葛藤③
「……巫女っ娘の言葉は、対剣士娘専用最終魔法か?」
「ライゼ様。お戯れはそこまでです。まったく……戦いのときはあんなにも真摯ですのに……普段はこんなに軟派で……」
リッカさまの実力を計る為とはいえ、戦闘に参加しない人、ですけどね。どんな理由があろうとも、リッカさまだったら自身で行きますよ。誰よりも早く、鮮烈に、やるべき事を完璧に遂行します。
「アンネさん。信頼できるもう一人って、ライゼさんなんですか?」
「――リ、リツカ様それは!?」
言ってはいけなかった事なのでしょうか。リッカさまの言葉にアンネさんが狼狽しています。
(もしかしてアンネさんは、一言余計に言ってしまったのでしょうか)
「ん? なんだ剣士娘。そんな話しらんぞ」
「私たちが『感染者』の診察する時にあった依頼を、信頼できるもう一人に回したって、それってライゼさんなんじゃ」
「アンネちゃん……そりゃあ、どういう」
『あれ、これって――攻め時なんじゃ?』
ライゼさん。リッカさまは――やる時はやります。やられたままで居続ける程、大人しい少女に見えたのでしょうか。
「リッカさま、ほどほどにですよ?」
ちょっとした息抜きですね。アンネさんは巻き込まれる形になってしまいますが、ライゼさんはリッカさまで遊びすぎました。ライゼさんも羞恥に悶えて貰います。
「……そのままの意味です。信頼している選任が居るという話です」
「そ、そりゃあ、嬉しいが……俺は初耳だぞ」
『ライゼさんを攻めきる事は出来そうにないから、アンネさんにちょっと手伝ってもらおう』
笑いを堪えるのに、必死にならざるをえません。どんな時でも全力ですが、こんな時まで。リッカさまは本当に可愛いです。
「ライゼさんとアンネさんってどういう風に出会ったんですか?」
「……」
攻め方を変えてきました。話せば話すほどリッカさまが有利ですから、ライゼさんは黙っています。ですが、アンネさんは話してくれると分かった今、崩すべきはアンネさんですね。
「数年前の選任選出の際にお会いしました。あの時はまだ、なぜこんなにもマリスタザリアが発生するのか、何もわからないときでしたから」
「やっぱり、さっきみたいに口説かれたんですか?」
「いえ、あの時はライゼ様も真面目でした。対策をとろうにも、まず目の前の敵が倒せないのです。その際ライゼ様一人で奮闘してくれました」
アンネさんの瞳の中に、少なからず熱が篭っていました。それを見逃すリッカさまではありません。それにしてもアンネさん……全部、答えてくれるのですね。
「では」
ライゼさんが気付いて、「やべぇ」といった表情を浮かべていますが、もう遅いです。
「その時に、アンネさんはライゼさんに恋をしたんですか?」
「……」
「~~~~」
リッカさまの勝利、ですね。完全に決まりました。ですがお二人の反応を見る限り、何故未だ付き合っていないのか不思議です。もうお互いがお互いを意識しているのは分かっているでしょうに。
「剣士娘……」
「まぁ、そう見ないでください。お互いの気持ちが分かってよかったじゃないですか」
笑顔や真面目な表情、鋭い視線、羞恥に染まる頬。どれも好きですが――今の、得意顔。向こうの世界ではドヤ顔と言う表情も好きです。
(羞恥の表情も、ドヤ顔も……私では中々引き出せません)
何故ならリッカさまは、私の前では格好良くあろうとしますから。
「こんなに根に持つヤツだったとはな……」
「言ったはずですよ、ライゼさん。リッカさまは偶に少女のようになると」
『……アリスさんの、私の評価、思い出して……あぅぅ……』
少女らしさは私でも、引き出せます。引き出せるというより……リッカさまが隠し切れずに、見せてくれるというべきでしょうか。ですがどうしても、今のような表情は引き出せません。
(ですから、ライゼさんが羨ましくて、悔し――あれ?)
