世界を超えて
この世のものとは思えない。圧倒的な火力、おぞましい鳴き声。
まさに、化け物。
それは明確な敵意を持って、輝夜とリタの2人に襲いかかる。
「おい、熱いぞ! バリアが弱いんじゃないか?」
「黙りなさい。これでも、全力なのよ」
1000年を生きる魔女。リタ・ロンギヌスが、見事な防御結界によって炎を受け止める。
防御という概念のない輝夜は、ただ野次を飛ばすだけ。
(……こんな力、今まで受けたことがない)
化け物と正面から対峙しながら、リタは驚きを隠せない。
1000年を超える人生と、このやり直しの2周目。多くの力、多くの強者と対峙したことがある。
しかし、そのどれにも当てはまらない。
強烈なる異質。
(かなり上位の魔王? 怪物的な見た目は、BAパッケージによるものかしら)
膨大な知識の中から、目の前の存在を見極めようとするも。
化け物は、待ってはくれない。
こちらを滅ぼすべく、さらに火力を上昇させる。
「ッ、これ以上耐えるのは無理よ。あなた、戦える?」
「……まぁ、あと少しなら」
ブレードを杖代わりに、輝夜は重い腰を上げる。
体育祭での疲労に加え、リタとの決死の戦いと。すでに、一日の許容運動量を超えていた。
とはいえ、まだ体は動いている。
「……」
頭の中で、2つの記憶が交錯する。自分自身の記憶、知らない自分の記憶。
輝夜にとって、このリタという魔女は厄介な存在でしかないが、もう一つの記憶にとっては違う。
ゆえに、心は強く。
深呼吸をすると、輝夜の瞳が白銀に輝き、敵を視る。
「突っ切る。援護は任せた」
「はぁ? それって、どういう」
作戦会議はこれで終わり。後は察しろと。
そう言わんばかりに、輝夜は化け物もとへと駆けた。
化け物の攻撃対象が、輝夜へと変わり。激しい炎が襲いかかる。
けれども、それをブレードで斬り裂いて。
輝夜は、化け物のそばへ。
その目に映るのは、得体の知れない化け物、その脆弱性。
自分の直感に従って、輝夜はブレードを振るった。
非常に硬い外皮。けれども、その隙間を縫うように、ブレードは化け物の肉体を斬り裂く。
だがしかし、その程度では敵は倒れない。
輝夜を止めようと、腕を振るおうとし。
地面から伸びる魔力の糸によって、それを阻止される。
「援護って、これくらいが精一杯よ」
「ああ、十分だ。そのまま大技の用意も頼む!」
「まったく、注文が多いわね」
魔力の糸で、化け物の体を縫い留めながら。
空いた手で、リタは魔力を練り上げる。
拘束され、身動きの取れないうちに。
輝夜は流れるような動きで、敵の肉体をズタズタに斬り裂いていく。
それはもはや、戦いではなく。
巨大なマグロを解体するかのように、鮮やかに。
すると、化け物も力を制御できなくなってきたのか。
斬り裂かれた部分から、炎が溢れ出す。
「今だリタ! あいつの口に、魔力を叩き込め!」
「分かったわ!」
左手に溜めていた、膨大な魔力。
それを携えたまま、リタは化け物のもとへと駆け。
その頭部に、全ての魔力を。
制御を失った肉体に、溢れんばかりの膨大な魔力。
さすがの化け物も、それには耐えられず。
刹那の輝きの後、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ふぅ」
激しい運動に、輝夜は疲労困憊に。
するとそんな彼女に、リタが手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「まぁ、なんとか」
手を取り合って。
ようやく、2人の戦いは終りを迎えた。
だがしかし、安心も束の間。
輝夜は何かを感じ取ると、周囲を警戒する。
「どうかしたの?」
「……探ってみろ」
輝夜の言葉を受けて。
リタは、魔力をセンサー代わりにして周囲の情報を取得する。
すると、
「嘘、でしょ」
信じられない。
理解不能な状況に、リタは困惑する。
けれども、その足音は。
ぞろぞろと、2人のもとへと。
輝夜とリタが協力し、なんとか倒すことの出来た化け物。
純粋な力だけなら、魔王クラスと言っても過言ではない。
そんな化け物が。
