師匠④
「あんさんは意識を変えるだけで強くなれる。自分をもっと知ればいい」
自分を知る、ですか。私にも向けられていそうです。
「あんさんと俺の違いは分かるか」
「経験、体格、ですか」
「俺の馬鹿弟子より出来がいいな。あいつは歳! っつってキレてたからな」
カカカッと盛大に笑い、昔を思い出しているようです。
「それも、間違えてないのでは? 歳の差で経験と体格の差も出ますし」
「まぁな。でもあいつは本当に歳としか思ってなかった。あんさんとは違う。あんさんは理解している。歳を重ねることの生み出す強みを」
肉体は衰えていきますが、経験は磨き上げられ、積み重ねる事が出来る物です。
「だがな、この経験の差は埋められる。特にあんさんなら簡単に」
リッカさまの成長速度ならば、すぐにでもライゼさんに並び立つでしょう。ですがそれには……命を掛けた戦いを繰り返す必要があります。こればっかりは、稽古ではダメなのです。
「人間をよく見とる。観察眼は達人のそれだ。それにプラスして勘の鋭さ。後は意識さえ変えりゃいい。体格は、あんさんの魔法が体格なんか関係ねーほど力を上げる」
魔法についてはある程度教えています。自身に魔法を掛けられると知ったライゼさん達は、実践しようとしていましたが、出来なかったようです。
長い歴史の中で、自身に魔法を発現させる事が出来たのはリッカさまだけです。これはもはや、想いの問題ではありません。体質です。
「だがな、あんさんには致命的なもんがある」
ライゼさんがジッと、リッカさまを見ています。何時ぞやもやっていましたが、リッカさまの足から上にじっくりと眺めるような、そんな視線です。
「犯罪ですよ」
ライゼさんの視線から守るように、リッカさまは自身の体を抱き締めました。少女のような仕草なのに妖艶。リッカさまの動きにはいつも、ドキドキさせられますが……今日のは特段激しく、私を揺さぶりました。
「……」
「剣士娘ぇ!? わかってやっとるだろ!!」
何を焦っているのでしょう。ライゼさんが自覚させた成果ですよ。もっと喜んでください。リッカさまはしっかりと、ライゼさんに視線が生む効果を理解し、自身を守る行動を取ったのですから。
私からの攻撃を警戒するよりも、すぐさま話題を変える事をお勧めします。顔への攻撃含め、警告が重なっていますよ。
『冗談だったんだけど、ライゼさんが本気で焦っちゃった……』
「防御の薄さですね」
「そういえば、なぜライゼさんには分かったんですか」
他意がない事は分かっているので、気持ちを切り替えて尋ねます。
ライゼさん程の観察眼があれば可能でしょうけど、どこでリッカさまの防御のなさに気付いたのか、それを知りたいです。
「はぁ……助かった……。あぁ、三戦分だ、俺が剣士娘の戦いを知っとるのは。一つ目は牧場。二つ目は俺の目の前でやったな、熊だ。三つ目は港だが。まぁ二つ目の時点で確信しとる」
達人ともなれば対峙しただけで分かります。そんな達人ライゼさんであっても、リッカさまを量る事は中々出来なかったようですね。
「あの時、大きく避けたな。化けもんの攻撃を」
「……どういうことです?」
大きく避けただけで、防御がないとはなりません。
「剣士娘の機動力、攻撃力を考えれば、あの時とるのはギリギリでの回避。そして確実な一撃。ギリギリで反撃を繰り出しゃ、腕は落とせたはずだ」
ホルスターンの時見せた、ギリギリ回避しながらの反撃ですね。敵の勢いも相まって、個人では出せない威力となっていました。
「そうしなかった。巫女っ娘がいたからな。その攻撃を待って確実に仕留めたとも見えるが、それなら腕を落として確実性を上げたい。でもそうしなかった。その理由だが一つ目んときに、剣士娘は血まみれで帰ってきたな」
血塗れ、の件ですね。段々とライゼさんが言いたい事が分かってきました。
「剣士娘の実力なら直撃はない。掠ってあぁなった。ってことだな」
直撃した訳でもないのに、誰もが驚くような大出血をしていました。掠っただけでも致命傷になるのは、リッカさまだけに限った話ではありませんが……。
「”強化”魔法。自分を強化するっつー話だが、防御はあがらんのだろう。掠っただけであれだけの出血をするほどな」
なるほど。確かに……状況の全てが証拠となっていたようです。ライゼさん級の人なら簡単に読めるというのは、拙いですね。出来るだけ私達の情報は伏せたいのです。敵に報せるような真似だけは、避けなければいけません。
「だからだろう、大きく避けたのは」
感覚的なものでなく、状況から情報を抜き取る技術まで達人級です。アンネさんの信頼は、戦闘技術だけの事ではないようです。
「大方、巫女っ娘に無茶すんなって怒られたんだろう。その癖三つ目んときにまたやりやがって。そりゃ巫女っ娘もきれる」
『ぅ……。そうだった……私、牧場から全く、反省出来てなかったんだ……』
「ライゼさん、その話は終わったはずです。リッカさま? 落ち込まないでください。私はもう怒ってませんよ?」
もう解決した話です。リッカさまは自身の命を認識し、守る決意をしてくれました。私に守って欲しいとお願いしてくれたのです。今度は日常だけの話ではありません。ちゃんと、戦いでも守って欲しいと。ですから、責める様な真似は止めて下さい。
「まぁ、防御がねぇっていう話はわかったな。それをどうするかだが。剣士娘。どうする」
どうする、というのは……防御がないと自覚しているリッカさまが、どのような武器をライゼさんに望むのか、という話ですか?
