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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
12.因縁
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譲れないモノ③



「これがこの世界の?」

「はい。船です」

『帆が”風”を受けて進む帆船、かな。車輪があるから、パドルシップなのかもだけど。これが走るんだっ』


 船を知っていても、リッカさまも私も乗った事がありません。風を切るように走る船舶から見える景色は、どんなものなのでしょう。楽しみです。


「さて、”風”の扱いは分かっていますカ」

「あ?」

「いきなり吹かせると破けますからネ。まずは風を受けきるまで調整しますかラ、ゆっくりでス。船が少し動きだしたらじわりと出力上げて下さイ。車輪が回った時点で最大になるようにでス」


 船を動かすのも、簡単ではないようです。自然を操る種類の魔法、便宜上属性という呼び方をしているそうですが、それらは扱いが特に難しいです。”風”は想い一つで切れ味が鋭くなります。兄弟子さんだと、斬れそうですね。裁縫は得意ですが、帆の修繕はした事がないので斬らないようにお願いします。


「……」

(小型船しか動かした事ねぇよ。何だこのでけぇの。近くで見りゃ、やっぱ尋常じゃねぇでかさだぞ。何でこんなのをチビが持ってんだ)

(ああ、これは出来そうにないですね。話半分に別の事考えてるみたいですし)

「最初は私がやりますけド、覚えて下さいヨ。今後もこれで移動して、マリスタザリアの所まで行く事があるかもしれないんですかラ」


 そういうとシーアさんは、手馴れた様子で操作していっています。舷梯と碇を上げ、帆を張り、操舵出来るか舵を動かし、前方を映す鏡を調整し、”風”をゆっくり送り始めました。


(これが、乗り物)


 馬すら乗った事のない私は、自分の足以外の移動手段を経験した事がありません。ただ流れる風と違い、風に飛び込んでいるような感覚ですね。不思議な風を感じています。

 

「そろそろ全力の風を出せますネ。吹かせてくださイ」

「チッ……(【ヴァンテ】)(・オルイグナス)

「あぅ……」

「っ!?」


 ガクンッと揺れ、速度が一気に上がりました。リッカさまですらよろける衝撃でしたから……私だと、危うく転びそうになってしまいます。


「やっぱリ、下手じゃないですカ」

「あ゛!?」

「ほラ。舵に捕まっていた私はまだしモ、巫女さんは転びそうに――」

「大丈夫? アリスさん」

「は、はい」


 転びそうになった私は、リッカさまに支えられて事なきを得ています。リッカさま自身よろけたので、私をしっかり支えるために――腰と頭を抱きこむ形となっているのです。思わぬところで起きた幸せに、表情が緩みそう。


(ただのお馬鹿カップルにしか見えないんですけど、お二人だと絵になりますね)

「もう少し速くても良さそうですネ。上げて良いですヨ」

「言ってる事が違ぇじゃねぇか」

「まァ、気にせず”風”を送って下さイ」


 まだ慣れてないのを良い事に、リッカさまに抱かれたまま船に揺られます。私を助ける為の行動だっただけに、リッカさまは落ち着いた様子で船からの景色を楽しんでいます。


(この御姿も格好良い)


 と、私は景色よりもリッカさまを、じっと見てしまうのでした。



「やはリ、得意魔法が風の人が走らせる船は速度が違いまス」

「餓鬼共だけとはいえ四人運ぶのはだりぃ。チビっ娘、お前も風出せよ」

「私はこれからお二人に私のことを話さなければいけませン。一人で頑張って下さイ」

「て、てめっ――」


 そんな素敵な時間も、終わりがやってきてしまうのですね。シーアさんの正体をリッカさまは気にしていました。それを説明する時間を取ってくれるようです。名残惜しいですが、話を聞く姿勢ではないので離れておきましょう。


