浄化の世界⑤
「先に、ライゼさんのとこ行ってもいいかな」
「はい。刀の件ですよね」
ライゼさんに呼ばれているので、向かう他ありません。リッカさまの刀がやっと、形になるのですから。
「でも私、詳しいことは分からないから、出来たものを確認する程度だと思う」
「ある程度の形だけでも分かっていれば、違うと思いますよ」
「そうだね」
全くのゼロではないのです。ですからきっと、ライゼさんなら形にしてくれるでしょう。この国で一番の剣士が、自分の理想を追い求めて作った剣。それはリッカさまをして、鋭いと言わしめる物でした。であれば、刀がどういった物なのか伝えるだけでも、ライゼさんなら分かってくれるはずです。
(リッカさまとライゼさんが通じ合っているようで、何かその……ライゼさんに”光の槌”を向けてしまいそうです)
「木刀使うから、確認だけはしておきたいなーって思ってたんだ」
別れを惜しむように、リッカさまは核樹で作られた木刀を撫でています。私の頬を撫でる時と同じくらい慈愛の篭った指先が、私ではなく木刀を撫でています。
もし、その指先と蕩けた表情が、私以外の人に向けられてしまったら……狂ってしまいそう、です。
(嫉妬してしまいますけど、相手が核樹なら仕方ないのかもしれません、ね)
「柄に使ってもまだ余るだろうから、何かに加工できないかな」
核樹は貴重な物なので、余り物を廃棄する事も、誰かに上げる事も憚られます。出来るなら”神林”に持ち帰るべき物なのでしょうけど、アルツィアさまはリッカさまに上げたと言っていました。加工し、リッカさまが持つのであれば問題ないと思います。
「そうですね。身に付けられるものが一番、森を感じそうですけど」
「んー、じゃあ指輪かな。それならアリスさんのも作れそう」
(指、輪っ!!)
努めて平静に、心を落ち着けます。でないと、跳ね上がった心臓が飛び出してきそうなのです。
「お揃いですね。楽しみです」
「うん! ちゃんと、探さないとね」
『アリスさんへのプレゼント! ちゃんとお店探して、加工してもらわないと!』
ああ、いけません。指輪で想像出来る事柄が一つしかありません。それを想ってしまうともう、止まれません。何とか落ち着けないと。私もお店探しに全力を向ける事で、この想いに一旦鍵をかけましょう。
(指輪、お揃い……)
リッカさまは……私の、どの指に付けてくれるのでしょう。
武器屋にリッカさまが一歩踏み入れると、初日とは違う雰囲気が満ちました。初日は本当に、場違いな女が来たといった視線ばかりだったのですが。
「巫女様と赤の巫女様。本日はどのようなご用件でしょう」
『これはこれで、落ち着かないなぁ』
今では上客の如き待遇です。周りの者達も、もはやリッカさまを場違いな少女とは見ていません。噂になっているでしょうから、ね。今までの戦いも、昨日広場で行った鍛錬も。
変に畏まられるのを苦手とするリッカさまにとって、特に商品を買った訳でもないのに上客扱いされるのは、少し引いてしまうのでしょう。
「そんなに、畏まらなくていいですよ? 今日はライゼさん、ライゼルトさんがここに来るように、と」
「は、はぁ……ですが、先日は大変失礼を……。ライゼですね。来ておりますよ。どうぞ、こちらです」
店主に限っていえば、当然の反応をしただけと、リッカさま自身は仰っていました。私からすれば、少々突っかかりすぎだったと言いたいですが……あちらで小さくなっている大男よりはマシです。この武器屋の常連なのでしょう。
(”悪意”が抜けると、普通の人ですね。もうリッカさまの言葉尻を捉えてキレたりしないで下さいよ?)
