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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
8.協力者
66/952

アルバイト

A,C, 27/03/03


 

「うぅ……」


 リッカさまは目覚めるなり、きゅっと私の服を摘んで頬を膨らませていました。


「ふふ。おはようございます、リッカさま」

「おはよう、アリスさん」

『見る為にはもう……寝ずの番をするしか』


 寝る前、私の寝顔を見る為に試行錯誤をしているリッカさまですが、私がベッドから呼ぶと――入ってきてくれるのです。あの瞬間が幸せで、思わずやってしまいます。


『走ろう。走って疲れれば、夜ぐっすりで早起き出来るかもっ』


 リッカさまならば問題ないでしょうけど、一応お願いだけしておきましょう。


「今日から冒険者業が始まりますので、疲れすぎないように、ですよ?」

「ぅ。わ、分かった。予定通り三十キロにしておくね」

「はいっ」


 昨日の経路を三周です。一時間半を目安に考えていますが――。


(リッカさまならば、一時間でも大丈夫そうですね)


 魔力による身体能力向上も取り入れていくので、向こうの世界よりもずっと速いはずです。


『アリスさんに心配をかけたくないけど……疲れないと夜……うぅ。寝顔見たいのに……』

「んー……っ。よし」


 体を軽く伸ばしたリッカさまが立ち上がりました。今日の活動次第では、私の方が疲れるかもしれません。そうなればリッカさまより熟睡してしまうかもしれません。


(でも、リッカさまの寝顔を一日でも多く堪能したいんですよね)


 それでは、私も行動を開始しましょう。今日はギルドで依頼の確認をして、依頼がなければ休憩所でお手伝いです。


 リッカさまと一緒に着替えを済ませます。杖があれば、対人の魔法は行えますが――。

 

(あの着流しの人相手ですと、全力が必要でしょう)


 なにしろリッカさまが強者と認める、本物の武人です。万全の魔法でなければ遅れを取ります。


「それじゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃいませ、リッカさま」


 宿の入り口で見送り、私はまず朝食作りです。オムレツと、スープはトマトをベースにしましょう。パンはフォカッチャにして、ハムやチーズ、野菜を挟めるように。


 では、取りかかりましょう。




 仕上げを残して調理を終えます。屋上で瞑想をしましょう。リッカさまに、あのストレッチを習うべきでしょうか。


(今はとりあえず……普通の準備運動で良いですね。リッカさまは、二周を過ぎた辺りですか。後二十分か三十分くらいでしょう)


 少し準備運動をして、瞑想を始めます。

 

「すぅー……はぁー……」

(戦いらしい戦いをしたのは、一昨日が初めてでしたが……)

 

 旅前では、”治癒”の方が問題と思っていました。ですが、実際は逆だったようです。現状の私は……”治癒”の方が良く出来ています。


(”拒絶”には自信があったのですが……)


 ただ”拒絶”を使うだけでは、ダメです。”拒絶”は私が想えば何でも拒絶出来るのですが、大雑把な想いでは拒絶しきれないようです。


(最初の”城壁”では”拒絶”が足りませんでした)


 敵が起こす衝撃が強く、後ろに吹き飛ばされそうになったのです。


(ですが――)


 リッカさまを守る事が出来た”水の盾”は完璧でした。短い詠唱時間しかありませんでしたが、想いの全てが乗った会心の出来です。


(リッカさまが関われば、私の魔法は完璧に近づく……というのは、もはや確定のようですね)


 しかしそれでは今後の活動に支障が出ます。リッカさまを守る為の魔法が完璧なのは誇りですが、それでは想いの半分を遂げられません。”世界”を、守れません。


(やはり、”拒絶”を再確認する必要があります)


 本来”拒絶”だけで全ての攻撃を防げます。ですが今回は……それをしようとしたのが間違いでした。未熟な私だと、相殺させる魔法に”拒絶”を上乗せするのが確実です。


 何れは”拒絶”だけで良いでしょうけど……今はまだ、相殺と相乗を使う必要があります。


(せっかく、魔力色と感知、能力があるのですから)


 相手の行動や魔法を誰よりも早く認識し、理解出来るのです。”拒絶”を過信せずに、組み合わせましょう。


(とはいえ、”悪意”に対してはその限りではありません)


 ”悪意”と悪意を理解し、人を深く理解し、マリスタザリアを観察すべきでしょう。人の理解は、私が歩み寄る必要があります。感情に任せるだけではいけません。一歩引いた視点が必要です。


