葛藤②
「容姿の話だ」
ライゼさん、やっぱり分かっていましたか。リッカさまが、自身の容姿に無頓着な事に……。
「容姿? 普通ではあると思いますよ。この国では珍しい顔ですけど」
リッカさまが顔を上げ、自身の顔を触っています。そんな可愛い表情と仕草も、リッカさまのすらっとした細い指が行うと……艶かしい、です。
リッカさまの顔は確かに、こちらの世界では珍しいと思います。全体的に丸みを感じるのですが、超がつく程に可憐です。絶世の美女とは、リッカさまの事を言うのでしょう。珍しいからこそ目を惹きます。見惚れます。
「あんさんの世界ではどうだった」
「普通な顔だったんじゃないですか?」
絶対に、そんな事はありません。向こうでもリッカさまは、世界一可憐な美少女だったはずです。でないと――孤島であるはずのリッカさまの居た町に……リッカさま目当てで男が集まるなんて、ないですから。
「……巫女っ娘。あんさんから見て、剣士娘はどう見える」
「……私から言わないと、いけないのですか」
言うのは構いませんが、どこまで言えば良いのでしょうか。全部で良いのでしょうか。全部話すとなると、朝の時間全部使いますが。
「……赤い髪と赤い目が燃えるように綺麗で」
『あ、あわ』
「それでいて肌が、白く肌理細やか、で――、顔も、きれいでかっこよくて……。偶に見せる少女らしさが可愛い人、です」
『あわわわわっ……!』
とりあえず、容姿についての話なのですから、容姿についての感想を述べましょう。本当はもっと言いたいです。戦いに向き合う姿勢や想いも、その生き様も、弱ささえも、私にとってリッカさまとは、全てなのです。
でも……面と向かって、リッカさまの容姿を褒めるのは……やっぱり恥ずかしいです。ここまではっきりと、言った事はありませんでしたから……。
「あぁ、そうだな。間違いなく美人だろうよ。ほとんどのヤツがそう思うだろう。本人を除いてな」
『なんでこんな……公開処刑を……受けてるの』
「自分の容姿も自覚せんと、無自覚に愛想振りまいとったら、そりゃ注目を浴びる。血まみれで帰ってきた時には俺ですら狼狽したぞ」
愛想を振りまいていた訳ではありません。リッカさまはただ、人々の不安を煽らないようにしていただけです! 決して、愛想を振りまくような、軽い方ではありません。
ただ、その……自身が血まみれという事を忘れてしまっていただけです! そういった所も可愛いでしょう!
「極めつけは宿の休憩所だな。今や街の男どもがこぞって行こうとしとるぞ」
「あれはアリスさん目当てじゃ――」
「系統の違う美女二人が、この王国でもまだ珍しい、あんな格好で給仕しとったらそうなる」
『珍しい……? 支配人さんに騙された。後で問い詰める……。結構広まってるって言ってたのに……』
印象を柔らかく出来れば良いくらいの感覚でしたが、どうやら私が思っている以上に反響があるようです。私もその辺りは、無自覚だったかもしれません。
どうやら”巫女”への理解を崩す程の衝撃が、国民達の中で起こったのでしょう。リッカさまのあの姿は確かに……それを起こすだけの物がありました。正直スカートは長い方に変えようかと思いましたが……リッカさまは短い方が動きやすそうでしたから。
(こほんっ! 決して、私が見たいからという訳ではありません)
集落とは、人々の感情が大きくズレています。慣れるまで私も、ライゼさんが言う様に気をつけるべきでしょう。リッカさまの心を守る為に、私は私を守らなければいけませんから。
「巫女っ娘はあんさん限定の無自覚だが。剣士娘、あんさんは本物だ。このまま自覚なしだと、何れ襲われかねん。まァ、襲おうものなら、投げられるだろうがな。カカカッ」
『そんなにほいほい投げませんよ……。あくまで自衛ですし……』
確かに……王都の方達は今後、リッカさまと話す機会が増えていくでしょう。そうなった時、リッカさまは天使の如き笑みで応対するのは想像出来ます。もしかしたら、悪漢が牙を剥くかもしれません。
「今後は気ぃつけろ。あんさんに何かあったら巫女っ娘はどうする」
『アリスさんを、守る人が、居なく――』
