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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
8.協力者
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アルバイト④



「アルレスィア様、あちらが最後のようです」


 リッカさまが最後の方に”光”を打ち込みました。浄化中に研鑽を積む事が出来たようで、最後の方は膝をつく事すらしていません。それだけ、痛みのない発勁だったのでしょう。


「ふぅ……」


 リッカさまといえども、あの人数に発勁を打ち込み続けるのは重労働だったようで汗を流し、少し呼吸が乱れています。


「リッカさま、こちらを」

「ありがとう、アリスさん」


 一度も給水せず、二時間で残りの人数を浄化しきったのですから、疲れて当然です。私が水を差し出すと、リッカさまは優しく微笑み、水をこくこくと飲み干しました。


(なる程……これが……)


 リッカさまの言っていた、ギャップ……。リッカさま特有の色気が増幅されています。ドキドキです。水を飲む姿ですら、こんなにも妖艶な――。


「アリスさん?」

「はっ」

『どうしたのかな? 私の首辺りに、埃でもついてたのかな。んー、アリスさん少しぼーっとしてたし、疲れてるのかも』


 リッカさまの、鎖骨辺りに手が伸びていました。残念……いえ、触れる前で良かった……。


「アルレスィア様、リツカ様。本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。良い経験になりました」

「明日からもよろしくお願いします」

「はい」


 儲けがかなり出たようですね。支配人の表情が明るいです。浄化後にそのままカフェに来た方も居ますし、宿利用者も結構多そうです。確かに、宣伝効果もあったようですね。


 支配人が宿利用者の対応に戻っていったので、私達は邪魔にならないように下がりましょう。このまま居ると、無用な混乱が起きるかもしれません。


「アリスさん、これからどうする?」

「まずは……部屋でシャワーを浴びましょう」

「ん、そうだね」 

『アリスさんのメイド姿、やっぱり可愛い。もう暫く見てたい、けど……』


 リッカさまの桜の香りが強くなっていて、私の理性はもう限界です。このままくらくらしつつ、リッカさまと見詰め合いたいところですが……何をするにしても部屋です。それまでは、この服のままですよ。リッカさまっ。


 いつもより少しだけ長い時間をかけて、最上階の自室まで戻ってきました。一休み入れても良いかもしれませんが、汗を洗い流して置きたいです。


「リッカさまがお先に。私はアンネさんに報告をしますから」

「うん。ありがとう、アリスさん」

『アリスさんも疲れてるだろうから、一緒に……って言えたら、なぁ。集落のお風呂と違って、ここは二人で入るには狭いから、恥ずかしさが勝っちゃって……』


 その気持ちだけで、嬉しいです。私もリッカさまと……また、一緒に入れたらと思っております。ですが……。


(私もやっぱり、恥ずかしいと、思ってしまいます)


 というより、リッカさまの裸を見てしまったら……どうなる事か。




「――、――」


 浴室から、リッカさまの声が聞こえます。私を呼ぶ声、ではないようです。何か、リズムを取っているような?


(もっと近くで――やましい意味はないです、よ? 色々と思うところがあってですね)


 ここには居ない、でもきっと見ているであろうアルツィアさまに言い訳しつつ、浴室前まで来てしまいました。


 リッカさまが魔法を使った後のお風呂という事で、一昨日の事を思い出してしまいます。リッカさまの体調は万全のようですし、気にしすぎとは思うのですが……。


(リッカさまは――)


 私が浴室前に着く前に、リッカさまの声が聞こえなくなってしまいました。今は、湯船に少し浸かっているようです。


(……アンネさんに連絡を入れましょう)


 浄化の完了と、”悪意”感染の傾向を報告しなければいけません。


「――――アンネさんですか」

《はい。浄化、お疲れ様でした。アルレスィア様、リツカ様》

「ありがとうございます。本日の浄化は完遂致しました。”悪意”ですが、やはり人が本来持っている負の感情にくっ付いているようです」

《では、”悪意”は誰であっても……》


 最初からそうだと思っていましたが、確信に至りました。あれは、今の私達では判別出来ません。浄化をして、”悪意”が出るかどうかでしか分からないのです。そして――誰であっても感染する可能性があります。


「ただ、”悪意”が出ない方も居ました」

《その方々も、負の感情を持っていたのですね?》

「はい。負の感情を感じて”浄化の光”を撃ち込みましたが、出なかったのです。リッカさまの時でも同じでした」

(その時のリッカさまは、痛みだけを与える結果になったので少し落ち込んだ表情を……)