まるで当たり前かのように、”群れ”をなして近づいてくる。
まさに、悪夢。
「ボスキャラかと思ったら。強いタイプの雑魚か」
思わず、輝夜はつぶやく。
それほどまでに理不尽。
これがゲームなら、笑い飛ばせるものの。
現実ではそうもいかない。
「……リタ」
「ええ。逃げるわよ!」
考えることは同じ。
リタは輝夜の体を抱きかかえると、魔力を全力で開放し。
化け物たちの炎を掻い潜りながら、その場を離脱した。
◆◇ 世界を超えて ◇◆
依然として、ここは謎に包まれた闇の世界。
終わりは見えず、上も下も、全てが異様な空間である。
化け物の群れから逃げながらも、行くべき先は分からない。
「こんなことになるなんて。まったく予想してなかった」
「そう気にするな。とりあえず、生きてるだけで十分じゃないか?」
「まったく、呑気ね」
疲労困憊の輝夜は、もはやまともに動けない。
ゆえに、リタはしっかりと抱きかかえる。
「お前は10年後の未来から来たんだろう? この場所に心当たりはないのか?」
「残念だけど、無いわ。魔界でも多くの階層を旅したけど、こんなヤバい場所なんて聞いたこともない」
これまで蓄えてきた、経験と知識の海。
しかし、この場所は全くの未知であった。
「少なくとも、人間の暮らす世界じゃないな。こういう地獄みたいな場所が、魔界以外にもあるのか」
「いいえ。わたし達が観測できている世界は、現状で魔界のみ。大昔の伝説が正しいなら、天使の暮らす世界も存在するかもしれないけど。まぁ、ここじゃあないでしょ」
「だな」
かつて、ソロモンは人から魔神を生み出した。
悪魔と呼ばれるもの、天使と呼ばれるものを。
けれども、2000年前。
救世主セレスの力が月に満ちると、彼らは地上世界から追いやられた。
人類に対して、積極的に干渉しようとする姿勢から、魔界や悪魔の存在はすでに広く知れ渡っている。
対して、天使の痕跡は僅かたりとも確認されていない。
(……とはいえ、例外はあるわね)
リタは、嫌でも思い出す。
自分を圧倒した、花輪善人の姿を。
片翼の翼とはいえ、あれは紛れもなく天使の力に見えた。
だがしかし、今はそんなことを考えている時間ではない。
この場所の謎を解明すること、とにかく生き延びること。
そして、歴史の転換期とも言える、このソロモンの夜を乗り越えなければならない。
得体の知れない化け物に、手間取っている暇はない。
「それにしても、異常だわ!」
この理不尽に、リタは思わず悪態を吐く。
常識的に考えて、あり得ない強さの化け物。それが、そこかしこから現れるのだから。
「まるでゴキブリだな! レベル100のゴキブリ」
「戯言はよしてちょうだい。冗談抜きで、この状況はマズいわ」
まともに相手をできる量ではない。ただひたすら、輝夜を抱えて、炎の中を逃げ回る。
果ての見えない、この暗黒の領域を。
永遠に続く、地獄のように。
(それに、これは)
化け物から逃げながら、リタは胸の奥に違和感を覚える。
上手く言葉にできない、痛みとも違う違和感。
決して無視できないような、そんな感覚を。
「あなた、身体に異常は無い?」
「あぁ。動きすぎて疲れたが、それ以外は問題ない」
「そう」
世界を覆い、世界に満ちる、純粋な闇。
それが自分に及ぼす影響に、リタは気付かない。
出口を求め、ひたすらに。
2人が逃げ回っていると。
「おい、リタ! あいつら止まったぞ」
「なんですって?」
立ち止まって、振り返る。
すると、あれだけしつこく追いかけてきた化け物たちが、ピタリと動きを止めていた。
こちらをじーっと見つめながら。
不気味に、止まる。
「追いつくのは無理と、判断したのかしら」
「あの化け物に、そんな知能があるのか?」
なぜ動きを止めたのか。
相手が相手なので、その理屈が分からない。
ただ、困惑を。
化け物たちを見つめる2人であったが。
彼女たちの後ろで、”影”が蠢く。
静かに、それでも確かに。
輝夜の直感だけが、それに気づいた。
「ぐっ!?」
衝撃に、リタはただ吹き飛ばされる。
何が起きたのか。
それは一瞬で理解できる。
輝夜が、自分を蹴り飛ばしたのだと。
なぜこのタイミングで?