「リッカさま? どうしてまた顔を……」
リッカさまのドヤ顔、もっと見たいです。隠さないでください、リッカさまっ。
「よくやった、巫女っ娘」
「はぁ……皆様、そろそろお戯れはやめにしましょう。本日の依頼の話です」
と……もう時間切れのようです。アンネさんの一言で、ライゼさんもリッカさまも、戦士の表情に戻りました。私も気を引き締めましょう。
「では、依頼は三件です。うち一件はすでに一チームが先行しております。ですから、三人には残り二件を解決していただき、もし先行したチームに不備がありましたら、援護をお願いします」
一気に三件、ですか。やはり出現頻度が異常です。アルツィアさまの予想よりもずっと、世界は切羽詰っているのは確定なのかもしれません。
「一件目はここから東に四キロの草原、二件目は西に七キロの町です。先行チームが行っている三件目は北東に六キロの港です。三件目に近いのは東ルートです」
先行チームは選任冒険者、ではなさそうですね。選任ならば討伐出来るはずです。そうなると、港の方も急ぐべきでしょう。
「ライゼさん、どっちに行きますか」
「俺が西に行く。俺は足が速ぇからな。あんさんらが東に行くべきだ。連携すれば一瞬だろう。その足で北東に向え」
リッカさまの方が速いでしょうけど、先行チームを救わなければいけない可能性を考えると、私達が先に着いた方が良いですね。”盾”と”治癒”が必要になるはずです。
「なぁに、あんさんらがつく頃には俺も近くにおるさ」
強い自信は、確かな実力と経験に裏付けられています。ここはライゼさんを信頼し、東側に向かいましょう。
「決まりましたか。ではよろしくお願いします」
まずは手前のマリスタザリアを迅速に倒し、そのまま港へ向かいましょう。先程の雑談をアンネさんが止めなかった事から、王国兵もしくは冒険者が対応しているはずです。であれば、遊撃ですね。一撃必殺です。
「あんさんの剣と弟子の話は帰ってからだ。いいな」
「はい、お願いします。まずは任務に集中します」
「あぁ、それでいい。あんさんらなら問題ないだろうが、気ぃつけろ」
「はい。ライゼさんも」
良い空気感ですが――リッカさまが、焦っています。一体、何が……。
「巫女っ娘は剣士娘の心配だけしろ。そいつ防御が薄いだろ。巫女っ娘が守るしかねぇぞ」
「どうして……」
それを、知っているのですか。剣で受けたりするという防御を、リッカさまは使いません。対人であっても、リッカさまは受け流しを使うのです。防御しないのではなく、出来ないというのが、正しいです。体格が許してくれないだけでなく、性質の話でもあります。
リッカさまの魔法の事、特級以外は殆ど使えていない事はまだ教えていません。ですから、”盾”等の防御手段を持っていると考えるのは普通です。魔法は誰でも、何でも使えるのですから。相手の攻撃を一瞬止める防御魔法を使えるくらいの認識をされてもおかしくないのです。
なのに何故、ライゼさんはリッカさまが、防御出来ない事を知っているのでしょう。
「詳しい話は帰ってからついでにしてやる。じゃあいくぞ」
それも、そうですね。足止めにも限界があるでしょうから。
暫く進むと――悲鳴に近い声と打撃音が聞こえだしました。
(王国兵の方ですね)
鎧を着た方達がインパスのマリスタザリアと戦っています。尖った角は人の肉を簡単に抉り、串刺しにします。更に厄介なのは、その俊敏性。ただの脚力だけで人の目に映らない速度を出してくるのです。
(その速度に対抗出来るのは、リッカさまとライゼさんくらいでしょう)
そんなインパスを足止めをしてみせたのは、王国兵が着ている鎧です。対人では効果が薄いですが、マリスタザリアに限定すれば強力な防御手段となります。”硬化”を鎧に付与すれば、インパスの角も防げるでしょう。
(ですが、傷だらけです。限界は近いです)
「リッカさま」
「うん、足止めするね」
この場でインパスを確実に仕留めるには、そうするしかないのです……。リッカさましか、インパスの足を止める事は出来ません。足の止まったインパスに、私の”光”を――!
