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孤独な小鬼と孤独な英雄

作者: 紅野 劍

目も眩むような眩しい朝日も、この森の中では日が昇りきるまでは目にすることはできない。そんな深い森の中にたたずむ小さな小屋。だれも寄り付かないような場所に建つ小さな小さな一軒家。その家からは今も炊事の煙が上がっていた。


「カンジさん。朝ごはんできますよ」


窓を開けて朝食の完成を報告するのは銀髪の女性だ。年の頃は20か30程だろう。


「薪割りは終わってるぞ。子供たちは」

「まだ寝てる」


女性の声に応えたのは小屋の裏手から現れた小さな男だった。背は低く、酷い猫背ではあったが、それよりも大きな特徴があった。到底人の物とは思えぬ程、深い緑色に染まった肌と額に生える二本の小さな角だ。

カンジと呼ばれた小鬼、いわゆるゴブリンは薪割りに使っていた斧を物置に仕舞うと、小屋の前にある井戸から水を汲み上げて顔と手を洗う。


「スー。配膳を頼む。私は子供達を起こしてくる」


スーと呼ばれた女性は軽く相槌を打って、棚から皿を取り出して配膳を進める。


「アル、センリ、朝だぞ。起きなさい」

「んー・・・」

「もう食べられないよ・・・」


寝室には大きなベッドが二つあった。その内の一つでは未だにシーツが膨れ上がっている。


「朝食はこれから取るんだぞ。・・・それとも、腹いっぱいで朝食が入らないのか?」

「食べる!」


跳び起きたのは浅緑の肌をした子供だった。カンジと比べてもかなり小さい、親指の爪程の大きさの角が生えている。


「センリ。起きたならアルも起こして出てきなさい。顔を洗って朝ごはんだ」

「うん!」


センリと呼ばれた子供は勢いよくもう一人の子供。アルの体をゆすっている。アルが起きるのも時間の問題だろう。

カンジが寝室を出て、席に着いた。テーブルには既に配膳の済まされた朝食が並んでいた。

保存食の干し肉と保存食の硬いパンと保存食のこれまた硬いチーズに少々塩で味付けをした野鳥のスープだ。


「なんだ。今日はやけに豪勢だな」

「今月はセンリの誕生月だからね。朝食位一杯食べたいでしょ?それに朝食は王侯の様に、昼食は貴族の様に、夕食は平民の様に食事を摂るべしって言葉もあるし」

「何処の言葉だ?聞いた事が無いぞ」

「そりゃぁ・・・あれ?何処の国だっけな・・・わすれちゃった」


スーは申し訳なさそうに頭を掻いた。仕方のない事だ。過去に色々な場所を忙しなく飛び回っていればそれぞれの思い出などごちゃごちゃになっていてもおかしくない。

寝室から寝ぼけ眼のアルと豪勢な朝食を前にご機嫌なセンリが早速椅子に座ろうとしたところでカンジとスーに止られ、渋々顔を洗いに行った。


「そうか・・・もうそんなに経ったのか」


思い出すのは数年前、カンジがまだ群れから追放されたゴブリンであった頃であり、スーが追われる英雄だった頃の事だ。


・・・・・・・・・


雨の降る廃村に、一匹のゴブリンが居た。

群れから放逐され、雨風を凌げそうな場所のある此処へ来た物の、何日か前の戦争で様々な物が燃え尽きており、残っていたのは石造りの部分とほんの少しの木切れ程度だった。

残っていた石造りの角の部分の上に木切れを重ねて、即席のシェルターにすれば多少は凌げると思われたが、高々ただ石を積んだだけの基礎と木切れだ。隙間風や雨漏りは酷い。

食料も無く、雨風を凌げる場所も無い。


「寒い・・・」


濡れた体を吹き荒ぶ風が鞭打つ。このままでは体力を消耗し尽くして死ぬだろう。だが、最早諦めの境地である。ただのゴブリンには最早打つ手は無かった。

そんな中、パシャリと足音がした。

足音は次第にゴブリンの居る場所へ近づいてくる。燃え尽きた廃村の中で即席のシェルターは目立つ物だ。

ゴブリンは死を覚悟していた。同族にしては大きな足音だ。仮に同族だとしても追放の烙印を押された自分は見つかれば即処刑だ。そして、同族ではなく人間であれば、見つかり次第遅かれ早かれ殺されてしまう。

