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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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貴女さま②



 女子の会話、というのでしょうか。少しばかりはしゃいでしまったという気持ちを、結局隠し切れませんでした。

 お互い頬を少し染め、気になる事があるのに話せないといった空気のまま、歩調が少し落ちていっています。


 それにしても、リッカさまの服装はその……露出が、激しいです、ね。

 肩と足があんなにも出て……白くしなやかな、張りと艶が前面に押し出された……。


 濡れた事で、毛糸で作られたと思われる服がずり落ちそうになっています。一応下にも着ているようですが、下着みたいな……服が、見え……む、向こうの服とはこんなにも扇情的なのでしょうかっ。


 足にしても、上着によって何も穿いてないように見えて……あ、あわわっ。こほんっ! やはり、聞いていた通りのようです……。向こうの世界では、”巫女”は少し――状況が違うようですね。


「リッカさまも、巫女なのですよね?」


 長年訓練してきた賜物です。私は混乱すればする程、熱くなればなる程、冷静になれます。

 きっとリッカさまも、”巫女”の事が気になっているはずです。”巫女”という特殊な役目を持った二人が出会ったのですから。


「ただの、森番みたいなものですけど……」

『リツカ……。アルレスィア。私が感謝していると、ちゃんと伝えて欲しい』


 当然伝えます。なぜリッカさまがこんなにも落ち込んでしまったのか、『能力』を抑えている私では読み取れません。リッカさまは凄く、表情を隠すのが上手いのです。私でも注意深くみなければ、見逃してしまう程に……。


「アルツィアさまは、感謝しているようですが……」

「昔の巫女たちはしっかりと祈りも捧げていましたし、”神の森”を守っていたと聞きますが……。今では祈りを捧げることも、森を守ることもあまり。この森のような力を”神の森”からは感じないので、巫女としては失格、かと」


 アルツィアさまに視線を送ると、首を横に振りました。

 向こうの”森”は、”神の森”というのですね。その”神の森”と”神林”が違うのは、自身の怠慢が原因と思っているようです。

 しかし、リッカさまが感じている事は間違いと、アルツィアさまは言っております。


 多分、”神林”と比べてどこか違うのは確かなのでしょう。リッカさまが嘘で落ち込んでいるとは思えないからです。だからこそ、私は悲しくなってしまいます。


 間違いでリッカさまが落ち込んでいます。

 落ち込んでいますが、”神林”で感じる初めての感覚に、リッカさまは恍惚な表情を覗かせて……。


(あぅ……)


 少し、胸がちくりとしました。それ以上に、リッカさまの表情に、ドキドキが……。

 いけません。まずは、リッカさまの勘違いを正さなくてはいけません。


 何もせずとも、毎日”森”に行くだけで良いのが”巫女”なのです。生きているだけで、”巫女”は役目を果たせています。

 リッカさまは誰よりも、”巫女”としての役目を果たせているのだと――真実を話しましょう。


「リッカ、さま?」

「ん。何でもないですよっ」


 落ち込んだ心を飲み込んで、リッカさまは笑顔を作りました。それは、見覚えのあるものです。湖を鏡にして、いつも練習していた、あの笑顔です――。


「えっと、巫女のお役目にはついてましたけど、あまり気にしないでください。ここでは巫女ではありませんし」

「分かり、ました」


 リッカさまの杞憂()、分かりました。向こうの世界ではアルツィアさまの姿も声も聞けないのでしょう。


 リッカさまが優れているのは、魔力を押さえ込む時に気付きました。魔力量は私と同等です。なのにアルツィアさまを感じられないのは、魔力が通っていなかったからだと、思います。


 アルツィアさまと交流出来なかったリッカさまは、私との”巫女”としての能力差があると、思ってしまっています。


 今はまだ定かではありませんが、リッカさまは確実に優れています。そして何よりも、”巫女”としての務めを果たしているのです。

 だから、貴女さまは――”巫女”なのです。




 ”巫女”と世界について、私はリッカさまに説明をしました。

 この世界には悪意というものがあり、その悪意は世界を殺す存在なのです。そしてその悪意が増えすぎないように調整する事がアルツィアさまの仕事であり、その仕事を行えるようにするのが”森”と”巫女”です。


 ”森”に”巫女”が入るだけで、その機能は維持されます。”巫女”が規則を守ってさえいれば、世界の為になっているのです。

 世の礎。それが、”巫女”に課せられた役目。


『アルレスィア。マリスタザリアについても』

「……」

『仕方ないね。明日までには頼むよ?』


 私は頷くだけに留めました。何故、その説明を端折ってしまったのか、自分でも分かりません。

 ”巫女”として怠慢だったと後悔してしまっているリッカさまに、”お役目”の話をするのが憚られたのだと、思うのですが……。


 私は再び自然と、リッカさまの手を取り重ね合わせました。こんなにも人と触れ合う事に躊躇しないのは、初めてです。リッカさまの存在は、私の心を融かし、抱き締めてくれるようです……。

