アルバイト⑧
「巫女様も良かったな。あんなに想ってもらえて」
「はい。私は幸せです。ですけど……」
「どうした」
リッカさまは、ライゼさんの剣を見ながら思いを馳せています。その剣を作ったライゼさんなら、刀を作れるかもしれないと。そして、刀さえ出来れば……リッカさまは万全の力を発揮出来るのです。
(ですが……)
「……私、のせいで……リッカさまは」
ライゼさんとの戦いも、これまでの、そしてこれからの戦いも、私が強いているのです。
「詳しくは知らんが、あまり思いつめるな。そんなことロクハナ嬢は望んじゃ居らん」
「わかってっ……います。私には、そんな資格すら――」
思い詰める資格すら、私にはありません。リッカさまの純粋な想いを受け取る資格すら……。
「そういうんじゃねぇんだが。まぁ、自分で気づくしかあるめぇよ」
何も事情を知らないはずなのに、何故かこの人の言葉は……私の心を揺さぶりました。分かっているようで、私は分かっていないというのでしょうか。私の心にも無自覚な部分があって、この人はそこを見る事が出来たとでも、いうのでしょうか。
リッカさま以外に私の心が読めるはずがありません。私はまだ、リッカさま以外の方を完全に信用していないというのに。
ですが……ライゼさんの諫言を切って捨てるだけの……反論が見つかりません。私は自分で気付くしかないのでしょう。私の勘違いが生んでいる……リッカさまとの、ズレを。
「二人ともどうしたの? 内緒話? ――ライゼさん、まさかアリスさんを口説いてたんじゃ」
「あんさんらは俺を勘違いしとるぞ……?」
「……」
本当に勘違いなんでしょうかね。この人の言葉は的確ですが、どこか浮ついています。リッカさまの世界で言うのであれば――チャラいです。
私は口説かれていませんが、リッカさまを誘う言葉が……試合からお茶になる可能性を、私は感じています。この人はリッカさまを気に入っているのです。それはアンネさんに対する物とは大きく違いますが、惹かれているのは事実なのでしょう。
なので、睨んでおきます。
(巫女っ娘は、剣士娘の事になると人が変わるんか)
「そういや、あんさんの剣術は何流なんだ?」
露骨な話題変更を……。私とリッカさまの視線に刺されて、その流しが出来るとは……肝が据わっていますね。
「流派ですか。私に特定の流派はありませんけど、強いて言うなら……立花流でしょうか」
「立花流……?」
リッカさまの流派に、特定の物はありません。向こうには様々な流派があるそうですが、一つの物を収めるという事を、リッカさまのお母さまは推奨しなかったのです。完全な実戦を想定した武術みたいですから、どんな状況、相手でも戦えるように、と。
そしてリッカさまは、独自の解釈を取り入れ、昇華させました。回転斬りはその一つに過ぎません。リッカさまの、相手の力を完全に制御する力も、合気道と呼ばれる物をリッカさま流にしたものなのですから。
「……」
『え、えと。伝わらなかったのかな。ちょっと決め顔しちゃったのは認めるけど……単純に、私の独学って事だったんだけど』
リッカさまは少し得意顔で告げましたが、ライゼさんが余りにもキョトンとした表情をしたものですから……段々と恥ずかしくなったのか、視線が泳いでいます。可愛い。
「早く反応して下さい」
「あん……? あ、ああ。立花流か」
(結構色々な表情をするんだな。今のこいつは、見た目より幼いって感じだ。戦っとる時とは別人だな)
『凄く、しどろもどろに……うぅ……恥ずかしい……』
王都内ではいつも、リッカさまは表情を押さえています。私にだけ見せる表情が、ライゼさんにも向いた事が非常に悔しいですが……。町民の為に最善を尽くしたライゼさんに、リッカさまは敬意を抱いています。その後の交流含め、リッカさまはライゼさんを信頼しつつありますから……。
(あ……? コイツなんで……今も気を張ってんだ。見晴らしの良い平地だぞ。それに、片側はこっから崖が出てくる。警戒なんざ、殆ど必要ねぇだろ……)
ライゼさんが怪訝な表情を――――ああ……。気付いて、しまったようです。リッカさまが今も……いえ、ずっと警戒している事に。
王都内で、自身の不穏な噂が流れている間は……リッカさまが警戒するのも不思議ではありません。マリスタザリアが出た場所で、その直後となれば警戒して当然です。
ですが、今警戒する必要はありません。目が三人分あり、うち一人は達人級の剣士。実績、経験含め信頼に足る方なのは先の通りです。なのに、リッカさまは一人で、全ての警戒をしています。
(それは、リッカさまを高く評価しているライゼさんからすれば……不思議で仕方ないでしょう)
警戒するという事は、口でいうよりずっと難しいです。そして、疲れます。なのにリッカさまは平然と、自然に行っています。ライゼさんであっても、注意深く、じっくりとリッカさまを見なければ分からなかったでしょう。
(何だってあんなに、警戒してんだ……? まァ、巫女っ娘の事を心配しての事だろうが……それにしても、過敏すぎやせんか……?)
