一歩④
私が浴室から出ると、リッカさまが戻っていました。
「おかえりなさいませ。リッカさま」
「ただいま、アリスさん」
「支配人さんは何と?」
「珍しくないと言ったのは嘘だったけど、増えてるのは事実だから大丈夫だって」
『恥ずかしいって話なんだけど、変えてもらえそうにないや』
実際の所、王都で最も目立つ格好をしているのはライゼさんです。その他の方達は、集落の者達と殆ど変わらない格好ですから、メイド服が珍しくないというのは無理があったでしょう。
「増えているのなら、今のままでも良いですね。これをきっかけに、ファッションの楽しさに目覚めてくれれば良いのですが」
こんな世界ですから、どんどん旅行等の楽しみがなくなったのが噂話が盛んになったきっかけです。もっと発展性のある趣味を作るべきでしょう。壁の外に出なくて良い趣味をどんどん。
『アリスさん。そんなに私のメイド服を見たい、のかな。確かに可愛い服だけど、今の状態であれは……』
自身の容姿がいかに優れているか。周りが自身をどう思っているか。少しだけ理解したリッカさまにとって、あの姿は恥ずかしい物なのでしょう。
『アリスさんが喜んでくれるなら、それが一番だけど……アリスさんだけに見せるって出来ないかな』
給仕ですと、それは無理ですね……。どちらも調理場というのは、宣伝という観点から見ると最適解ではありません。どちらかはロビーに出なければ。
(私も本当は、あの姿を独占したいのですが……)
あの姿を見る事が出来たのは、この宿のお陰ですし……。向こうの考えを汲み取るのは当然でしょう。ですから――リッカさまがお風呂に入っている間に、バレない程度にスカートを少しだけ長くします。
私も、男性についての認識が甘かったようですし、もっと慎重になるべきでしょうね。
リッカさまもシャワーから戻ったので、私はローブ、リッカさまはメイド服で下に降ります。丈は少しだけ長くしましたけど、やはり短い事に変わりはありませんね。
『今日は、少ないなぁ。アリスさんだけで終わっちゃいそう。もっと多くの人に、浄化を知って欲しいんだけど』
今日は、浄化に並んでいる人が少ないですね。行列としては多い方なのでしょうけど、先日と比べてしまいます。
これならば私だけで問題ないでしょう。それに、一度に多く来てもらう必要はありません。違和感を感じた時、私達の所に来てくれるのが一番です。軽い気持ちで来てくれる方が良いので、少人数でも浄化してくれるという印象を早々に与えられるのは効果的です。
「ではリッカさま。カフェの方もお客様が増えてきているようですから、この辺りで」
「うん。気をつけてね?」
「リッカさまも、ライゼさんの忠告を思い出しつつお願いします」
「う、うん」
『正直、どうすれば良いのか分からないよ……。私、特別な動きとか何もしてないのに……』
普段通りでも、リッカさまの所作には洗練された物があります。そしてそれは、女性としての色香を漂わせる物があるように感じます。むしろ変に意識させる方が良くないのかもしれませんが……。
私でも、どう言えば良いのか分かりません。私もそうなのですから……。
(ですけど、気をつける事は出来ます)
気をつけるだけでも違うと、私は考えます。「私はあなたを警戒してます」と、相手に見せるだけでも違うのです。リッカさまは、”悪意”の事を考えて、余計な不信感や畏れを生まないようにしています。ですがそれはリッカさまの、”ただの少女”という印象を高めているのです。
(本当はそれで良いのですけど……)
ただの少女で良いのですが、リッカさまの安全を考えるなら多少は警戒心を強めて貰わなければ……。自身を守る為に、警戒心を使ってくださいリッカさま。浄化の方は気にしなくても――とは言っても、今はまだ無理ですから……。
(やはり、浄化は病院の方にしてもらった方が良かったですね)
そうなるとお手伝いの方が一人になってしまうので、それはそれで別の心配があるでしょうけど……。
浄化は順調に進んでいます。悪事を働くまでいかない、でも”悪意”となっている人が来てくれるので、未然に犯罪を防ぐ事が出来ているのです。このまま浸透していけば、”悪意”の犯罪は王都からなくなります。
その間、リッカさまは普段通りの業務をしていました。ですが少し、動きが挙動不審です。しきりに後ろを向き、気にしているようです。
「ん……?」
ライゼさんが来ていますね。何やらリッカさまと話しています。リッカさまに変わって、ライゼさんが睨みを利かせているので、先ほどよりはリッカさまが落ち着いています。
とはいえ、変に意識させてしまったからか……動きが少しぎこちないです。それが更に、可愛らしい動きとなっているのです。
やはり、もっとしっかりと言うべきだったのでしょうけど……私自身困っている対処法について、予想で言う事は出来ませんから……。
「誰の所為だと……」
「まぁ、気にしすぎるな。そうやって落ち着きがないのも目立つぞ」
「そうなんですか。確かに気になるとは思いますけど」
『視界の端で変な動きしてる人がいたら、気にするよね』
