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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
9.私の本音
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一歩



 ライゼさんのお陰というのが、凄く……悔しいです。でも、リッカさまと再び歩めるのは……あの人のお陰なんですよね。


 リッカさまの自己犠牲精神を和らげ、頼る事を教え、リッカさまの意識を改善してくれたのです。その方法が、戦う事だとは……思いませんでしたが。


(道理で怪我を……)


 見たところ頬や腕等に掠り傷……打ち身もいくつか、ありますね。治療を施したいところですが、まずはリッカさまに寛いで貰いましょう。もう我慢しません。リッカさまが私にして欲しい事、私がリッカさまにして欲しい事、どちらもどんどん求めていきます。


「それでは、リッカさま。気の抜き方を練習しましょう」

『気の抜き方って、何だろ……』

「え……えっと。何かな、それ」


 ライゼさんからの説教には、そういった所も含まれていたはずですが……。先日と今日の一件でライゼさんは、リッカさまの問題点の殆どを理解したはずですから。


 リッカさまの行動が軽率であった事と、少々視野が狭くなってしまっていた事、そして異常なまでに高い警戒心。これらの事を指摘されているはずなのですが――この様子では、されてしませんね。


「ライゼさんから、気を抜けって言われませんでした?」

『私、結構抜けてるような……』

「気づいて、ないのですね。そしてライゼさんは一番大事なところを端折っていると」


 本当に、何故その部分を諭してくれなかったのでしょう……。これでは、リッカさまが傷つき損ではありませんか。自己犠牲を止めて欲しいという事、私もリッカさまを守りたいから最前線に置いて欲しいという願望は……負い目故に私では言えませんでした。そしてもう一つ。リッカさまの強い警戒心についても、です。


 リッカさまの警戒心が生まれた理由は、私に怪我一つさせないという誓いから派生したものです。王都の大通りであろうとも、ギルド内であろうとも、最強の剣士が隣に居ようとも、リッカさまの警戒心は取れません。宿の部屋で、私と二人きりで居る時くらいしか警戒を解かないのです。


(このまま気を張り続けていたら、リッカさまが……壊れて、しまいます)


 今、一歩前に進めた私なら……リッカさまに進言する事は出来ます。ですがそれは、ライゼさんが機会をくれたからです。リッカさまを諭し、私の元まで、導いてくれました。


 だから感謝はしていますが、それとこれとは別です。リッカさまを攻撃したというのに、全部伝えていないのはどういう事です。それもすぐにでも解決したかった、警戒心の部分を……。


「え、え? ご、ごめんなさい……」

『私、また何かしちゃったのかな……アリスさんが、怒ってる……』

「いえ、リッカさまが謝ることでは……」


 思わず、怒気が零れてしまいました。リッカさまが肩を縮こまらせて……少し涙目に……。どうした事でしょう。リッカさまがいつもより、幼く感じます。


(兎に角……ライゼさんが言っていないのなら、仕方ありません)


 リッカさまの楽しい王都生活の為に。


「リッカさまは、ずっと気を張りすぎです。――敵が後ろに!」

「――!」


 リッカさまはすぐさま剣を抜き、後ろを向きました。気配一つなく、敵が居ない事を完全に理解していたのに、その反応速度は神速です。


 敵の気配を感知出来る私達が、こんなにも見晴らしの良い場所に居るのです。休憩するのに最適な場所にも関わらず……リッカさまは、()()()()()()というだけで、周囲の警戒をしてしまうのです。


「ほら、見てください。悪意はないと分かっていたのにその反応。気を張っている証拠です」

『だって、アリスさんが、居るって……。それにもしもがあったらいけないし……』


 リッカさまは基本的に、自身の力を信じていません。なのに、私の言葉は信頼してくれています。嘘をついてまでリッカさまの問題点を指摘したのは、心が痛みますが……これも全ては、リッカさまに現状を理解してもらうためです。


「私も、ライゼさんも居ます。ご安心ください。リッカさまだけが気を張る必要はありません。だから、休める時に休む訓練をしましょう」


 もはや癖になっていて、リッカさまは無意識下で警戒をし続けています。これが厄介な部分でして……リッカさまの無意識は、本当に無意識なのです。


(本来、自身の考えなのですから、どこかで自覚しているはずなのですが……)


 なので訓練し、意識的に休む癖をつけるしかありません。習慣付けるのが良いでしょう。特定の条件で、リッカさまの気が抜けるようにするのです。


(で、あれば)

「さぁ、どうぞ。私を抱きしめてください」

「……?」

『休息と、アリスさんを抱き締めるっていうのが、繋がらない……。でも、良いのかな。さっき、あんな姿見せちゃったから……余計に恥ずかしくって……』

 

 先程抱き締めた時、リッカさまの警戒が解けたように感じました。あれを習慣化するのです。


「お母様がいっておりました。私を抱きしめると落ちつく、と」


 まだ関係が拗れる前の話です。私達家族は集落から弾かれていました。そんな時、母が私を抱きしめてぽつりと呟いた台詞です。人肌は落ち着くと言いますし、リッカさまに私を感じて欲しいです。


『エリスさま、何を言って……。アリスさん……両手を広げて、待ってくれてる……』

「さぁ、リッカさまも私を抱きしめて落ち着きましょう」


 私はもっと積極的にリッカさまを癒すと決めたので、返事は待てません。リッカさまがゆっくり、私に抱き着こうとしてくれていましたが、待てませんでした!


