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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
8.協力者
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アルバイト②



「おかえりなさいませ、アルレスィア様、ロクハナ様」

「ただいま戻りました、お話は聞いているかと思いますが、お願いします」

「ええ、もちろんでございます。さぁこちらをどうぞ」


 既に大勢が並んでいるので、急ぎ作業に取りかからなければいけなかったのですが――支配人さんが、給仕服……リッカさまの世界ではメイド服? と呼ばれる物を私達に手渡しました。


「着ないと、ダメなんですか?」

「ええ、カフェの宣伝にもなりますので」


 リッカさまはまだ少し、恥ずかしさが抜けないようです。リッカさまの服と、変わりないと思うのですが……フリルがダメなのでしょうか。


『改めて見ると……私の赤い髪には少し、可愛らしすぎるんじゃないかなぁ……』


 そんな事ありませんよ、リッカさま! その白と黒の色合いは、リッカさまの素敵で艶やかな赤い髪を映えさせる物です! その服が引き立て役なのです! 絶対に、絶対にリッカさまに似合います!


(と、今すぐにでも抱き着いてしまいたいですが……今は急ぎの時間ですから、冷静に)


 宣伝効果を狙うのなら確かに、この、大勢が居る場所で知って貰うのが一番でしょう。このカフェで今度から私達が働く、と。


(本業があるので、そんなには出来ませんが……)


 しかし、支配人のこの表情……コルメンス陛下との共謀かと思いましたが……。宿のお手伝いは、支配人の独断かもしれませんね。陛下は色々な理由をつけられて、乗せられたのではないか? とさえ、思えます。


「私は、着れませんよ? ”光”の魔法はローブと木刀が必要なんです」

『私はどちらかといえばローブの方が重要っぽいけど……アリスさんみたいに、どちらか片方があれば軽い物が使えるって訳じゃないし……』


 この状況に、思う所は多々ありますが……これは、絶好の機会です。


「そうなのですか……。では、アルレスィア様だけでも」


 ここです。ここしかありません。


『あれ? アリスさんの表情、どこかで……確か、神さまが悪戯を思いついた時みたいな――』

「リッカさま。私の”光の槍”は確かに見た目は衝撃的なものになります。ですけどその分、遠距離で狙えます。痛みもありません。リッカさまの場合はどうしても痛みはありますし、木刀を持ったままでは、見た目の衝撃は私より強いかと」


 ”光の槍”が刺さるという見た目の衝撃に関しては確かに、こちらの世界でも衝撃的ではあります。ですがその魔法で傷つかなければ問題はありません。同様に、木刀を持っていても衝撃的ではありませんが、リッカさまの世界では衝撃的なはずです。


 そして、遠距離で狙えるというのは、リッカさまの不安を解消させるものでもあります。これ程の大人数。リッカさまが本気になれば捌ききれるでしょうけど、私では心許ないです。ですが、遠距離で狙えるのなら問題ありません。”盾”を張る事も、”拒絶”も出来ます。


「リッカさまが私を慮って、やると言ったのはわかっております。ですけど、私も”巫女”。ご安心ください」


 リッカさまが日常であっても、私を守りたいと思ってくれている事。私は本当に嬉しいのです。こんなにもリッカさまの想いを感じられて、私は世界で一番の幸せ者です。ですが私も、リッカさまをどんな時でも守りたいのです。


「それに」


 最後の一押しですが……この魔法の言葉は余り使いたくないのです……。しかしこの場面では、仕方ありません。私が最初に浄化を受け持つ為に。


「リッカさまが、守ってくださいますから」


 リッカさまが私の為にと想ってくれている気持ちを利用するようで、身体が裂けそうな程に後悔が襲ってきます。ですが……全ては、浄化を人々に知らしめ、効果を見せ付ける為です。それが成功すれば、リッカさまの浄化も受け入れられるはずです。

 

「リッカさま。さぁ、こちらを着てください」

「う、うん。じゃあ、更衣室に」

「こちらを」

「あ、うん」

『短い方なんだね、やっぱり』


 まずはリッカさまに、アルバイトを楽しんで貰いましょう。大丈夫です。リッカさまとこの制服は完璧に似合っています。むしろ、リッカさまの為にあるような服です。


 人生で初のアルバイト。楽しんでください!


