アルバイト⑥
「大丈夫かしら……音がなくなったけど……」
「ライゼさんが居るんだから、大丈夫だろ」
「それに、応援も呼んだらしいが……」
(アンネさんが対応してくれたって事は……まさかあの方が……?)
段々と、不安が伝播しています。急ぎ安堵の時を。
「応援に呼ばれた選任冒険者です。怪我人が居るとの報告を受けています。治療しますので、教えていただけませんか」
「応援……。み、巫女様が?」
「先日より選任冒険者としても動いております。安心して下さい。もうマリスタザリアはいません。ライゼルト氏と”巫女”六花立花さまにより討伐されました」
「ロク……? それって、噂の」
どうやら、少し離れたこの場所であっても……リッカさまの噂は盛んみたいです。
(南に近いから、というのもあるのでしょうけど)
”神林”がある南になればなる程、信仰は篤くなるのです。どんな噂かは置いておきますが、リッカさまの事を知ってくれているのなら話は簡単です。いつも通り、ですね。
「ロクハナ様ってのは……ライゼさんの手伝いが出来る冒険者って事か」
「俺達は足手纏いでしかなかったもんな……」
「選任ってのはやっぱり、凄いんだな」
その英雄様は、リッカさまの戦いを見ていただけですけれど。
(まぁ……あの人が町の前で睨みを利かせていたから、マリスタザリアは町に行けなかったのですが)
とりあえず、治療を進めましょう。怪我人は、冒険者だけに留まっていません。
(発見が遅れた事と、常駐冒険者の連度不足といったところでしょうか)
ライゼルトが守っていた側は森でした。あちらにクマが居たのでしょうけど、マリスタザリアの接近には気付いたはずです。しかし、対応が遅れるのは良くあります。
(本来、訓練された兵士であってもマリスタザリアを見れば固まります)
不敵に、余裕をもって構えるどころか……マリスタザリアを逆に威圧するなんて、そうそう出来ません。まさに英雄の名に相応しい闘気を放っていたと、関心してしまう程です。
「そちらの方も、隠しても分かりますよ。膝の裂傷と肩の打ち身ですね」
「は、はい……」
(ち、近づくだけで……震える……。こんな美人、本当に一緒の人間なのか!?)
恐慌状態だった常駐冒険者達を見たライゼルトは、住民の避難を優先させたのでしょう。ライゼルト自身が住民の避難を誘導した事で起きた安堵は、計り知れないはず。
(連鎖を考えての最善手だったと、言わざるを得ません)
戦闘能力が優れているだけでは、英雄と呼ばれる事はないのです。
「町民は、ここに居る方で全員ですか?」
「はい。ありがとうございます、巫女様。その、ライゼさんは……」
「今は町の外で見回りをしています」
ライゼルトの名は効果覿面ですね。住民はどんどん安堵していっています。
(治癒も終わった事ですし、住民の守りは常駐冒険者に任せて……リッカさまの元へ)
ライゼルトと何か話しているようですが、リッカさまの心が揺れています。落ち込んでいる……?
「いえ、私が、舌足らずなだけです」
「な、なんかすまんな」
見つけたリッカさまは俯いていました。ライゼルトが何やら謝っていますが――。
「……あなた、リッカさまに何を?」
「あん……?」
(うお……。こいつ、あの巫女っ娘か? 何て威圧感してやがる……別人かと思ったぞ)
今にも涙を流しそうなリッカさまを見ると、私は止まれません。
(剣士娘といいコイツといい、本当に十六か……? 見た目は十八。経験込みなら二十は超えとるとしか思えんが)
何をしたかなんて、リッカさまの言葉が物語っています。先ほどまで”治癒”をしていたので、魔力が充実しています。つい……撃ってしまいそう。
『あ、あわわっ』
「アリスさん……私が悪いの、アリスさんの名前、ちゃんと呼べないから」
未だに名前すら明かしていない英雄様に、リッカさまは自己紹介を持ちかけたのでしょう。そして礼儀に基き、自身が先に名を明かし、私の分も代わりにしてくれたのです。その際この英雄様は、リッカさまに対し……「別の世界の人間にゃ、アルレスィアってのは難しいのか?」とか言ったんでしょう。不躾に、無遠慮に、無神経に。
(やべぇ。何で巫女っ娘はこんなにキレてんだ。俺が剣士娘に何かしたのか……? つぅか、剣士娘と巫女っ娘はどういう関係だ。異世界ってのがどういうのか分からねぇが……姉妹か? 母子にも見えるが)
何て失礼な視線なのでしょう。リッカさまと私が姉妹、母子だなんて。確かにそれは憧れますが……私達は家族を超えた……越えると、何になるのでしょう。一心同体?