 リッカさまの手、暖かい、です。


「リッカさまがいてくれたから、”結界”は維持されています。ですから、違うなんて言ってはダメです。自分を追い込まないでください」

「……あり、がとうございます」


 この”神林”も同じです。”巫女”が居るから”結界”が維持されます。今は少し、状況が違いますが……その状況とは別に、過去から続く問題として、先代達が何処かで規則を破っていた事です。


「でも、どうして結界が弱っていたのでしょう。私の前任者たち、従姉妹母祖母からは話は聞いていたのですけど、ルールを破ったことはないはずです」

「そ、それは――」


 ちゃんと、答えなければいけません。それが例え、色々な秘密を暴露し合う事になろうとも、です。


「こちらとルールは同じですから、その……前任者の方々は、ルールを破っていたのではないかと。その、未婚であることと、しょ、処女であることのどちらかを」


 別に恥ずかしがる必要はないのです。私達は”巫女”である事に喜びを持っているのですから、このルールという物は必要不可欠で、やましい意味はありません。


 ですが、リッカさまも顔を真っ赤にして羞恥に耐えています。そして少し混乱して、います。

 次第に落ち着きを取り戻していく私達ですが、ある一点に気付き、もはや止められない羞恥の渦に入ることになりました。


『うん。きみがそうであるように、リツカもそうなるね』

「……」


 そうです。私が生娘であるように、リッカさまも――。


「はぅ……」


 お互い、何も言えなくなってしまいました。

 何故そんな当然な事で羞恥を覚えてしまったのか、自分でも良く分かりません。

 ただ、リッカさまがその……純潔である事が……嬉しいと、感じてしまったのです。


 これでは不審者どころの騒ぎではありません。変質者です……。しっかり気持ちを切り替えるために、少し時間を空けたく思います。

 そうしないと、あふれそうになりますので……っ!




 私が自身の異常に頭を悩ませている一方で、リッカさまも首を傾げているようでした。もしかしたらリッカさまも、向こうと違う調子なのかもしれません。

 ですが、他の世界に来るという異常事態ですから、私とはまた質が……。


「え、えっと。ありがとうございます、アリスさん。お陰で少し、胸の痞えがとれました」


 私よりも、リッカさまは切り替えが上手なようです。”巫女”と”森”の説明をしている時も思いましたが、リッカさまは優秀です。


 理解力と考察力。人の感情を読み取る術。第三者の視点に立てる達観した感性。どれも、人並み外れています。

 私がする、一の説明に対して、リッカさまは十を理解してくれます。更にそこから、遥か遠くまで見通すような考察を広げていけるのです。そしてそれは、現実に近い形で理解出来ています。


 私の感情、そこから見えてくる人々の感情にまで目を向け、自身すらも他人として見る事が出来るのです。だからこそ、人の感情に敏感に反応出来、深い共感を生み出しています。

 

 ここから導かれる、リッカさまの性格は――優しく、気高く、他者を一面で見ない注意深さと、楽観しない慎重さを併せ持ちながら、類稀なる感性により、即断即決出来る方……なのに、その能力を過信していないのです。

 人格として、完璧と言わざるをえません。


 私も、自分を高め……これからの”お役目”に際して十全な能力を発揮出来ると思っていました。しかし、リッカさまはその遥か上を……。私の勉強不足を痛感してしまいます。


 リッカさまは、”お役目”の事がなくとも……人間性を高め、勉強を常にしていたのですね……。


(これはあくまで、私との会話により見えてきた部分です。これから集落に入った後、新しい一面を発見出来るかも知れません……)


 それでも、私の評価に変わりはありません。リッカさまとこれから先、旅をするのです。私は今からでも、自分を高める為に努力を続けなければいけません。

 何より――。


「色々知れてよかったです。私が生きているいることで救える命があるってこと。あと―――うれしかったです。気遣ってもらえて」


 私が見てないと思ったのか、にこりと破顔しています。屈託の無い笑顔を見られて恥ずかしかったのか、ひゅい、と息をこぼして、耳まで赤くして俯いてしまいました。


 何よりリッカさまはこんなにも完璧なのに……可愛い。


 リッカさまの為ならば、私はもっと頑張れる。そう、私は判断しました。曖昧だった信頼と敬意は形となり、私はリッカさまへの想いを募らせていきます。


 この想いに淡い物が混ざっていると、私は薄っすらと気付きました。でもそれが何なのか、明確な答えが出せません。

 色々と複雑な感情が渦巻いていますが、私は、そうですね……リッカさまを大切にしたいと、思ったのです。


 旅に出ても、リッカさまだけは守りたいと、朧気に思うくらい――大切に。



ブクマありがとうございます!

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