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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
10.先生
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師匠③



「おかえりなさいませ」

「ただいま戻りました。今日は任務がないそうです」

「それはそれは。でしたら早速、と言いたいところですが、先ほどライゼルト様がお越しになり、暇なら稽古をつけるから来るように、との事です」


 討伐後すぐに伝言を残したようですね。そういえば、ライゼさんに伝言紙を渡していません。後程渡しておきましょう。


「どうしますか? リッカさま」

「行きたい、かな」


 私としては給仕をして欲しい所ではあるのですが、ライゼさんと稽古出来る時間は限られています。リッカさまにとって、強者との戦闘は貴重な経験ですから……ライゼさんに、お願いするとしましょう。


 今気懸りなのは、私はリッカさまが……稽古とはいえ傷つくのを黙って見ていられるか、です。


「給仕の仕事は、夕方からお願いします。アルレスィア様、ロクハナ様」

「ありがとうございます」

『皆、私に気を遣ってるのかな』


 お辞儀したリッカさまを、支配人が止めています。変に気を遣われるのを、リッカさまは好みません。ですが、全く気を遣わないというのは出来そうにないのです。


 リッカさまの心労は、少々特殊です。異世界で無茶を続けなければいけないというだけでも大変なのですから……。


 支配人が最大限私達に配慮してくれているのは、コルメンス陛下達との密約があるからだと考えています。ですが本来、宿の手伝いをするという条件で格安になっているのです。


 リッカさまも、薄っすらと陛下達の影に気付いています。ですが、それはそれ、これはこれ、なのです。宿を安くして貰っているのは事実なのですから、カフェの手伝いを出来るだけするべきと思っているのです。


 なので……気を遣われれば遣われる程、リッカさまは申し訳ない気持ちで一杯になってしまいます。それが、任務やどうしようもない理由なら自身を納得させられるでしょうけど……今回は個人的な理由で、ですから。


(とはいえ、ただ遊びに行く訳ではありませんので)

「リッカさま。私も行きます」

「それは構わないけど……」

『正直、暇じゃないかな……? ただ見るだけになっちゃうから……』


 私が知るのは、人体です。技はまだまだ勉強段階。達人同士の稽古は本当に見るだけとなるでしょう。ですが私は……見るだけでも、良いのです。その稽古はリッカさまの戦いに繋がっていますが……私はリッカさまの、剣舞も好きなのです。それに――。


「傍に居たいだけなのです」

「うん、一緒に居よ?」


 単純に、他意もなく、私はリッカさまから離れたくありません。一緒に居られるのであれば、ずっと。ですからリッカさまが即答してくれた事が嬉しいです。


(他意はありませんが、私もライゼさんには用事があるのです)


 宿を出て広場に向かいます。場所は言っていませんでしたが、広場以外に開けた場所がありません。そこに居るはずです。


「おぉ、来たか」

(こん巫女っ娘は何で怒ってんだ……)


 私が来るのは当然分かっていたのでしょう。そして何故か私が怒っている理由も。


「先に言っておくが」


 ライゼさんの顔が真剣になったからでしょう。リッカさまの警戒心が高まりました。その真剣な表情は、リッカさまに港の事を思い出させてしまったようです。


「巫女っ娘。これは稽古だ。だからな、俺は剣士娘を叩くし殴るし蹴るぞ」

『アリスさんへの、確認?』


 何故か私への確認だった事に、リッカさまがキョトンとしています。当然、その確認が来るのは分かっていました。しっかりと覚悟してきていますよ。


「ええ、度を行き過ぎなければ何も言いません」

『稽古で度を行き過ぎない。死なない程度かな』

「……あぁ、そうしてくれ」


 リッカさまと私の認識は少し違います。リッカさまの基準はライゼさんの基準です。私の言う度を行き過ぎないとは、骨が折れない程度、です。リッカさまとライゼさんが戦って、骨が折れない程度にしようと思ったら――ライゼさんは本気を出さないといけないでしょうけど。


「アリスさん、大丈夫。ライゼさんなら万が一なんてないよ?」

「……はい、リッカさま。お怪我をしたらすぐ治療いたしますので」


 本当にそうなのか、疑問が残るのです。先日、リッカさまの肋骨は悲鳴を上げていました。それだけリッカさまに攻撃を当てるのは難しかったという事でしょうが。


「よし。始めるか」

「ここで、ですか」


 リッカさまの疑問も尤もです。広場でやるのですか? リッカさまに対し、まだまだ蟠りが残っている、この王都の中で。木刀や木剣を振り回すおつもりですか?


