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そう言って立ち去る支部長の背中に、俺は決意を込めて声を投げた。
「受けますよ」
「……ラビ様?」
「ロズさんが繋げてくれた道を、簡単に断つ気はありません。悪夢だろうとなんだろうと、必ず討伐してみせます」
一瞬の間、歩を止めたバッハルードは小さく「では頑張りたまえ」と振り返らずに呟くと、それを最後にギルドを去った。
その後は荒れた広間の片付け作業となり、俺とクラウドはギルド職員と一緒にそれを手伝った。
ノートンは気づけばどこかへと消えていたが、奴と一緒に掃除なんて御免だったので、ほっと胸を撫で下ろす。
大方、清掃も終えて元の状態に戻したのを確認すると、俺は先ほどから机に置かれたままの依頼書に目線を落とした。
禍々しいワームのようなモンスターが描かれており、それが俺の倒すべき相手なのだと強く心に刻む。
そこで、ある重要なことを忘れていたのに気づく。
ロズからペンを借りると、その試練の紙の最下段に設けられた署名にサインをした。
自分の名前……ラビ・ホワイトという、男の名を。
《クエスト:『城塞都市の悪夢』が発生しました》
内容:己の罪を洗い流すため、再び現れた悪夢を終わらせろ
達成条件:《ロックイーター》の討伐
ネイティブからは見えない白のウィンドウが現れ、システムが正式にこのクエストを受理したことを確認する。
そのとき、横にいたクラウドが不意に尋ねてきた。
「俺もこのクエスト、受けていいか?」
その問いに、俺ではなくロズが返答した。
バッハルード支部長の代わりに、それが許されるのかを判断できるのは、この場において彼女以外にはいない。
「……今回の趣旨からは外れるかもしれませんが、クラウド様もこの件に関わっているのは事実です。その程度なら、支部長もお許しになるかと」
クラウドがにっと笑い、俺にペンを貸すように手を差し出してくる。「乗りかかった船ってやつだ」と、格好つけて告げる彼に、不覚ながら本当に格好良いと思ってしまったのを、悔しいので胸の奥にとどめた。
だが俺は、ペンをせがむ彼に対して、かぶりを振ってそれに応えた。
「いや、こいつは俺だけで対処したい」
「は?」
呆気に取られた様子で口をぽかんと空けるクラウド。見ればロズも目を見開いて、意外そうな顔で俺を見ていた。
「正気か? いくらお前でも、今回の敵はそこらのネームドとは訳が違うぞ」
「わかってる。だけど元を辿れば、今回のことは俺が奴の挑発に乗ったことが原因だろ?」
「それは……自分のパートナーのことをああ言われたら、誰だって怒るだろ」
「そうかもしれないけど、クラウドにはこれ以上迷惑をかける訳にはいかないさ。メアリーにだって危険が及ぶしな」
それを聞いて、自分のパートナーのことを思うクラウドが顔をしかめた。
「……危なくなったらいつでもチャットしろよ。忘れるな、俺たちと違ってリズレッドちゃんたちは、死んだらもう戻らないんだ。軽はずみなゲーム感覚で高難易度クエストを受けて、パートナーを死なせる召喚者を、俺は何度も見た。あんな悲惨な目にお前を合わせたくない」
「……ああ、わかってる」
俺も彼の言う『悲惨』な現場は見たことがある。
ALAという特殊な世界に順応できず、つい普通のゲーム感覚で強敵に挑み、パートナーを犠牲にする召喚者を。
それは何日も夢に出るほど凄惨なものだった。血を流し、それでも召喚者の身を案じて涙を流す者。こんなことならバディになるんじゃなかったと恨み節を吐きながら世を去る者。様々な死を俺は見た。
リズレッドが同じような最後を遂げてしまうと想像しただけで、全身が凍りつくほどの寒気が襲う。
そしてそれと同時に、ある思いが湧いた。今回の依頼に、果たしてリズレッドを同行させていいのか、という思いだ。
俺は死んでも何度でも甦れる。だけど彼女の命はひとつしかない。悪夢とまで言われる《ロックイーター》が、もしアモンデルトのように並外れた力を持っていたら? もしドラウグルのように《罪滅ボシ》が十分に効果を発揮しなかったら? そのとき待っているのは……絶望だ。
「ラビ様?」
物思いに耽る俺は不安に思ったのか、ロズが身をかがめて声をかけてきた。
それにハッとなり、慌てて繕った笑顔で彼女に礼を言った。
「……ああ、ごめん! なんでもないんだ! ロズさん、今回は本当にありがとう。ロズさんのおかげで、なんとか希望が繋がった」
「俺からも礼を言わせてくれ、ありがとう」
隣にいたクラウドも一緒に頭を下げる。
そんな俺たちを見て、慌てた調子で声を上ずらせながら彼女は言った。
「い、いいえ! 頭を上げてください! それに、助けていただいたのは私のほうです。あのノートンって人、実績はあるのですが、あのような性格で……前々から困っていたんです」
「奴はこのギルドの常連なんですか?」
「……ええ、実力が折り紙つきなのは事実です。最近はどなたかとバディを組んで諸方を回っていたようですが」
「あんな奴とバディになる奴がいるのか……」
「……これは内緒ですが、私、ラビ様が殴ったとき、ちょっと爽快な胸が晴れた気分でした」
そう言って笑うロズは、いつもの瀟洒な女性の顔ではなく、イタズラをしたあとの少女のようだった。
彼女にそう言って貰えたことで、落ち込んでいた気持ちも上向く。あとはやるだけだ。
俺は机の上に広げられた羊皮紙に再び視線を落とした。
そこには報酬として、確かにギルドからの罰則の撤回と、いくばくかのお金が提示されている。




