一歩③
「ふぅ。おい、あんさんら。帰る準備するからついてこい」
(この容姿で無防備すぎんだろ……。アンネちゃんとアイツにも、対策込みで話を持って行くか……)
「え?」
(準備とか、必要ないよな……。なら、このまま居て良いんじゃねぇの……?)
ライゼさんが冒険者を連れて離れていきました。
私とリッカさまが手を重ね、見詰め合っている光景は中々のものだと思います。もっと男性に気をつけるように言っておいて、早速刺激するような光景を作ってしまっているのです。ライゼさんの呆れるようなため息も仕方ありません。
ですが、時間を頂けたので――もう少しこのまま、居させて下さい。リッカさまが落ち着くまで。私が……正気に戻るまで。
『気を使わせちゃった。説教の時もそうだったけど、ライゼさんにもお世話になりっぱなし……』
技術的な師事はまだ受けていませんが、精神面ではすでに修行を受けているといっても過言ではありません。リッカさまがお世話になりっぱなしになるのは、仕方ありません。その身一つで、何も持たずにこちらの来たのですから。
ですから、リッカさま。頼って下さい。その為の下地は出来ていますし、これからも、リッカさまが安心して眠れる場所を作り続けますっ!
惜しいと思いながらも、何とか手を離す事が出来た辺りでライゼさん達が戻ってきました。
(もう終わってる……)
(ライゼさん、恨むぜ)
「おい、巫女っ娘」
「分かっています。でも、あれは仕方ないのです」
「まァ……な。そんじゃ帰るぞ」
軽率に触れ合った事は謝罪しますが、リッカさまとのズレを、これ以上生みたくないのです。もっとリッカさまと触れ合いたいですし、リッカさまと心を通わせていきたいと思っています。
(あれでも、抑えた方なんですよ)
「で、ちゃんと上で謝ったんか」
「赦して、もらえましたよ」
『本当に良かった……。あのまま、アリスさんが、居なくなるんじゃないかって、本当に本当に……っ』
(逃げて、しまいましたが……絶対に貴女さまの元から居なくなったりは、しませんよ。絶対に、リッカさまの傍に帰ってきます)
あれは、喧嘩だったのでしょうか。私は確かに、リッカさまに対して怒ってしまいました。ですがそれが、八つ当たりにも近い感情だったのはいうまでもありません……。思い通りにならない、自身の感情に……逆ギレしてしまったのです。
(赦してもらえたのは、私の方なんです。リッカさま)
「もう、大丈夫です。私は本当の意味で、一人ではありません。ありがとうございました。ライゼさん」
『一緒に居るだけじゃ、ダメだった。一緒に在ることこそ、本当の支え合い――』
居ると在るでは、違います。リッカさまと共に、精一杯……時間の許す限りこの世界で生きるのです。漸くリッカさまが、自身の命を認識してくれたのですから――。
「そうか、ならいい。礼もいらん。で、また気を張っとるみたいだが? 警戒は俺がやるから抜いてろ」
「そのことですけど、ちゃんと教えてくれないと……アリスさんに言われるまで分かりませんでした」
「あんさん……気づいてなかったんか?」
気を張り続けるなんて、無自覚で出来る事ではありません。ライゼさんが驚くのも無理はないでしょう。
「気づいてなかったです。自分では気が抜けてるつもりでした」
『馬鹿騒ぎを率先してやってたし……普段の生活も、アリスさんの横に居る時は落ち着けてるって思ったんだけど……』
つもりであっても、リッカさまの精神はじわりじわりと磨り減っていました。無自覚だからこそ制御が出来ません。些細な視線であっても、心と体は反応し、迎撃に移れるように構えるのです。
「そこも無自覚だとはな、早めに気づけてよかったな。手遅れになるとこだったぞ」
積もり積もった疲労は、ふとした時に出ます。例えば……今まで出てこなかった死傷者が目の前で出てしまい……「守れなかった」と、なった時……とか、です。
「まぁ、いい。で? 気を抜いていいと言ったんだが?」
リッカさまが私をチラリと見ながら、言い辛そうに唇を食んでいます。いくらライゼさんが気を抜けと言っても、リッカさまの無意識下での警戒心を解く事は出来ません。
『今も充分落ち着けてると思うんだけど……確かに、さっきと違うかも。抱きしめられるっていうのは、もっときもちよかった』
「巫女っ娘。剣士娘がまた気を張っとるぞ」
リッカさまから回答がなかったからでしょう。私が指名されました。今、リッカさまの緊張を解けるのは私だけです。その選択は正しいです。
「まぁ、リッカさま。それはいけません、さぁ」
歩みを止め、両手を開きリッカさまを受け入れる体勢を整えます。いつでも良いですよ。ライゼさんは私達の仲を半分以上知っていますし、これくらいなら友人間の触れ合いで済みますから。
「剣士娘、あんさん」
『ぅ……ライゼさんに知られるのは仕方ないけど……やっぱり恥ずかしいっ』
ライゼさんが気を抜くようにと命令したというのに、何を呆れているのでしょう。リッカさまの緊張感が簡単に解けないと知っているあなたなら、少し特殊な儀式が必要という事くらい想像出来たと思うのです。
「あ、ありすさん」
「はい。リッカさま。どうぞ」
「んと……街まで……部屋に戻るまで、今のままで良いかなっ」
「という事です。ライゼさん。リッカさまの負担を減らそうとしてくれるのは嬉しいですが、まだまだ訓練中ですから」
最初から断っても良かったのですが、先程からリッカさまに視線を送っている若い冒険者の方にも見せたかったのです。リッカさまを癒せるのも支える事が出来るのも、私だけだと。