「宣伝も兼ねとるんだ、少しは目立つとこでせんとな」

「はい、わかりました」


 理由は分かりますが……。仕方ありませんね。回りに被害が出ないよう、十分な範囲を取り”領域”を張っておきます。


 私が”領域”を張り終わる頃には、二人は既に構えていました。もうすぐにでも始まりそうです。


 リッカさまとライゼさんの剣幕に、通行人が立ち止まっています。一応、リッカさまの邪魔にならない程度に薄い”領域”を張りましたが、近づこうとする人は居なさそうですね。


『改めて思う、ライゼさんは隙がない。不用意に飛び込めない圧がある』


 今回は、リッカさまから攻めるようです。いえ、リッカさまは本来……攻めが得意だったはずです。


 リッカさまが相手の攻撃を待つのは、初めての相手だった場合です。ライゼさんとは既に二回戦っていますから、普段通りの戦い方をするのでしょう。


「――!」


 人の域を超えた速度で近づき、上段からの振り下ろしを繰り出しました。それに反応出来ずに斬られる者達が殆どですが――ライゼさんのように反応出来る者も居ます。


 軽々と避けたライゼさんは、横薙ぎで応戦しました。それに対しリッカさまは、地面を蹴り、上に跳んだのです。本来上空は死地です。逃げ場のない空中での回避法は限られています。ですが――リッカさまに関しては死地ではありません。


(さぁ、どう避け――なァ!?)


 空中に居るリッカさまに、ライゼさんは蹴りを放ってきました。脇腹を狙ってきたそれに対しリッカさまは、ライゼさんの脚に手を着き、側転するように――宙返りしながらライゼさんの後ろへ飛び避けたのです。


(俺の蹴りはコイツにすりゃ只の微風かッ!? ったく、そんな避け方するかよ……!)

「――シッ!」


 避ける最中に斬る事も忘れません。これが本来の、リッカさまの戦いです。避けるだけなんて勿体無い事はしません。圧倒的な運動能力と第六感と経験が合わさり、リッカさまは相手の攻撃の殆どに対応出来るのです。


「!」


 ライゼさんは首をずらし、リッカさまの斬撃を避けました。そしてリッカさまの着地にあわせ、木剣を横薙ぎにしてきたのです。


(リッカさまの攻撃は鋭く、的確です。しかしそれを上回るライゼさんの経験……。的確故に、読み易いとかあるのでしょうか)

『ガードして、わざと弾かれて距離をとる――。っ』


 リッカさまの第六感が、嫌な予感を告げたようです。ガードではなく首をずらしての回避に切り替えたのです。その直後、リッカさまの顔の横を、ライゼさんの拳が通り抜けました。


(か、顔に――っ!!!)

「ぅ――!」


 リッカさまは……バランスを崩しながら、急いで後ろに跳ね退きました。でも――。


「っ」


 ライゼさんの木剣がつきつけられ、動けなくなりました。これにて――模擬戦は終了です。


「昨日よりは、マシな動きだな。剣士娘」

(馬鹿弟子が一番と思っとったが、剣士娘……コイツはやべェな)


 ライゼさんが構えを解き、木剣を肩に担ぎました。場の緊張感が一気に和らいだのを感じます。周りの方達は特に、そう感じた事でしょう。盛大な呼吸や後退りする音が聞こえます。


「だが、これから先に行くには足りんな」

『一旦中断かな。一応警戒はしておこう』


 ライゼさんがリッカさまに近づいています。危うく稽古の邪魔をする所でした。ライゼさん……いくら私がかなり我慢出来る方とはいえ、もしあの拳が少しでもリッカさまの顔に当たっていたら……我慢出来なかったでしょう。


