師匠②
護衛を終えてギルドに戻ったディルクとウィンツェッツは、アンネリスに報告をしている。ウィンツェッツはそのついでに冒険者登録をするようだ。
「アンネさん。他のマリスタザリアは?」
「他の選任冒険者の方が対応しています」
「そうか。レティシアさんは?」
「休んで貰っています。四体も討伐していただけましたから」
(純粋な魔法のみの戦闘で、四体か……。”魔女”の称号は伊達じゃないって事だな。てか、マリスタザリア出すぎじゃないか?)
状況確認とレティシアの心配をしつつ、ディルクが報告書を書いていく。
「ディルク様、そちらの男性は?」
「ああ。報告書にも書くが、レティシアさんから護衛を引き継いですぐマリスタザリアが出たんだが。そん時、この人が討伐してくれたんだ」
「そうでしたか……。申し訳ございませんでした」
「相手があの化け物達なら仕方ない。出現の有無なんて、誰にも分からないからな」
防衛専問のディルクだけでマリスタザリア討伐は出来ない。攻撃出来る者もつけるべきだったと、アンネリスは謝罪をしている。しかし、こんなにも立て続けにマリスタザリアが出るのは、誰かの関与が疑われる程に異常だ。予想出来るはずもない。
「窮地を救っていただきありがとうございます。お名前をお願い出来ますか。報酬をお支払いいたしますので」
冒険者にならずとも、討伐報酬は貰える。そんな中冒険者という命に関わる職に就くのは、高い固定給があるからに他ならない。皆、安定した暮らしがしたいのだ。
「選任ってのになりに、この王都に来たんだが」
「本当ですか。それは、助かります。独力でマリスタザリアを倒せる方は、現状では数名しか居ませんから」
(数名、ね。そん中にアイツが居るはずだ。すぐ行くか。準備をするか)
推薦状をアンネリスに渡し、ウィンツェッツは書類に記入していく。推薦状がある時点で選任になれるが、ディルクと護衛対象を守る形でマリスタザリアを討伐している。試験の必要はないだろう。
「ほら」
「お預かりします」
(……ウィンツェッツ?)
書類を受け取ったアンネリスは、名前を見て険しい顔をする。その名前に聞き覚えがあるようだ。
「名字は――」
「書くべきか?」
「……いえ。選任についての説明は休息を取った後にしましょう。説明を受けるまで、活動は控えてください」
「ああ。そんじゃ、帰るぞ」
「ありがとうございました」
アンネリスの態度に、特に興味を示さずウィンツェッツはギルドを出て行った。
「どうしたんだ?」
アンネリスがウィンツェッツの名字を知りたがったり、名前を見て眉を顰めたり、いつもだと気にしない部分を気にしている事に、ディルクもまた首を傾げていた。
「ウィンツェッツというお名前に、聞き覚えがありませんか?」
「ん?」
ある者の共通の友人である二人は聞いているはずだ。
「ウィンツェッツ……ツェッツ……あー。まさか?」
「恐らく、そうではないかと。あの剣も……」
「そういや……」
普段なら気付いていたであろう事に気付けなかったディルクに、アンネリスは申し訳ない気持ちになる。それだけディルクは、働き詰めなのだ。
「ディルク様。本日はこれで上がってください」
「ああ、そうさせて貰うか」
「後、一日休暇を取っていただきます」
「え゛」
「働き詰めですし、一日くらいは。奥様とお子さんも安心するでしょうから」
「あ、ああ。そういう事なら……」
(働き詰めって話なら、あんた等もそうなんだがな……)
ディルクからすれば、アンネリスやコルメンスもそうであり、上の者が率先して平和作りに勤しんでいるのに、防衛の長である自分だけが、という話なのだ。
「しかし……あれがあの、馬鹿息子か……? 気さくで、腕も立つ、好青年に見えたがな」
「同名の、似た特徴を持つ方という場合も……この件は、私の担当にするという事で」
「ああ、頼んだ。アイツに報せるのも、もう少し待つべきかもな」
「はい。様子見です」
方針を決め、その場は解散となった。チラりとギルド内に視線を戻したディルクは――書類をてきぱきと片付けているアンネリスに、ため息を吐くのだった。