『アリスさん……。そんなに、私の制服が見たいのかな。これを着るのはやっぱり恥ずかしいけど、うん。アリスさんが見たいなら』

 

 はい、見たいです。かなり、私情が入っています。


『アリスさんが私にして欲しい事を、遠慮せずに言ってくれる。今この場面じゃなかったら、抱き締めたいくらい嬉しい。ドキドキしすぎて、出来ないけどっ』


 リッカさまも、同じ気持ちだったのですね! ああ、やはり……私も一度裏に下がって……。いえ、リッカさまは着替える為に下がるのです。私は早速浄化しなければ。


(どれくらいの人が来てくれているのでしょう)


 宿前を見れば、本当に行列が出来ています。王都中から人が来たのか、と錯覚するくらいです。


(半分……いえ、三分の二くらいは私が対応しましょう)


 いくらリッカさまは、魔法を発動すれば持続させられるとはいえ……多すぎます。


「どういった流れになるのでしょう」

「私が診て、負の感情があれば”光”を撃ち込みます。”悪意”があってもなくても、無傷ですのでご安心を」


 疑わしきは罰する、ではありませんが、現状ではそうせざるを得ません。負の感情――殺意、怒り、劣情、悲しみ、妬み等を感じれば即撃ち込みます。


「浄化が成功すれば、胸の痞えが取れたような爽快感があるそうです」

「ふむ、気分が悪くなったりはありますか?」

「ありません。”悪意”が抜けた際に脱力感はあるかもしれませんが、体調を崩す事はないと思います」


 あの時の、唯一の浄化例である大男を見た印象でしかありませんが、問題はないと確信しています。アルツィアさまが、人に害する事を提案するはずがありませんから。 


「必要な物はございますか?」

「あの一角をお借りしますが、必要な物はございません」

「畏まりました。どうぞ、ご自由にお使い下さい」

「ありがとうございます」


 宿の端、休憩所が見える位置にある待合所で行おうと思います。広めの机と大きい椅子がありますので、机を挟んで浄化をするつもりです。そうすれば、”悪意”に感染した者、『感染者』が暴挙に出たとしても対応出来ます。


(リッカさまが休憩所からこちらに来るまでの時間稼ぎにも、なります)


 出来るだけ給仕に集中して欲しいですが、もし私に何かあった場合、リッカさまは駆けつけてしまいます。リッカさまの行動が間に合わなかったとならない為に、その距離で行うのは絶対です。だからこそリッカさまが、私の浄化を許してくれたのですから。


「アリスさん……?」


 着替え終わったのか、リッカさまが更衣室からひょっこりと顔を出しています。その頭には、あのカチューシャが乗っています。もうその姿だけで、可愛らしいのに……何故そんな、可愛い行動をしているのでしょう。


「どうしました? リッカさま。着替えで何か不備がありましたか?」


 まさかまだ着替えてないのでしょうか。であれば、そんな所まで出て来てはいけませんよ。ここには支配人が居ますし、裏から誰か来るかもしれないのですから。


「んーん。えっと……」


 静々と? いえ、おずおずと、リッカさまが更衣室から出てきました。


「――」


 私は思わず固まってしまいました。


 更衣室から出てきたリッカさまは、スカートを少し握り、もじもじと足を擦り合わせています。しきりに後ろを見て、自分がどんな格好をしているのかを気にしているようです。


 リッカさまの、普段アップに結ばれたポニーテールはおろされています。うなじがくすぐったいのか、首に手をやり髪を弄っています。あのカチューシャは、ヘッドドレスというのですね。お風呂に入る時と寝る前でしか見る事の出来ない、リッカさまの髪型です。


『スカートを着るの、制服以外では初めてかも。靴……ピンヒールも初めて。世界が、高い! たった五センチでこの変化!』


 少しだけ高くから見える世界に、リッカさまは内心喜んでいるようです。そのままくるくると踊りだしそうな心ですが、やはり短いスカートが気になっているのでしょうか。


 そのスカートは黒く、白いフリルが裾を飾っています。上着の肩は少しふっくらしていて、リッカさまのシルエットがふんわりとした物になっているように感じます。リッカさまが普段纏っている優しい雰囲気にぴったりの服です!


(エプロン……機能性よりも、お洒落を取っているのでしょう。スカートからエプロンの裾が出ておらず、足が隠れないようになっていますから)


 エプロンもフリルがひらひらとついていて、可愛らしいです。所々についているリボンは、飾りですね。このリボンにも機能性はないようです。エプロンは、後ろでただ結ぶのではなく、リボンのように結ばれています。


 ああ、可愛い。可愛い。可愛い!


「リッカさまっかわいいですっ!」

「そう、かな」

『嬉しい、けど……やっぱり恥ずかしかったり。でも……アリスさんも、スカートは長い方だけど……これを着るんだよね。楽しみ、かも』


 わぁ、わぁ……可愛いです。凄いです。すぐに部屋に行って、押し倒し――いえ、抱き締めたいです!


