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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
12.因縁
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譲れないモノ②



「チッ……。もういい。おい赤いの。外出ろ、決着つけてやる」

「やめたほうがいいですヨ、兄弟子さン」


 兄弟子さんが実力行使に出ようとしたのでしょうけど、シーアさんに止められています。


 それどころではないので、後にしていただけませんか。兄弟子さん。私はリッカさまの変化に戸惑っているのです。何故顔を見せてくれないのでしょう……。


「てめぇもさっきの決着がついてねぇぞ餓鬼。赤いのの次はてめぇだ」

「私に勝とうなんテ、実力見えてなさすぎでス。それに、リツカお姉さんには勝てませんヨ」

「あぁん?」


 何を言っているのでしょう、この愚か者は。と言わんばかりに、シーアさんが首をやれやれと振っています。実際表に出ろと、()()()()()()()()()()()実力差がありすぎています。


「私ハ、剣士と呼ばれる人のように力を計れるわけじゃないでス。ですけド、私にも分かることはありまス。リツカお姉さんは強いでス。私よりモ」


 シーアさんの瞳は、深い海の色である濃青色です。しかし、その奥に深紅が見えたような気がしました。アルツィアさまは魔力色を感じ取れる人間は三人居ると言っていました。リッカさまと私。そして――シーアさんだったようです。


「先ほどお二人に、私のほうが実戦経験は上と評価いただきましたけド。確かに経験は上でしょウ。ですけど勝負が始まれば一瞬で負けまス」


 シーアさんがリッカさまを見ています。魔力色だけでなく、手で覆われた奥に見えている、リッカさまの鋭い眼光も見えているのでしょう。


「気づいてないのはあなただけでス、兄弟子さン。リツカお姉さんはもうあなたを倒す準備を終えてますヨ」

「はぁ? 何言ってんだ?」


 このまま戦闘となれば、私も巻き込まれるでしょう。というより、私が我慢出来ません。そうなると、リッカさまの想いに反してしまうかもしれないのです。であれば――リッカさまは剣を抜く事になろうとも兄弟子さんを止めます。


 思わずジト目になってしまいます。このまま流してしまって、良かったのですよ……? 兄弟子さんに構う必要はなかったのです……。


「理由なく暴力は振るえません」


 落ち着いた、優しさを感じさせる声音や、お茶目で意地っ張りな可愛らしい姿を見せていたリッカさま。ですがもうそれは、過去のモノです。今リッカさまが放っている気配と視線は――剣士のモノなのですから。


「私の剣は、守るための剣です」


 たった一言でしたが、兄弟子さんが無意識に一歩後ずさるだけの闘気が込められた、声でした。凡そ、平和を享受していただけの少女に出せる訳がない声音と気配は、ギルドの一角に、先程の喧嘩が児戯に思える程の緊張感を生み出しています。


「っ」

「リッカさま、お二人は大丈夫です」


 兄弟子さんと、ただの私闘で終わる事はありません。表に出ろという時点で、暴れる事は確定しています。そうなる前にリッカさまは、兄弟子さんを制圧します。それでは確執が生まれてしまうでしょう。ですがリッカさまは躊躇しません。兄弟子さんのイラつきが私にも向いている限り、兄弟子さんの気絶は避けられない未来です。


 もし兄弟子さんがただの犯罪者ならば、止めません。ですが兄弟子さんも一応選任です。しかも同じ担当を持つ、班のような存在。この辺りで止めるのが、私の役目。リッカさまが私の脅威を排除するように、私もリッカさまを守る為に止めましょう。


「……ごめん。二人も、ごめんなさい」


 変に隠すより、リッカさまがどういった人なのか、分かりやすく伝わったと思います。想いを守る為ならば、剣を抜く事に躊躇はないのです。

 

「こいつ、ほんとに俺より年下か……? 覚悟ってやつならライゼのヤツよりあるじゃねぇか……」

「だから言ったんでス、勝てないト。お兄さんのせいで私まで冷や汗かきましタ」

「ご、ごめんなさい。これに関しては妥協できないものですから」


 ずっと被っていたフードを脱ぎ、シーアさんが汗を拭う仕草をしました。漸く見えたシーアさんの顔を、リッカさまが謝りながら見ています。シーアさんに威圧感は伝わっていないはずですが、

……汗を拭ったのは格好だけみたいですね。


 深い海のような青い目。肌は褐色。顔立ちは整っており、将来確実に多くの人を魅了すると確信できるほどの美少女です。共和国は多民族国家。シーアさんの先祖はきっと、南の方でしょう。黒い髪の先端を青に染めて、グラデーションになるようにしてます。きっと魔法に関係する染色でしょう。


「リッカさま……?」


 私もシーアさんの容姿を見ていましたが、リッカさまはもっとじっと見ていました。


「なにかなっアリスさ――ふにゅ!? ……ぁぅ?」


 凄くもやもやして、リッカさまの頬を挟みこんでしまいます。まだ数回しか会話をしていないのに、お姉さんと呼ぶシーアさん。シーアさんに何処か共感出来る部分があると感じているリッカさま。もし、惹かれ合ってしまったら……。