この状況で、再び敵対する理由は無いはずなのに。
そう、戸惑う中。
リタは目にする。
黒い何かに貫かれ。
血に塗れる、輝夜の姿を。
「輝夜!!」
咄嗟に叫ぶ。
その光景は、リタにはとても耐えられないもの。
しかし、現実は変わらない。
「なによ、それ」
そこにいたのは、闇に潜む、1つの影。
人のように見え、怪物のように見え。
鋭い触手のようなものを、滑らかに動かしている。
リタは理解した。なぜ化け物たちが、その動きを止めたのか。
なぜ、これ以上近づかないのか。
これが、いたから。
生物としての本能。
獰猛な捕食者でも、自分よりも格上の存在には手を出さない。
輝夜の体が、力なく地面に崩れ落ちる。
真っ黒な地面に、真っ赤な血が流れていく。
それはまるで、絶望を具現化したかのように。
◇
あの化け物たちですら恐れる、圧倒的な存在。別次元の怪物。
けれどもリタは冷静に、右手に魔力を展開。
周囲の空間を歪ませると、それを隠れ蓑にして輝夜のもとへと駆け寄った。
「……なんてこと」
腹部を貫通しているのか。おびただしい量の血が、服と地面を濡らしている。
触れようとして、リタは思わず戸惑ってしまう。
「あなた、どうして。どうしてわたしを?」
なぜ、助けたのか。
先程まで、敵同士だったのに。
なぜ、ここまでのことを。
戸惑うリタに対して、輝夜は微笑む。
「……わたしが、蹴らなかったら。お前の首、跳んでたぞ?」
未来は、変えられる。輝夜には変えられる。
その未来を、輝夜は良しとしなかった。
だから、こうなった。
「くっ」
輝夜の傷を癒そうと、リタは魔力を流し込む。
だがしかし、何の効果も生じない。
心臓に根付く呪い。それが、あらゆる魔力を弾いてしまう。
リタもそれは知っている。それでも、魔力を流すのを止めない。
(……まずい、な)
静かに終わりが近づくのを、輝夜は感じる。
イヤリングはあるが、仲間の繋がりはない。ルーシェの声も聞こえない。
一度確定した未来は、もう覆らない、やり直しは出来ない。
意味のないリタの魔法が、ただ自分の体に注がれる。
「あなたは、わたしの知ってる輝夜じゃないんでしょう? なのに、なんで」
「……なんで、って。そういうお前も、わたしを連れて逃げただろう?」
「うるさい。うるさいのよ! わたしは未来から、あなたを救うために戻って来たのに。そんなあなたが、どうしてこんな」
「……ふ」
あなたとは、誰?
救いたかった輝夜とは、どの誰なのか。
分からない。もうどうでもいい。
微笑みながら、輝夜は静かに。
その生命の光は、消えようとしていた。
そんな、さなか。
リタの施した妨害を破って、真っ黒な怪物が2人のそばまでやって来る。
捕食者のように、殺戮者のように。
絶対に逃さないと、そんな気配が感じられる。
「ッ」
どうするべきか。リタは、動くことが出来ない。
動いた瞬間に殺される。けれども、輝夜をこのままにはしておけない。
その刹那――
「――はい、ちゅうもーく」
声が、響いた。
懐かしい、心に突き刺さるような声が。
リタと、瀕死の輝夜。そして怪物すらも、声のした方向に目を向ける。
そこにいたのは、
宇宙服のような格好をした、謎の人物。
どうやら、2人いるようだが。
距離が離れているせいか、顔は分からない。
「ねぇそれ、死んでるの? それとも、ギリセーフ?」
前に立っている人物が、そう尋ねるも。
怪物が直ぐ側にいるので、リタは声を出せない。
「にゃー。あれはカテゴリー4のやつにゃん。流石の魔女でも、分が悪かったにゃん」
「そういえば言ってたわね。強いシャドウがいるって」
黒い怪物を見て、謎の2人はそう話す。
輝夜たちと違い、ここの状況を少しは理解しているらしい。
「タマにゃん、少しでいいわ。あれの動きを止められる?」
「にゃ? なにか考えがあるにゃん?」
「えぇ」
そう言って、謎の人物は微笑む。
完全無欠の美少女。
世界が変わり、歴史が変わろうとも、決して揺るがないものがある。
「わたしに任せて」
その名は、かぐや姫。




