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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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貴女さま④



 アルツィアさまが本当に嬉しそうに楽しそうにしていて、私は気が気ではありません。

 隙あらばリッカさまを撫でようとするのです。わ、私だって……したいのに!


 とりあえず……集落で重要な部分である、集落長と守護長の家を紹介しましょう。

 集落長である父は私と一緒に住んでいるので、集落長の家は会議場となっています。集落の重役だけの会議ではここが使われる程度です。父が長になって、殆ど使われていない場所ですね。


 守護長の家にはオルテさんが住んでいて、その隣には修練場があります。剣を振るための筋肉を付ける場所、らしいです。入った事がないので詳しくは分かりませんが、オルテさんが王都から帰ってきてから出来た建物なので、比較的新しいです。


 とりあえず今は、これくらいで良いですね。

 緊急時はオルテさんを頼るようにとだけ伝えました。本当は私を頼って欲しいのですが、緊急時とは私が居ない時という意味なので仕方ありません。


 では、お風呂に向かいましょう。

 お風呂は時間制です。ですが今は少しだけ時間を貰いましょう。


「それではリッカさま。少々お待ち下さい」

「はい」


 着替えを持って来なければいけません。早速別行動を取らなければいけないなんて……とにかく、急ぎます。

 私の家は坂の上なので、”疾風”と呼ばれる、瞬間移動魔法で一気に昇りました。


「アルツィアさまはリッカさまの方へ」

『良いのかい?』

「集落の方が不埒を働かないように見張っていてください」

『ハハ。分かった。何かあったら呼ぶよ』


 オルテさんが住民に連絡した以上、滅多な事は起きません。しかし、リッカさまの美貌は容易に理性を壊します。

 急がないといけないのですが、普通の服を私は持ち合わせていません。お母様の服を勝手に持って行く訳にはいけませんし……。


(この服は、戦闘用……)


 リッカさまは確かに、即断即決です。思考から行動に移るまでが早く、魔法を覚えれば優秀な戦士となれるでしょう。しかし、今はまだ……。


(そういえば、オルテさんを警戒した時、リッカさま……)


 身構え、ましたね。魔法も武器も無いあの状況で、どう戦うつもりだったのでしょう。

 殴る蹴るといった行動にしても、オルテさんとリッカさまでは体格に差がありすぎると思うのですが……。


『アルレスィアー。男達がリツカを見てるよー』


 思考は後にしましょう。着替えを持って、駆け出します。




 浴場の前に差しかかると、確かに見られていました。先代派の方ですね。リッカさまを、そういった目で見ていました。

 魔力を練り上げ、魔法の準備をします。対象を男性に設定し、歩き出せば――射程に入った瞬間、男性には分かるでしょう。私は怒っています。


 ”巫女”かどうかとは別に、リッカさまを値踏みするかのような視線を向けた事に怒りを燃やしているのです。”巫女”である前に一人の女性。これから私達の命運を託す方に、何て目を向けているのでしょう。


「ア、アルレスィア……様」

「……」


 男性達は仕事に戻っていきました。リッカさまが私の圧に気が付いたのか、視線をこちらに向けました。やはり感覚が、鋭いです。


「待てー!」

「逃がさないぞー! (【ブリツ】)(・イグナス)!」


 リッカさまが視線を逸らすのと同時に、ごっこ遊びをしていた子供達が魔法を使いました。それも、”雷”を。


「こら! 何してるの!!」

「いたーい……」

 

 母親が子供の頭を叩きました。もし叱らなければ、私が窘めるところです。


 ”火”、”水”、”風”、”土”、”雷”と、大まかな分類があります。この中で、”雷”は異質です。どの魔法でも人を殺傷出来ますが、”雷”はその性質が色濃いのです。


 少しでも当たれば痺れさせ、人によっては心臓が止まります。出力を上げれば肌を焦がし、焦げた部分は”治癒”が難しい程に壊れます。

 場合によっては脳に障害が出ますし、体の障害も出るのです。


 人に向けて良い魔法なんてありませんが……その中でも”雷”は、注意しないといけないのです。


(あの子は”雷”の系統が特級ですか。将来は冒険者に類する職に就けそうですね)