「ぎゅーっです。さぁ、力を抜いてください。リッカさま」

「あ、ありすさん、まって、こんな……」

『柔らか……温か……ふにゃ……。こんな場所で、こんな……力を抜くなんて無理っだよぉ……』

「おかしいですね、緊張したままです」


 リッカさまの緊張がどんどん高まってしまっています。心も、ぐるぐるとしています、ね。ですけど、体からは力が抜けていっているようです。心を解したいのですが……。


『あぁ、アリスさんも無自覚だったなぁ……』


 無自覚、ではないと思います。リッカさまに寛いでもらうのなら、これで良いはずです。ですからこのまま、私を感じてくださいっ。


「ありす、さぁん……。まって、いっかい、はなして」

「リ、リッカさま変な声を出さないでください。その……私も、緊張してしまいます」


 私も結構、ギリギリなのです、リッカさまっ。漸く自分から自然に抱き締める事が出来るようになりましたけど、リッカさまから見えていない手や唇は震えていたりするんです。そんな私が、リッカさまの甘い声を聞いてしまったら……。


「んっ――」


 甘い声所か、そんな吐息まで……。私の抱く力が、強くなってしまいます。そうするとリッカさまは、更に甘美な……私の背筋を痺れさせる声を――そしてまた私の力が強くなっての、繰り返しに、なってしまいました。

 

「はにゃ……」

「リ、リッカさまっ!?」


 くたっと力が完全に抜けたリッカさまが、私に全てを預け目を閉じてしまいました。凄く、艶麗な……いえ、色香が漂ってきています。もう私もくらくらしすぎて、自分が何をするか分かりません。


「あ、でも、ちゃんと緊張は解けましたね……」


 予想とは大分違いますが、リッカさまの緊張は完全に溶けました。後はこれを習慣にする為に――もっとリッカさまを、抱き締めましょう。他意は当然、ありませんとも。”治癒”もしないといけませんから、私は何とか、ギリギリ冷静ですっ!

 



 そろそろ、下りましょう。港のライゼさんと冒険者の方達が待っているでしょうから。


『また私、人に見せられない……顔しちゃってた……っ!』


 リッカさまは両手で顔を押さえていて、歩けそうにありません。なので、私が支えて港に戻っています。


「リッカさま、かわいい――じゃなかったです。あれは私とリッカさまだけの秘密ですから。ね?」


 誰にも知られたくないという気持ちは同じです。リッカさま。独占欲を我慢出来そうにありません。あの、蕩けきった表情……私だけの――。


『私にあんな一面があったなんて……。アリスさんにあんなに甘えて……幼児退行しちゃうなん、て……』

 

 極度の緊張と、ずっと続いていた警戒を無理矢理解いたのもそうですが……私に嫌われたと思ってしまったリッカさまは、落ち込んでいました。その後仲直り出来てほっとしたのでしょうけど、不安は少なからず残っていたのです。それが幼児退行に繋がったのかもしれません。


「気の抜き方は分かったけど、あれじゃあ皆の前で出来ないよ」

『私、どんどんアリスさん限定でぽんこつになっちゃってる……』

「そうですね。隠れて抱きしめるというのはどうでしょう」


 私との抱擁が脱力出来る手段というのは、ある意味良かったです。人に見せたくないですが、何処であってもリッカさまを癒せるのですから。


『アリスさんも結構、私限定でポンコツなのかな……?』

「リッカさま」


 ポンコツは言いすぎです。リッカさまっ! ちょっと歯止めが効かないだけなのです! 

