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今回の落ち度が俺にあることはわかっている。だがそれを直接こうも断言されてしまうとは、流石にショックだった。
リズレッドだけは気持ちを汲んでくれると思っていたが、反応は辛辣の一言に尽きた。
彼女は冷淡な瞳で俺を見据えていた。いつものような、厳しくも優しさを含む師としての顔ではなく、ただ落胆したような面持ちだった。
なぜそこまで気落ちさせてしまったのだ。そこまでのことを、俺はしてしまったというのか?
答えを得られず沈黙を続けるが、やがて彼女が重い口を開いた。
「……ラビ、君はこの一年で大きく力をつけた。体の動かし方、剣の振るい方、戦闘時の身の振り方。私のできる限りのことを教えてきたつもりだ。……私は嬉しかった。厳しい修練にもめげず、ついてきてくれた君が」
一年間の旅路を思い起こすように、リズレッドは刻々と告げた。思い出に浸る声音が、徐々に暗いものに染まり、そして、
「……だが君は今回、その力の使い方を誤った。力に溺れてしまった」
それがとても悲しいことなのだと言うように、伏せ目で語った。
それこそがリズレッドの真に憂いる核心なのだと、そのとき始めてわかった。
「俺は力に溺れてなんかいない! そもそも、その力がないから奴に余計な口を挟まれたんじゃないか!」
「……本当にそうか? 君がレベル1のとき、同じように煽られたら、君はそれを買っただろうか?」
「……それは……」
「答えは否だ。君は自分でも気づかぬうちに成長した自分に酔っていた。そしてその油断が、ノートンとやらがつけ入る隙を生んだのだ」
「……っ! あいつはリズレッドのことも馬鹿にしたんだぞ! そんなこと許せるはずが……っ!」
「……そうか、私のせいか?」
「……っそんなことは……誰も……」
「……ラビ、いい機会だからこの場ではっきりと言っておこう。君は未熟だ。力も心も。今日のゴーレムとの戦いが、まさにそれを証明している。自分を守るはずの火に灼かれて敵に特攻するような危うさを、君は持っている。勇気と蛮行を履き違えてはいけない」
「……でも、そうしないと勝てなかっただろ」
「……勝てないときは引くことも覚えるんだ。誰に焚きつけられても、泰然と判断して行動しなくてはいけない。でなければ……」
なおも諭すように弁を振るう彼女を、手を上げて静止した。
「……リズレッド、もういい」
「なに?」
拒絶の表明に、いぶかしげに眉を寄せる。確かに彼女の言は正しい。誰にどんな嘲笑を受けても、それが自分を陥れる罠ならば、気持ちを押し殺してでもそれは回避しなければいけない。
――だがそれは、自分自身が嘲笑の的にされているときだ。
「今回のことは俺が悪かった、それは認める。……だけどノートンにまた同じことを言われたら、俺は何度も同じ行動を取る」
「ラビ……なぜだ!?」
「……リズレッドのことを馬鹿にされて、そのまま引き下がるのが正解の処世術なんて、ごめんだ! それに俺がもっと強ければ、あいつに喧嘩を売られることもなかった! だから俺は、もっとレベルを上げる必要があるんだ。火の中にだって跳びこむ覚悟が必要なんだ!」
「……君の気持ちは嬉しいし、感謝している。だが焦るな。急ごしらえで備えた力は、破綻を生むだけだっ」
「でもそれじゃあ、俺はリズレッドに何時まで経っても追いつけない。他の召喚者にも、どんどん差をつけられる……っ!」
「……ラビ……」
「リズレッド、今回のクエストなんだが、俺は一人で《ロックイーター》に挑もうと思ってる」
「それがギルド支部長からの条件だからだろう? いつもならそうしていただろうが、今回は相手が相手だ。条件に触れない程度には、最低限のサポートはさせてもらうぞ。直接戦えなくても、なにかの助けくらいは……」
「いや、リズレッドには一切手を出さないで欲しい」
「……どういうことだ?」
「……俺は死んでも何度でも生き返れる。けどリズレッドは違うだろ。だから《ロックイーター》と戦っている間、少しでも雲行きが怪しかったら、すぐに逃げられる位置にいて欲しい」
「……それはつまり、私の力を信用できないと?」
「……」
「……そうか、まさか君にそこまで信用されていないとは思わなかったな。私よりも遥かに弱い君に……っ!」
――弱い。
その言葉が、頭の中で何度も木霊した。
自分でも認識している事実だったが、追いかけていた女性に面と向かってその言葉を突きつけられると、言い知れぬ感情が胸の内に黒い染みを広げていくのがわかった。
そして同時に、ギルドで俺を『弱者』と嗤ったノートンの言葉が蘇る。
――君みたいな弱者とバディを組むあの女の気がしれないな。それともそういう男が好きなのかな? あのエルフの女は?
血が急激に冷えた。まるでリズレッドとノートンの意見が一致し、自分だけが地団駄を踏むピエロにでもなったような気分だった。
そして次に、怒りと悔しさが混ぜ合わさり、励起されて爆発するような熱さが起こる。冷えていく血と相反するように、それはどんどん高まっていった。
リズレッドは自分の口から不用意に飛び出した言葉をいまさら塞ぐように、口を覆った。
「……ぁ……すまないラビ。そんなつもりでは……」
そう言う彼女は顔を青くし、突発的に口から出た言葉にひどく後悔しているようだった。
だが彼女の言ったことは全て本当であり、謝罪されればされるほど、自分が滑稽に思えるだけだった。
拳を握り、リズレッドの目を一直線に射抜いて、俺は宣言する。
「……もう弱い自分はまっぴらだ。強くなりたい。……だから俺は、一人で戦わなくちゃいけないんだ」
「……」
「……今日はもうログアウトする」
「ラビ……その……」
「……頼む、今日はもうここまでにしてくれ」
「…………わかった。……それで、明日はどうするのだ?」
「明日はロズと新しい武器の調達に行く。一緒に行くなら、十時にギルドの前で集合しよう」
「……」
リズレッドは何も応えなかった。
俺はウィンドウを操作してログアウトを選択する。待機状態の十秒間をこんなに長く感じたのは初めてだった。どちらもそのまま無言を貫き、やがて視界が暗転した。
次に目を開けたとき、目に映ったのはポッドの蓋の裏側だった。
ALAではなく現実へ、俺の意識は転移していた。
「なんだよ……くそ」
俺はその蓋に向かって、誰にともなく悪態をついた。