 叱るべき場面ではありました。当然、いけない事なのです。ですが、子供が咄嗟に使った魔法というのは、意味があります。

 咄嗟に出るという事は、それが一番馴染んでいるという事です。つまりそれが特級なのです。


 大抵は、「何でも良いから魔法を使って」と伝えて、それで使った魔法で判断します。

 さて……リッカさまの特級は、何でしょう。




「それではリッカさま。どうぞ、お先に入って下さい」

「ありがとうございます。アリスさん」


 リッカさまが服を脱ぎ始めました。大衆浴場という物はあります。男女別の、ここみたいな浴場です。

 そこでは皆で入るようですけど、向こうの世界にもあるのでしょうか。リッカさまが余りにも自然に脱ぎだしたので、吃驚? ドッキリしてしまいました。


 水を含んだ毛糸生地の上着を脱ぐと、本当に薄い、黒い服が出てきました。


『チューブトップだよ』


 アルツィアさまがその黒い服の名称を教えてくれました。でも、それは……胸から上に一切の布がなく、本当に巻きつけただけみたいな……。下も、下着の様な短さの……。


『ホットパンツだよ』


 上着は確かに太腿の中間までの長さがありました。でも、下にこれだけしか……?

 足がすらっと伸びて、長くて、細くて、肌理細やかで……。


「はぅ……」


 じっと見るのは失礼と思い、私は後ろを向いてしまいました。()()()()()()()()()()()、こんな事で大丈夫なのでしょうか。


(一緒に入るくらい普通、ですよね)


 と、友達……という訳ではありませんが、親しい間柄にはなれたとは思います。


(ですからこれは、交流の一環です。そう、交流の)


 やましい気持ちを排除し、心を落ち着けさせます。そのついでに、強固な”施錠”と”拒絶”を、浴場にかけておきます。蟻――ノミすらも通さない、強固で頑丈な、結構本気でかけた”拒絶の領域”です。


私の領域を守(【シルテ=ドム】)る盾よ(・イグナス)


 杖を入り口に地面に突き刺し、基点とします。その基点を中心に、円状の結界が出来上がりました。

 これが、”拒絶の領域”です。私の許可した者以外の侵入を拒絶します。


 私は……”拒絶”と”光”を含んだ魔法を使う際、杖を使わなければいけません。

 普通の人間が三つの特級を持つ事はありません。私も昔は二つでした。アルツィアさまにより”光”を授かった時、私の魔法は力が増し……制御が難しくなったのです。


 それを解決させるのが、『巫女の服』であり『杖』なのです。旅の中で、杖という大きな荷物を常に持たなければいけませんが、”神林”の核樹を使っているという事もあって、私の手に馴染みます。


 リッカさまに何れ説明しなければいけない事を確認して、心を落ち着かせます。

 そうこうしているうちにリッカさまは浴場の中に入っていたようです。私も入りましょう。



「むむむ……」


 リッカさまが、洗髪剤を手にとって唸っています。文字が読めないので、どれがそうなのか分からないみたいですね。迂闊でした。


「リッカさま、どうなさいました?」

「アリスさぁん……どれが体を洗うものか――あ、ああアリスさん!?」


 結ばれていた髪は下ろされ、肩より少し長いくらいの髪は少し跳ねています。癖毛によって、愛嬌さが強まって、愛らしい。

 振り向いたリッカさまの表情も、髪型が変わるとなんて艶っぽい……。


 お互い見つめ合った状態になってしまいました。

「……あ、あの、そんなに見つめられると」

(我慢が、出来なく――何の、我慢でしょう?)