「ライゼさん、ライゼさんの剣。少し振らせてください」
リッカさまはライゼさんから剣を受け取り、”強化”を発動させ剣を抜きました。百四十センチを越える直剣を、何の苦もなく鞘から抜いたからでしょう。ライゼさんが再び目を丸くさせています。
どうやら実際に振って見て感触を確かめるようです。”領域”は今でも張っています。周囲の方は近づけないので、安心して振って下さい。
「踊っとるみたいだな」
普段の剣より、もっと踊っているという印象が強くなっているように感じます。ですがそれは、剣が長くなった事で剣の軌跡がより円となったからでしょう。
銀色の剣が描く弧は、天女の羽衣のようにリッカさまの回りをひらひらとしているようにも見えます。魔力色が見える私には、リッカさまの真っ赤な魔力がそれを強調させています。凄く、綺麗。
「峰がないので、少し無理して回してますけど、本来は峰に手を添えて、もう少し余裕を持って回します」
”強化”があるとはいえ、ライゼさんの剣を振るのは難しいようです。
「刀の重みで回ります。体が流されないようにするには、強化、全力発動オルイグナスじゃないとダメですね。踊ってるように見えるのは、流されてるからです」
最後にもう一度くるりと回ると、鞘に剣が静かに吸い込まれていきます。最後の最後まで、目を離す事が出来ません。あんなにも重たい剣を制御し、荒々しさを一切感じない剣捌きがなせる技でしょう。鞘に入った剣はキンッと小さな音を立てました。
「ふぅ」
『ライゼさん、これを”強化”なしで振り回してるんだよね。その細身の何処に、そんな力が……筋肉、分けて欲しい』
細身ですが、筋肉の塊のような人です。リッカさまのように、生まれ持った天性のバネがあるわけではありませんが、鍛え上げられた、剣を振る為の筋肉がついています。ただ単に筋肉がついているだけの人達とは違うので、どこか細く見えるのでしょう。
「やっぱり、作ってもらうのは大太刀。この長さのものがいいです」
「なるほどな、リーチで補うか。そのためには読みが絶対だ。防御は捨てるってことだからな」
短めの剣にして、”精錬”で硬さを補えば防御にも使えるかもしれません。ですがリッカさまは、斬る為だけに剣――刀を作るようです。
「一撃でしとめます。それに――」
リッカさまは微笑み、私を見ています。
「私は一人で戦ってません」
「――えぇ、私が居ます。守ります」
必ず、貴女さまを守ってみせます。私も誓います。
「経験と技術を磨くにゃ、模擬戦が一番だ。あんさん技術はそれなりにあるしな。未熟だが、実践で磨いたほうがいい」
今後は模擬戦を主にしていくようです、ね。ライゼさんにしても、同格の相手と戦いたいといった所でしょう。魔王の事はすでにライゼさんにも伝わっているはずですから、より強い敵が出てきた場合の対応策。それは何もリッカさまだけの話では、ないのですから。
「だがまぁ、ここでやるのは今日までだな。どこか広い闘技場みたいなとこがいい」
「宣伝兼ねてるのに、いいんですか?」
「もう知れ渡るだろう。あんさんらは目立つからな」
やる前から分かっていたはずなのですが、ライゼさんはやっと思い至ったようです。その代わりという訳ではありませんが……リッカさまはまだ少し、自覚が足りていないのでしょう。ライゼさんが何故場所を変えようとしているのか分からないので、首を傾げています。
「あんさんを、これ以上殴る蹴る叩くなんかしようもんなら。俺は街に居られん」
『あぁ、確かに私は見た目子供だから、ボコボコにするのは見た目最悪かも』
んん……少しばかりズレていますが、大方その通りです。ライゼさんのような長身の、屈強な男が、リッカさまのような可憐で清楚で愛らしくて朗らかな少女を叩きのめす姿はさぞ、反感を買うでしょう。
ですがそれ以上に、私には気懸りがあります。ここは平和な街中。そんな中で、戦いの練習をする。それはかなり――。
(素直に……ただの、レイメイ流の宣伝と思ってくれれば良いのですが)
「分かりました。どこか探しましょう」
『アリスさんと街を周る口実にしちゃおうかな』
兎にも角にも、場所探しですね。もう既に終わった事ですし、この件はライゼさんに全面的に責任を取ってもらいます。
「アリスさん、街周りながらいい場所探そ?」
「ええ、もちろんです!」
リッカさまと街を散歩出来る絶好の機会です。ライゼさんに全ての責任を押し付ける形になりますが、この場所でやるのを選んだのはライゼさんですから。私達は街をただ歩くだけにさせてもらいますよ。
「ライゼさん。アリスさんと二人で探してきますから。休んでいてください」
「あぁ、いや俺も反対方向探す。ここには居づれぇ」
「そうですか? 何から何まで、ありがとうございます」
場所探しだけなら、歩き回るよりもある人に聞いた方が早いです。そしてその人に連絡を入れるのは、ライゼさんの方が良いでしょう。
「……馬鹿弟子に稽古つけとった時は生暖かい目で見られとったが。やっぱ、美人は拙ぃな。周りの男の目が痛ぇ」
当たり前の事を言いますね。美人どうこうではなく、女性に対しという点を理解して欲しいものです。
ライゼさんが北側に行ったので、私達は東に向かいましょう。きっと商業通りに、お目当てのお店があるはずですから。
『花屋っ。花屋っ。アリスさんと花屋っ』
今にもスキップをしそうな程、リッカさまはうきうきしています。心の中でリズムを取りながらリッカさまは――私の手を自然に取り、歩き出しました。
(ここで一つ、腕に抱きつきたいところですが……)
まだ、その時では、ありませんね。勇気が欲しいものです……。