 だからきっと、浄化の最中に発勁の質を上げざるを得なかったのです。


(思考が逸れました)


 負の感情を持っている方であっても、”悪意”が出ない方が居たのです。そういう事もあるだろうとは思いましたが……気になるのは、家族や同僚で感染者とそうでない者が居たという事でしょう。同じ家や職場に居て、同じだけ”悪意”に曝されている可能性があるにも関わらず、差が出る。


 負の感情に釣られて”悪意”が感染するとしたら、感染した者としなかった者の違いは何なのでしょう。その違いが分かれば……理解に繋がり、浄化をせずとも判別出来るように……。


(負の感情の、質でしょうか。人本来の悪意が強くないと、感染しない? いえ……軽度であっても、”悪意”は憑いていましたね……。だからこそ家族や同僚での差が気になったのですから)

「何人程浄化に来てくださったか、分かりますか?」

《観測した限り、本日浄化に参加して下さった方達は二万四百六十七人です。予想よりずっと多い結果となりましたが……大丈夫でしたでしょうか》

「問題ありません。明日からも、遠慮せずに来て欲しいと伝えて頂ければ幸いです」

《畏まりました》


 王都は今、十一万人程の人口です。今日の人数だけでは、まだまだ試行回数が足りません。結論を出すのは……早計ですね。


(今後はもっと増えるはずですから、焦りは禁物……ですね)

《初日という事で多くの方が参加してくれました。その方達から噂が広がり、今回参加しなかった方々も来てくれるのではないかと》


 噂も、良し悪しですね。実体験を伴う噂ならば問題ないでしょうけど……リッカさまの浄化について、どのような噂が広がるかは少し不安です。リッカさまの発勁による痛みより、爽快感の方が上のようでしたから大丈夫でしょうけど……。


「今後も観察していきます。何か判り次第、再度連絡を取ります」

《よろしくお願いします。何か不備がありましたら、ご連絡ください》

「はい」


 ”伝言”を切り、小さく息を吐きます。


(二万人、ですか)


 二万――恐らくそれは、並んでくれた人たちの数です。実際に私達が浄化したのは、一万を超えていないと思います。途中で帰ってしまった方達も居るのでしょう。”光の槍”が刺さったり、掌で衝撃を与える光景は……少々、過激だったと思いますから。


 それでも、今回途中で帰ってしまった方達も興味は持ってくれているのです。今回受けた方達からの話を聞いて、来てくれるかもしれません。


 しかし問題があるとすれば、今回私達が浄化した方達の二割近くは負の感情のみでした。その方達の共通点らしい共通点といえば……負の感情よりも正の感情が強い事でしょうか。


(思えば、あの強固な蓋があるとはいえ……リッカさまの”恐怖心”は”悪意”を呼び寄せていません)


 私の……嫉妬もそうです。”悪意”の”拒絶”はしていますが、私の魔法は”悪意”を感じていません。つまり、”悪意”が近づきすらしていないという事です。


(それと、誰かに憑依するまで”悪意”を目視する事が出来ないようですね)


 非常に厄介です。せめて、感染する者としない者の差が分かれば……。


(正の感情、でしょうか)


 そんな単純な話なのでしょうか。


(明日は、その辺りを診ながらやりましょう)


 並んでくれた方全員に魔法を使うのは……やはり、現実的ではありませんから。


(とにかく、感知の精度を高め――)

「ふぅ……ん、アリスさん? ごめんね、待ってたかな」

「いえ。丁度”伝言”を終えた所ですから、大丈夫です――」


 ああ、いけませんね。いつも、こうです。お風呂上りのリッカさまを見ると、体温が上昇して頭がくらくらしてしまいます。


「そ、それではリッカさま」

「ゆっくりで良いからね」

「はいっ。後ほど買い物に行きましょう」

「うんっ」


 食材の買い足しと、日用品店を見ておきたいです。ですがその前に、冷たいシャワーでも浴びて、体の火照りを取らないと。




「リッカさま、おまたせしました」

「んーん、大丈夫だよ」


 リッカさまは、ベッドにちょこんと座っていました。今から外出するので、巫女のローブですが――何故でしょう、倒錯的な光景に見えてしまいます。お風呂上りという事で、髪が下ろされているからでしょうか。リッカさまのメイド姿を思い出して、今の光景に投影されているからでしょうか。


『甘い――アリスさんの、匂いが…………こういう時は、魔力コントロールを頑張るっ。そうじゃないと、頭くらくらしてっ』

(私も、魔力の流れに意識を向けましょう)