「ご、ごめんなさいっ」


 高揚しているという自覚はあります。しかし、偶に襲ってくる衝動は何なのでしょう。

 リッカさまが魅力的な方だから、ドギマギしているのかもしれません。カッコイイという言葉が当て嵌まるリッカさまですが、その精神はとても可愛いのです。

 その差異は、私の心を擽っているようです。


「リッカさま――」

「は、はひっ」


 再び、名前を呼ぶ際に熱が篭ってしまいました。今にも触れそうな距離で、リッカさまの背後から肩に手を置き、もう一方の手を前に伸ばします。


「こちらが洗髪剤になります」


 私は石鹸を取ります。タオルで泡立てていきましょう。交流なのですから、しっかりします。

 アルツィアさまは言っていました。大衆浴場で仲の良い二人が一緒になったら、背中を流し合う物だと。


「アリスさん、タオ――」

「では、リッカさま。お背中をお流しいたしますね」


 リッカさまの背中を優しく擦っていきます。私より少し広い、でしょうか。でも細く見えます。鍛えられている、と思うのですけど、触れると柔らかさを感じるのです。


 まるで陶器のような肌触りと錯覚するほど、艶やかです。水滴がボールのように跳ね返る肌は、しっとりと……。


「よっ……と」

 

 背中を洗っていたはずの私は、知らず知らずのうちに抱き締めるような体制となり、リッカさまの前へと、手を伸ばして――。


「ア、アリスさん。前は……自分で」

「あっ……そう、ですよね。それでは、こちらをどうぞ」


 残念という気持ちに蓋をして、リッカさまにタオルを手渡します。その間私は、髪を洗いましょう。


(そ、そうですよね。流石に前は恥ずかしいですよね)


 私でも恥ずかしいです。自分で恥ずかしいと思っている事をするのは、ダメです。

 

 髪を手早く丁寧に洗います。それでもやはり、人よりも時間がかかってしまいますね。髪の長さに頓着はありませんが、ここまで長くすると切るのは勿体無いと思ってしまいます。


 リッカさまは、洗髪を終えてじっとタオルを見ていました。何か、考え事をしているようです。


「アリスさん。今度は私が、背中を流しますね」

「――はいっ! お願いしますっ」


 リッカさまからのお返しに、私の声は浴場を跳ね回りました。リッカさまとの交流が、ちゃんと出来ました。嬉しいですっ。


 リッカさまも優しい手つきで、私の背中を擦ってくれています。人に洗ってもらうのが、こんなにも気持ちの良いものとは知りませんでした。

 

「リッカさまの世界にも、こういった大衆浴場があるのですよね」

「はい。私は行った事ありませんけど、隣の町にはあるそうです」


 リッカさまの世界では、”神の森”の判定が広いのです。町一つが”神の森”らしく、リッカさまは町の中を自由に歩き回れていたようでした。

 しかし、娯楽施設は隣の町にしかないのです、ね。


 そうであれば、私の状況と大差ありません。リッカさまは”森”好きですから問題ないと思いますが……やはり、外への憧れがあったりするのでしょうか。


(集落を見た時の表情から考えると……好奇心は強そうですけど……)


 向こうの世界ではまだ先の話ですが、こちらの世界では一足早く、外の世界を見る事が出来ます。

 楽しい旅とはならないでしょうが、楽しめる要素は少なくはないはず、です!


(そういえば、アルツィアさまが居ませんね。遠慮してくれたのでしょうか)

「神さまが言っておりましたが、リッカさまの世界ではその……仲の良い者同士は、背中を洗い合う、のですよね?」


 リッカさまの手がぴくりとし、止まってしまいました。後ろを振り向きたい衝動を抑え、リッカさまの言葉を待ちます。


「そういう習慣も、あるみたいです。私は一度くらいしか機会がありませんでしたけど」

(一度は、あるのですね……)


 また、私の心に棘が刺さりました。


「私、アリスさんと仲良くなれて、嬉しいです」

「――はいっ。私も、リッカさまと仲良くなれて、嬉しく思います」


 しかしその棘は、リッカさまの言葉で霧散したようです。

 不安を感じていたであろう体の緊張を解すように、リッカさまは再び私の背中を優しく洗ってくれています。

 でも先程よりちょっとだけ――手つきが踊るようだなぁと、感じました。




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