少し意識を向けると、リッカさま達の会話が聞こえてきました。リッカさまに気にしすぎるなと、気にしろと言った人が言っています。
ライゼさんも、学習しませんね。こと異性に関しての忠言を行うのなら……もっとはっきり言わないといけませんよ。そうしないとリッカさまは、ズレてしまいますから……。
ライゼさんがお店を出て行った辺りで、浄化も終わりました。リッカさまに、ライゼさんが何で来ていたのか聞いておきましょう。せっかく早めに任務が終わったのですから、休憩がてらにアンネさんと昼食を一緒にすれば良かったでしょうに。
「リッカさま」
「ん。終わった? 疲れてない?」
「はい。先日の経験がありますから」
ずっと楽に、素早く丁寧に出来たと思います。魔法の扱いがどんどん上手くなっていると感じているので、これからはもっと深層に浄化が届くように意識してみようと思っているとこです。
「ライゼさんが来ていたようですが」
「うん。何か、業務が終わったら広場に来て欲しいって」
「広場に……?」
一体、何でしょう。リッカさまへの用事となると、弟子と刀に関してでしょうけど……二人きりにはさせたくないです、ね。
「私も行きます」
「うん。ライゼさんも、アリスさんと一緒に来いって言ってたよ」
どうせ私が一緒に来るだろうからと、先手を打っていたようです。
「では、私もカフェの方に入ります」
「うんっ」
時間になるまで、私もアルバイトの方をしましょう。リッカさまと共に働くのは、今日が初めてです。色々と意識してしまってやり辛さを感じているでしょうけど、今日で慣れるでしょう。純粋に楽しめる場でなくなってきていますが……息抜きには、なるはずです。
「リッカさま、四番テーブルです」
「はーい。オムライスと卵サンドお待ちどうさまです」
「アルレスィア様、ロクハナ様。本日はここまでで構いません」
「分かりました。リッカさま、上がりましょう」
「うんっ」
カフェの方もどんどん盛り上がり、人数が増えていっています。このカフェは次第にバーへと変化していき、夜まで営業するようです。ですが私達がまだ未成年という事で、六時になった辺りで上がって良いと言われました。
再び”巫女”のローブに着替え、広場に向かいます。
「ライゼさんからどんな話をされるのでしょう」
「剣と弟子の話、かぁ。剣は色々と注文つけちゃうと思うし、弟子の件はすでに、良くしてもらえてるんだよね」
刀は、剣とは大きく違います。柄は木製ですし、曲線を描いた刃は片方だけが切れ味を持ち、剣よりもずっと軽いそうです。それを伝えて、ライゼさんが作れるかどうかを確認する必要があります。
「とにかく、行ってみよ?」
「はいっ」
ライゼさんの口止めが効いているようで、港の一件は噂になっていないようです。私達の出撃は知られているようですが。
「来たか、お二人」
広場の椅子に、ライゼさんが座っていました。
「それじゃ、まぁ早速だが。剣……いや、刀っつったか」
戦士の時とは違い、職人の目になったライゼさんがリッカさまに尋ねています。この世界初であろう刀の作成。楽しさと興奮がライゼさんを支配していっているようです。
「刀ってなぁ、どんなもんだ? この剣とどう違う」
ライゼさんが自身の剣を抜き、リッカさまに見せています。街中で刃物をチラつかせた事でざわめきが起きていますが――。
「そうですね、まず刀身はこんなに真っ直ぐじゃないです。この木刀のように曲線をえがいてます。何より片刃です。硬さも、もっとしなやかですね。ですけど、切れ味はこっちのほうが良さそうです。元の世界の私の家にあった刀もそこそこ良いものでしたけど、それより斬れそうです」
リッカさまが普通に受け答えし、剣に触りながら違いを説明しているからでしょう。そこまでの騒ぎにはなっていません。
「そうか、曲線か」
その曲線は、引いて斬る為に必要な物です。リッカさまは剣であっても、そういった動作をしてしまいそうになっていました。身についた斬り方というのは、そうそう変えられるものではありません。慣れない剣であれなのです。もし刀ならば、本当に斬れぬ物などないのかもしれません。
「硬さ切れ味、どっちをとる?」
「切れ味が欲しいです。今の剣も”精錬”で補ってますけど。強度七、切れ味三で強化されてます。元の切れ味を上げれば、この比率で問題なく両断できます。何より、柄に木刀を加工して使ってくれれば、”強化”を全力発動できますから」
(”強化”ってのが、剣士娘の魔法か。つぅか、あの動きでまだ全力を出し切っとらんのか)
ライゼさんが私に視線を送っています。分かっております。後程説明します。”抱擁”は無理ですが、特級三つを持ち、内一つは私と同様に”光”という事も。
「分ぁった。俺の技術じゃ、今はこの剣が最高傑作だ。あんさんの注文通りと行くかはわからんが作ってみよう」
『ライゼさんにも、お礼を言っても言いきれないなぁ』
「そう申し訳なさそうな顔をするな。言ったろう、俺のためでもある。刀は俺にとってもいい武器になるかもしれんしな」