 

「とりあえず。今は休んでください。リッカさまが倒れては、私嫌です」

「うん、ありがとぅ」


 私の肩に頬擦りして、リッカさまは耳元で囁きました。ポンコツとまでは言いませんが……リッカさまの、無自覚な誘惑は、危険すぎます。アルツィアさまの特訓で、熱くなればなる程冷静になるようになってなかったら……私はきっとリッカさまを襲っています。


(アルツィアさまは、そうなると分かってたのでしょうか)


 ですがアルツィアさま……リッカさまの誘惑がこのまま続いてしまうと、私はきっと……近い将来、確実に……。

 

「いたっ……」

「リ、リッカさま!?」


 思考がいけない方向に進みかけていましたが、リッカさまの苦悶の表情によって引き戻されました。自分だけ幸福感に包まれて、何をしているのでしょう。


 目立った傷は治したのですが、どうやら体の中にまだあったようです。痕はないので、筋を痛めているのでしょうか。もっとちゃんと見るべきでした。ライゼさんが、こんな本気の怪我をさせるなんて思わなかったものですから……。


「ご、ごめん。さっきライゼさんに蹴られたところが――」

『あっ……』

「そうですか。まずは治療しましょう」


 ライゼさんとどのような戦闘が行われたのかは、分かりません。ですが、ライゼさんはリッカさまを蹴ったのですか。そうですか。とりあえず治療しましょう。骨に異常はないようで、一安心です。やはり筋を痛めているようですね。


 リッカさまの防御力が低いと指摘したのはライゼさんではないですか。頑丈ではないのですから、成人男性に思いっきり蹴られたら痛めて当然です。リッカさま相手に手加減出来なかったのかもしれませんが、赦せません。


「え、えっとね。アリスさん。理由があってね」

「えぇ、大丈夫です」


 ちゃんと()()()()()()。リッカさまに手を出すとどうなるか。一歩進んだ私は、手加減出来ませんよ。ですが、ライゼさんなら分かってくれるでしょう。アンネさんを愛しているライゼさんなら、私の気持ちが痛い程分かるはずです。

 

「おぉ、帰ってきた、か? 巫女っ娘? どうした。なんでそんなに」

「ライゼさん、お覚悟を」


 分かっていなくても、分からせますけど。


 港に戻ると、ライゼさんは暢気に座っていました。冒険者の方達も座っていますが、何処か上の空です。ライゼさん一人だけ、暢気なのです。


「お、おい剣士娘。何を言った!?」

「ごめんなさい。蹴られたってだけ言っちゃいました」

「ちゃんと説明せんか!?」


 ライゼさんは私を少し勘違いしています。説明されても、今の状況は変わりませんよ。リッカさま相手に手加減出来なかったのかと思っていましたが、ライゼさんに一切の傷がありません。つまり、余裕だったのです。リッカさまは私の所為で、傷心中でしたから。


(そんなリッカさまを蹴る必要があるとは思えません)

「リッカさま。少々こちらでお待ち下さい」

「う、うん」

『あ……』


 リッカさまから少しだけ離れて、ライゼさんに詰め寄ります。リッカさまが、私と離れるのを渋って袖を握っていましたが……ライゼさんには言わなければいけない事が多々ありますので、待っていてください、ね?


「い、いやな。アイツが余りにも――」


 離れるや否や、ライゼさんが言い訳を始めました。言い訳は必要ありませんよ。当事者なのですから、事情は把握しています。なので、私が聞きたいのは別の事です。


「あの冒険者の方達に、何を話したんですか?」

「あん……?」

「何を話したのですか? リッカさまの事でしょうか」

(何で、分かった?)


 心を読むまでもなく、冒険者の反応を見れば分かります。リッカさまを見る目に畏れよりも尊敬の念が強いです。リッカさまに対しての認識が変わった証でしょう。そんな事が出来るのはライゼさんだけです。


 昨夜ライゼさんに教えた事を、冒険者の方達に話したのでしょう。リッカさまとライゼさんが何故急に戦いだしたのか、とかの疑問があったでしょうから、それに答える形で話したはずです。


「口止めだけはしておいて下さいよ」

「ああ、分ぁっとる。だが」

「人の口に戸は立てられません。ですが、噂になるような事だけは避けて下さい」


 一応口止めはしてもらいます。するのとしないのとでは大きく差が出ます。ライゼさんの口止めなら、ちゃんと聞くでしょう。


(やっぱコイツも、底が見えんな。洞察力とか、そんな程度じゃねぇ。もっと上の――)

「リッカさまを蹴った事を赦した訳じゃないんですよ。ライゼさん」


 私の分析を進めていますが、話は終わったので始めますよ。私に攻撃魔法はありませんが、リッカさまが受けた痛みを返すことくらいは出来るのです。


「ま、待て。あんさんなら分かるだろ」

「ええ。ライゼさんには感謝しています。ですが、ライゼさんなら分かるでしょう。大切な人が傷つけられて我慢出来る人なんて居ないんですよ」

「あ、アリスさん。私は大丈夫だから、ね?」


 見兼ねたのか、リッカさまが止めにやってきました。


「はい、リッカさま。ご安心下さい。ちょっとした戯れです。ね、ライゼさん」

「お、おう」

(嘘付け。本気だったろ)


 ライゼさんに感謝しているのは本当なのです。ですから、戯れというのも本当です。ただ――少しだけ、痛みを与えようとしたのも事実ですけど。



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