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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
8.協力者
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アルバイト⑤



 宿を出てまず、ギルドに向かいます。アンネさんから詳しい場所を聞き、私達は王都から即刻飛び出しました。


「怪我人が、もう……」

「冒険者が居るという報告がありましたが、芳しくないようですね」


 アンネさんの安堵とは裏腹に、怪我人は出ているようです。もしかしたら、アンネさんとしても予想外の出来事だったのでしょうか。


「怪我であれば、私が治せます」

「うん……お願い。私がすぐに、倒すからっ」

『アリスさんなら、どんな怪我も治してくれる……っ。でも、欠損や……命まで、は……っ! 急がないと!』


 人の命や失ったものは、治せません。それはもはや神の御業です。魔法はアルツィアさまの調整ミスにより発現した、奇跡の産物です。ですが、アルツィアさまと同じ事が出来る訳ではありません。私達がやっているのは、アルツィアさまの模倣。出来ない事の方が多いのです。


(アルツィアさまでも、死者を蘇らせる事は出来ません)


 ですから、リッカさまの焦燥は……私の焦燥でもあります。

 人の命が、生活が理不尽に奪われる。それは、尊厳の死でもあるのです。人が人らしく生きる為に。それが、私達の戦いです。


「リッカさま」

「うん」


 多くの言葉は必要ありません。リッカさまは、マリスタザリアが近くなれば活歩”疾風”で先行してしまいます。それは、避けられません。ですからせめて、私の”拒絶の光”が届くまでは無茶をしないで欲しい。という意味を込めています。


 リッカさまは、頷いてくれました。本当は先行して欲しくないですし、”盾”を待って欲しいですが――最善では、ありません……から。



 暫く走ると、目的地が見えてきました。朝の日課でリッカさまが走っていますが、それよりもずっと速く走っています。多分これが、今のリッカさまが行える全力疾走……私は着いて行くのが、やっとです。


(町の様子は――)


 慌しいですが、アンネさんの報告とは違います。町民には余裕が感じられます。冒険者が本格的に戦闘を開始したのでしょうか。それだけで、ここまで落ち着けるでしょうか。完全な逃避が出来た訳ではないのですから、恐怖で荒れていてもおかしくはないはずですが……。


「アリスさん、先行するね」

「はい、お気をつけください」


 言うや否や、リッカさまが活歩”疾風”で消えました。マリスタザリアの”悪意”は、先日のホルスターンより強いです。順調に強くなっているのです。魔法を使う個体かもしれません。いつでも”盾”を使えるようにしつつ、”拒絶の光”を。


(対象は――クマ、ですね。鋭い爪や牙が更に凶悪になったり、毛皮が針化する場合がある個体です)


 一番の問題は……元々二足歩行出来る個体ですから、凶暴性や力に”悪意”が割かれ易いという点でしょう。つまり……この近辺で最も気をつけなければいけない個体、です。


(リッカさまの世界にもクマはいるそうです)


 遥か昔、クマが一つの村を殺したという逸話が残っている、とか。魔法がないのですから、クマはまさに天災のような存在だった事でしょう。こちらだと、獣程度なら魔法で対応出来なくはないですから……。


(他にも……オオカミやワニも、村を……)


 リッカさまからすれば野生の動物とマリスタザリアに違いはないでしょう。ですが、大きな差はあります。動物は食事や身を守るためだけに襲いますが、マリスタザリアはただ殺すのです。


 向こうに、マリスタザリアが出なくて良かった……。魔法のない向こうの世界では、対応出来なかったかも、です。


(とにかく……クマが向こうの世界にも居るのであれば、リッカさまの対応力ならば問題ありません)


 まだ向こうの世界の常識が抜け切れていないリッカさまですが――戦闘は、天才的です。気をつけなければいけないのはむしろ……戦闘後、ですね。




 時は三時間前に遡る。ライゼルト達は昼間から酒を飲み、一時の平和を味わっていた。


「おい。もうその辺にしとけよ」

「俺は問題ねぇ」

「お前もだ、ライゼ。顔が赤ぇじゃねぇか」


 ディルク以外はすっかり出来上がっているようだ。


「俺はこのまま陛下の所に行く。ジーモン班も、早く報告に戻れ。ライゼは――」

(このままここに置いてったら、飲み続けそうだな)