「光陽よ拒絶を纏い、貫け――!」
リッカさまの背中に向け、”光の槍”を放ちます。インパスも馬鹿ではありません。”光の槍”を見れば回避するでしょう。かといって、”矢”では確実な剥離に至らない可能性があるのです。最近のマリスタザリアはそれ程――強いのですから。
(しかしあのインパスを、リッカさまは完璧に押さえ込んでいます)
攻撃に陽動――フェイントを織り交ぜながら、インパスの避ける方向に、確実に剣を振っているのです。もし選択を誤れば、リッカさまの剣でそのまま死に絶えるでしょう。
(むしろ良く、リッカさまの攻撃を避けていると言えます。ですから――!)
リッカさまの背に迫っている私の槍は、リッカさま自身にも見えていません。ですが、私の『言葉』は届いています。リッカさまによってその場に釘付けになっていたインパスの一瞬の隙を縫って、リッカさまは回転しました。インパスはそれを、”リッカさまの隙”と捉えたようです。
(ですがそれは――私の槍を通す為の行動です!)
私の槍はリッカさまの傍を通り抜け、インパスを貫きました。首と太腿です。もし仮に、私の槍が後に当たったとしても……リッカさまの回転は隙ではありません。むしろ攻撃に移ったインパスこそが、大きな隙を作ったのです。
「――シッ!!」
私の槍がインパスに刺さったと同時に、回転を終えたリッカさまの一撃によって――首を、斬り飛ばされました。
反撃、カウンターとも呼ばれる、リッカさまが最も得意とする攻撃です。相手が突進する力、攻撃の勢い、回避行動。全ての行動に使われる力は、リッカさまの攻撃を倍増させるだけの要素でしかありません。カウンターを受ける敵の姿は、リッカさまの攻撃に当たりにいったように見える程に隙がありません。リッカさまの洞察力があればこその、絶技です。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「はい……ありがとう、ございました」
(リッカさま……気負いすぎです)
倒してすぐに周囲警戒を始めたリッカさまの表情は、いつもよりずっと硬いです。やはり何か焦って――ああ、そういう事……ですか……。
「治療の必要な方はこちらへ、すぐに手当てをいたします」
リッカさま…………。ですが、まずは……治療をしなければ……。
「いえ、重傷者はいません。先行した方たちの援護へ、お願いします」
「遅れてしまって、申し訳ございませんでした、すぐに向かいます」
リッカさまが下唇を噛みながら、すでに港に視線を向けています。
「い、いえ……我々が交戦していたのはせいぜい十分程度、何も問題はありません」
「ありがとうございます。ですが、私が遅れていたのは事実です。――命が無事で、よかった」
「皆様、お気をつけてお帰りください。それでは」
リッカさまが走り出しました。私もすぐに後を追いかけます。
何故リッカさまがこんなにも焦っているのか……。それは、あの時した雑談が、原因です。
「……赤い巫女様、泣いてなかったか?」
「巫女様が? 見間違いじゃないのか」
「しかし、あれは――」
後ろから、王国兵の声が聞こえます。泣いてはいませんよ。泣いてはいませんが……悔恨により、涙目には……なっています。
王国兵の方に後処理を任せ、私達は先行チームの方へと走り出しました。リッカさまの速度……先程よりもずっと、速いです。
「……リッカさま」
「ん。どうしたの? アリスさん」
平静を装い、普段通りの返しをしようとしているようですが……その声は少し、震えていました。後悔と懺悔。そして――自身への、怒りで。
速度が上がったのも、王国兵の方が負傷していたのを目の当りにしたから、です。後悔と懺悔は、どんどん膨れ上がっています。
「……いえ、っ十分の交戦と言っておりました。ここから十分もあれば、先行チームはすでに港に居るかもしれません」
十分程度足止めしていたと王国兵の方は言ってましたが、実際は十五分以上でしょう。私達が”疾風”を併用しながら走ったとはいえ、十分であの現場に着く事は出来ません。そうなると先行チームはもう、港で戦っています。相手次第では苦戦を強いられているはず、です。
『私が、あんなくだらない事を……しなければ……』
「リッカさま。本当に緊急でしたら、アンネさんは世間話などしません」
アンネさんもまた、リッカさまと同様誠実な方です。もし本当に今回の任務が緊急なのであれば、雑談も報告もせずに任務の話をしたでしょう。昨夜、私達を呼び出した時のように。
