第一死 戻る世界
薄紫色の花がいたるところで咲いている。夏の訪れを知らせるバイアーの花だ。
私の村、プラーエ村は首都からかなり離れた場所にあるため、混乱に満ちている世の情勢とはかなり違う。
まぁぶっちゃけ本当にド田舎だし、襲ったりする意味がまったくないんだよね。
よその国や町では魔物に襲われた~とか、エルフの国との戦争が~とか騒がれているらしいけど、まったく関係ない。
もう一度言うとこの村はめちゃめちゃド田舎なの。
そんなド田舎のプラーエ村では毎年7月7日になると、10歳になる子供たちが教会へ集められ、守護女神トレミー様へ祈りを捧げる。
自分がなりたい夢を祈る事で、守護女神トレミー様からの祝福を得られ、夢に向かって努力すれば実りやすくなると伝わっている。
迷信だと侮るなかれ、確実に効果はあるのだ。ってパパに怒られた。
そう……今年10歳になる私もその一人。教会に集められ、神父からの問いを待っているのだ。
こんなド田舎には全く似合わない立派な教会の中、守護女神トレミー様の像の前で、祈りの儀式のために呼ばれたハダル神父が、子供達を見据えて順番に問う。
「何を目指すか守護女神トレミー様へ祈りなさい」
パン屋の息子、やせっぽちのマルコはこう祈った。
「おいしいパン屋になりたい」
すると、守護女神トレミー様の像の方から暖かい風が吹いた気がした。
きっとマルコはいいパン屋になるのだろう。そんな予感がした。
大工の息子ヒョロヒョロのジェミーはこう祈った。
「立派な大工になりたい」
すると、またもや守護女神トレミー様の像の方から暖かい風が吹いた気がした。
きっと彼はいい大工になるのだろう。やはりそんな予感がした。
ハダル神父は私に問う。
「さぁ村長の娘スピカよ。君は守護女神トレミーさまへ何を祈り、何を目指す」
「私は……」
夕食のママが作ったクリームシチューに、パンを浸しながら文句を言う。
「家業がある子はいいよねー。村長の娘なんて何を祈ればいいの? 大体さぁ、10歳に夢を語れなんて無茶苦茶よ」
怒りのままパンを口に放り込む。ママのシチューは美味しいし、マルコの家のパンも流石ね。
「そうか?パパは村長になりたいって祈ったけどなぁ。まぁ、あんなものはおまじないさ。なぁママ」
「おまじないだなんて、守護女神トレミー様はちゃんと叶えて下さるのよ。私は叶いましたもの。素敵なお嫁さん」
「ママァ……」
「あなた……」
見つめ合う二人の間に割ってはいる。それ以上いけない!子供が起きてる時間なんです。
「ちょっとちょっと! 何盛り上がってるワケ! 今日は私の大事な祈り日なのよ」
「すまんすまん。そう言えば、隣村の子で勇者になるって祈った子がいたみたいだな」
「まぁ。将来有望ね。スピカちゃんお嫁に行っちゃいなYO!」
「YO!ってママ!? 私まだ10歳なのよ!!それに勇者の嫁なんて大変そうだし……絶対嫌よ!」
「あらぁ?そうかしら。村長の嫁も勇者の嫁もきっと違いはないはずよ」
「こらこら。例え勇者だろうが、どこの馬の骨かわからん奴に娘はやらんぞワハハハハ」
パパもママも幸せそうだ。立派な村長に素敵なお嫁さん。祝福だけでなく、二人の努力が実を結んで私がいる。
私も【素敵なお嫁さん】にしておけばよかったかな。
だって思いつかなかったんだもの……あの時は。
布団に入って思い出し、後悔した。
あんなアバウトな願いを祈ってしまったことを……
【世界平和】
特に決めてなかったが為に、恥知らずにも大それた事を祈ってしまった私の願いだ。
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それから2年。私の願いからか、田舎だからかどうかはわからないけど、何も変わらない平和な時が過ぎた。