「この町の外れに農場があるらしい。最近牧畜も始めたらしいから、様子を見てくれ」

「おう、そういう事ならしゃぁねぇな」


 ライゼルト含め、ジーモン以外は立ち上がり行動を開始しだした。酔っているとはいえ、ここに居る者達はプロだ。


「うっすー、これ飲んだら戻――」

「早く行け!」


 ……プロだ。


「お代、ここに置いておきますんで」

「いえ。ディルクさん達からお代は」

「まぁ、次も美味しいお酒を頼むって事で」


 結局ディルクが全員分払い、ジーモンを引き摺り連れて行く。


「そんじゃ、俺も行くか。親父、最近出来た牧場ってのは何処だ?」

「へい。おーい!」

「どうした、父ちゃん」

「ライゼさんを牧場まで案内してやってくれ」

「はいよー。ライゼさん、こっちですぜ」

「おう」


 牧場の確認も、冒険者の仕事だ。マリスタザリアの出所の四割は牧場となっている。人が生きる為に牧場は必要不可欠な為、整備には常に力を入れている。整備が不十分だと、致命的な手遅れに繋がってしまうからだ。


「柵を作るだけじゃ、足りないんですかね」

「柵よりも通報出来とるかどうかだな。監視塔と、防衛の確認が主だな」

(牧場を壁で囲むのは無理だしな。とはいえ、柵程度じゃ化けもん相手じゃ意味がねぇ)


 閉塞感は家畜のストレスに繋がる。それは、肉質やミルクに影響が出るだけでなく――”悪意”を呼び寄せる。出来るだけのびのびとした育成が望ましい。


 それを考えるのなら、屠殺はご法度なのだが……それもまた、人の営みだ。今更肉食を断つ事は難しいだろう。隠れて肉食をされるよりは、防衛対策を整えた方が管理しやすい。


「まァ、ここは王都が近いからな。遠くに牧場があるんなら問題はねぇだろうが」


 町を出たライゼルトが牧場に到着するまでに掛かった時間は、二十分程だ。ここまで遠ければ問題はないだろう。


「監視塔がねぇな。化けもんが出ても、町に近づくまで分からんぞ」

「一応、常駐の冒険者が居るんですが……」

「町に近づかれた時点で問題だな。連鎖ってのが起こるらしい。化けもんを見てあんさん等が怖がったら、更なる化けもんが出るぞ」

「うげ……そりゃマズいっすね。すぐに町長に言ってきます」

「おう。監視塔を建てるまで俺が見張っといてやる」

「ありがとうございます! ライゼさん!」


 ライゼルトは牧場の端に座り、暫し待機していた。これが、三時間前の出来事だ。


 その後監視塔を建てた後すぐ、ライゼルトが居る方とは逆からクマのマリスタザリアが現れた。常駐の冒険者が防衛を開始し、その間にライゼルトを呼びに行った。だがクマのマリスタザリアが強すぎたのだろう。常駐冒険者では抑えきれずに怪我人が出た。


 それを見たライゼルトは、町民の退避を優先させたのだ。ライゼルトが傍に居て、守ってくれている。だから大丈夫だと、町民達は一目散に逃げる事が出来た。このお陰で、第二第三のマリスタザリアは出なかったのだが――。


(応援を呼ぶ事になっちまったか。まァ、怪我人だけで済んで良かったと言うべきか)


 ライゼルトが本格的にマリスタザリアの対応を始めたが、中々の強敵だ。


「あんさん等は下がっとれ」

「し、しかしライゼさん!」

「町民を守るのが仕事だろが」

(それに、こいつは強ぇ。何で襲ってくるのを止めた。簡単だ。こいつは俺を観察してやがる。俺の実力を計ってやがる)


 体の良い言葉で遠ざけたが、所詮足手纏いだっただけなのだ。相手はライゼルトが戦ったマリスタザリアの中でも強敵に位置している。


(強ぇ奴とは何度も戦った事があるが、こんな冷静な奴は初めてだ)

「帰ってる途中に酒でも飲もうと町へ寄っただけだったが、運がいいな」

(良い経験だ。強者なんざ、長い事遭ってねぇからな――)


 ライゼルトは自身の成長に繋がる戦いを喜んだ。だが視界の端に捉えた赤い存在によって、意識はそちらに移ったようだ。


「ん? おぉ、剣士娘。来たか」

(戦ってみたかったが、剣士娘の実力をこの目で見る良い機会だな)

「じゃあ俺は防衛に専念するぞ?」


 ライゼルトは一歩下がり――リツカの戦いを観察する事を選んだ。




 あれは、ライゼルト・レイメイ……。この町に来ていたのですか。あの人が居てなぜこんなにも後手に回っているのかは、後程問い質すとして。


(どうやら、リッカさまの戦いを見る為に下がったようですね)


 あの人が対応していたのに……譲るから、リッカさまが対応を始めてしまいました。リッカさまを試すような視線……ここで、リッカさまの実力を見ておきたいのでしょう。


(その、戦闘馬鹿な脳に刻み付けると良いでしょう)


 リッカさまの、戦いを。リッカさまの、想いを。


(マリスタザリアはまだ気付いていません。であれば、リッカさまの初撃で討伐が――っ!?)