「でハ、私の国についてお話しまス」


 私は一応知っているので、復習となりますね。


 シーアさんが在籍しているのは『フランジール共和国』。王国の北西に位置している大国です。昔は物資と人に乏しい貧しい国であったと言いましたが、今は全くの別物です。


 エルヴィエール女王陛下が、共和国を最高の国へと変えました。農業革命。輸送路の整備と安全確保。王国や周辺諸国との安保条約締結。兵士、冒険者の育成。各町の安全対策の向上、福祉の充実等が主な物ですが、農業革命はまさに、です。


 王都でも人気がある野菜に共和国産がありますが、本当においしい。寒冷地ならではの農業に援助・補助をし、一気に発展させたのです。それ故に今や、王国と対等な輸出入を行えています。


 そんな共和国と王国は隣国というだけでなく、同盟国として連携しています。シーアさんが此処に居るのも、女王陛下からの救援だと思われます。王国にマリスタザリアが集中しているというのは、共和国情報部も知っているはずですから。


「私の祖先は元々南のほうに住んでいましタ。ずっとずっと南でス。共和国が建国された際の女王様から召集さレ、共和国民となったのでス」


 共和国という国を説明した後、シーアさんは自分の事を話し始めました。


「王家とはその頃から親交があったらしク、その縁ということでス。今でも王家とは懇意にさせてもらってまス」


 懇意、という言葉で済ませられるでしょうか。シーアさんは名実共に女王陛下の……。


「小さい時かラ、現女王であるエルヴィエール様がお世話をよくしてくれましタ。私の家族は父と母だケ。その二人も早死にしちゃいましたかラ」


 シーアさんの両親について、詳しくは知りません。ただ、シーアさんの家族構成については何故か豊富に記されているのです。一人の著者が出した本に書かれていたのですが……それにはシーアさんを暗に貶すような内容も、多く書かれていたのです。


 ”神林”集落で備えていた頃、アルツィアさまから共和国の勉強と渡された本の中にあった物です。コルメンス陛下への侮蔑だけでなく、何故か”魔女”への批判もあったので良く覚えています。


 有名人ゆえに、そういった書籍が出版されるのも致し方ないのかもしれません。ですが……気に食わないですね。作為的な誹謗中傷。読んでいて眉間に皺が寄るような、想像だけで書かれたものでした。


 シーアさんもまた、大層な名によって神格化されてしまった者なのです。実際は――家族想いの優しい少女なのですが……。


「女王にとって私は少し歳の離れた妹、というヤツみたいでス。今回の遠征も女王は反対でしたかラ」


 女王陛下は納得していない、のですか? そうなるとシーアさんの独断の可能性が……。いえ、それよりも……シーアさんは小恥ずかしそうにしながらも、申し訳ないといった表情で「妹のよう」と言いました。何か、一歩踏み出せて居ないもどかしさを感じるのです。


「これは余談ですけド。女王はキャスヴァルの王様の事がお気に入りでス。昔から色々と楽しませていただきましタ」


 ちょっと重苦しい空気になったからでしょう。おどけるような声で付け加えました。気の利く方と言えば聞こえは良いですが、人の機微に敏感にならなければいけなかった、とも言えます。シーアさんの回りには、敵が多かったのでしょう。


 一つの王家によって作られた共和国において、王家ではないシーアさんを認めない人は少なからず居るのです。ですがエルヴィエール陛下は、シーアさんを溺愛しているという事で有名です。色々と策を講じ、シーアさんを守ったはず。


(それが逆に、シーアさんに後ろめたさを与えているのでしょう)


 敵に隙を見せないように、エルヴィエール陛下に迷惑が掛からないように。そんな想いが見えます。

 

「シーアさんは、どうして女王様の反対を押し切ってまで、この国のギルドに?」


 シーアさんが乗り切っている事を、とやかく言うべきではないでしょう。なので、シーアさんの覚悟についての話をします。リッカさまの質問に、シーアさんは少し考えているようです。


 エルヴィエール陛下に迷惑が掛からないように、というのであれば……”魔女”であるシーアさんが此処に居るのは拙いです。なのに、何故? という疑問は、私にもあります。


(シーアさんが何処か……リッカさまに似ている事を考えれば、理由は分かりますが……)