「アンタが一番、休むべきなんだがな…………ん?」
大通りを歩くディルクの視界の端に、赤い何かが映った。きょろきょろと辺りを見渡すと、赤い髪を揺らしながら、もの凄い速度で走っている少女の背が遠ざかっていくのが見えた――。
そろそろ朝の日課からリッカさまが帰って来る頃です。通常の日課に追加した、アレを実践しましょう。
「おかえりなさいませ、リッカさま」
「ただい――あ、アリスさん!?」
リッカさまが扉を開けるなり、私はすぐさま抱き付きました。これは必要な事なので、簡単に実行出来ます。簡単です。簡単……。
「また気を張っていました。さぁ、どうぞ」
『べ、別の方法を考えないと……心臓がもたないよ』
リビングに入ってしまうと、リッカさまは自動的に警戒を解いてしまいます。その前に、私に抱きつかれると警戒を解くという習慣をつけなければいけません。
まずは抱きつき。そうやって玄関で続けていき、次第に接触を減らしていきます。最終的には、手を繋ぐだけで警戒を解けるようにしておきたいと考えております。
しかし、リッカさまの警戒心がいつもの日課よりもずっと激しい物だったのは何故でしょう。広場でのストレッチはいつも通りに見えたのですが、走っている間に何かあったのでしょうか。リッカさまの規則正しいランニングが止まった感じがあったので、その時でしょうか。
「ランニング中、何かありました?」
「え、えと……ライゼさんに殺気を」
「朝食前にお時間を頂きますね」
「えっ。あ……ち、違うよ。アリスさん。私が無駄に警戒しないかの確認……」
何故そんな事になったのかは分かっています。ですがリッカさま。いくらライゼさんが信頼出来る方であろうとも、殺気を向けられれば警戒します。
間違った方法でリッカさまの警戒心を解こうとした事も問題です。
(ですが、一番の理由は――私が居ないところでリッカさまにちょっかいをかけたことです!)
リッカさまが一人で居る時は、程好い警戒心で済んでいます。無理矢理それを変える必要はないと考えているのです。警戒心の問題は私に任せて頂けると幸いです。
「ライゼさんにはギルドで文句を言いましょう」
「程ほどに、ね?」
「はい。大丈夫です」
もう二度と朝から殺気を飛ばすなんて発想にならないように、しっかりと伝えます。
「あ、アリスさん。そろそろ」
「もう少し、しっかりと習慣付けないといけませんから」
「う、ぅう……」
『汗、大丈夫かな……。においとか……あぅ……』
気になるどころか、私はリッカさまの香りに包まれて落ち着いています。この習慣で一番得をしているのは、私なのかもしれません、ね。
「さて。朝食にしましょう」
「ぅん」
頬を染め、とろんとした目で私を見詰めているリッカさまが、ふらふらとシャワーを浴びに浴室に向かいました。しっかりと緊張は解け、体から力が抜けてリラックス状態になっています。習慣にしたいというだけでなく、リッカさまの癒しになっているのなら、リッカさまの得でもあるはず、です。
朝食を済ませ、リッカさまが片付けをしてくれている間に私も軽くシャワーを浴びます。これにて朝の行事を終えましたので、ギルドに向かいましょう。
「アルレスィア様、リツカ様。おはようございます」
アンネさんがすでに待っていました。依頼があるのかもしれませんが――アンネさんは何処か、疲れが濃いように感じます。もしや徹夜でもしたのでしょうか。
「おはようございます。依頼でしょうか」
「おはようございます。お聞きしてもいいですか」
挨拶もそこそこに、すぐさま動ける旨を伝えます。アンネさん達も頑張っているのですから、私達もやる気を見せましょう。
「いえ、本日は別のチームの方々で片付けることができそうです。新に二人ほど、腕利きが加入していただけましたから」
「そう、ですか。私たちはいつでもいけますので、もしもの時はお願いします」
アンネさんの信頼を勝ち得る方となると、ライゼさん級の腕前です。そんな方が二名も来てくれた事に嬉しさを感じます。ですが、出来るなら万弁なく、王国に散らばっていて欲しいと思ってしまうのです。私達の手の届かない所にも、腕利きが居て欲しい、と。
