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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
9.私の本音
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葛藤

A,C, 27/03/04



 起きて、リッカさまとの日課を始めました。起きてから少しだけ彼女と見詰め合い、挨拶をして、身嗜みを整えるのです。リッカさまの寝顔チャレンジですが、もう暫く私は負ける気がありません。


 そして彼女が朝錬に出発するのを見送り、朝食を作り、私は屋上で瞑想。リッカさまは広場で――。


「リッカさま、頑張りすぎてますね」


 走る速度が上がっています。それに付随して距離も伸びたように感じます。私がお願いした、魔力運用も始めたようです。だからでしょうか。リッカさまが少し、荒い息を漏らしています。紅潮し、汗を流し、肩が上下する。呼吸を整えようとして、喘ぐような声が――。


「はっ」


 いけません。私も瞑想をしないと。リッカさまが頑張りすぎなのは、後程()()しましょう。




「ただいま。アリスさん」

「おかえりなさいませ。リッカさま」


 タオルを渡し、水を差し出します。昨日より汗をかいていますし、疲労が見えますね。


「リッカさま」

「ん――」

「めっ、ですよ。いきなり厳しくしすぎです」


 人差し指をリッカさまの顔の前で立て、叱ります。朝錬を厳しくする事を、止めはしません。リッカさまにとって必要なのであれば、無理の無い範囲で推奨しています。ですが、いきなりはダメです。いきなりでは体調を崩すかもしれません。


「ぅ」

『可愛……じゃなくて。流石にちょっと、張り切りすぎちゃった、かな。早く強くならないとって、焦ってたかも。順序良く、だよね』

「うん。気を、つけるね」

「お願いしますよ?」


 焦る気持ちも分かります。マリスタザリアの成長が著しいですから、リッカさまもどんどん強くならなければいけないと思っているのでしょう。人間の成長は確かなものですが、非常にゆっくりといわざるを得ません。通常の努力では、マリスタザリアが追いついてしまうでしょう。


 ですが、魔法は違います。想いが全てである魔法は、いくらでも強くなれます。それは急成長も可能なのです。ですから、リッカさま。体調を崩す事無く、自身の魔力と想いを高めていきましょう。


(私もすぐに、追いつきます)


 貴女さまの想いに釣り合うように。私の、リッカさまへの想いだって、遥か高みへと届くはずですから。


「さぁ、朝御飯にしましょう」

「うんっ。良い匂いがしてきて、お腹すいちゃった」

「ふふ。余り物の材料しかありませんでしたけど、満足出来る一品になっているはずです」


 余り物でも、リッカさまの為に作る料理にぬかりは在りません。リッカさまのお気に入りである私のスープで、一日を始めましょうっ。




 シャワーを浴びたリッカさまと朝食を摂り、予定通り買い物に向かいます。早朝という事で準備中でしたが、少しだけ融通してもらえました。何でも、冒険者が早朝に来るのは珍しくないそうです。

 

 冒険者も業務時間は決まっていますが、その通りになる事は殆どありません。向こうの世界の公務員の中でも、警察と呼ばれる職業に類似しています。こちらの警察機関は王国兵ですが、あちらは王国中に広く展開し、巡回と問題解決に奔走していますから。王都内には最小限しか居ないのです。


「その分、冒険者の役割が大きいのかな」

「はい。ですから王都の冒険者は、他よりも質が高く、正義感の強い方が集まっていると聞いています」


 ライゼさんの存在もあるのでしょう。しかし、コルメンス陛下の存在が一番と思っております。あの方の助けになりたいという意思があるのでしょう。


「他は、違うの?」

「大きく逸脱した方は居ないはずです。ですが、王都から遠くなるにつれ、荒れているのは事実です」

『先代の傷跡、かな。コルメンス陛下が立て直しても、王都の威光が届かないと荒れちゃうんだ』


 先代国王が全て悪い、という訳ではないと思います。恐らく、悪い意味で自由を手に入れてしまったのでしょう。王国の支配下から外れた事で、解放感を得てしまったのです。ですがそれは、劇薬です。


「王都の整備が進んだら、再び庇護下に入って欲しいですが……」

「それが偽りの自由で、行き止まりが確定してるって、気付いてくれるかな」

「気付くのは、もう少し先だと思います。そこで決断してくれなかったらきっと、その町は終わってしまうでしょう」

「だよ、ね」


 必定です。ですから、悲しさはあっても言える事がないのです。

 今王都は、先代の禍根を雪ぎ、整備に向かっています。魔王の問題が解決すれば、一気に進むでしょう。十年とは、王都の整備に他なりません。


 リッカさまに余計な心配をかけたくないので、今は言えませんが……この王国は非常に危険な状況に置かれているのです。

 西のグルレル連合国は常に王国を狙っており、フランジール共和国は、エルヴィエール女王陛下のお陰で協力関係で居られるだけ、なのです。この微妙なバランスが崩れると、一気に王国は崩れます。


