鐘の音を
感想等、ありがとうございます
「とりま、やってみるにゃん」
黒い怪物、その動きを止められるかと問われて。
防護服姿の女性、タマにゃんは行動に移る。
取り出したのは、幾重にも改造を施されたスマートフォンのようなもの。限られた資源での改造、その努力の結晶が見えるような代物である。
タマにゃんは装置を弄くると。
なにかの”うめき声”のような、おぞましい音が大音量で発生する。
すると、黒い怪物だけでなく。様子見をしていた炎の怪物たちまでも、悶え苦しむような仕草をして、後ずさっていく。
「ラッキー」
タマにゃんの発生させた音により、怪物たちが輝夜とリタから離れたことを確認し。
もう一人の防護服の少女が、輝夜たちのもとへとやって来る。
黒い怪物の攻撃により、輝夜の腹部は血に染まっている。
だがしかし、まだかろうじて息はしている様子。
「良かった、ギリセーフね」
「……」
防護服、分厚いガラス越し。そこから聞こえる声と、薄っすらと見える顔。
それに対し、リタは言葉を失う。
なぜなら、それは。
ずっと、ずっと、探してたもの。
「”カグヤ”、このダミーサウンドも長くは保たないにゃん! さっさと逃げるにゃん」
「……無理よ。こっちのわたしは、下手に動かせば死んでしまう。今、この場所で治療しないと」
カグヤと呼ばれた少女は、目の前の存在。”自分と同一の存在”を見つめながら、冷静に容態を判断する。
「治療って、どうするにゃん!? そっちの輝夜には、治癒魔法も効かないはずにゃん」
「ええ。だからこそ、奇跡の出番ってわけ」
魔法でも駄目なら、後は奇跡に頼るしかない。
防護服のカグヤは、リタへと視線を向ける。
「聖杯、貸してもらえる? あなた、持ってるんでしょ」
「……え」
「ほら、ぼさっとしてないで。早くしないと、この子が死んじゃうわ」
そう催促されて、言われるがままに。
リタが手をかざすと、そこに黄金の聖杯が出現する。
彼女が日本に来る際に発見した、五つの難題の一つ。
仏の御石の鉢が、本来の持ち主の元へと。
「ありがと、リタ」
「……」
なぜ、どうして。
疑問は湯水のように湧き出るも、今は彼女に任せるしかない。
防護服のカグヤが、聖杯を手に取ると。
瞬間、眩いほどの輝きが聖杯より発生する。
この暗黒の世界を照らす、小さな光のように。
失った光を、聖杯は取り戻す。
「あぁ、良かった。とりあえず、まだ所有者として認められているようね」
あの頃とは、何もかもが違っている。生きている世界も、時代も、肉体も。
それでも聖杯は、持ち主をかぐや姫であると認識した。
五つの難題、五つの宝具。
それを扱えるのは、創造主である彼女だけなのだから。
「ちょ、マジにゃん!? 宝具を使う気にゃん?」
「ええ、もちろん」
「でもこっちの世界じゃ、コードに引っかかるにゃん」
宝具の使用に、タマにゃんは驚きを隠せない。
しかし、カグヤはもう止まらない。
「今が、その時なのよ。――タマにゃん、”コードブレイカー”を!」
「本気にゃん?」
「もろ本気よ。この子を失ったら、向こうの世界に未来は無くなる。変えるのよ、今度こそ、わたし達で」
「……わかったにゃん」
コードブレイカー、それは世界を変える力。
タマにゃんは懐から、光り輝く小さな輪っかを取り出した。
これを、ここで使うという行為。
取り返しのつかない事と、しっかり認識して。
託すように、カグヤへと投げ渡した。
「よし」
それを受け取って、彼女も決意が出来たのか。
分厚い防護服を、その場で脱ぎ捨てる。
それ紛うことなく、紅月輝夜と瓜二つの顔した少女。
髪の毛は少々短くて、まるで巫女のような服装に身を包んでいた。
「リタ、わたしの防護服を着なさい。じゃないと、瘴気で体が腐るわよ」
「なっ、え?」
「ほら、ぼさっとしないで!」
「……わかったわよ」
もう一人のカグヤに急かされて、リタは彼女の着ていた防護服を身にまとう。
「これが終わったら、いくらでも話してあげるから」
そう言って。
カグヤの左手には、聖杯が。
右手には、コードブレイカーと呼ばれる光の輪が。