「あんさん、昨日なんで蹴りが避けられんかったか、わかるか」

「剣筋が乱れてましたし、ただ真っ直ぐ行ってたからですか」


 私が離れていた間の話みたいです。リッカさまに攻撃が直撃したという時点で、驚きが隠せません。


「あぁ、そうだな。普段のあんさんなら避けられたろう。今みたいにな。じゃあ、なんで拳んときはあんなにギリギリで、しかも反応も鈍かったんだ」

「嫌な予感ってことしか、わかりませんでした。だから咄嗟に回避に変えたので、あのように」

『やっぱり、経験の差かな。全てを読みきれない。完全に第六感便り』


 剣による攻撃は、ライゼさんの物であっても最適解で対応出来ています。最適であっても上をいくのがライゼさんですが……拳による攻撃は更にギリギリで避けるしかありませんでした。あわや顔に直撃、という状況だったのですから。顔に。顔です。


「化けもんのときも、嫌な予感ってだけで避けとるんか?」

「いえ、しっかりと何が来るか視えてます」

「……そうか、あんさん。俺が殴ると思ってなかったんだな」


 化け物、マリスタザリアですね。リッカさまはマリスタザリア戦よりもずっと、ライゼさんの方が戦い辛そうにしています。


「俺を化けもんと思っとったら、殴りもわかったろうな」

「ん?」

「剣士娘。これは剣術の稽古だが、化けもんに勝つための稽古だ。人間を相手にしてると思うなよ」


 これもまた、世界の差でしょう。リッカさまは向こうで、対人の稽古を積んでいたのです。ですから、ライゼさんと対峙した時点で剣術の試合という印象が強く出てしまったのでしょう。

 

「俺は剣士だが、殴りも蹴りもするぞ。勝つためならなんだってする。ごっこじゃねぇからな」


 敵に勝つ為の稽古ではなく、殺す為の稽古という事、ですね。ライゼさんが殴りや蹴りを多用するという事は、”纏”を持っていますね。靴やズボン、服や手袋といった物に魔法を纏わせるのです。


 リッカさまの使っている”精錬”も、”纏”を覚えるともっと強く纏えるようになります。ただ、それはリッカさまに必要ない魔法かもしれません。少し視点を変えるだけで、リッカさまならば”纏”よりずっと強く纏えるはずなのです。


 自身に魔法を掛けられるという特異性は、確実に戦闘向きなのですから……。


「その意識の差は致命的だ。相手が人間に近いやつだったらあんさんそうなっちまうのか?」

「う……」

「この世界での戦いは全て命がけと再認識しろ。相手は全部、化けもんみてぇになんでもするぞ」


 リッカさまは、それを理解していたはずでした。ですが……人を相手にしても命懸けというのはまだ、認識しきれていなかったようです。そして、相手は何でもしてくるという事も。


 これもライゼさんでしか、教えることが出来なかった事です。私はリッカさま以上に戦闘経験がありません。ライゼさんの言葉は私にとっても有意義な物となりました。


「私は、読めなかったんじゃなく、分かってなかったんですね」

「まぁ、そういうことだな。もう俺から殴られたりはないだろう。あんさんは、どういうわけか勘がいい。読みは俺と同等だ」


 勘の良さに追加して、ライゼさんという達人と同等の読み。経験さえ積めば、リッカさまはもっと回避に特化出来るはずです。


「まったく、ほんとに十代の娘っ子か。あんさん」

「少しだけ、勘を鍛えただけです」

「あぁ、悪い悪い。これでも褒めとる。あんさんが俺に勝てんのは経験だ」


 ぷくっと頬を膨らませ、リッカさまが拗ねてしまいました。不意な可愛さを目の当りにして、思わず顔を押さえてしまいます。


 こういった、じゃれ合いではない純粋に拗ねた表情まで可愛いなんて……。常に”転写”の準備、した方が良いでしょうか。ですが私の”転写”はそこまで等級が高くないですから……リッカさまの可愛さを全て収める事が出来ません。


 こればっかりは、お母様に頼むしかないのでしょうか。集落に帰ったら、リッカさまの写真を撮らせてもらいましょう。時間が許す限り――何枚も。



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