浄化の世界②
部屋に入るとライゼさんが椅子に座って天を仰いでいました。
(相変わらず、気配が希薄ですね。部屋の前に来るまで、中に居ると思えませんでした)
大抵そうやって座ってますけど、寝不足なのでしょうか。それが一番落ち着く体制なのか、何か意味があるのか。少し気になりますね。もしそれが落ち着くなら、リッカさまにも一度試して貰おうかと――。
『首辛くないのかな』
試す必要はなさそうですね。天を仰ぐのなら……あれです。アルツィアさまが言っていた、膝枕、で良いのではないでしょうか。そうですね、それが良いです。
「よぉ、来たか」
「ええ、話はもう聞いているでしょうけど。アリスさんの護衛お願いします」
幅四メートル程度の部屋です。ライゼさんの長い剣を振り回すには少し狭いでしょう。徒手空拳ならばリッカさまの方が上です。なので、ライゼさんに私の護衛をお願いしているようです。
「あぁ、そのつもりだが。俺が守るのは何も巫女っ娘だけじゃねぇぞ」
「えっと、どういうことです」
アンネさんがわざわざライゼさんを付けたのは、リッカさまも守る為なのです。
「剣士娘も護衛の対象に入っとる」
「私なら、自分の身くらいは守れますが」
リッカさまの剣舞を見た事があるので、私は分かっています。徒手空拳でなくとも、リッカさまはこの部屋で戦えます。手を伸ばせる幅さえあれば、リッカさまは剣を振る事が出来るのですから。
「あぁ、あいつらくらいなら武器も魔法もいらんだろうが。今回は大人しくしておけ」
ライゼさんはリッカさまの実力を疑っている訳ではないのです。ただ、今回は相手が悪い、という事でしょう。戦闘能力ではなく、立場上の問題で。
「あいつら、プライドも無駄に高ぇ。女に負けたとなったら、今後に禍根を残す」
リッカさまに負けるのは恥ではありません。ライゼさん級の、同等の剣士でなければ勝てない存在なのです。魔法に頼っている者では、何も出来ずに終わるでしょう。
『そういえば、そんな感じでリベンジしてきた不良も居たなぁ。そこまで気が回らなかった』
一応、リッカさまにも経験があるようです。女性に負けるというのは、男性にとって屈辱的な物でしょう。ただ……自尊心とは厄介な物ですが、自我を保つには最低限必要なのです。尊大になりすぎるのは違いますが、ある程度は尊重すべき物なのかもしれません。
「じゃあ、ライゼさんを間に挟んでその後ろに私、そしてアリスさんという形にしましょう。これ以上は譲れませんよ」
「まぁ、あんさんならそう言うか。素手で対人ならあんさんのほうが強いからな。わかった。巫女っ娘もいいか」
リッカさまが目の前に居てくれるなら、私の”盾”が届きます。多分、その陣形が最適です。
「分かりました。ライゼさん、リッカさま。お願いします。――リッカさま、お気をつけください」
「うん、任せて」
『どんなに禍根を残そうとも、もしもの時は私もやる。アリスさんなら対応できるだろうけど、この距離なら私のほうが早い』
こんな狭い部屋、リッカさまなら一歩と一呼吸あれば移動出来ます。魔法を発動させる間もなく制圧されるでしょう。ですが……出来るなら、リッカさまに対処させない段階で終わらせたいです。
『中央受付で見た人たちの体運びは確認済み。武芸者は居ない』
既にリッカさまの分析は終わっています。体術、剣術使いが居ないのであれば、私の魔法の方が早いです。拘束は苦手ですが、”光の槌”ならば行動を止めるくらいは出来ます。
「それでは、最初の方を入れます」
「あぁ、頼む」
案内役の男性職員が候補者を呼び入れようとしています。いつでも撃ち込めるので安心してください。
「なんだ、ひょろい兄ちゃんと女二人か。身体検査って話だが、なんで武器を持ってる、お前」
一人目は大男です。筋肉が膨れ上がっていますが、天然ですね。鍛えた様子はありません。その肌は黒く、縄みたいに編み込んだ髪型をしています。向こうの世界では、ドレッドヘアーというそうです。
「あぁ、気にせんでくれ。俺の命だ。こいつを持っとらんと落ち着かん」
「命ぃ? ハッ。剣に頼るなんざ弱いって言ってるようなもんだぞ。ひよっこ」
オルテさんの言っていた、剣に頼るというのは魔法が弱いという証拠、というのはこういう事ですか。この候補者は一度も剣術使いに会った事がないようです。
『剣士が馬鹿にされる。それは聞いてたけど。こんなに露骨なんだ』
「あぁ、よく言われるが。俺は負けたこたぁないぞ。化けもんだろうが人間だろうがな」
「チッ、うるせぇヤツだな」
カカカッと豪快に笑ったライゼさんに候補者はイラついています。ただ、手を出すには至っていません。
(ライゼさんは大人ですね)
強者の余裕とも取れますが、相手を軽んじていません。既にライゼさんは戦闘態勢を整え、いつでも攻撃出来る状態です。
大男はライゼさんの豪快さに毒気を抜かれて、呆れているようです。やるなら今ですね。
「私に光の槍を……!」
「っなんだ!?」
槍はしっかりと”悪意”を捉えました。まだ感知は出来ませんが、段々と”悪意”感染という物を理解出来てきたように思えます。
「ほぅ、これが浄化か。初めてみるが、確かに何か抜けていったな」
ライゼさんは魔力色を見る事が出来ないはずですが、気配察知で感じ取ったようです。
「あんさんらには色で見えとるんよな。黒色っつったか」
「ええ、どす黒い感じですよ」
リッカさまが目で大男を牽制しながら、ライゼさんの質問に答えています。”悪意”は出ていきましたが、男性は完全に怒り心頭です。
