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「くッ!」


 奴が放つ鞭が何度も体をかすった。リズレッドが容易く避けていた攻撃が、難攻不落の壁のように進路を塞いだ。


(止まるな。ここで止まったら、狙い撃ちにされる……!)


 直撃を恐れる心が無意識のうちに足を止めようとするが、それを理性で上書きして強引に前へ踏み出す。自ら死地に赴く行動は、さながら自殺のようで、生きた心地がしない。

 かすった鞭により、視界上部に備え付けられたHPバーが次々に減少した。-5……-8……-6……ようやく100を超えたばかりのHPが、木っ葉の攻撃にごりごりと削られていく。地力に差がありすぎるのだ。だが俺にはこの圧倒的な力量差を埋める、たったひとつの方法が残されていた。


「うおぉおおおお!!!」


 猛然と鞭の間を抜けて疾走した。

 奴に勝つには、アモンデルトを倒した《罪滅ボシ》を叩き込むしかない。それが彼我の差を埋める唯一の方法だ。

 だがスキルの射程範囲が、その一手を叩き込むための大きな足枷となっていた。

 三メートルという至近距離でしか放てない逆転の技は、肉鞭の雨が降りしきるドラウグルの領域において、絶望的なハードルとなり俺を襲う。

 奴との距離は現状で約五メートル。たった二メートルの距離が、果てしなく遠く感じた。


「だったら……ッ!」


 スキルを発動させるために脚に力を込めた。感覚がそれが発動可能となったことを知らせると、そのまま一気に前へ飛び、


「技を借ります! 先輩ッ!!」


 《ストライクブレイク》を発動した。

 視界が後方に吹き飛んだ。自分の起こした跳躍とは思えない速度で、絶望的だった鞭の壁を抜けて、眼前に悪鬼を捉える。

 数多の鞭の隙間を抜け、ぐんぐんと距離を詰める。五メートル……四メートル……


「ここだァッ!!」


 ついに射程距離内に捉えた悪鬼を前に、俺は吠えた。

《罪滅ボシ》を発動させるため、剣を握る手に力を込め、全力の一刀をもって、俺は奴を――



「がっツ!?」


 だが俺の快進撃は、そこで止まった。

 横から飛び出してきた鞭が俺の横腹を直撃したのだ。メキメキと嫌な音を立てて吹き飛ぶ。

 せっかく詰めた距離が、再びもとに戻った。


『その技は 先ほど見た。 短期間で同じ手を食らうと 思うか?』

「くそ……ッ!」


 高速の突攻撃は、それを警戒していた悪鬼の前に呆気なく散った。いや違う。技ではない。俺の戦略が短慮だったのだ。先輩から譲りうけたスキルを、俺は無駄にしたのだ。

 幸い動きに支障はなかった。痛みを感じないので精神にも異常はない。だが《ストライクブレイク》の再発動には一分間のクールタイムが必要であり、その時間は、今の俺にとって永遠にも等しい長さだった。

 ウィンドウを確認するとダメージは60と表示されている。残りのHPは40。ポーションはシャナにあるだけ使用したため、回復の手段はない。あと一撃をまともに受ければ、俺は強制的にシューノへ送還される。

 どくどくと心臓の鼓動が早まるのがわかった。一歩も引けないというのに、一撃も食らうことができない窮地が、極限の緊張を俺に強いた。

 気が遠くなりかけるが、首を振ってそれを打ち消すと、必死に思考を巡らせた。しかしドラウグルは、冷静になる時間すら俺に与える気はなかった。


『貴様は 腹には入れん! この場で潰れて 死ぬが良い!』


 そう叫ぶと、再び鞭の雨が降った。

 肉鞭を何本も振るって命を奪いにくる奴の攻撃を、必死に避けて反撃のチャンスを伺う。

 だが戦闘経験の少ない俺は、その間にもかすり傷を受け続け、じりじりとHPを減らされていった。

 奴より俺のほうが有利な点を見つける必要があった。それを突いて隙を作り、三メートルの距離に入り《罪滅ボシ》を放つ。それしか俺に勝つ手段はない。絶望的なレベル差があるこの状況で、それを見つけることは困難だろう。だがやるしかなかった。回避と逆転の両方に思考を振り分け、かそけき勝機を掴むしか、俺とリズレッドに未来はない。

 俺は今までの奴の行動を思い起こした。王の姿を模し、大勢のエルダーの亡骸を使ってリズレッドを陥れた狡猾さ。そして鞭を使って距離を取り、遠距離からじわじわと嬲り殺してくる戦法。どれもが奴の本性を露悪していた。間違いなく奴は獲物をいたぶることを第一に考えている。アモンデルトもそうだったが、魔王軍というのは、そういう魔物しかいないのだろうか。


「……負けられない……っ」


 胸糞が悪くなった。なんとしてでも勝ちたいという意思が燃え上がった。


「……燃え上がる?」


 そこでふと気づいた。先ほどリズレッドが《灼焔剣》という、刃に炎熱を乗せた斬撃を放ったとき、ドラウグルは必要異常に狼狽えていたように思う。


 腐乱を統べる悪鬼の王……


 そこまで思考し、閃いた。

 俺は仮説を立証するため、鞭をかわしながら壁にかけられていたランプを外すと、勢いよく奴へと投げた。


『……ッ! フン!』


 ドラウグルは一瞬戸惑った素ぶりを見せたあと、動じない風を装い、大仰に鞭でそれを払った。

 その様子を見て直感する。間違いなく奴の弱点は『炎』だ。大量の死体を支配するということは、無敵の軍団を持つと同時に、そこから湧き出る引火性のガスを常に纏うということだ。だから奴は先ほどの《灼焔剣》を、直接本体に受けるわけにいかず、咄嗟に肉壁でガードしたのだ。


『きさま……!』


 思惑を察したドラウグルが苦虫を噛み潰すような顔をした。だがもう遅い。部屋に設置されたランプの灯はすべて、俺の勝利への材料となった。奴もまさかこんな物で自分を攻撃してくるなど、考えてもいなかったのだろう。

 鞭をかわしつつランプを集めるのは苦労したが、ダメージを微蓄させつつ、俺はその勝利の灯を必死に集めた。


『おのれェエ!! 貴様程度に 私が負けるとでも 思うかァ!!』


 威勢を張る相手を無視し、回避と回収に専念した。残りのHPは残り20。赤く変色したゲージが、俺の命の危機を告げている。早く、早く、ランプの灯を。

 

「はぁ……はぁ……なんとか……間に合ったな」


 ぎりぎりで鞭を突破できるだけの灯5個を集めた俺は、休む間もなく奴へと向かった。

 ランプを前方に投げ、デコイを作る。引火を恐れるドラウグルは、それを律儀にはたき落とすしかない。

 俺はその鞭のすぐ横を走り抜けた。攻撃を回避しているうちに、あることに気づいたのだ。

 この攻撃はあくまでも放物線を描いている。変幻自在に軌道を変えるわけではないので、多数の鞭が絡まるのを防ぐため、驟雨のように降り注ぐ攻撃も、一瞬一瞬を捉えれば、一本一本が距離を取っているのがわかったのだ。

 つまり攻撃直後の鞭の真横を通るのが、俺にとって最大の活路となる。

 走り抜ける中で、首にかけた《バーニィの首飾り》が、反動で視界の隅を跳ねた。

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