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  ◇



「はあ……」


 本日何度目かわからない溜め息をつきながら、リズレッドはウィスフェンドの図書館で本をめくった。

 少しでも彼の敵に関する情報を、当時の文献から漁ろうと考えた結果であるが。だがそれは昨日の言い争いからの、言い逃れを込めた逃避行動であることは言うまでもない。要するに彼女も、昨日の今日で彼と顔を合わせるのが気まずかったのだ。


「もう少し言いようはなかったのだろうか……」


 エルダー騎士団のときもそうだった。己の持つ力を下の人間に教え込むとき、彼女は相手を配慮する気遣いを損なう癖があった。自分に連いてきてくれた者には最短ルートで技術を伝達させてやりたい。その思いが先走り、肉体的、精神的な成熟を急かしすぎるのだ。


 その結果生まれた二つ名が《スカーレッド・ルナー》。

 勿論、これは戦場における容赦ない白兵戦や、それに伴う功績を讃える意味も込められているが、団員たちからはどちらかというと、訓練時のスパルタ具合を含んだ言い回しのほうが多く含まれていた。

 

 彼と出会って一年、彼女はその欠点をなるべく露呈しないように努めてきた。何故だかわからないがあの異国の男は自分を慕い、支えてくれる。それには感謝の念が尽きない。祖国を失い、命を賭けるものを失った彼女にとって、彼を育てることが今の存在理由だと考えるようにもなっていた。

 エルフ国の再興という大目的は果たす。だがそれと同じくらい彼も大切なのだ。自分の心の底を覗き見れば、それが異性に対する好意なのだということも彼女はきちんと理解していた。しかし神に等しい存在の彼が、自分に、自分と同じ感情を抱いてくれる訳がないということも結論付けていた。


 自分を慕ってくれるのは、あくまでも遊戯の上でだということを、何度も言い聞かせた。そしてそれで良いと思った。戦いに明け暮れた自分にこのような感情が湧くとは思いもしなかったが、本心を秘して彼と旅をすること自体が、いつからか楽しくなっていたのだ。


 だからこそ、彼女はかつて団員たちを震え上がらせたスカーレッドを出さないように一年間、最新の注意を払ってきたのだ。

 だがそれも昨日で終わった。相手を守るために強敵から遠ざけたいという気持ちは、騎士である自分にはよくわかる。しかしそれは戦う術を持たず、戦闘の意思を持たない者が相手であったときのことだ。

 自分にはそれがある。幼い頃よりエルダーで磨いた剣の腕と、彼のために盾となり前線に立つ意思が自分にはあるのだ。だが彼はそれを全て押しとどめて、後ろに立っていろと言った。それどころか、彼ひとりで勝てないと判断したときは逃げろとまで。

 では彼はどうなる? そのあとの彼は、襲い来る強敵を前に、どうなってしまう?


 ……そう思ったとき、言いようのない焦燥感と怒りが湧いた。それを抑えることができず感情のまま言葉を発した結果が今日である。全く、冷静になれとどの口が言ったのか。


 しかしその悄然も、次にめくりあげたページを見たとき、はたと止まった。《ロックイーター》に関する記述を見つけたのだ。五十年前に街そのものを壊滅しかけた魔物である。それに触れた文献は数多い。今日はそのすべてに目を通すつもりだった。


「これは……」


 彼女はエルダー国で勤務がない際は、訓練か読書に時間を割いていたので、知識の吸収は得意だった。次々とページをめくり、その内容をほぼ全て頭に格納していく。

 曰く、その魔物は大岩石をも飲み砕く協力な顎を持つワームである。手足はなく、胴体と頭だけを地中に空けた穴から覗かせ、ときおりデザートのように人間を食らうのだとか。のちのページは犠牲になった街の様子や著名な人物のことが書かれており、あまり参考にはならなさそうだった。一通り目を通したあと、どうにも腑に落ちない気持ちが晴れず、考え込む。


(人間を食べることもできるのに……岩を主食としていたのか……)


 それは人から見ればどうでも良い疑問だった。だが彼女には、その一点がどうしても心に残ったのだ。しまいには岩石を主食とする者の気持ちに共感しようと夢想し、しかし叶わず、結局首をかしげる。

 あんな硬い物を食べる習慣がありながら、デザートで人間を食すとは矛盾している気がしたのだ。無論それは種族による価値観の違いである事はわかるが、何かが引っかかった。そしてその疑念は、本に記された、とある一文から確信へと変わる。


 ――最近は聞いたこともない魔物が多く出没するようになった。

 噂ではドラウグルという、愚者を使役する存在まで確認されたらしい。……何かが起こり始めているのかもしれない。だが戦闘職ではない私は、その真実を探ることすらできない。私にできることはあまりに少なかった。だからこそ、この本を記す。この偉大なドルイドの先人たちが気付いたウィスフェンドの未来を憂うこと。そして真実に伸びる手を書物に記し、他の物の啓発を促すことが《農奴》というなにくれとない職を神託された、私の最後のあがきなのだ。……こういうときに、剣ではなく筆を持った自分がたまらなく恥ずかしくなる。願わくば私の記した記録が、後の世に役立つことを望むばかりである。

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