 リッカさまの隣に座り、一度落ち着きましょう。ただ――集中力は高まっているのですが、リッカさまの想いと香りが強くなるだけで制御に移れません。


『アリスさんと一緒に居ると、”森”を感じるなぁ。”神の森”とか”神林”に居る時と同じ感じがする。何でだろ』

「んー?」

「リッカさま?」

「んとね、おかしいと思うけど……。アリスさんと一緒に居ると……”神の森”を感じるの」


 私に、”森”を感じるのですか? 確かに、私からはツァルナの香りがするそうですが……”神の森”にツァルナはありませんし、別の要因でしょうか。


(言われてみれば、リッカさまの傍に居ると”森”に居た時の安らぎを感じます)


 それにしても――。


「リッカさまは本当に森が好きなのですね。ふふ」


 やはり、牧場裏の森に行っておきたかったですね。”森”とは違いますが、リッカさまは草花や木々、湖や川、木漏れ日に香り、葉が擦れる音まで、森そのものが好きなのですから。


(やっぱりちょっとだけ、妬けてしまいます)

「そうだね。森大好きなんだ。初めて”神の森”に入ったときからずっと」

「私も、”神林”に入ったときは高揚しました」

 

 正確に言うなら、七歳の時です。初めて入った五歳の時は、少しだけ居心地が良い場所、というものでした。


(その居心地の良さも、人から離れられた事によるものと思っていましたが)


 今思えば、”森”が慰めてくれていたのかもしれませんね。


「アリスさんも?」

「はい。居場所を見つけたような……包まれるような。そんな感じでした」

『え――ここまで、一緒なんだ』

「私も、そんな感じだった」

『嬉しいな。アリスさんも、楽しんでたのかな。風が吹き抜け、葉が奏でる祝歌(キャロル)。陽が照らすステージで、花が踊る現代的なダンス(コンテンポラリー)。見る角度で表情を変える、木々の合唱団体(コーラス)。森という舞台で繰り広げられる歌劇(オペラ)。また、聞きたいな』

 

 ”森の歓迎”は確かに、私の日常を彩るものでした。オペラ――とまではいきませんでしたが、”森”に耳を傾け、形を変える木漏れ日を楽しみにしていたのです。ですから――。


「一緒。ですね」

「うん、一緒。だね」


 隣り合っているものですから、自然とリッカさまの手に、私の手が当たってしまいます。


(自然と、ではないですね……)


 動かないと、当たらないです。でも、野暮な事は考えっこなしです。


(……一緒)


 リッカさまと私は、生まれや育ちは違うものでしたが、”巫女”になった年や”巫女”としての力、魔法の特異性や能力。あらゆるものが同じです。気になり続けていますが……。


(貴重な、リッカさまとの触れ合いですから。この時間を大切に、ただただ時の流れるままに)


 お互いの指が、ベッドのシーツを擦る音だけが、暫く続きました。何故そんな音が鳴っているのか、薄々気付いています。私達は――――ジリリリ、と。虚空から音が聞こえます。これは、”伝言”の報せです。


(もう少し、リッカさまと……緊張感のある触れ合いをしたかったのですが)


 アンネさんからの”伝言”ですから、仕方ありません。先程の”伝言”からまだ二時間程しか経っていないのにかけてくる”伝言”なんて、一つしかありませんから。


「はい、アルレスィアです」

『これが、”伝言”魔法かな? スマホのハンズフリー通話みたい』


 リッカさまの前で”伝言”をするのは初めてでしたね。公開設定でも良いですが……個人設定で”伝言”します。


《アンネリスです。お疲れの所申し訳ございません。ですが……マリスタザリアが出ました。東に数キロ。一体。偶々居合わせた冒険者が避難誘導等をしているそうですので、後詰としての出撃をお願い出来ますか》

「……わかりました。すぐに参ります」


 やはり、ですね。私達に報せが来るという事は大型。それも急用です。隠したつもりでしたが……リッカさまも、通話は聞こえて居ないはずなのに準備を始めています。

 

「リッカさま……。もう気づいていらっしゃるかと思いますけれど……出ました。マリスタザリアです。場所は王都から数キロ離れた場所にある小さな町です」

「うん。いこう、アリスさん。こうしてる間に犠牲者が出ちゃう」

「――。はい、リッカさま」


 アンネさんの口ぶりから察するに、緊急性は高いものの心配はいらないというものでした。とはいえ、私達が呼ばれるのですから……。


(問答は、必要ありませんね)


 リッカさまの言うとおり、犠牲が出る前に、です。



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