『硬――っ』

(鋭く、容赦のねぇ一撃だ。だが――このクマ、硬ぇな)


 クマの首を狙ったリッカさまの一撃で、両断出来ませんでした。決して浅くは無い傷が出来ていますが、両断出来なければあのマリスタザリアは絶命しません。


(このマリスタザリアも――特別な個体……?)

『町民の守りは、あの人がやってくれる。だったら私はこの敵に集中するだけ』


 三メートルは離れていたであろう距離を一瞬で詰めたマリスタザリアは、腕を振りかぶっています。しかし、その速度ではリッカさまを捉えられません。リッカさまはギリギリには避けず、相手が攻撃を繰り出してきた左手側、その斜め前に全力で大きく飛び退きました。


(相手の攻撃をただ避けるのではなく、次の攻撃に繋げる為の行動を取るだけの余裕がリッカさまにはあるのです)


 回避に紛れて、リッカさまは相手の脇を斬っています。切先だけでしたが、かなり深く斬れているようです。しかし敵は、痛みがないのかすぐに反転して攻撃をしかけようとしています。斬り落とす以外に、止められませんね。


(反応速度。攻撃のキレ。どちらもリッカさまが圧倒しています。相手は殺意型。リッカさまを殺せないとなれば、町民を狙って町に紛れるかもしれません。ならば――!)

光陽よ(【フラス・サンテ)拒絶を纏い(・ルフュ】・)貫け(イグナス)――!」

『――今っ!!』


 私の”光の槍”は、敵の右足と左腕に刺さりました。既に、それが利き腕と利き脚なのは分かっています。リッカさまは素早く、最短距離で剥離された部位に斬撃を放ちました。


(速ぇのは足だけじゃねぇな。体捌きも斬撃も、攻撃の選択も、か。圧倒的すぎる。そんで、止めか。迷いがねぇ。どんな修羅場を潜ってきたら、その歳でやれる?)

「――シッ!」


 リッカさまの勝利を確信したのか、ライゼルトは構えを解きました。その予想は正しいです。リッカさまが短く息を吐くと――マリスタザリアの首は、刎ね飛ばされました。



 マリスタザリアの死亡を確認したリッカさまが、意識を外に向けました。警戒態勢に移ったようです。


『硬かった。熊だからっていうのもあるんだろうけど、何か……おかしい』


 リッカさまが自身の手を見ています。よく見れば……少し震えています。”恐怖”ではありません。敵の硬さ故に、痺れているのです。


『マリスタザリアになると、確かに肉質は硬くなる……。でも、硬すぎた。思い当たるのは……”悪意”、だけど』


 このマリスタザリアは、リッカさまでも切断するのに苦労する相手だったようです。リッカさまで苦労するのなら、ライゼルトも無理だったかもしれませんね。


「リッカさま、ご無事ですか?」

「うん、アリスさんがすぐ来てくれたから」

『相手は知能も、高かった。首は守ってたし、致命傷を避ける動きをしてた。アリスさんが腕と足を狙ってくれたから、長期戦にならずに済んだ上に相手の行動を縛る事が出来た』


 リッカさまが勝つと、心から思っていました。思っていたからといって、心配してないという事には……なりませんが。相手がまた強くなっていたのです。冷静な状態ならばリッカさまが怪我をする事はないでしょうけど……今後は、どうなるか。


 このマリスタザリアは、リッカさまよりずっと弱かったと思います。ですが、リッカさまが戦い辛さを感じていたのは事実です。あのまま戦っていてもリッカさまの勝利だったでしょうけど、助力出来たようで嬉しく思います。


(”盾”の使用も、頼って欲しいのですが……。リッカさまから、”盾”のお願いをされた事が、ありません、から)

「町民は、何処だろ」

「ああ。奥の広場で冒険者が守っとる。安心しろ」


 町の様子は落ち着いています。ここに英雄ライゼルトが居るからでしょう。アルツィアさまですら認める本物……。この方が居なければ、連鎖マリスタザリア化したかもしれません。


「リッカさま。私は怪我人の治療に当たります」

「うん。私は周囲の見回りをするね」

「俺も見回りすっかな」


 リッカさまに、何の用があるのでしょう。この人とリッカさまを二人きりにさせるのは嫌ですが……治療が先です。マリスタザリアが居なくなった喜びは、一時的な物です。怪我があれば思い出し、恐怖を呼び起こします。


 迅速に治癒し、完全に安全になった事を実感してもらいましょう。



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