初日と殆ど変わらない顔ぶれしか居ないお店の奥へと通されました。奥は、工房になっているようです。ここでリッカさまの刀を作るのでしょうか。
「おぉ。よぉ来たな」
今回は空を見上げずに、じっとこちらを見据えて仁王立ちしていました。いつもより気力が満ちているようですが、鍛治場だと気が引き締まるとかあるのでしょうか。
「あんさんが曖昧な工程はすっとばすぞ。これでも作れるとは思うが、まぁ四日だな。これから俺は篭る。代わりに任務は頼むぞ」
『四日で出来るんだ。凄い……。確か刀って、十二日間かけて作るんじゃなかったっけ……。剣はどうか分からないけど』
ライゼさんが刀を知らないから、という訳ではないですね。四日という言葉に偽りはないはずです。十二日かかる工程が四日というのは恐らく、鍛冶に適した魔法を使うからでしょう。
集落で使われている剣、リッカさまの持っている物は別ですが、それ以外は量産品らしいです。量産品は全て、魔法で作っていると聞いています。
ライゼさんも、時間がかかる工程は魔法を使うはずです。
「刀が欲しいというより、使い慣れた形のよく斬れるモノが欲しいのです、そして何より重要なのは、柄に木刀を使うということ。職人であるライゼさんを前に言うのは憚られますけど、ただ斬れるのが欲しいのです」
「あぁ、切れ味は任せとけ。出来上がったらあんさんの修行の開始だ。時間はもうあまりないだろう。新に来た選任ってのがどれほどか分からんが、あんさんの修行中はそいつらに任せる。期間はそうだな、三日だな。三日間ひたすらボコボコにするから覚悟してろ」
リッカさまの、炎の如き覚悟を受けたからでしょう。ライゼさんは最高潮の歓喜でもって答えました。だから――流れるように、リッカさまをボコボコにすると言ったのでしょうね。
「アリスさん、そういうことだけど。大丈夫かな」
『アリスさんにも一週間付き合って貰うわけだから……』
「えぇ。ぼこぼこ、というのが気になりますけど、必要なことだと理解してますので……。私もしっかり、その期間で強くなってみせます」
今の私に、ライゼさんの行いを止める権利はありません。リッカさま自身に強くなっていただくのが、一番リッカさまを守る事に繋がるのですから……。
ですが、そのままを享受するつもりは一切ありません。私は、強くなってみせます。もっと”浄化の光”を強く。”アン・ギルィ・トァ・マシュ”を使いこなし、日に何度でも撃てるように。”拒絶”と”治癒”を高め、触れずとも行使出来るように……!
「うん、一緒に強くなろう」
「えぇ。もちろんです」
二人で、強くなります。一緒に生きていくために、絶対に必要な事なのですから。
「いらんお世話だったな。そんじゃ、頼んだぞ」
「「はい」」
まずは休みましょう。明日からもっと、大変になります。ライゼさんが集中出来る環境にするには、私達がライゼさんの分まで働く必要があります。
(選任の人数が増えたとはいえ、ライゼさんの穴を埋められる程とは思っていませんから)
だから休みたかった、のですが……。
「図体だけでけぇ雑魚が、俺の邪魔すんじゃねぇよ」
先ほど選任面接にて浄化した、異国の大男が武器屋の前で誰かと言い争いになっていました。浄化後だというのに、もう”悪意”に侵されているかのような荒々しさです。
もう一度撃っておいた方が良いかもしれませんが……今此処で手を出せば、確実に争いへと発展します。攻撃魔法を今にも撃ちそうな男相手に、それは悪手です。
「図体がでけぇのはお前も一緒じゃねぇか。俺は謝ったぞ!?」
大男だったので相手方は見えませんでしたが……見えたら見えたで、相手も大男でした。こちらは、あの――リッカさまに絡んできた大男です。お店を出た辺りで、異国の大男とぶつかった、といった所でしょうか。
「店先で何をしてるのですか、二人とも」
「あぁ、嬢ちゃんか。やめたいのは山々なんだが……」
大男はリッカさまを選任としっかりと認識し、状況を説明しています。聞いた話では、冒険者にはなれたそうです。だから自分から手を出すような真似をしていないのでしょう。浄化が済めば本来は、このように理性的なのですが――。
「てめぇらはギルドん時の。てめぇらにもまだ借りを返せてねぇ、あのひょろひょろは居ねぇみてぇだが」
「ライゼさんなら、今は来られませんよ」
何故か私を見ずに、リッカさまにだけ注視しています。この異国の大男……ドレッドヘアーなのでドレッドと仮称しますが、ドレッドは私を畏れているようです。
「ライゼ?」
リッカさまの返答に応じたのは、ドレッドでも喧嘩相手の大男でもなく別の大男でした。
(……私達から見れば大抵の男性が大男なのですけど、文字通り頭一つ飛びぬけた者達が、集ってしまいましたね)
今度は細身の大男です。特徴として挙げるなら――ライゼさんと似た服と、剣、ですか。
「おい、小娘。今ライゼっつったか」
「えぇ、言いましたよ。ライゼさんのお弟子さん、ですよね」
「あぁん? もう弟子じゃねぇよ」
ライゼさんの弟子で間違いないようです。ですが、かなり不機嫌そうにリッカさまを否定しました。