 それでも、反対を押し切ってまで居る理由を、聞いておきたいです。


「女王、エルヴィ様は私の姉のような方でス。そんな人が毎日キャスヴァルの現状を憂イ、なんとかしたいと一人悩んでいましタ。だから私が来たのでス。エルヴィ様の力になりたくテ、魔法を研究特訓シ、『エム』を授かるまでになった私ですからネ」


 やはり何処か、壁を感じます。シーアさんはエルヴィエール陛下の事を……「姉のよう」と言います。お互い姉妹という意識を持ちながらも、シーアさんは……「のよう」と。家族毎に踏み込むべきではないのでしょうけど……シーアさんは、良い子すぎます、ね。


(もっと我侭になっても良いと――これは、自分を棚上げしすぎですね……)

「エルヴィ様を守るために力をつけてましたガ。今回の異常事態、ただ守るだけでは何れフランジールも危険に晒されまス。キャスヴァルで燻っている間に解決するのが最善でス」


 どんなに「姉のよう」と言おうとも、その瞳に宿る光は本物です。エルヴィエール陛下の為に。この一言に尽きます。


「魔王をサクッとやりまス。そのために巫女さんたちへの協力は惜しまないつもりでしタ」


 ここからが本題と言わんばかりに、シーアさんの表情が鋭くなっていっています。つもりでした、という過去形。その意味は理解しております。


「見ててください、シーアさん。私たちも遊んでたわけじゃないし、覚悟もしてます。シーアさんを失望させません」


 テスト、ですね。お互い信頼出来るかどうか。それを確かめる為の一戦となります。


「リツカお姉さんだけじゃなク、巫女さんにも筒抜けですカ。では、しっかり見させてもらいまス。強い言葉を使いますガ、足手まといはいりませン」


 本当に強い言葉ですね。ですがそれはそのままお返ししましょう。”魔女”の力は知っていますが、実際に見るのは初めてなのですから。お互い失望しないように、全力で事に当たりましょう。テストではありますが、困っている人が居る以上アピールなんてしません。最短最速で事を終息させます。


「それでハ。リツカお姉さんのための魔法講座をしましょウ」

「……はぇ?」


 余りにも急な話題変更に、リッカさまはほわっとした返事をしてしまったようです。お互いの覚悟を確認してすぐですし、マリスタザリアへの対策を話すつもりだったからでしょう。


(この話の切り替え……突発さはアルツィアさま級ですね……。リッカさまのきょとんとした表情は……凄く珍しい)

「聞けバ、別の世界には魔法がなク、苦労しているようでス。さくっと解決しましょウ」


 確かに、魔法研究者としてやるべき事だと思います。リッカさまは使える魔法が少ない事で思い悩んでいましたから。ですが……ですが!


「リッカさまには私がついていますけど?」

「まァ、そう言わずに聞くだけ聞いてくださイ」

「……」

『い、一体何が……?』


 シーアさんによる、魔法講座が行われようとしています。私は少しむくれて、リッカさまを見てしまいました。何でこんな険悪な雰囲気に? と、リッカさまが狼狽しています。


(うぅぅぅぅぅ……)

「でハ――」


 私が教えていなかった、大魔法の説明がされています。リッカさまはまだ自身の魔法を練習している段階。多くの魔法を使えない事もあって、説明を先延ばしにしていました……。


 大魔法を簡単に説明するなら、言葉を繋げ、属性を相乗させる事で威力を高めていくのです。”火”に”風”を送り大きくする、とかです。これは高い魔力制御と強い想いがなければいけないので、出来る人は多くありません。出来るだけで世界に名が轟く程の難易度と言えば、分かってもらえるかと。


『大魔法っていっても……私は殆ど魔法使えないからなぁ……』

「これハ、私の予想ですガ。リツカお姉さんハ、イメージできないのではないでしょうカ」


 あっ、それは……。


「イメージ、ですか」

「何もない空間から水や火が出てきたりっていうイメージが出来ていないのでス」

『そういわれると、確かに……って、シーアさん何で私の膝に手を……?』


 うぅぅぅ…………!! まだ不確かで言えていない事までっ! それは私が言おうとしていたのに……!