もし刀の製法を完璧なものに出来たなら、ライゼさんの技術向上にもなるでしょう。それに、自身の武器にもなるはずです。
「んじゃ、弟子についてだが。まぁ、精神修行はそこまで必要ないな。気の抜き方さえなんとかなりゃ、あんさんはいっぱしの剣士だ。問題は技術。独学じゃ限界は早ぇ。俺の流派の教えになっちまうが、いいか?」
ライゼさんの言う通り精神面の問題はありません。ただそれは……”蓋”がしっかり機能していれば、ですが……それを私の口から伝えるつもりはないので、技術向上で良いと思います。
「覚悟は決まっとるな。よし、明日からやるか。時間空けとけ」
「ありがとうございました」
リッカさまの瞳に灯った炎を見て取ったのでしょう。ライゼさんが頷いています。
「えっと、アリスさんも呼んだのはなんでです?」
「それはだな……あぁ言わんよ。とにかく必要だった、それだけだ」
今度は私から視線を送ります。男性と二人きりの逢瀬なんて、私が許すはずがないでしょう。
「アリスさん良かったの? 結局何も用事ないのに呼ばれたみたいだけど」
「はい、これで良かったのです。たぶん呼ばれなくても行ってましたから」
リッカさまとの散歩になったと思えば、ライゼさんに感謝すらしたいところです。
「さぁ晩御飯の材料を買いに行きましょう」
私はリッカさまに、手を差し伸べます。震えていないでしょうか。
食材は今朝買いましたが、どうせなら色々見ておきたいです。そろそろ雑貨店も確認しておきたいですから。
「うん、ありがとう。アリスさん」
差し伸べた手を、リッカさまは取ってくれました。躊躇なく手を取ってくれたリッカさまは、極々自然に恋人、つなぎをしてくれます。
『また、こうやって歩けてよかった……』
そう、ですね……。またこうやって――むしろより仲良くなって、王都を歩けるようになって、よかったです。これからもっと、お互いを知っていきましょう。
「今日はとびっきりのスープにしましょう」
「ほんと? 楽しみ!」
今日は、ほっとするようなスープが良いですね。生姜を入れ、体の中からぽかぽかするような。
(リッカさまと居られるだけで、ぽかぽかですけど)
もっと、暖まりましょう。今夜も、寒くなりそうですから。
アルレスィアとリツカが、仲良く歩いている姿を、王都の者達が見ている。その中に居た、一人の少女は目を丸くさせていた。
(噂と全然違うなぁ。普通に仲の良い女の子二人って感じだけど)
少女は首を傾げながら、巫女二人とは違う方に向かっている。
「こんにちはー」
「ん……もう、夕方だよ……リタ」
「あ、そっか。じゃあこんばんは、ラヘル」
「こんばんは……」
少女の名はリタ。王都在住の、十六歳。学校に通いながら家の手伝いをする、普通の少女だ。明朗快活な性格で、友達が多い。
リタがやって来たのは日用品を売っているお店。そこで店番をしているラヘルに用事があったようで、買い物が目当てではないのだろう。
ラヘルの年齢はリタと同じだけど、学校は卒業している。今は日用品店で働きながら、実家へと仕送りをしている最中だ。
「さっき巫女様を見たよ」
「へー……どうだった……?」
「噂みたいな、凄い人って感じじゃなかった、かな? 凄く美人で、同じ人間なのかって思っちゃったけど」
「そんなに……?」
「超美人だよ。天使様っていう噂は本当みたい」
街の至る所で、こういった話がされている。リタやラヘルのように、噂の真意を確かめるような会話は少ないが。大抵は、噂を流すだけだ。
「見てみたいけど…………リタの、用事は……?」
「特に用事はないよ。暇だから遊びに」
「私……暇じゃない……」
「まぁまぁ、そう言わず――――え? お母さん? ち、違うよ。遊んでないよ。すぐ戻るから」
笑っていたリタだったが、”伝言”に出ると見る見る顔色を変えていった。どうやら母親から何かを言われたようだ。
「も、戻るね」
「リタ……」
「何?」
「もう……会えないかもね……」
「不吉な事言わないでよ!?」
走って店を後にしたリタの背中を、ラヘルはため息混じりに見送った。こういったやり取りは、もう何度もしていて驚くようなものでもないのだ。
(今度の休みにでも、リタと久しぶりに遊ぼうかな)
「ん……何……?」
仕事を再開させて暫く経った頃、店の外が騒がしくなった。ラヘルが首を傾げていると、扉が開き客が入ってきたようだ。どうやらその客の所為で騒がしくなったようだが。
「いらっしゃいま――せ…………?」
「こんばんは。こちらで日用品を売っているとお聞きしたのですが」
普段、滅多な事では驚かないラヘルが、固まってしまっている。噂の”巫女”がひょっこり現れたら誰でもそうなるだろう。
「えっと」
「あ……は、はい……。日用品は、ここで……」
(リタ、簡単に言いすぎ……。違うか……言葉に出来ないって、こういうのを言うんだ……)
天使、と言葉にするのは簡単だが、実際に会うとこんなにも――ラヘルは同性に見惚れる事もあるのかと、その時初めて思ったようだ。
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