ライゼさんの様子を思い出す限り、何かいざこざがあったのは考えるまでもありません。首を突っ込むつもりはありません。ですけど……剣士、ですよね。リッカさまが係わり合いにならなければ良いのですが……。
(考えるのは後、ですね。リッカさまばかりが対応しています。こちらの、ライゼさんのお弟子さんは私が応対しま――)
「無視してんじゃねぇよ!!」
「落ち着いてください。怪我しても知りませんよ」
ドレッドがリッカさまに殴りかかりました。私は考えるより先に杖を構えようとしましたが、想うように腕が上がりません。こんな時に疲労が……。
しかし、私の焦りとは正反対に、リッカさまは落ち着いています。ドレッドが繰り出した拳を軽く避け、拳に手を添え……一気に、背中側に捻り上げました。
「グッ!!?」
完全に腕を極めた後、リッカさまはドレッドの膝裏を蹴り、跪かせました。人体がどのように動き、どのような力が掛かっているか。どこに力を更に加えれば狂うか。リッカさまは誰よりも知っています。
受け流しや関節技、今回行った膝裏への一撃。非常に簡単な動作で行いましたが、これもまたこちらの世界では人知を超えた技術です。
「落ち着いてください、と言いました。折れますよ?」
先ほど襲撃者に行った、関節技、ですね。それを今度は、相手の攻撃をいなしつつ極めました。マリスタザリアの攻撃ですら制御するリッカさまです。ドレッドの攻撃は虫が止まる程遅く感じた事でしょう。
「リッカさま、お怪我は?」
「大丈夫、マリスタザリアじゃないし、掠ってもないよ。でも危ないのは変わらないから、下がっていてね?」
ドレッドの抵抗を刈り取るような、冷淡な声でした。表情が見えない為、ドレッドは動く事が出来ません。何をされているのかすら分からず、何故痛いのかも分からず、何をするか分からない少女に、内心恐怖しているでしょう。
リッカさまが私に向けてくれた微笑は本物でしたが、もしこのドレッドが……リッカさまではなく私を狙っていたら、リッカさまはドレッドを制圧ではなく――昏倒させていたでしょう。
リッカさまを狙ったのは、単純な理由です。このドレッドは私の”浄化の光”を受けています。訳もわからない魔法を受けたら脱力した、というのは、ドレッドにとっては恐怖だったでしょう。
魔法を使ってなかったとはいえ、剣を素早く抜き、首に突きつけたライゼさんも論外です。であれば、あの時私の護衛の為に神経を研ぎ澄ませていたリッカさましか、鬱憤を晴らす相手が居ません。
ドレッドにはリッカさまが、私の斜め前に立ち、何もしていないように見えたでしょう。リッカさまが本当は、ライゼさん以上の殺意でもって睨んでいたとしても、ドレッドにそれを感じ取れる力は無いのですから。
「喧嘩の理由は分かりませんけど、大通りでこの騒ぎは迷惑ですのでお控えください」
『私も往来で言い争いしちゃったから、強くは言えないけど……手を出したりは、ねぇ? してないから』
リッカさまと大男の言い争いは、不穏ではあったものの恐怖心を与えるものではありませんでした。ですが今回のドレッドと大男のそれは、別です。ただでさえ威圧感のある二人が今にも喧嘩を始めようとしていたのですから。
「赤い巫女様が怪力って本当だったんだな……」
「自分の体と変わらん腕折れるってどんな」
とはいえ……リッカさまの印象がまた変な方向に行ってしまったのは言うまでもありません。ドレッドを制圧しようと思えば、魔法による拘束以外の方法がありませんでした。なのにリッカさまは、手枷すら使わずに細腕一本で完全に制圧しているのですから。
『……これで、私に襲い掛かろうなんて馬鹿な人は居なくなる! これで良いの。これで。アリスさんには解ってもらえてるから――解ってくれて、るよね? うぅ……』
もう少し私が早めに対応していれば……。しかしこれでリッカさまに手を出そうとする男が居なくなるでしょうから、良い、のでしょうか。複雑ですが……。
「はぁ……。離しますけど、もうやめて下さいね」
「……くそが!! イライラする……化け物が増えてるっつーから来たってのに、全く出会わねぇしよ……」
リッカさまが手を離し、私の傍まで飛び退きました。ドレッドは、負け惜しみを言いながら街の外に向っています。正直な話し、今この街で一番相手にしてはいけない者に手を出そうとしたのです。
今回はリッカさまだけで制圧しましたが、もしまだ続けるようなら――私も、疲労なんて関係なく、やるしかなくなります。
『会わない? 毎日のように、出てるらしいけど……』
「リッカさま、明日アンネさんに確認に参りましょう」
「うん。気になるもんね」
その疑問は、明日アンネさんに尋ねましょう。あのドレッドの思い違いかもしれませんし、アンネさんも調査中のはずです。
もし魔王に何か目的があって、あの襲撃者を寄こしたのだとしたら……マリスタザリアの動向にも意味があるはず。それを考えるにしても――時間を置いた方がより正確な情報が集まります。
予定通り、私達は休息を取りましょう。リッカさまも変な人達の所為で気疲れを起こしているようですから、ね。