(最も気をつけなければいけない連合の侵略。これを止めるには、王都は健在と見せる必要がありました)


 多少無茶をしても、王都の整備が最優先だったのです。ですがそれを、マリスタザリアが邪魔をしています。そしてその根本には、魔王です。


「私達のやるべき事は変わりません。リッカさま」

「うん。魔王を倒して、コルメンス陛下が王国全部を見れるように、だね」

「はい!」


 ただでさえ難航している魔王退治。その上国の行く末まで気にしていては、身が持ちません。リッカさまは、この世界を愛し始めています。機械がなく、自然豊かなこの世界を。その世界を守ろうとしているコルメンス陛下の手伝いをしたいと、思っているのです。


 ならばこそ、私は言わなければいけません。私達の”お役目”は魔王退治のみです。


『でも、魔王を倒した時に国がないっていうのは避けないと。一応頭に入れて、おこうかな』


 王都を出て、魔王退治が本格化すれば……否応無く直面する問題です。ですから、リッカさまの思考こそが正しいです。ですが今だけは、目の前の事だけに集中して欲しく思います。貴女さまは今、抱え込みすぎています……。


「それに、冒険者は年々減っているそうです」

「マリスタザリアが増えてるから?」

「はい。死傷率がここ数年で激増しています。この王都は良く、こんなにも多くの人が冒険者になっていると、驚きが隠せません」

「ライゼさんが居るから、かな。精神的支柱って、重要だし」

『私にとってのアリスさん、みたいな』

「そうだと思います。私も、精神的支柱があるから頑張れているのですから」

「うんっ」

『アリスさんの支柱って、誰、だろ。神さまかな……?』


 当然、貴女さまです。リッカさま。私がこの、異国とも思えてしまう場所で只管で居られるのは、全部貴女さまのお陰なのですよ。


 ライゼさんやコルメンス陛下という、分かりやすい旗があるからこそ、王都の民は歩けるのでしょう。そこが死地であろうとも、勇気を振り絞れるのかもしれません。


(世界は変わろうと、しているのでしょうか)


 過去、英雄と呼ばれる方は居ませんでした。それが今、多くの英雄が生まれ、国を、世界を導いています。

 この流れ、大切にしたいと思います。


「それじゃ、荷物を置いてギルドに行こっか」

「はい。昨夜の報告も、しなければいけませんから」


 ライゼさんがしてそうですけど、一応私達からの報告もしなければいけません。多角的な視点を基にした報告書こそ、対応策の基盤足りえるのですから。リッカさまの安全の為。そして世界の安寧の為。多くのマリスタザリアとの戦闘記録を、王都に提供するつもりです。




 荷物を自室に置いて、ギルドに向かいます。既に大勢が来ていますが、日に日に増しているように感じます。


(何かあるのでしょうか)

「よぉ、おはようさん」

「「おはようございます」」


 ライゼさんはもう来ているようです。昨日の件含め、私は少し深くお辞儀しておきましょう。今日からお世話になる事も多いでしょうから。


「今日の予定聞いてもいいか?」

「……今日はギルドの依頼がなければ、悪意の診察と宿のお手伝いです」


 リッカさまがライゼさんの質問に答えています。人数次第ですが、今日の”悪意”診察は私だけでやりたいと思っておりますが……。


(何にしても、まずは――)


 ライゼさんを牽制しましょう。他意はないでしょうし、むしろ私のお願いを聞いてくれているだけなのかもしれませんが、ライゼさんのチャラさも知ってしまっていますから。


「ん?」

「?」


 ライゼさんの視線からリッカさまを隠そうとしましたが、リッカさまとぶつかってしまいました。どうやら、考えている事は同じだったようです。


「まぁ……手は出さんと言ったが、お茶くらいはだな……。悪意の診察、か。アンネちゃんから『感染者』の話は聞いてはいたが」

(もうちっと、こん二人の事を知る必要があるしな)


 他意はないのです。ですが、どうしてもチャラく聞こえるんですよね……。


「俺も受けておくか。やってくれ」


 浄化を受けたいのでしょうか。ライゼさんに憑いているとは思えませんが……。


「――悪意は感じませんけど、一応一発いっておきますか」

「ま、まて。殴りそうな勢いなのはなんでだ」


 仕事に妥協をしないリッカさまが、腕まくりをしてライゼさんに近づいています。ここは傍観しておきましょう。きっと痛いだけで終わるでしょうけど、もしもがあってはいけませんから。