(ですから、雑談をしたから遅れたと、思ってはいけません……っ)
「王国軍の方も、鍛えられ、防衛に適した魔法の持ち主たちです。安心してください。リッカさま、思いつめてはいけません」
「……でも、っ――」
『もしかしたら、死んで……』
「酷なことを言いますけれど、リッカさま……全てを救うことは出来ません」
「……っ」
リッカさまが何故、こんなにも焦り、後悔しているのか。それは……強い言葉を使えば……傲慢なのです。
「今、この瞬間も世界のどこかでマリスタザリアの脅威は人々を襲っています。ですけど、私たちは……ここにしか居ません。私たちがやれることは、今の敵を倒すことですけれど、最終的には魔王の討伐です」
私達がどんなに、”巫女”だ、天使だ、神の使いだと噂されようとも、出来る事は人の範疇でしかありません。そんな私達が……全てを救う事は、現状では出来ません。
全てを救うには、魔王を倒し、マリスタザリアを減らすしかないのです。
リッカさまの焦りは、全てを自分で倒そうとする……傲慢です。そんな事出来ませんし、やろうとすれば、他が疎かになります。
今朝、言ったではありませんか。私達は私達のやるべき事を、しましょうと……。
『だけど、今回は――私のおふざけで――』
「ずっと、気を張っていては……もちません……」
お願いです。リッカさま。貴女さまに救世主になってほしいと言ったのは、私です。ですが……全てのマリスタザリアから人を救うなんて、救世主でも不可能に近いのです。
ですから……魔王を倒す為に、ご自身の事も考えて、ください。王都に居る時まで、ずっと気を張っていては……壊れてしまいますっ!
「リッカさまが、真面目で誠実な方なのは、知っております。だからこそ……落ち着ける場所に居る時くらいは、気を抜いても、いいのです」
リッカさまの傲慢も、私が作り出した物、です。私達しか知らない、世界の死。それをリッカさまは深く考えてくれています。だから……魔王を倒す為に妥協はありません。なのに……魔王討伐が一向に進まないのです。だからリッカさまは焦りと共に……その時間で亡くなっている命を、考えています。
リッカさまは、手の届かない死すらも、自身の所為と……思って、います。根本には優しさと責任感がありますが、それは傲慢でしかないのです。
(目の前の命を救う事も、リッカさまの優しさと責任感が強く関わっています。私はそれを大切にしたいと思っています。本当なら、リッカさまの想い全てを成就させたいと思っているのです)
ですが……目の前に居ない方まで救うのは、不可能です。それだけは、理解して欲しい。目の前の命を救うというのは、私も完遂したいです。リッカさまと共に、やり遂げたいと思います。
(ですが……届かない想いでまで、傷ついてはいけません……っ)
これは、人として外れた考えなのかもしれませんが……今回負傷した方は、王国兵と冒険者なのです。民の為に命を燃やす方達なのです。であれば、今回の負傷もまた、彼等達の使命。リッカさまの想いは高潔であり、尊いものです。ですが……今回は彼等の想いを、蔑ろにしてしまっています。
「リッカさま。どうか、思いつめないでください」
戦士の覚悟を、リッカさまが一番理解しているはずです。
『そう、だよね……。私は、世界のために戦う巫女。だからこそ、最後までやりきらなければいけない……。私は、剣が届く範囲でしか、救えない……だから、せめて、目の前に居る人だけは、完璧に救おう。そうしないと、助けられなかった、目の前に居ない人達に……申し訳が、立たない。私に出来る事は、少ないから――』
「少しだけ、気が楽になった、よ」
リッカさまは……全てを、納得したわけではありません。私が心配してしまうから、私の傍に居るときくらいは普段通りで居ようと、しているのです。
「……支えます。何があろうと」
「ありがとう、アリスさん」
『でも、やっぱり――人が死ぬのは、嫌だ……』
リッカさまは、了承せずにお礼を述べる事しか、してくれませんでした。でも私だって……支える、という言葉しか……残せませんでした。
リッカさまは過去の出来事から、人の死に対して……最も強い”恐怖心”を持ってしまっています。ですが……私が変えてしまった。そんな私が、リッカさまの想いを再び変えるなんて……しては、いけないのです。