隠し通すのは、無理そうですね。ライゼさんは鋭すぎます。その辺りは、帰宅後……。
「実戦剣術、って事で良いんか?」
「はい。正確には、実戦武術です。護身術を主とし、制圧術と拘束術を重点的に。剣術は精神修行の一環でやってました」
『お母さんに勝ちたくて、のめり込んじゃったけど』
リッカさまが武術を修めたのは、”恐怖”を遠ざける為です。その中でリッカさまは、自身の負けず嫌いな性格に気付いたのでしょう。お母さまに勝つ為に、剣術を高めていったのです。
(剣術より、無手の方が得意って事か。だからってマリスタザリアを投げられるのか? それを修めると、こんだけ気を張っても疲れねぇ……? んな訳、ねぇよな)
(戦闘時のコイツと、非戦闘時のコイツ。王都内のコイツと――巫女っ娘だけ居る時のコイツ。どれが本当だ? 情報が少ねぇ)
「アンネさんへの報告は、ライゼさんに任せてよろしいですか」
「あん?」
「もうお店は開いてないでしょうけど、市場に寄りたいので」
「ああ」
(ふむ――。アンネちゃんに、少し時間貰うか。役得ってな)
利用されるのは構いませんが、しっかりと時間を取ってくださいね。アンネさんと――出来ればコルメンス陛下も交えて欲しいですが……この様子では、アンネさんと二人きりという事になりそうです。時間も時間ですし。
(それでも構いません。ライゼさんは――リッカさまの力に、なってくれるでしょうから)
知ってもらうしかありません。リッカさまの、一部を。
ギルドには一応寄りましたが、ライゼさんが上手い事話を逸らしてくれました。報告をしていては、時間が取れませんから。
「お店、開いてなかったね」
「仕方ありません。一応、朝食分まではありますから」
こういった、人の多い場所ならば深夜でも開いていると思ったのですが、甘かったですね。
「市場は朝から開いてると思うけど、どうする?」
「そうですね……。昼の分はありませんから、ギルドに行く前に寄りましょう」
「うん、分かった。じゃあ、アリスさんからお風呂に――」
「いえ、リッカさまからどうぞ。戦闘の全てを行ったのはリッカさまなのですから」
『ライゼさんが私に任せて下がったの、怒ってるの、かな? アリスさんは極力私を戦わせたくないみたいだし……ライゼさんには我慢してもらおう。でも、戦ったのはアリスさんも何だけどなぁ』
怒っています。私達は後詰として向かいました。なので本来、ライゼさんが攻撃を行い、私達で防衛するという手筈だったはずです。私の真骨頂は防衛。ライゼさんを前衛にしつつ、私の”盾”で町を覆い、リッカさまは遊撃が良かったはずです。
ライゼさんが居たのは、私達にとっては予想外。ですが、ライゼさんを見た瞬間浮かんだ計画がそれだったのです。
(ライゼさんの私情に巻き込まれたのは事実なのですから、怒って当然です)
「ん。じゃあ、先に入るね?」
「はい。何かありましたら、音を立ててくださいね?」
「うん。ちゃんと、知らせるよ」
もう、リッカさまが苦しむ姿を見たくありません。この、日常の象徴である部屋で――。
「……」
夜のお風呂ですから、三十分から一時間といった所でしょうか。リッカさまが浴室に入ったので、始めましょう。
「……アンネさんですか。夜分遅く申し訳ございません」
《いえ。その、ライゼ様から、アルレスィア様から連絡が来るはずだから待っていようとの事でしたが》
「はい。ライゼさんもそこにいらっしゃるのですか?」
《はい。人が居ない場所が良いとも言われ、王宮の執務室に。後程陛下もいらっしゃいますが……》
ライゼさんを睨んでいるアンネさんが、目に浮びますね。言い方というものがあるでしょう。やはり、チャラいです。アンネさんがどれ程警戒したか、心中お察しします。
「リッカさまに聞かれる訳にはいかないので、陛下を待つのは難しいです。明日にでも、アンネさんの方からお願い出来ますか」
《はい、分かりました……。となると――》
《剣士娘の話って事か》
「気になっていたでしょう。リッカさまの人と成り。どうやってこの世界に来たのか。向こうの世界でどのような生活を送っていたのか、とか」
《ああ……。警戒心の強さについても、教えてくれるんか?》
それは難しいです。それはリッカさまの秘密に繋がります。触りの部分であれば、問題ありませんが。
「ライゼさんが想像出来る範囲で教える事は可能です。リッカさまの個人情報を明らかにするのですから、こちらの出した情報だけで抑えてください」