『はぁ……大切な人の名前くらい、ちゃんと言いたいなぁ……』
「リッカさま……。私はリッカさまからあるれしーあと呼ばれるの好きです! でもそれ以上にアリス、とリッカさまには呼んでほしいのです!」
偽りの無い事実です。リッカさまにアリスと呼ばれる度に、あんなにも高揚出来るのですから。
(ただ……)
アルレスィアと、リッカさまに呼ばれるのを想像すると……悶えそうになってしまうのも事実です。でもそれは、後の楽しみにしましょう。あるれしーあと呼ばれるのも、堪らなく愛おしいので。
『あ、アリスさんっ! ここにはその、人目が多いわけで……。そんな、抱き締めちゃったらっ』
……はっ。最近私、抑えが効かなさ過ぎでしょうか。また、リッカさまを知らず知らず抱き締めてしまっていました。
「……俺の名前はライゼルト・レイメイ。ライゼでいい。剣士だ。レイメイ流って剣術の、まぁ師範をやっとる」
どうやら、粗暴なだけではないようですね。気を遣われてしまいました。
「こほんっ! 改めまして。”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドルです。この度はありがとうございました」
町が無事なのは、この英雄様のお陰です。最初からこの町に居たのか、途中から来たのか。その辺りは気になりますが。
「剣術の師範、ですか」
リッカさまの目が変わりました。この町で初めて会った、自身が勝てないかもしれない相手です。もしかしたら……師事、したいのでしょうか。
「ああ、そうだ。それと――鍛冶師でもあるぞ」
不敵な笑みを作るのが癖なのか、そういう性格を表現しているのかは分かりませんが……。この人は、鍛治師。リッカさまに告げたという事は、リッカさまの目的を知っているのでしょう。
「大変、失礼かと思いますけれど……どのような剣をお使いなのですか?」
「それは構わんが、剣士娘。俺と戦ってみんか」
「……?」
何の事でしょう。戦う? リッカさまとライゼルトが? リッカさまは剣を見せて欲しいというお願いをしたはずなのですが。
「……理由もなく、人と戦えません」
「尤もだ。……そこの御仁。この角材もらってもいいか?」
「ああ、好きにして下さい。ライゼ様」
何をしているのでしょう。角材を斬って――あれは、木刀? いえ……木剣、ですか。
(あの動き。リッカさまとは真逆ですね)
力強く、男の荒々しさを体現しているかのようです。リッカさまの流麗な舞である剣舞とは違うのです。しかし……正確さ。体捌き。剣捌き。斬れ味……。どれも、オルテさんとは比べるまでもなく、ですね。まさに、剣術です。
「よし。理由だったな。俺が剣士だからだ」
理由になっていませんね。もしかして、剣士なら戦おうぜ! とか言うつもりでしょうか。すでにやる気満々なのか、木剣の調子を確かめています。
「あんさんも剣士だろう」
『だから戦えって事? でも私は、自分の力を確かめたいとは思ってない。私にとっての剣術は守るための手段でしかない。私の想いを遂げる為の』
「それだ、ロクハナ嬢よ」
リッカさまの、強い想いを感じ取ったのでしょう。研ぎ澄まされた鋭い視線を見せたリッカさまに、ライゼルトはギラついた剣士の視線を向けています。
「この世界に、剣士はいない」
『何を? 今目の前に――』
「そうだ、俺だけだ。俺の流派だけなんだ」
やはり、この国に剣士は居ませんでしたか。世界といっていますから、ライゼルトは世界を見て回って調べたのでしょう。