「むぅ……」


 唸って、しまいました。シーアさんはリッカさまと並び立って戦えるのです。であれば、親密度も上がりそう……。共に強敵を倒した際に生まれる、協調……。きっと、爆発的に信頼関係を築けるはず、です。


「ふふ……どうしたの? アリスさん」

「ぅ――。もう、リッカさま……私で遊ばないでください」


 私の膨れた頬を、リッカさまが指で押しました。いつだったか、私がリッカさまにやった事です。


(私の思い違い、ですね)


 リッカさまは……私優先で、居てくれています。凄く恥ずかしい考察ですが……真実です。真実ですから、仕方ないのです。


「ごめんね? あの時の仕返し」


 くすくすとリッカさまは微笑んで、頬を挟みこんでいる私の手を撫でました。くすぐったいですが……。


「それなら、仕方ありませんね」


 頬を挟み込んでいた手を下にずらし、私もリッカさまの首筋を撫でます。手の甲や首筋は脂肪が少なく、神経を直接撫でられているような感覚があります。お腹や腕といった脂肪がそれなりにある場所は、それはそれで違う感覚があるのですが――私は、リッカさまの熱が直接感じられる、この触れ合いが、好きです。


「なんだよ。こりゃ」

「これハ……、いいオモチャが見つかりましたネ……。クふふふっ」

「はぁ……ライゼ様が居ないと場が締まりませんね。あぁ、あの人はあの人でおふざけがすぎますね……」


 ただじゃれ合っているだけですが、他の人から見れば違うのでしょう。そろそろ止めた方が良さそう――って、リッカさま? 首筋を撫でるのは、早すぎましたかね……。ああっ、そんな表情を緩めて、私の手を押さえつけるように……もうちょっと撫でていて良いのでしょうか?




「では、依頼の話しに参ります」


 流石に、アンネさんに止められました。シーアさんの不敵な笑みも気になりましたし、隙は見せない方が良いでしょう。もう見せてしまったかもしれませんが……。


「ライゼ様がリツカ様の武器を作るために工房へ篭っているため、しばらくは四人で回していただきます」


 ライゼさんが担っていた部分を、私達四人で補います。ライゼさんが一体どれ程の仕事量をこなしていたのかは分かりませんが、四人ならば可能でしょう。兄弟子さんの実力は不明なれど、シーアさんが居るのです。決して無理ではないはずです。


「本日の依頼ですが、一件ございます。すでに足止め班が先行しています。……先に言っておきますが、リツカ様。ご安心ください。足止め防衛に適した者たちのチームで行っております。犠牲が出たという報告はありません」

「はい、もう、大丈夫です。ごめんなさい……」


 先程少々お騒がせしてしまいましたから、港の件が思い出されます。それを察してか、先んじて忠告がなされました。リッカさまは確かに気負ってしまっていましたが、今回はしっかりと理解出来ています。安心して欲しいというのであれば、アンネさん達が安心してください。


「リッカさま」

「ありがと……アリスさん」


 リッカさまの肩を抱きます。あの日言った言葉に偽りはありません。私は分かっています、リッカさま。


「報告では一件ですが、出現したマリスタザリアは三体。熊、インパス、ドルラームです」


 クマ、インパス、ドルラーム、ですか。クマは居ますが、インパスとドルラームは向こうにいません。向こうの世界では確か――インパスはインパラ、ドルラームはヒツジと呼ばれています。性能は伝えているので、問題ありません。


「場所は王国から十二キロ北です。山が近く、少し寒いのでご注意ください。近くに小さい村があります。よろしくお願いいたします」


 確か……『ヘルネ』と呼ばれる町です。百人居るかどうかという、小さい町だったはずですが、急いだ方が良いでしょう。最近のマリスタザリアを考えると、今のクマを止められるのはライゼさん級の冒険者だけですから。


「俺も行くのか」

「相手は三体です。万全を期すべきでしょう」


 リッカさまの言うとおりです。固まって動くはずがないので、チームでいって対応すべきでしょう。各個撃破が最適なのは、回りに要救助者が居ない場合。今回近場に町があり、先行チームの状態如何では救助もあります。リッカさまとシーアさんが居れば大抵の状況に対応出来るとはいえ、いかなくて良いとはなりませんよ。


「そうですネ。熊さんは力強く、見た目に反して結構素早いでス。インパスはスピード特化で力は弱いでス。スピード特化と言うだけあっテ、その速度は魔法だけでは捕らえるのは難しいでしょウ。ドルラームは力も強くスピードもありまス。角がどのような変化をしたかによりますガ、気をつけるべきでス」

「熊とインパスは経験がありますけれど、同じ変化をするかは分かりませんね……。何より、言葉を話すマリスタザリアも確認できています。やはり四人で行くべきでしょう」


 シーアさんの補足は的確です。すぐにでも対応を話す事が出来そうですね。


「分かったよ。分かった分かった」

(チッ……ライゼが居るってのに……何でこんな事しないといけねぇんだ)