《ああ、噂の件か。分ぁった》
ライゼさんに噂を流す気がなくとも、もしもがあります。例えば――リッカさまの事を想って、リッカさまの噂を払拭しようとして話す、とか。
《しかし、何故リツカ様の事を……》
「……その疑問には、リッカさまの事を話してから答えます」
《……はい》
「では――リッカさまが向こうでどのような生活を送っていたか、から話しましょう」
《武術を修めながら、冒険者みてぇな事をしとったんじゃないか?》
「いいえ」
《あん?》
そう思われても、仕方ないでしょう。リッカさまの戦闘を見て、そうではないと言われてもぴんと来ないはずです。私ですら、リッカさまの戦闘技術に……心奪われ、正しく見る事が出来なかったのですから。
「リッカさまが武術を修めていたのは事実です。ですが、それを行使する事はありませんでした。リッカさまは普段、学校に通い、友達と話し、”巫女”として”森”に通っていただけの、何処にでも居る少女でしたから」
《何言ってんだ。あれだけ戦えて――》
「向こうに魔法はありません」
《え? 魔法が、ないのですか……?》
「向こうに魔法はなく、動物型のマリスタザリアも居ません。リッカさまの居た町は”森”の範囲なので、犯罪件数も多くありません。偶に不良と呼ばれる、悪人紛いの男性に絡まれたりしたそうですが、その際も戦うのではなく、回避と逃避のみで対応しています」
前提が違うのです。ライゼさんやアンネさんからすれば、「リッカさまの技術があれば戦って当然」となっていると思っていました。ですがそれは、向こうにもマリスタザリアが居ると、魔法があるという前提ゆえです。
「リッカさまは、こちらに来るまで戦いらしい戦いをしていないのです。武術の鍛錬で、試合形式でしか戦っていません」
《ちょっと待て、つまり……》
「リッカさまはこちらについてから魔法に目覚め、初めて命を掛けた戦いをしたのです。それも、相手は人間ではなくマリスタザリアと」
この世界では珍しい事ではありません。幼い頃からマリスタザリアを見て、戦わなければいけない場面に立ち会う事もあるでしょう。ですがそれは、マリスタザリアが居ると知っているからです。そして魔法という戦う力を持っているからです。
何も知らず、あの恐怖の権化を見て動けるのでしょうか。歴戦の勇士ですら、動けなくなるあの怪物を相手に。
《剣士娘の、最初の戦闘ってのはどんなだったんだ》
「集落に現れたホルスターンのマリスタザリアが、集落の者達を襲っていました。それに対し私が”盾”で対応しようとした所――リッカさまが石を投げ当て、マリスタザリアの気を引いたのです」
《……は? 石?》
アンネさんですら、呆然としてしまう出来事でしょう? 私はあの時、何も考えられなくなりました。何故マリスタザリアの足元に石が落ちたのか、それに気付きながら動けなかったのです。
「リッカさまはその時、魔法どころか魔力すら扱えていませんでした。リッカさまが魔力と魔法に目覚めたのは、戦いの最中。私が、”盾”毎吹き飛ばされた時です」
《おいおい……向こうに魔法がねぇって話だったから、そうじゃねぇかと思っとったが……》
《だからといって、魔法もないのに石を投げ当て、自身に引き付けるなんて、危険すぎます!》
危険すぎる、なんてものではありません。あのマリスタザリアは通常個体よりも強い者でした。嗜虐心が強く、生まれたてという事で……対応出来ていただけです。それすらも、神懸り的な回避能力と察知能力の賜物なのです。常人が真似すれば、簡単に摘み取られた事でしょう。
「魔法のないリッカさまは、それでもマリスタザリアと対等に戦っていました。敵の攻撃を避け、剣を拾い、反撃までしました」
《魔法所か、魔力もなしで、か?》
「はい。斬れる剣があれば、もっと有利に戦えたでしょう」
(あの小柄な身体で剣を振り、反撃と言える攻撃をしたって事か? 話を聞く限り、剣士娘がいかに優れとるかって話っぽいが……違うな。巫女っ娘の声音はそう言ってねぇ。むしろ――悲痛に染まってやがる)
「戦った事のない、ただの少女が、何の説明も無くこちらに飛ばされ、初めて見た化け物に立ち向かい、対等に戦い、初めて使った魔法で圧倒したのです」
まさに、英雄的な存在です。武力だけでなく、弱者の為に剣を取る事に躊躇をしない精神性まで兼ね備えているのですから。