王都での浄化経験で分かっているのは、どんなに怒っていようとも浄化後は皆、スッキリとした表情で落ち着きを取り戻していたという事です。ですがこの男性は完全に、我を失って怒っています。
「そうか、やっぱり俺も一度」
「おいてめぇら、ふざけんじゃっ」
怒りが頂点に達したのでしょう。大男が怒鳴りながら一歩を踏み出しました。ですが――瞬きする間もなく、ライゼさんの剣が突きつけられて動けなくなっています。
『ライゼさんの本気の抜刀。初めてみたけど、早い』
「ッ――!」
リッカさまの抜刀も早く、美しいものでしたが……ライゼさんのそれは無骨ながらも洗練され、最短最速です。男性には、ライゼさんの剣がいきなり現れたように見えたでしょう。
「なんのつもりだ、てめぇ」
戦闘経験もあり、それなりに修羅場も潜っているようです。一拍遅れてライゼさんの剣に気付いたとはいえ、落ち着きを取り戻し睨み返しています。ただそれは、手遅れです。もう大男の命はライゼさんの手の中なのですから。
「あんさん、化けもんに感染されとった。それを取り除いただけだ。だがな。あんさんはこの国の冒険者にはなれん。この国での冒険者は平和を創る者だ。あんさん、ちぃっと気性が荒すぎる。出直してこい」
ライゼさんの、冒険者としての顔を見たのは初めてです。今までは軽薄で、女性に対しての距離感が不安定な、要注意人物という印象が拭えませんでしたが、やはり選任の英雄は別格です。言葉の重みが、違います。
私達はライゼさんの背景を一切知らないのですが、それでもライゼさんの言葉は真実であり、それを信条にしていると伝わってくるのです。本当に、この方には敵いませんね……。
「なんでてめぇに指図されなきゃいけねぇ。身体検査ってのが終わったならもう行くぜ。試験終わらせてくっからよ」
男性はライゼさんに剣を付きつけられているというのに、部屋から出て行きました。いつでも首を刎ねる事が出来るのですが。
『この国の人達は皆、神さまの教えを守ってる。でも外ではその限りじゃないみたい。アリスさんの警護計画を大幅に修正しよう。私も、咄嗟に手が出るようにしないと』
リッカさまの決意がまた、変な方向に固まってしまいました。ですが今後も、あの手の者がやって来るのであれば……リッカさま自衛の為に、意識改革は必要な事ですね。
リッカさまは少々、この世界の信仰心を過剰評価しているように思えます。この世界の信仰心は高く、皆アルツィアさまと私を敬っている、と。
(それは嬉しいのですが……向こうの世界と比較した場合の話でしかありません)
かの世界では、信仰心が薄れているそうです。各国が各々の神を信奉し、この世界と、かの世界唯一の神であるアルツィアさまの名は一切……。ですから、見た限り一神教であるこの世界は、リッカさまにとって驚くべき場所なのです。
「はぁ……。選任にはルールがあるからな、あれは絶対受からんぞ」
「冒険者はならず者であってはならない。ですね」
「そういうことだ。まぁ、分かってたことだがな。次行くぞ」
残念ながら、性根から荒々しい方でした。選任はマリスタザリア専門の冒険者といえども、一般依頼をお願いされると断れません。ですがそれを……あの大男は出来そうにありません。
一人の不祥事はその職に関わっている者全ての印象を悪化させます。事前に弾くのは、管理者として当然の権利なのです。
「失礼する」
次の人が入って来ました。見た目は、黒髪に細長い目、肌は薄い茶色。また異国の方です。
先ほどの大男は確か、南の方です。ですがこの方は……どちらの出身でしょう。見た事がありません。様々な場面に対応出来るようにと、周辺の国の文化と言葉を学んだのですが……。
「前の男が怒りながら出て行ったが、なるほど」
次の痩身の男性は、落ち着いているように見えます。ですが内心、イラついていますね。そのイラつき……少女二人が居るからというよりも……私達”巫女”が居るから、起きているような……?
「あなた方が噂の巫女か、私の国にもその名は届いているよ」
『アリスさん、見て……? でも、なんでそんなに……懐疑的な……』
リッカさまの視線と雰囲気が、鋭くなっていきます。この痩身の男性は確かに、”巫女”を嫌っているようです。先ほど、『見た限り』一神教と言ったのは、こういった方が居るからです。
全世界の人がアルツィアさまを信奉している訳ではない。と、アルツィアさま本人が言っていましたから。
「何をするのか知らないが、さっさとしてくれ」
「では、参ります」
多分面接をしてくれ、という意味だったのでしょうけど――”光の槍”を放ちます。
「終わりかね?」
多少の衝撃はあるはずなのですが、身動ぎ一つせずに”光の槍”を受けた男性は、特に感想もなく出て行きました。
”悪意”は少量出て行きましたが……何でしょう、この違和感は……。リッカさまも、首を傾げていますし、気のせいではないはずです。
「全員ああならいいんだが」
最初の大男と違って、大人しい? 人ではありました。大人しすぎるとも、言えますけど……。
「次はそうはいかんだろう。ペアだそうだ。いくぞ」
仲間割れしていた方達ですね。喧嘩の中で、一人だと倒せないというのが聞こえました。もう一方は戦士の雰囲気ではありませんでしたし……選任になるのは難しいと思います。
試験には害獣駆除もありましたが、基本的に選任は――マリスタザリアを倒せるかどうか、なのですから。