雨が雨具を打つ音が聞こえる程近くまで足音が来た。


「こんにちは」


シェルターの屋根から覗き込んできたのは白い肌と銀色の髪を持つ人間だった。

ゴブリンは抵抗する気力も無く、ただその場に座り込んでいる事しかできなかった。


「あれ?死んでる?大丈夫?おーい」


人間はゴブリンの前で手をヒラヒラと動かし、意識の有無を確認した。


「んー?・・・あぁあれか。ソクシンブツってやつか?」


納得顔で手を叩いた人間は一言、「失礼します」と言い、ゴブリンの左隣に座り込んだ。

雨具の音がしたのに人間は雨具を付けていなかった。そして、何時の間にか雨漏りは無くなっていた。


「お前は」

「あ、生きてたんだね」

「お前は私を殺さないのか?」


ゴブリンは問いかけた。当然の問いだ。ゴブリンは放置しておけばネズミの如く増殖し、増えた数を養う為に人の里を襲う。その為ゴブリンは見つかり次第迅速に滅ぼされる。

例えそれが群れからはぐれたゴブリンであっても気を許せば不意打ちを受けて攻撃される。常識として「ゴブリンは見つけ次第殺す」のが当たり前なのだ。


「君からは殺意も悪意も感じなかったからね。それに、僕はこう見えて強いんだよ」


人間は腰に下げた剣を外して左手に持った。鞘に収まったままではあったが、柄の作りはしっかりとしており、名工の手によるものであるのが分かる。

チェーンメイルの上から革製のサーコートを装着しているので不意打ちにも強いだろう。


「分からないぞ。私がこうして囮になってお前を殺す為に仲間が集まっているかもしれない」

「ならそうやって手の内をばらしたりしないよね」

「駆け引きかもしれない」

「そうだとして、敵意があるのなら切り伏せるだけさ」


人間の口調は明るかったが、表情は険しかった。


「それに、君みたいな賢いゴブリンを囮に使うのはおかしいじゃないか」

「賢いから、囮に使われているのかもしれない」

「ならその群れは相当に愚かなのだろうね」


雨脚が少し緩やかになり、風も収まって来た。


「僕はドラパルド・スー。人々の希望だった者さ。君は?」

「ゴブリンの名前なぞ聞いてどうする」

「名前が無いと不便だろう?それとも僕に付けて欲しいのかい?」


ドラパルド・スーと名乗った人間はゴブリンに手を差し伸べた。


「カンジだ。元の群れからは追放された」

「よし、カンジ君。今日から僕と一緒に独りぼっちを卒業だ」


こうして此処に追放されたゴブリンと追われた英雄の奇妙な二人組ができあがった。

何時しか雨も風も止んでおり、空には晴れ間が広がっていた。


・・・・・・・・・


「あの時は僕もかっこつけだったからねぇ」

「そんな事は無い。少なくともあれで私は救われたのだからな」


スーは恥ずかしそうに笑いながら頬を人差し指で掻いた。


「惚気だ!」


軽木と革で作った模造刀で遊んでいたアルがカンジを指差して叫んだ。それに乗じてセンリも「のろけだのろけだ!」と騒ぎ始めた。


「あぁ惚気だ。私はあの時、スーに惚れたのかもしれないのだからな」

「な!?」


スーの顔が見る間に赤くなっていった。耳まで赤くして、遂には顔を隠してしまった。

カンジはそんなスーを見て幸せそうな笑みを浮かべている。

太陽が空高く昇った森の中では今日も人知れずに幸せな生活を送る家族が居た。

実は、書き始めたあたりでは子供達が迫害されたり、スーが買い出しにいった先の村で追放された英雄だとバレて迫害されたり、スーが買い出しに行ってる間に木こりかなんかに見つかったカンジと子供達が酷い目にあったりする構想があったんですが、この幸せにそれは無粋なのでやめました。

どうか幸せな一家庭を見守ってあげてください。

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