「そして翌日。リッカさまは全てを知り、”お役目”を知ったのです。そこで、リッカさまは……即答しましたよ。この世界を救う為に、剣を取ると」
これを言おうか迷いましたが、より強烈な印象を与えておきたいです。ここを現状の最高点として……そして、正しく認識してもらうのです。リッカさまを。
「聞いただけでは、リッカさまは勇者の様な方でしょう。ですが――」
《分ぁっとる。普通の少女、だな?》
「はい」
ライゼさんには、言うまでもなかったようですね。ですが、しっかりと私の言葉を伝えます。
「リッカさまは確かに、勇者です。人が真似する事の出来ない資質と想いを持っています。ですが、戦闘経験は未だ四回。怪我をした事すらない、花の様な少女です」
(巫女っ娘……やっぱ、剣士娘の事になると人が変わるな。つっても、花か。確かに、剣よりもそっちのが似合っとったな)
少々詩的すぎましたが、事実です。リッカさまが真剣を持ったのは、自宅にある刀で試技をした時の一度きり。それ以外では、包丁しか持ったことが無かったのです。
《まァ、何だ。つまり、俺等にそれを話したのは……支えろって事か?》
《そうなのですか? それでしたら、元よりそのつもりですが……》
「支えて欲しいというのもありますが、一番は――色眼鏡で見て欲しくない、というお願いです」
支えて欲しいというのもありますが、それは私がします。私がしなければいけないのです。今回話したのは、ライゼさんがリッカさまに対し高評価をつけすぎていたからです。そしてそれは、アンネさんとコルメンス陛下に伝わるでしょう。この王都で、誰よりも信頼された二人です。そこからリッカさまの評価が、誇張されては……集落の二の舞です。
「リッカさまの表情や感情は読み辛いでしょうけど、もう暫くは様子見をして欲しいのです。特にライゼさん」
《確かに、俺はちょいアイツを過大評価しちまったみてぇだな。いや、過大評価って言葉は間違いか。実際その通りなんだろ?》
「ライゼさんの評価に間違いは殆どありません」
《分ぁった。もうちっと様子見に徹する。だがまァ、俺はアイツの評価を変えんぞ?》
「構いません。リッカさまが正しく評価されるのは喜ばしいですから」
ライゼさんは正しく見てくれています。ですがそれを他の人がしてくれるかといえば、そうではないのです。ですからせめて、ライゼさん、アンネさん、コルメンス陛下くらいは、正しく見て欲しいのです。
正しく……リッカさまを、評価して欲しいのです。
アルレスィアとの”伝言”を終えたライゼルトとアンネリスは、ふぅとため息を吐いた。
「アイツは凄ぇ奴だ。もしこの忠告が無けりゃ、期待が膨れていった事だろう」
「はい……」
「正しく、か。耳が痛ぇな」
リツカの事を何も知らずに、二人は想像を膨らませていた。向こうの世界でも優秀な戦士だったのではないのか? とか。さぞかし高名な剣術使いだったのではないか? とか。
「しかし、何故アルレスィア様は、あそこまで詳細に……」
「これは想像でしかねぇが、剣士娘の負担を増やしたくねぇんだろ。変に期待されたら、あの剣士娘はそれだけ頑張るだろうしな」
(それだけじゃねぇっぽいがな。しかし、化けもん相手に石か。馬鹿娘だな……。まさかたぁ思うが……アイツ、そうなのか?)
ライゼルトは何かに気付いたようだが、圧し留めた。先ほどアルレスィアから釘を刺されたばかりだ。想像するにしても、情報が足りない。
「ところでアンネちゃん。これから少し晩酌に付き――」
「アンネ。アルレスィア様からの”伝言”は……あっ」
「……」
「先程終わりました。報告書にまとめ、後日提出いたします」
執務室に入ってきたコルメンスを、ライゼルトが恨めしそうに見ている。それで事情を察したコルメンスが頭をぺこぺこと下げているが、アンネリスは特に気にした様子を見せずに執務室を後にしていった。
「す、すみません。ライゼさん」
「いや、仕方ねぇ……。俺はもう帰ぇるぞ。巫女っ娘の事は、アンネちゃんの報告を読んだ後に話そう」
「はい。おやすみなさい」
「おう」
アンネリスに続き、ライゼルトも出て行った。だが――。
(こんな時間に誘うなんて、どういう意味か分かっているのでしょうか。ライゼ様は……全く……)
後少し早く入り口に目を向けていれば、アンネリスの紅潮した頬が、見れたかもしれなかったのだが。
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