プラーエ村では小麦の栽培が盛んであり、殆どの村民は農家だ。
逆に言うと名物は小麦しかないんだけどね。
村長といっても例外ではない、秋には小麦の収穫に大忙しだ。私もママも収穫を手伝っていた。
収穫は順調に進み、やがてお昼の時間。パン屋のマルコが自慢げにパンを持ってやってきた。
マルコはパンの腕も上げたけど、試食のせいでまるまる太ってしまったんだよね。
痩せててたら絶対イケメンなのに。もったいない。
「親父にはまだまだ敵わないけど、俺……一生懸命焼いたんだ」
遠くからでも匂いでわかる。コレゼッタイウマイヤツヤン。
……なんか歪なハートの形してるけどね。
「はい!こっ…これ!す、スピカちゃんのために特別に焼いたんだ」
「ありがとう。お腹ペコペコなんだ」
マルコが少し照れながらパンを手渡してくれた。
「こんなに平穏に暮らせるなんてスピカちゃんの【世界平和】の祈りのおかげかな?隣の村なんて、ついに魔物に襲われたって僕は聞いたよ」
「も~恥ずかしいから祈りの事は言わないでって言ってるじゃない」
「絶対そうだよ。ありがとうスピカちゃん」
マルコが目をキラキラさせながらこちらを見てくる。
他に願いもなかったので、なんとなく、願いは【世界平和】でいいやって決めちゃった祈りに、そんな効果がある訳がない。
願いなんて関係なく、ただただ普通に平和な時期なのだ、と私は思っている。
うん。
ともかくこ平和という幸せを噛みしめるために、焼き立てのマルコのパンを噛みしめよう。
……何しろお腹がペコペコなのだ。ぐぅ~~~
「いっただきまーす」
ハムリ。スカッ!
ブツンッ……
「えっ!?」
パンが無い。今口に入れようとしていたマルコのパンが無い。
目を開けている感覚があるのに何も見えない。辺りは暗闇に包まれている。
ぶら下げられている様な感覚で、手足をバタバタさせてみたが歩けないようだ。
「何これ?何がおきているの?パパ?ママ?マルコ?どこにいったの?」
返事はない。
すると突然の派手なファンファーレ音と共に、白い光の文字がドン!ドン!と音を鳴らしながら浮かび上がってきた。
『 Result 』
0P
報酬 なし
力 10+2
魔力 0+0
体力 10+2
すぱやさ 10+2
女神の祝福
【世界平和】Lv001
『 残り時間30秒 』
頭の中がハテナでいっぱいになる。
り・ざ・る・と?『Result』て?
まったく理解できないまま残り時間が0となり、眩しい光に包まれた。
やがて眩しい光は和らいでいき、目の前に突然教会のハダル神父が現れた。
「さぁ村長の娘スピカよ。君は守護女神トレミー様へ何を祈り、何を目指す」
「えっ?」
「どうしたんですか?あなたの番ですよ」
仰天し、辺りを見渡すと村の教会だった。横ではやけに小さくなったマルコがニコニコこちらを見ていた。
「えっとあの私は【世界平和】を祈ったはずですが……」
「おっとそうでしたか、よく聞こえませんでした。【世界平和】ですか素晴らしい祈りですね」
守護女神トレミー様の像の方から暖かい風が吹いた気がした。にっこり笑った気がしたのは気のせいだろうか。
さっきのResultは、なんだったんだろう。なんで教会にいるんだろう。
周りを見渡せば、痩せて小さくなったマルコ、ガチムチの筋肉が無くなったジェミー。
どうみてもみんな小さくなっている。……若返った?
というか、私も……小さくなってる?
ハダル神父が祈りの会の終了を告げ、集まっていた子供達はゾロゾロと解散した。
教会の外に出てやっと気が付いた。
薄紫色の花がいたるところで咲いている。夏の訪れを知らせるバイアーの花だ。
私は2年前の守護女神トレミーの祈りの日に戻ってきたのだ。