その2つを、1つに。
重ね合わせるようにして。
すると、聖杯の持つ輝きが、より一層強さを増す。
響き渡るは、小さな鐘の音。
世界を変える力。
理を壊す願い。
たった一度の奇跡を纏って。
聖杯、仏の御石の鉢はその真価を発揮する。
「あぁ、いつぶりかしら。この感覚」
聖杯に宿る力、自身に流れ込むエネルギー。
それを感じて、カグヤは安堵の表情を。
聖杯を、高々と天に掲げた。
「――月の姫が命じる。生命の海よ、この辺獄を満たしなさい」
その言葉に応じて、聖杯から黄金の液体が溢れ出す。
勢い、量といい、それは文字通り海のように。
黄金の海は、その姿を変えていく。
力強いドラゴンのように、勇ましいペガサスのように、燃え盛る鳳凰のように。
空想の生物へと姿を変えて、周囲に存在する全ての敵へと襲いかかった。
◆◇ 鐘の音を ◇◆
暗黒の世界に、輝きが満ちていく。
これが宝具の力、かぐや姫の真の力。
彼女の願いが込められた五つの難題。
その力の一端が、猛威を振るう。
大量に存在していた、あの炎を吐く怪物だけでなく。
輝夜に重傷を負わせた黒い怪物までも、その力に圧倒される。
聖杯から溢れるのは、生命の海、無限の生き物たち。
その圧倒的なまでの力で、黒い世界を塗り替えていく。
(あぁ)
その勇姿を、後ろ姿を見つめながら。
リタは静かに、これが現実であると確信する。
わたしは知っている、この力、この愛しきヒトを。
かけがえのない、友の名前を。
戦局を塗り替えて、圧倒的な力を発揮した、黄金の聖杯。
だがしかし、
大きな音と共に、聖杯にヒビが入る。
「そんなっ」
あり得ない光景に、リタは思わず声を漏らす。
彼女はこれまでに何度も目にしてきた、かぐや姫が宝具を使う姿を。
いくら久々に使ったとはいえ、この程度で聖杯にヒビが入るなど。
しかし、担い手であるカグヤは、別に驚いてはいなかった。
むしろ、当然であるかのように。
「……コードブレイカー。やっぱり、世界って残酷ね」
ヒビが入ったことで、聖杯の輝きが急速に失われていく。
無限にも思えた力が、見る見るうちに衰えていく。
ならば、最後にこれを行わなければ。
カグヤは聖杯を手に、横たわるもう一人の自分のもとへと。
その傷口へ、黄金の液体を注ぎ込む。
強靭な呪いによって、その身はあらゆる魔法を弾き返す。
だがしかし、同等の力を持つ聖杯の力なら、呪いを突破することも出来る。
生命そのものを注がれて。
輝夜の傷は、癒えていった。
「ありがとう。これまで、ご苦労さま」
労いの言葉を受けて。
黄金の聖杯は、粉々に砕け散った。
五つの難題、そのうちの一つが、こうして失われる。
「……ど、どういうこと? 聖杯が、壊れるなんて」
またもや、リタの理解を超えていく。
かぐや姫の宝具が失われるなど、未来でも起こらなかった現象である。
それが、たった一度の使用で失われてしまった。
使用者であるカグヤ本人は、この結末を受け入れている様子。
「ここは、ルールが違うのよ。強すぎる力は、コードによって弾かれる。あの怪物たちを追い払うためにも、コードを超える必要があった。その代償が、これってわけ」
「にゃー。それに、コードブレイカーは一度きりの切り札だったにゃん。この10年の努力の結晶が、粉々にゃん」
「ごめんなさい、タマにゃん。でも、これでいいのよ」
「……にゃ。それもそうにゃ」
あの聖杯の輝きのために、一体何を犠牲にしたのか。
何も知らないリタには、分かるはずもなかった。
「それじゃ、シェルターに戻るわよ。わたしが、わたしを運ぶから」
「にゃはは、了解にゃん」
そう言って。
カグヤが、もう一人の輝夜を抱きかかえる。
その異様な光景に、リタは未だに放心状態である。
「ちょっと、なにボケっとしてるの? ……話したいこと、いっぱいあるんでしょ?」
あの時、輝夜は言った。
”あのネックレスは、所有者の望む場所へと転移させる道具なんだよ”、と。
あり得ないと思っていたが、今なら信じられる。
「えぇ」
リタは立ち上がり。
懐かしい友の背中を追った。