 ライゼさんに固執するのは勝手ですが、冒険者としての本懐を蔑ろにしてはいけません。


「言葉を話すマリスタザリアに私は出会ったことがありませン。どのような感じだったのですカ?」

「私を殺すという思いだけで発せられた魔法で、火の壁が私に迫ってきました。純度も威力も高いです。アリスさんが水の付与された”盾”を出してくれなければ死んでいました」


 思い出すだけで寒気がします。リッカさまが、危うく……。


「水の付与された”盾”、ですカ。複合連鎖できるのですネ」


 一応、一番魔法に詳しい方に教わっていますから。魔法研究という職に就き、常に自身で革新的な発見をしているシーアさんには大変申し訳なく思います……。ですがシーアさんが見つけたモノで、アルツィアさますら知らなかった事が多々あるのです。王都に着いてから呼んだ書籍で知った時は驚きました。


 魔力の残留思念が、その最たるモノでしょう。魔法を使うと、魔力が残る。それを感じ取る事で使用された魔法が何なのかある程度分かるのです。そしてそれは、魔力色が見えると、より正確なものとなります。魔力を感じ取る感性や魔力色が見えるという特異性がなければいけないので浸透していませんが、かなり有用です。


「はい。私は”拒絶””治癒””光”が得意です。その他の魔法も一部を除いて中級四段階目より上にはなっております。複合連鎖、連続複合連鎖による大魔法が可能です」


 ”土”や”水”、”火”と”風”といった自然の力を使う魔法が苦手です。”神林”に住み、自然を一番感じているはずなのに……少々恥ずかしいですが、どうにも得意魔法以外は殆ど苦手なのです。一応中級四段までは上げましたが、ここが打ち止めです。連続、連鎖魔法といった想いを高める手法によりやりくりしているといった所なのです。


「えっと、私は”強化””抱擁””光”です。武器の関係で対動物型マリスタザリアでは、”強化”しかできません。”抱擁”はよくわかりません。”光”と全力発動はこの木刀でないとできません」

 

 少々自信なさげに、俯きそうな姿勢でリッカさまも自身の魔法を告げました。信頼関係構築において、自身の情報を差し出すのは必須です。場合によっては秘匿するのも重要ですが、この場はマリスタザリア対策も兼ねているのです。魔法が分かれば対策も立てやすいです。


 リッカさまが申し訳なさそうなのは、自身の魔法が少なく、殆ど分かっていないからでしょう。ですがそれは、私の怠慢でもあります。リッカさまの魔法を調べるのは、私の役目だったのに……。


「巫女様は特別って聞きましたけド。本当ですネ。”拒絶”、”強化”、”抱擁”。どれも聞いたことない魔法でス。巫女様にしか扱えない”光”も気になりまス。三つも得意があるからその木刀がないといけないのですカ? 気になって仕方ありませン!」


 得意魔法は基本的に一つか二つです。ですが私達は”光”の存在で三つとなっています。流石、魔法研究者。得意魔法が三つで起こる事で起きる制御の難しさに気付いています。


「コホン。失礼ヲ。私の得意は”水””火”でス。その他の魔法、私が覚えた範囲でなら全て、上級の五段階でス。連続連鎖、複合連鎖、連続複合連鎖もできまス。女王から『エム』の名を頂けるのハ、国で一番の『魔女』である証でス」


 上級五段ともなると、不得手魔法といえない程の精度となります。それを殆どの魔法で行えるなんて、驚異的ですね。”水”と”火”が得意というのも凄いです。汎用性において、シーアさんの右に出る者はいません。


 そして最後の、兄弟子さん。私達の視線に気付いているはずです。すぐにでもお願いします。出発したいので。


「……チッ。”風”と”纏”だ」


 ”風”を剣や袖といった物に纏わせるのでしょうか。剣士に最適の魔法といえるかもしれません。


「それでハ、行きましょウ」


 対応策を話すのは、移動中で良いですね。魔法が分かればとりあえず、連携を取れます。


「兄弟子さン。船出してくださイ。私持ってきてますかラ」

『……ふね? そういえば、アリスさんが言ってたなぁ。陸を走るんだっけ。…………凄い! 乗れるとは思わなかった。どんなのだろ!』


 船、初めて乗りますね。リッカさまの世界では海を走るだけの船。陸上はクルマと呼ばれる鉄の箱が走るそうです。ですがこちらでは、船が陸を走ります。


 リッカさまが心の中でウキウキと――いえ、心の中だけでなく、体で表現しそうなくらいウズウズしているようです。かわいい。


「あん? なんで俺が。てめぇがやれよチビっ娘」

「”風”もしっかり使えますけド、せっかく得意魔法持ちがいるのでス。やってくださイ。速いほうがいいに決まってまス」

「やっぱ餓鬼はやりづれぇ……」


 やり辛いと言いつつも、兄弟子さんはやってくれるようです。ライゼさん関係だけの狂気があるのでしょう。それならば問題ない――はずですが、引っ掛かりを覚えます。ライゼさんへの固執となれば……その弟子の一人である、リッカさまも……対象になるのではないでしょうか。


「リッカさま。私たちも」

「うん、急ごう」


 気になっても、今は問題なく会話出来ています。でしたら、マリスタザリア優先です。


 

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