(まさか巫女様と赤い人って、そういう……? 俺はただ助けられただけだし、期待とかはしてねぇけど…………)
「罪な女よな。剣士娘」
『不名誉な渾名がまた一つ増えたけど……罪な女って……罪って何だろ』
リッカさまが悪い事なんて何一つありません。そして、私達の会話の意味は分からなくても構わないのです。何れリッカさまが、自身の気持ちに自力で気付くまで、私が貴女さまの純真を守ります。
「リッカさまはそのままで居てくださいね」
何れ興味も出て、知りたいと願う時がくるでしょう。その時は私が教えます。今のままで良いというのは、そういう事です。リッカさまの思うがままに。
『私、何かしちゃったみたいだけど……アリスさんが嬉しいなら、知らないままで良いかな』
「うん、よく分からないけど。私は私、だよ」
「ええ、リッカさまはリッカさま。です」
リッカさまが、私と手を握ろうとしていたので、私から繋いでみます。リッカさまは少しびくっとした後、強く――私の手を、握ってくれました。
「帰ったら、悪意診察かな」
「そうですね。後は給仕のお仕事ですよ」
「……今日は私が全部診察やっちゃダメ?」
「ふふ。ダメです」
会話をしながら、リッカさまは私の手を撫でています。どうやらこれも、無意識のようです。撫でているのは、私の手をどう握ろうか思案しているのかもしれません。
ウキウキが歩調に出ています。リッカさまの瞳や笑みは無邪気を示していますし、リッカさまは凄く楽しげです。でも今の、普通の握り方に納得していないようですね。
(どんな握り方が、良いのでしょう)
私も一緒になって、リッカさまと探り合っていきます。お互い示し合わせていないのですが、自然と――指と指を絡めるような握りに、なっていきました。確かこれは……恋人、繋ぎ、と呼ばれているものです。
恋人……繋ぎになった瞬間、リッカさまの表情は楽しさから喜びに変わりました。
(恋……)
わ、わわ私とリッカさまは、まだそういった関係ではないので、リッカさまにとっては親愛の現れなのかもしれません。実際リッカさまには、恍惚ではなく満足があります。多分、この形がリッカさまにとっての最良だったのでしょう。
(こんなにも無邪気に、私との一時を楽しんでいるリッカさまに、何て感情を……いけません)
私だって純粋に、リッカさまとの今の状況を楽しんでいるはずです。だから、恋愛どうこうは一旦仕舞い込みましょう。
『やっぱり私、落ち着いてるよね。アリスさんと手を繋ぐと、どきどきして緊張しちゃうけど……でも、心地良いどきどきだし』
この繋ぎ方だと、リッカさまの体温がより強く感じられます。掌よりも、指の間の触覚は鋭いと思うのです。今、それを実感しています。リッカさまが指を動かして撫でる度に、心が弾みます。もっと、撫でて欲しいです。
(もう俺等が居ってもお構いなしだな。まァ、手ぇ繋いどるだけだし、忠告も何もねぇな……)
さぁ、王都に帰りましょう。私が仕立て直したリッカさまのメイド服、ちゃんとリッカさまに合うか楽しみです。
王都に帰ってすぐ、ギルドに向かいました。アンネさんに報告を入れなければいけませんし、浄化の準備をしてもらわないといけませんから。
「おかえりなさいませ」
「只今戻りました。任務は成功です。犠牲ゼロ。マリスタザリアは三体共撃破完了しました。詳細は報告書にて提出いたします」
「ありがとうございます。アルレスィア様。お疲れの所申し訳ございませんが、この後浄化をお願い出来ますか」
「分かりました。宿に戻り次第準備します」
「はい。すぐにお触れを出します」
手短にやり取りを終え、私達は一足先に宿へ向かいます。
「宿――」
「―――行こう――」
「報告が先――」
何やら後ろから聞こえましたが、ライゼさんとの雑談みたいですね。気にせず歩を進めましょう。
『今回も、犠牲者はゼロだった。でも……これはあくまで、王国周辺での話し。遠くでは、今も……』
リッカさまが、今日の反省点を纏めているようです。
『悔しいし、悲しい。でも、私に出来ることは目の前の敵を倒す事。自分の出来る範囲で……アリスさんや、皆に頼りながら』
妥協と諦念。リッカさまは、一つの現実を認識しました。そして一つ、前進出来たのです。
『最後に、魔王を倒す。今は、焦らない。もう二度と、アリスさんを泣かせたりしない』
どんなにリッカさまの想いが変わろうとも、変わらない物があります。リッカさまの瞳の炎は、今尚赤く綺麗です。
私も前に進みます。貴女さまへの想いは今尚純白です。穢れ一つないと、自信を持って言えます。私の愛で、貴女さまの幸せを手に入れてみせます。
「おかえりなさいませ。アルレスィア様。ロクハナ様」
「ただいまです」
宿に戻ると、いつものように支配人が出迎えてくれました。今回は宿のお手伝いのお報せを含めたお出迎えのようですが。
「ところで、支配人さん」
「はい、なんでございましょう。ロクハナ様」
今回は私が先にシャワーです。支配人に話があるリッカさまを待ちたい所ですが、浄化があるので先にさくっとシャワーを浴びます。
「あの制服。珍しくないって言ってましたよね? ほんとうですか?」
支配人が、リッカさまの作り笑いにたじろいでいます。そのような理由でリッカさまを納得させていたのですか。誰かの趣味と正直に言っても、リッカさまは納得したのですが――自業自得、ですね。