リッカさまが襲われでもしたら、私は私を保てません。何より、リッカさまが襲われる姿を見たくありません。それは、リッカさまが迎撃出来るからとか、そんな事関係なしに、です。
(やっぱ、な……)
ライゼさんの目が、リッカさまを捉えました。気付いてしまったかもしれません。リッカさまの――自己犠牲に。自分に何かあったら、私がどうなるか。そう問われたリッカさまの中には……自分がありません。私を守る為に自身を犠牲にしてでもといった想いだけが高まりました。それを、ライゼさんが見抜いたのです。
「ご安心を、リッカさまには指一本触れさせません。私の全てをかけてもお守りします」
ライゼさんは信頼出来る方です。リッカさまの事を考えての忠告、ありがたく思います。ですが、私がリッカさまを守ります。守りきります。リッカさま自身からも、守ってみせます。貴女さまを犠牲になんてさせません。
(いや……相手はその辺の悪漢如きだぞ……。何を化けもん相手にしとるような眼光しとるんだ……。後、巫女っ娘がっつぅ話なんに、何であんさんが守るっつぅ話になっとるんだ……? コイツが隠しとる、剣士娘の何かが関わっとるんだろうが……)
『うぅぅ……アリスさん、かっこよすぎっ……』
「あ、あれ……?」
リッカさまがまた、どんどん小さく……。
「……巫女っ娘の無自覚は治りそうにねぇな」
(剣士娘が巫女っ娘を一心不乱に守っとるんかと思ったが……どっちもどっちだな……。つぅか、巫女っ娘の方が上か……? つっても、剣士娘の方が――危ねぇな。やっぱ、やりかねん)
一体私は、何に対して無自覚というのでしょうか……。集落でしか人を知らない私の無知な部分が出ているのかと思いましたが……リッカさま限定の無自覚とは、一体……?
「これは一体どういう状況です?」
(なにやらロビーがざわついていると思ったら……アルレスィア様とリツカ様に、何が起きたのでしょう……)
リッカさまが耳まで真っ赤にして蹲り、私はその姿を見ながらおろおろと困惑していると、アンネさんが顔を引き攣らせてやってきました。
ですが説明をする事が出来ません。リッカさまが私をチラッと見て、膝に顔を隠してを繰り返しています。小動物みたいな愛嬌が満点で……リッカさま以外視えません。
「アンネちゃん、どうだ。これから一緒に剣士娘たちのとこでお茶でも――」
「はぁ……私はまだ仕事です。ご遠慮します」
「そうか……残念だ」
本当に残念そうに肩を落としているライゼさんですが、素直に引き下がりました。プロ意識というよりも……一歩踏み込めないといった、ヘタレ感が出ています。私達をお茶に誘えるくせに、アンネさんには強く出る事が出来ないようです。
(お父様に似ていますね)
お母様を本当に愛しているのに素っ気無くするような、そんな矛盾を感じます。愛しているのなら、もっと深く踏み込むべきなのではないでしょうか。
(何か、私も……矛盾を言ってしまったような気がします、ね。気がするだけでしょうけど……)
「コホン。では昨夜の報告をお聞きします。……リツカ様の現状も教えていただきます」
『私のことは、放っておいて欲しい……』
リッカさまの状況説明は、難しいです。ライゼさんに任せつつ、訂正する程度に留めましょう。
「ライゼさんからお願いします」
「ああ。俺は小型の、オポッサムの化けもんを討伐後、あの町、ロスクトに寄っとった。そこでちょい休憩して」
「休憩ですか?」
「お、おう」
「本当に?」
「休憩だ」
お酒を飲んだ、と言っていたような気がしますが、酔い潰れてはいなかったのですから、話す事でもないですね。
『オポッサム、かぁ。確か向こうにも居たよね。死んだ振りするんだっけ』
こちらの世界でも同じ習性を持っています。ですがそれがマリスタザリア化すると、危険ですね。リッカさまに後程、性質を伝えておきましょう。
「休憩の後、新しく作ったっつぅ牧場を確認した。監視塔が無かったからな。それを建てるよう指示し、完了するまで見張りをしとった」
「その後マリスタザリアが出たのですね?」