「……はい、その際はお願いいたします」
ライゼさん経由で、リッカさまの事が報告されているのでしょう。アンネさんは少しだけ、リッカさまにため息を吐いています。ただそれは、私からリッカさまの事を少し聞いているからです。
アンネさんのため息は、リッカさまの不器用さにも向けられています。ですが大半は、自分達の不甲斐なさに向けての物でもあります。どんなに私からリッカさまの事を聞いていようとも、リッカさま以外に頼めるようになろうとも、何れリッカさま抜きでは滞る事態がやってきます。
ライゼさんがどんなに強くても、信頼を勝ち得た方が英雄級であろうとも……”光”を纏った剣を使えるのは、リッカさまだけなのですから。
『私も戦力だから、必要な時はちゃんと連絡はくれるはず。失った信頼は行動で取り戻す』
リッカさまは、アンネさんが呆れてしまったと感じているようです。それも、間違いではありません。自分が気を張っているかどうかすら分からないというのは、普通の人には理解出来ないでしょう。リッカさまの無意識は、私ですら能力無しで気付けないのです。
「では、今日は診察くらいでしょうか」
「診察のほうも、昨日でほぼ終えたようです。これからは、新に憑依された方が来る程度でしょう」
出来るなら、多少のイライラでも感じようものなら来て欲しいですが、いくら無料の診察とはいえ時間を取りますから、そうはいかないでしょう。ですが、目立った”悪意”浄化が出来たのは上々の成果です。
「でしたら、給仕くらいでしょうか。一般の依頼はなにかございませんか?」
”悪意”とは関係のない依頼は、リッカさまにとっての日常を思い出させます。出来れば率先して、便利屋リッカさまを再開させたい所ですが……。
「お二人に対しての指名は余り、ございませんね。巫女様のお役目は皆知っておりますので、声をかけ辛いのではないかと」
「そうですか、私たちは気にしませんのに……」
少々、”巫女”を強調しすぎたのでしょうか。ですがそれは必要ですし……どちらかといえば、”巫女”に一般依頼を出す勇気が出ないのでしょうか。
そうなると、こちらからお願いした方が良さそうですね。ただのマリスタザリア討伐旅と思われるのは、得策ではございません。私達が救いたいのは皆の心です。
「もしよろしければ、一般依頼をこちらで調整しますが」
「お願いしていただけますか?」
「本日分はありませんので、明日から調整いたしましょう」
「はい、ありがとうございます」
願ったり叶ったり、ですね。給仕も”巫女”仕事のついでという形になってしまいました。ですから、日常を感じられる場は多い方が良いです。この一般依頼で、何か出来ないでしょうか。今日一日、それを考えてみましょう。せっかくの暇な時間ですから。
「そういえば、ライゼさんはどちらに?」
「少し外に出ています。ですが、もうじき戻るかと」
もしかしなくても、マリスタザリアでしょう。出来るだけ私達に回して欲しいとお願いしましたが……リッカさまのあれこれを知った後すぐに、というのは無理かもです、ね。
「何か用事がお有りでしたら、私の方からお伝えしますが」
「いえ。そういう事でしたら、会った時で構いません。伝言では少々、伝え切れないものですから」
(ライゼ様……何をしたのでしょうか……。リツカ様関連というのは、分かりますが……)
怒らないつもりでしたが、思わず表情が硬くなってしまったようです。アンネさんが引き攣っています。もう既に、アンネさんやライゼさんには伝わっているでしょう。私が感情を露わにするのは――リッカさまだけという事は。
「ん?」
「いえ。ではリッカさま、参りましょう」
「うん。失礼します。アンネさん」
「手が足りなかったらすぐにお呼び下さい」
「ありがとうございます。アルレスィア様、リツカ様」
ギルドを後にし、一旦宿に戻ります。バイトがなければ、少し街を歩きたいですね。そろそろ王都の地形をしっかりとこの目で確かめたいですから。