 一応確信に近いものはあったのです! リッカさまの世界でも、マジシャンや超能力者と呼ばれる者達が居るそうです。ですがそれらはトリックがあり、魔法と呼ばれる物ではありません。リッカさまにとって火や水というのは、道具によって出せるものなのです。


 ですからリッカさまは、想う事が出来ません。私がリッカさまから機械という物を聞いたとしても、それを魔法で再現出来ないように。


(って、近すぎです! リッカさまの足に手を置くだけでも我慢出来そうにないのに、体を寄せ……か、顔まで!)

「もうそのイメージから脱却できないのでしょウ」


 私の視線に気付いているはずですが、シーアさんはニヤリと笑うだけで話と行為を止めようとしません。これは、私への宣戦布告と取ってもよろしいのでしょうか。争いは好みませんが、リッカさまの事となると別です!


「だからリツカお姉さんは自分が関わっている魔法しか出来ないのではないのでしょうカ。”光”っていう巫女特有の魔法は分かりませんガ。自分を強くしたイ。戦う剣が欲しイ。と言ったのは強く想えたのでしょウ」

「確かに、イメージできてませんね」

「長い時間をかけてそのイメージから脱却するしかありませン。――時間がないのデ、今までと変わらないのが現状でス」


 リッカさまに、想いが足りていないと確認させるだけでも大きな違いがあるのです。


(ですから……私がリッカさまに伝えたかったのに!)


 シーアさん、私を弄ろうとしていますね。隙を見せたのが間違いでした! 私が抱く、リッカさまへの特別な想いを感じ取ったのでしょう。シーアさんによるリッカさまへの過剰なまでの接触が証拠です! 


(この胸の奥でざわつくような危機感は、茶化されているからだけではありません……!)


 研究者らしく、説明上手で博識。そしてその知識を話す事が楽しくて仕方ないシーアさんは……今後もリッカさまに様々な事を教えるでしょう。このままでは、私の役割が奪われ――っ!


「今使えるのだけ鍛えたほうがいいですよね。遠距離攻撃の手段は欲しいと思ったときはありますけど、私は一人で戦っているわけではないですから」


 リッカさまが……微笑みながら、私を見ています。こんな些細な事で膨れてしまっている私に呆れているのかと思いましたけど、そういう訳ではないようです。


「私の変わりに、アリスさんが遠くの敵を射抜いてくれます。せっかく教えてもらえたのに、ごめんなさい。私は私の魔法だけでやります」

『今は使えなくても、いつかは使えるかも。でも今はそんな場合じゃないから、私の力だけで戦う。平和になったら、試行錯誤しながら練習すれば良いんだから。アリスさんの隣で、楽しく』


 些細というのであれば、これかもしれません。心の中で吹き荒れていた暴風は一瞬で止み、晴れ晴れとした空が広がっていました。


 私はひどく単純です。シーアさんに茶化されようとも、シーアさんに役目を奪われようとも、リッカさまの微笑みと変わらぬ想いを受けたら……けろっと幸せになってしまいました。


「――はい。リッカさまを最大限サポートするのが私の役目です」


 けろっと幸せになっても、一言多く告げさせてもらいます。リッカさまを支えるのは私の役目。今後もそうですから、シーアさんが補足です! 私の役目を奪わないで下さい!


「手強いですネ。お姉ちゃんと国王ならもっと修羅場になるのニ……」

「何がしてぇんだてめぇは」

「居たんですカ、お兄さン」

「降りてもいいんだぞ。阿呆ども」


 申し訳ございません、兄弟子さん。私も忘れていました。リッカさまに敵対行動を取りそうな方という印象が先行しているので、極力気にしないようにしているものですから。


(しかし、シーアさんのこの、人を茶化す遊び……エルヴィエール陛下とコルメンス陛下にも……?)


 悪戯で済む程度の物ですが、叱れる時は叱りますからね。()()取り乱し、シーアさんへの対抗意識を爆発させてしまいましたが……一応私は年長者。シーアさんの身分が上であっても叱りますから、そのつもりで居て下さい!



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