「ああ。丁度終わった辺りだな。俺が居った方とは逆の南側だ。常駐冒険者が”盾”でふんばっとったが、耐えれそうになかったんでな。住民の避難を優先させた。怪我人も結構出とったしな」
大方想像通りの展開だったようです。しかし、このご時勢に牧場ですか。あの町が新しく事業を始めようとしているのか、それとも自給率を上げようとしているのか。どちらにしろ、少々苦しい状況なのでしょう。牧場が増えるという事は、警戒の強化は必須ですね。
「あの町のぶどう酒、上手かったぞ。今度どうだ? もうちょい進めば海もある。一緒に――」
「間違いありませんか? アルレスィア様、リツカ様」
(お酒、やっぱり飲んでるじゃないですか。減点です)
『ライゼさんのアプローチ、全滅。私をイジメタ罰だもん』
「剣士娘……あんさん……」
リッカさまの肩が震えているのは、ライゼさんの玉砕があまりにも面白かったから、ですね。私も思わず笑いそうになってしまいました。お酒を飲んだ事を自白してますし、アンネさんの事になると人が変わりますね。
「はい。町についてからの事だけですけれど。ライゼさんは町を防衛し、リッカさまが撃破しました。相手はクマが変質したマリスタザリアです。肉質が硬く、リッカさまですら一撃での両断は出来ませんでした」
初撃は完全に捉えていました。なのに、硬すぎたのです。確実に強くなっています。魔王の所為だとは思うのですが――人々の負の感情が、増えているというのも、ありそうです。
「リツカ様でも、一撃では無理とは……」
『私、でもかぁ。私の噂に、怪力娘も追加されてるのかな。ふふふふ、ふふ……はぁ……』
「分かりました。他への注意喚起を強化いたします。それで……リツカ様は何故そんな風に?」
それは余り、突っ込まないで上げて下さい。リッカさまかなり、追い込まれていますから。
結局、ライゼさんが笑いながらアンネさんに話してしまいました。いよいよ”アレ”を撃ち込もうかと考えてしまいますが、リッカさまがまた……ずーんと落ち込んでしまっています。ライゼさんなんかに構ってられません。
「リッカさま。気にしすぎないでください」
『でも……これは恥ずかしすぎます』
「今まで通りのリッカさまで居てください。私は、そうあってほしいです」
何者にも縛られず、流されず、思うがままで良いのです。リッカさまの頭を撫でながら、伝えます。癖毛という事を気にしているようですが、リッカさまの髪は艶やかです。
「リッカさま。今までと、変わりません。リッカさまが自覚したとしても、あのまま自覚しなかったとしても、リッカさまはきっと、今までと変わらず皆様と接します。リッカさまは優しく、慈愛に満ちた方です。容姿に関わらず、注目は受けていました」
あの、リッカさまに話しかけてくれた少女のお陰で、リッカさまの優しさは浸透してきています。だからきっと、浄化の一件がなくともリッカさまの慈愛は世界を照らしたでしょう。
ですから、リッカさまの自覚は関係ないのです。
「どうかお気になさらず、今まで通りでいてください」
『……やっぱり、アリスさんには敵わないなぁ。アリスさんに言われると、それでいいって思えるよ』
「ただ、少しだけ。男性の方に対しては気をつけてください。リッカさまがいつ何時襲われるか分かりません」
これくらいは、注意しても良いでしょう。私でもそれくらいは……しても良い、ですよね。
『それは気をつけてるけど……でも、私に手を出す人なんてもう居ないと思う。なんせ、血まみれ怪力剣士娘だから。ふふふふ……』
「うん……でもそれはアリスさんが気をつけてね?」
『私は、男であろうとも負けない。素手なら、ライゼさんも捻る事が可能。なんせ 血 ま み れ 怪 力 剣 士 娘 だから。ねぇ? お 師 匠 様』
「剣士娘、俺を笑い殺す気か?」
笑わないで欲しいです。リッカさまが苦心しているの、分かってるでしょう。
(私は、男性を信用していません。私の過去が、それを許していません)
「それは心配しなくていいんです。だって、リッカさまが守ってくれますから」
「うん、絶対守る」
『アリスさんが信頼してくれてる。それだけが私の、道標』
やっぱり、リッカさま格好いい……。私だけのお姫様。




