに寝かし終えたのか。
もう一人のカグヤが、こちらへ戻って来る。
「ふふっ。1000年を生きる魔女でも、所詮は人間。世界、神の次元を凌駕する話には、縁が無いでしょう?」
「カグヤ。……あなたは本当に、わたしの知っているカグヤなのね」
「ええ。最初の友だちにして、お互いを知り尽くした腐れ縁」
ほんの僅かな、言葉のキャッチボール。それでもリタは理解する。
これが、自分の求めていた答え。
ずっと会いたかった、最愛の人の声であると。
「久しぶりね、リタ。そしてようこそ。――末期世界、アヴァンテリアの深淵へ」
◆
この過酷な世界に耐えるべく、無理矢理に構築されたシェルター。
不格好な場所に、不釣り合いな3人が、テーブルを囲う。
提供された謎の飲み物を、リタは恐る恐る口にした。
「……ただの、コーヒー?」
「にゃ。やっぱりコーヒーで合ってたにゃん」
「ふぅ。わたし達の舌も、まだまだ捨てたものじゃないわね」
リタの反応に対して、カグヤとタマにゃんはホッとした様子。
「ちょっと、どういうことなの?」
「別に、大したことじゃないわ。見ての通り、ここは地獄のど真ん中みたいな場所だから、食料や飲み物なんて手に入らないの。だから基本的に、そういった物は全部わたしが魔法で賄ってるの」
「にゃー。でも、その生活がもう何年も続いてるから、これがコーヒーの味で合ってるのか自信が無くなってたにゃん」
「ええ。やっぱり、本物がないと、比較も何も出来ないから」
魔法で生み出された、コーヒーであるかも定かではない代物。
リタは、そっと飲み物をテーブルに戻す。
「そもそも、ここが異世界とか、わたしはまだ納得してないわ。そっちの、タマにゃんはともかく。カグヤがここへ来た理由は? あっちの輝夜の言うことが正しいなら、あなたはわたしの時間逆行に巻き込まれて、過去に飛ばされたはず。それがどうして、2つに分かれているの?」
「……2つに分かれている。その言い方は、少々語弊があるわね。紅月輝夜として、”正当に生きている”のは、あっちのわたしよ。こっちのわたしは、いわば亡霊、心残りが肉体を持った、残りカスのようなもの」
「カグヤ。お願いだから、わたしに真実を教えてちょうだい。過去に戻ったことで、あなたにどんな影響が起こったの?」
「勘違いしているようだけど。わたしが肉体を捨てたのは、自分自身の意志よ。あの世界で、紅月輝夜としてもう一度人生を歩む。そんなこと、絶対に嫌だったから」
「そんなっ、どうして」
リタとカグヤ。
時を超えて、世界を超えて。1000年以上続く友人関係は、複雑に絡まり合う。
すると、そんな重い空気を壊すように。
「――あぁ! クソ過ぎるだろ、あのベッド。わたしがあんなので眠れると思ったのか?」
傷つき、眠っていたはずの彼女。
もう一人の輝夜が、3人のもとへとやって来る。
「ちょっとあなた、死にかけてたのに、もう歩いて平気なの?」
最も近くで容態を見ていたため、リタは驚きを隠せない。
「きっと、聖杯がいい方向へ作用したのね。元を辿れば、同じ力だもの」
対して、カグヤは冷静に分析する。
そんな彼女たちを見て、輝夜は停止する。
まるで、時が止まったように。
「……デカいマーク2に、わたしそっくりの人間? ……き、気持ち悪すぎる」
いくらなんでも、その表現はあんまりであろう、と。
2人のかぐや。
最初にして最後の出会いは、こうして起こった。