「よく似合っております」

『この服、支配人さんの趣味なのかな。もしそうなら、アリスさんに近づけないようにしておこ』

「……大変、不名誉な視線を感じますが。では、開店しましょう」


 多分ですが、この服は従業員の方の趣味です。支配人も乗り気なので、ある意味では支配人の趣味かもしれませんが……。何にしても、今のリッカさまに、不必要に近づく男性には注意しておきましょう。絶対それは、不埒者です。


 リッカさまの洗練された、細くしなやかな脚が強調されたような服です。普段からスラットしていて格好良く可愛いリッカさまに、更なる可愛さがついたような。この姿で給仕をするのです、よね。少しだけ後悔してしまいます。この姿を大衆に晒さなければいけないなんて……!


「ちっ……いつまで待たせんだよ!!」

「ちょっと、巫女様がわざわざ診てくれるのになんだいその言い草は!?」

「はやく帰りてぇんだが」


 と、開店と同時に数名入ってきました。リッカさまをもっとじっくり見たかったのですが、始めましょう。最初の三人は既に荒れています。ただ待ち時間にイラついているだけなのか、負の感情なのかは微妙な所ですね。


「お待たせして申し訳ございません。”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドルです。すぐに終わりますので。どうかご安心を」


 とりあえずこの三人には撃ち込んでおきます。


私に光(【フラス・ラン)の槍を(ツ】・イグナス)!」

「な、何を――」


 今の私が最も効率よく使える”光の槍”で対応します。少々ざわめきが起きますが――杖を振り下ろし、槍を三人に突き刺しました。


「うっ――」

「きゃっ」

「ご安心を、痛みはありません」


 三人とも、少量の”悪意”を持っていたようです。リッカさまから聞いていた通り、黒い魔力が立ち昇り、霧散しました。


「お気分はいかがでしょう」 

「……なんか、スッキリしました」

「私も」

「俺も……」


 最初にこの三人だったのは幸運ですね。


「このように、『感染者』であれば変化があります。もし『感染者』でなくとも、身体への影響は一切ありませんのでご安心ください」

「あの、感染者? でもないのにイライラしたりするのは……」

「”悪意”とは別です。人に元々ある感情ですので、休養等を取る事をお勧めします」


 人本来の感情に影響を与える事は出来ません。なので――その人が抱いた殺意等の悪意は浄化出来ないのです。


「さぁ、ロクハナ様。こちらもお客がきていますよ」

「も、もうしわけございません。すぐに対応します」


 リッカさまが、アルバイトを始めるようです。既に何人か、席に座っています、ね。リッカさまをじっと見て……。急いでいるので、リッカさまは右に左に走り回っています。無駄に注文を小刻みにしている人達が居ますね。


(リッカさまが走る度に、スカートがひらひらと……)


 慣れているという言葉の通り、見える事はないようです、が……。


(注文を小刻みにしている人に、撃ちましょうか)

「あ、あの」

「はい。次の方お願いします」


 最初は三人ずつやっていきますが、慣れたら人数を増やしていきましょう。


(リッカさまに不埒な行いをしようとした人にも槍を飛ばします)


 この宿に、今来ているのですから。悪意を感じれば放つのは道理です。何故槍を撃たれたか、本人が一番分かるでしょう? 回りの方も、「あの人も”悪意”に感染してたのかな?」くらいの気持ちで居てくれるはずです。


 今の私はかなり、過敏です。リッカさまの可愛さに一番心乱されているのは、私なのかもしれません。




 アルレスィアがリツカの給仕姿に心奪われながらも、順調に浄化をしていた頃――王都から東に数キロ離れた場所で、ライゼルトはマリスタザリアと対峙していた。


「あれか」

「はい。いけますか? ライゼさん」

「問題ねぇ」


 相手は小型だ。鼠の様な見た目だが、それよりは大きい。


「まァ、一撃で殺る」


 言葉を置き去りにし、ライゼルトは消えた。”疾風”ではなく、足裏と地面に”雷”を発生させ、その反発で動いたのだ。


「相変わらず、速いなー。ライゼさんは」

「だな」


 ”疾風”の方が速いのは言うまでもないが、人の域を超えている。ただ、リツカの方が僅かばかり速いと、アルレスィアならば思っただろう。


「きゅきゅ?」

「あざとく鳴こうが――ォラ!!」

「きゅっ!?」


 ライゼルトが敵に斬撃を繰り出す。敵は驚いたような声を上げ、沈黙した。


「……あん?」

「やったっすね」


 少しばかりチャラい男がライゼルトに近づいていく。ライゼルトは怪訝な表情を浮かべたままだ。


「おい、待て。ジ――」


 ライゼルトが男を止めるが、一歩遅かった。


「キュッ!!」

「へ?」


 男の間の抜けた顔に、敵の爪が迫る。死を覚悟する暇すらもなく男は――。


(【シルテ】)(・イグナス)!!」


 死ななかった。”盾”が男を守っている。


「ォラア!!」


 ”盾”を引っ掻いていたマリスタザリアに、ライゼルトの一撃が入った。胴を真っ二つにされ、今度こそ――沈黙したようだ。



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