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『じゃあ これで いいか?』


 その声が発せられるのと、奴の体が膨れあがるのは同時だった。ぼこぼこと水が沸騰するように内から外へ、次々と肉片が盛り上がる。


 あぐ  が  ぎ  あ  ああ――


 部屋中に悲憤が響いた。王の体積と比例するように、その声も数と大きさを増す。

 詰め込んでいたものを解放するように急激に膨れ上がる様に、俺たちは一歩も踏み出すことができなかった。

 王はぴちゃぴちゃと赤い血肉を床に撒き散らしながら尚も肥大化し、やがて一つのシルエットを形成する。


『……さあ この中から 好きな声を 選べ』


 完成した王の新たな姿は、腹の出た醜悪な悪鬼のようだった。

 もとの王の姿は、幾重にも生まれた肉に埋もれて見えない。代わりに現れた頭部は、大きく黒いツノを二本生やし、赤一色の目玉が爛々と輝く、凶性を隠そうともしないものだった。


『俺は エルダーを統べる 新たな王。 いや エルダー そのものだ』


 奴は様々な声をモンタージュのように切り貼りして、言葉を発した。


「うぅっ!?」


 たまらず彼女が口を抑え、嘔気をあらわにした。無理もない。変化した元王は、リズレッドに対して悪夢の具現としか言えなかった。

 ミミズ腫れのように凹凸した奴の表皮に目を凝らすと、見えてくるのは無残な姿となった顔、腕、脚。

 一つ一つを確認すれば、綺麗に梳かされた黄金色の髪に整った容貌。すらりと伸びた四肢であるのがわかる。だがそれらは、今や全体の露悪さを引き立たせるアクセントとなり、全てが奴のパーツと化していた。

 脳裏に一瞬、泥団子が浮かんだ。華麗な肉体を、泥で滅茶苦茶に混ぜ合わせ、丸く整形した団子。そしてその肉体が、もともと誰のものなのかと考えれば、、答えは一つしかなかった。


「ドラウグル……ッ!」


 俺は怒りに震えて声を発した。

 奴がこの惨状の張本人であり、ゾンビと化したエルダー人を使役しているのは間違いない。

 その能力を考えたとき、戦闘となれば多勢のゾンビに襲われる可能性は考慮していた。だがこのような使役の仕方は、流石に考えもつかなかった。死者への冒涜の中でも、特に極まったものだとすら感じた。生前のかすかな姿すら留めさせず、ただの皮膚と化した彼らに、もはやエルフとしての尊厳など一片たりとも残されていない。


「リズレッド、退がってるんだ!」


 そこまで考え至り、咄嗟に叫んだ。

 この国を愛したリズレッドがこんな姿を見れば、激昂して突撃しかねない。そして精神を大きく摩耗させた彼女が、エルダーの死の集合体たる奴と戦えば、どうなるかは想像に容易い。


『リズレッド どうした 早く来い みんなと 一緒になろう 副隊長 はやく みんなと いっしょ』

「ッ!」


 だがドラウグルは明確にリズレッドを挑発した。あのおぞましい姿は、怒りを誘うための悪意の鎧だ。我を忘れて飛び出せば、たちまち奴の思惑にハマることになるだろう。

 俺はリズレッドの肩を咄嗟に抑えた。

 だが彼女は、


「……ラビ、手を握ってくれ」


 目線はまっすぐドラウグルに向けたまま、そう言った。


「え?」

「……頼む」

「……わ、わかった」


 思惑が読み取れず戸惑うが、俺はそれに従った。リズレッドは右手に剣を握ったまま、左手を差し伸べていた。迷子になった子供が、必死に誰かに道を尋ねるようなか細さがあった。

 俺が手を取ると、彼女は最初に強く握ったあと、ゆっくりと指を開き、俺の手の形を確かめるように表面を撫でた。手のひらや指や、指先の形状を記憶するように丹念に触れて、それが終わると再び強く握ってきた。


「これが……私の守るもの……」


 ぽつりと呟く。そこで俺は、うっすらと彼女の真意を知ることができた。それは先ほどまでの俺と同じだった。守るものと攻めるもの両方を手に取り、どちらも認識することで、恐怖や怒りに溺れそうな自分を定めていたのだ。

 同胞を殺して、今もなお震える手は、それでも懸命に俺を求めていた。それに応えるために握り返すと、彼女は戦場に似つかわしくない微笑みを浮かべて問いかけてきた。


「……ラビ、私を信じてくれるか?」


 その言葉に、俺はどう応えればいいのかわからなかった。


「……大丈夫なのか?」

「……わからない。でも、やらなくちゃいけない。私があいつを倒さなくちゃ。そんな気がする」


 眼前のおぞましい悪鬼に対し、リズレッドは哀愁を込めて言った。おそらく彼女は、奴の全身からエルダーの民が救いを求めているのが聞こえるのだろう。俺ではなく、同じエルフである彼女に。


「……死ぬなよ」

「ラビが見ていてくれるなら、平気だ」

「人をお守りみたいに言わないで欲しいな」

「ははは、すまない」

「……約束守れよ。俺に剣を教えてくれるんだろ?」

「ああ、その通りだ……なあ、ラビ」

「なんだ?」

「これが終わったら……私の右手も、いや、私の全てで……君に触れたい。だから今は……行ってくるよ」


 その玲瓏の声にはどこか危うさが孕んでいた。だが俺はその決断を止めることができなかった。一人の騎士が国の悪夢を終わらせるために、最後の戦いを挑もうとしている。ここで彼女を静止して二人で戦えば、クエストの達成は格段に楽になる。だがそれは、彼女が騎士として真の誇りを取り戻すことには繋がらない気がした。


「……わかった。でも、危なくなったらすぐに加勢するからな」


 その言葉に、彼女は今まで見せたどの表情よりも優しく笑って首肯したあと、ゆっくりと俺の手を放した。

 握っていた彼女の左手が、剣の柄に戻り、両手で武器を構え、姿勢を低く落とし、


「《疾風迅雷》――」


 一瞬の間断を置いて静かに告げると、


 ヒュオッ


 リズレッドは俺の前から姿を消した。

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