「私の魔法は未熟なので、体から離れる魔法を満足に扱えません。ですから、殴ります」

「い、いや、やっぱりやめておく。知っとるぞ。あんさん化けもんを投げたんだろう」

「な、なんでそれを……」

「噂になっとるぞ。赤い巫女は自分より遥かに大きい化けもんを軽々投げ飛ばすってな」


 噂になるのは、当然です。人の口に戸は立てられません。それがあの、リッカさまの衝撃的な絶技であれば噂の巡りは早いはずです。傍観を続けましょう。街でどのような噂が蔓延していたのか、ライゼさんの方が詳しいでしょうから。


「あ、あれは相手の力使ってるから、私は力持ちってわけじゃないんですよ!?」


 リッカさまが、両手を顔の前で振って否定しています。その必死さは、今までに見た事の無い程に切羽詰っていました。自身の噂がどんなに流れようとも、仕方ないで済ませていたリッカさまですが……怪力と思われる事には抵抗があったようです。


 どんなに言い繕うとも……どんなに私への想いを募らせ、戦いをしようとも……リッカさまは、乙女です。怪力少女なんて不本意極まりない噂が流れるのは避けたいのでしょう。


(私としても、リッカさまの変な噂は嫌です。まずは、どんな噂か確認して、対抗策を考えましょう)

「あんさんの世界にはそんなんもあるのか。興味がつきんな。後で教えてくれ」

「そ、それは構いませんけど」


 はぁ……。ライゼさんは、武術馬鹿、ですね。リッカさまが困っているのは分かっているはずなのに……。でも、リッカさまの気分は少し落ち着いたようです。

 

「あれは、衝撃的でした」

「う、うぅぅぅぅ」


 あ、あら……? リッカさまが膝を抱えて、丸くなってしまいました……。気分が落ち着いていても、少しでも私に、怪力と思われたと思ってしまったのでしょうか。私は全く、そんな事を思っていないのですが……。でも、丸まって羞恥を隠しているリッカさま……。


(可愛い)


 リッカさまの所作はどうしてこんなにも可愛らしいのでしょう。


「リ、リッカさま、大丈夫ですよ。皆さんきっと分かってくれます」

『アリスさんが、私を怪力なんて思ってないのは分かってるけど……最初はそう思われちゃったのかな……。あの時我を失くした自分が恨めしい……』


 実際、傍目から見るだけでは……リッカさまは怪力と思えるだけの力を発揮しています。ですがそれは、リッカさまの卓越した技術あってこそです。単純な力だけなら、私の方が強いくらいです。


「……戦っとる時はあんなにも凛々しいってのに、普段はこんなんなんか?」

『ライゼさんがまた失礼なこと……。そんなんだからアンネさんに相手にされないんだよ』

「……俺にはわかる。この剣士娘、今思っちゃいかんことを思っとる」


 相手とお茶をする事で、その相手を知ろうとしているのは分かっています。ですが、女性心を分かってなさすぎです。本当にそんなのだから、アンネさんに相手されないのです。


 何より、今のリッカさま可愛すぎです。落ち込みながらも、ライゼさんを睨むような心の声。あまりにも可愛すぎです。今すぐ抱き締めたい。


「それがいいんです。普段はこんなに可愛いんですよ!」

『あ、あぅぅぅ……』


 リッカさまが更に丸くなってしまいました。どうしたのでしょう……。どんどん小さくなっていくリッカさまも可愛い……ではなく、偶にリッカさまは……私の能力では読み取れない羞恥に悶える事があるのです……。


「あ、あれ? リッカさま!?」

「……巫女っ娘も、無自覚か」

『アリスさんが無自覚なのは否定出来ないけど。も、とは一体。も、とは』


 リッカさまは無自覚に私の幸甚を刺激します。ですが、私も無自覚なのでしょうか……。リッカさまの心は読めてしまっていますし、他の方にしても正確に読めているはずですから……全て自覚済み……ですよね?


「あんさんも無自覚だよ、剣士娘」

『何平気な顔して心読んでるの、神さまみたいなことを』

「……はぁ、剣士娘。あんさん、自分のことどう思ってる」


 リッカさまが、自分の事をどう思っているか、ですか? リッカさまの噂の話からは逸れてしまっていますが、ライゼさんから見たリッカさま……第三者から見たリッカさまというのは、気になりますね。



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