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「大丈夫か?」


 城についてからのリズレッドの疲労は、俺から見ても痛々しいほど高まっていた。騎士や侍女たちのゾンビが襲ってくるたびに、後ろで守っていた彼女から苦悶の呻きが上がるのを何度も聞いた。召喚者だったなら、イエローウィンドウを過ぎて、とっくにレッドウィンドウが表示されているだろう。

 だがそれもここで終わりだ。もう昇る階段はなく、殺すべきゾンビは、この扉の先にいる王一人のみだ。


「……ありがとう、ここまで連れてきてくれて」


 リズレッドは感慨にふけるように言った。


「いや、俺こそ、リズレッドがいなかったらここまでこれなかった。あとはこの先にいる王を討つだけだ。がんばれそうか?」

「……ああ、任せてくれ」


 そう言うとリズレッドが勢いよく頭を下げた。


「このたびは私の不甲斐なさゆえに危険な作戦に動向させてしまい、大変申し訳なかった。この恩は必ず……あうっ!」


 言い終える前に、頭に手刀をかましてやった。リズレッドはよほど予想外だったのか、とても素っ頓狂な声を出して驚いていた。


「まだ終わったわけじゃないだろ?」

「……う、うむ。そうだな」


 俺たちはまだ何も成してはいない。そんな状況で、今までの総括めいた態度を取られるのは、まだ早い。大義の前に礼を告げたいという彼女の慇懃さは尊敬するが、まだその時ではないのだ。本当に全てが終わってから、心の底から笑いあって、俺はリズレッドと喜びを分かち合いたかった。

 彼女の横を通り過ぎ、扉に手をかける。


「よし、じゃあ開けるぞ」

「油断するなよ」

「ああ」


 目配せをしたあと、神経を扉の先に集中させて、力を込めて大扉を押した。

 ギギギと軋音を立てて、観音開きの木製扉は俺たちに玉座の全貌を明らかにした。

 その部屋はとても広く、天井は天守の先まで開放され、豪奢な逸品が惜しげも無く飾られていた。エルダーの政治の中心であり、過去数千年に渡ってエルフたちが守り続けた拠点の中心にいるのだと思うと、身が熱くなった。

 そして視線を先に向けると、そこには――エルダー最高の位を持つ男が、静かに玉座に構えていた。


「戻りました、我が主よ」


 リズレッドが敬服の姿勢を取って告げる。

 入り口から十五メートルほど先に段差があり、その上に玉座が置かれていた。王と従者を分けるための、視覚的な意匠だろう。


『……』


 玉座から見下ろす形で、王は静かに座していた。

 やはりアモンデルトの言う通りゾンビとなっていたが、動く気配はなく、王者の風格すら漂わせる姿は、生前の豪胆さを伺わせるには十分だった。

 リズレッドは覚悟を決めたように一度深呼吸をしたあと、腰に下げた純白の剣を抜き、主君にもとへ、一歩一歩歩み寄った。

 彼女が部屋の中央まで進んだとき、不意に王が口を開いた。


『よくぞ戻った』


 思わず目を見開いた。それが誰から発せられた言葉なのか、咄嗟に判断できなかった。

 後ろ姿なので確認できないが、彼女も俺と同じように、愕然とした表情を浮かべているに違いない。


「ゾンビが……喋った……?」


 リズレッドは茫然と立ち尽くしていたかと思うと、かぶりを振り、疑念を払うように再び進みはじめる。


「……いや、騙されるなラビ。これは王の声ではない」

「え?」

「非常に似ているが……違う。仕え続けた主君の声を間違えたりはしない」


 リズレッドの声に怒りが浮かんだ。


『リズレッド……我が騎士よ……よくぞ戻った……』

「よくも王の姿で……このような虚偽を……」

『さあ、もっと近く寄れ。私にお前の顔を見せてくれ』

「貴様にお前と呼ばれる筋合いはないッ!」


 ついに王の前に立ったリズレッドは、かざした剣を突き立てて叫んだ。


「お前は何者だッ! 我が王の亡骸になにをしたッ!」


 その問いに対して、王の姿を模したものは、


『……間違えた』


 と、小さく呟いた。

 それが皮切りとなり、突如、王の背中が盛り上がった。その盛り上がりは服を破ってなおも成長し、一本の腕のようなものを形成した。そしてその凶腕を持って、怖るべき速さでリズレッドに掴みかかる。


「リズレッド!!」

「っ!」


 彼女はそれを避けると、すれ違い様に腕に一閃を浴びせ、怯んだ隙に一旦距離を取るため、地面を蹴って跳躍した。

 突然の攻撃に動揺する俺とは対照的に、彼女は冷静に再び剣を構えた。たまらず俺は叫んだ。


「リズレッド! 大丈夫か!?」

「ああ、あの程度の攻撃速度で遅れは取らない」


 追随してリズレッドに追いつくと、再び王を見た。斬られた腕から真っ赤な血が盛大に噴き出るが、本人は悲鳴も上げず、それを傍観している。

 光を映さぬうろんな瞳が、恐怖心を刺激した。だが、


『間違えた、こっちか?』


 その声を聞いて、いよいよ全身が総毛立った。声はとても幼い少女のものだった。顎ひげをたくわえた精悍な王が、少女の声で話したのだ。

 凝然とする俺に、王は首をひねって告げる。


『違うか? じゃあこれか?』


 今度は老人の声だった。


『これか?』


 青年。


『これか?』


 少年。


『……わからない。人の声は難しい』


 最後に王は再びもとの声に戻ると、諦めたように言い捨てた。

 横にいるリズレッドも流石に目を見開いていた。混乱しかける自分の思考を、なんとか整えているようだった。

 俺たちを無視して、王がふらふらと玉座から立ち上がる。その姿に違和感を覚えた。足腰が弱い人間が精一杯席を立つという風ではなく、リモコンを使って、慣れないラジコンをなんとか動かしているといった感じだった。

 奴は右へ左へと揺れながら、口を開いた。

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