「この世界は、魔法が全てだ。剣なんてのは魔法での戦いを補助するためのもんにすぎん。だから、剣術なんてもんはなく、流派なんてもんもない。剣士なんて呼ぼうもんなら、皆鼻で笑うぞ?」
「そん……」
『確かに、剣士は軽く見られていた気がする。剣を持ってても使ってない人が多いし……魔法至上主義なところが、あった』
リッカさまも、薄々気付いていた事です。剣は、道の草を刈る鉈程度の認識でしかなく、それすらも魔法という絶対の力で済むのです。なので、剣は……冒険者の箔付けでしかないのです。
一目で高いと分かる剣を持っている。それはイコールで、稼ぎが良いという事です。
「だがな、あんさんは笑わん。笑わんどころか、その目に光を灯し、俺を睨み返してきた」
ライゼルトという英雄ですら、剣の地位を向上させるには至らなかったのですか。ですがそれも、終わりです。リッカさまの剣術には人の目を惹きつける美しさがありますから。
「俺を鼻で笑ったやつらは死んでいったよ。あの化けもんは魔法だけで戦うには強すぎるからな」
死んでいった。その言葉を発したライゼルトに、侮蔑はありません。あるのは悲嘆。仲間を失い、無力に苛まれ、手の届かなかった命……。鎮魂を捧げているのです。
魔法だけで戦うのは無謀ともいえる相手なのに、人々は剣を使いません。それも分かるのです。あんな化け物相手に、近づくなんて以ての外ですから。
ですが、マリスタザリアの速度は先ほどのクマが証明しています。リッカさまだから反応出来ましたが、他の方ではあの時点で……。剣術を学ぶという事は、体術の向上です。であれば、近づかれた際の回避行動に、繋がるかもしれません。
「あんさん、王国で言ってたな。斬れる剣が欲しいと」
英雄の目は、リッカさまを見ています。
「俺は言ったな、あんさんは自分を良く知ってると。魔法だけではなく、道具と自分自身を鍛え、相手を倒すために最善を尽くす。恐らくあんさんの世界ではそれが普通なんだろう」
英雄の目は、リッカさまの覚悟を見ています。
「この世界でも体を鍛える奴はいる。剣を振るためだけにな。だが、剣を鍛えん。術も学ばん」
英雄は、人々の怠慢に憤怒しています。
「そんな奴らが、守るだなんだと言う。おかしな話だ」
成長なき者に、守る事は出来ません。
「あんさんは違うな。守るために必要なもんを知っとる」
リッカさまは……私を守る為に、自分を鍛え、技を磨き、魔法を想い、常在戦場の気持ちを絶やしません。英雄の言う守る事の意味を、知っている方。それはつまり、英雄の資格を得たという事……。
(ですが、英雄様。あなたは気付いているでしょうか。リッカさまは少しだけ……自己犠牲が、過ぎるのです)
「俺は確かめたい、この世界での剣術はあんさんの剣術にどこまで出来るかを」
剣術を創り上げた、レイメイ流。ですがそれは独学です。リッカさまの世界では、長い……永い時間をかけて研ぎ澄まされた剣術があります。そしてリッカさまはそれを、昇華させています。
英雄としての先輩はライゼルトですが、剣術という面でみれば――リッカさまの方が。
「確かめる。俺とあんさんは、守りたいもんを守れるのかを」
『もう、戦わないという選択肢を取れない。この人は私の想いを試す……鏡になりえる』
「これが終わったら、俺の剣を見せてやるし。あんさんの剣の注文も受けよう」
ダメ、とは……言えません。もう、リッカさまとこの人の私闘を止める事は出来ません。リッカさまは自身の成長と、想いを……確かめたがっています。
なぜならそれは……私を守る為の、力なのですから。