(それは、昨日しっかりと認識しました)


 あの少女がくれた感謝は、リッカさまを癒し、私に余裕をくれました。しっかりとリッカさまの行動は、皆に理解してもらえると思えたのです。


「さぁ、私も切り替えましょう」


 リッカさまの素振りの音が、私の心を切り替えてくれます。迷いのない動き。私の迷いも、斬ってくれるようです。


「それでは、リッカさま」


 私は先に、料理の仕上げに降ります。今日も一日、頑張りましょう。


(今日は、あの男は居ないようですね)


 リッカさまが帰ってくるまで油断は出来ませんが、リッカさまの実力を試したいと思っているあの人が何をするか分かりません。しっかりと、視ます。




 ギルドに到着すると、アンネさんが待っていました。緊急を要する問題か、すぐにでも始めて欲しい何かがあるのでしょう。昨日の事を考えるなら、お願いしていた人型マリスタザリアへの対応です。


「アルレスィア様、リツカ様、おはようございます。お待ちしておりました」

「おはようございます。どうなされました?」

「はい、お二人からお聞きしていた。人間憑依型のマリスタザリアの件です」


 動物型のように、殺せば終わりとならないのが人型です。この対応に関しては、私達しか出来ません。私達が居る間に対応しようと思い、夜通しで検討してくれたのかもしれません。申し訳ない事をしました。本来であれば、合否判定の際にお願いしておくべき案件だったのですが……。


「『感染者』と一時的にお呼びします。お二人でも分からないとなると、対応が後手になるのは避けられません。ですから、お二人には診察していただきたいのです」


 感染、ですか。その言葉で気になるのは、人から人への伝染ですが……”悪意”も伝染するといえば、します、ね。人が”悪意”をばら撒けば、感受性豊かな方は簡単に染まるでしょうから。


(私達も、感染者と呼称を固定した方が良いでしょう) 

「診察は構いませんが、どちらでいたしましょう。病院ですか?」

「お二方が宿のほうで給仕を手伝うとお聞きしています」


 これは、伝えていません。やはりコルメンス陛下と宿の支配人は繋がっていたのでしょう。宿滞在に対して、私達が遠慮するのも計算済み。だからこその給仕の手伝いです。


(そして、浄化をその時間でやる、のですね)

「そちらの一角にスペースを設けさせていただけるよう話しをつけました」


 出来るなら、冒険者や”巫女”とは関係なく……リッカさまには一ウェイトレスとして働いて欲しいのですが……。


(浄化が関わると、拙いですね……)

『浄化を、そこでするんだ。じゃあ私がしようかな。狭い店内だと、詠唱するより私の体術の方が圧倒的に速いから。私の”光の掌”の方が最適だと思う。ちょっと痛みはあるだろうけど、我慢して貰おう』


 リッカさまの考察は合っています。私が”光の槍”もしくは”矢”を一回一回放つより、リッカさまが”光”を纏って()()()()のが最適です。それは理解しています。


(ですが……)


 リッカさまの掌底打ちと呼ばれる技術は、多少の痛みを伴います。


(とはいえそこはリッカさまです)


 最小の痛みに抑えるでしょう。そして打たれた人間は、”悪意”がなくなりスッキリするはずです。ですが……それを見ただけの人は……立ち去るかもしれません。


(何より近づかなければいけません)


 リッカさまの手が届く距離となると、大人ならば簡単に触れる距離です。その方が、私は……気が気ではありません。


「新たに御触れを掲示しました。最近急に怒り易くなった人を始め、急変した方はお二人の住む宿へ診察に行くように、と。最初は忙しいでしょうが、お願いできますでしょうか。報酬は用意しております」


 報酬の心配はしていませんので、ご安心ください。私達は”巫女”という、いわば公務員です。そして浄化は”巫女”の仕事。本来追加報酬すら必要ないのです。


 私が気にしているのは、何よりも……。


(リッカさまはしっかりと、給仕を楽しめるでしょうか)


 私達がこの王都に来てから、リッカさまはずっと、気を張っています。それは全て、私に注がれているのです。私に危険がないように、ずっと周囲を警戒しています。


(カフェのお客程度ならまだしも、大勢が浄化の為にやってくるでしょうから……)


 リッカさまは給仕を楽しんでくれるでしょうか。ちゃんと息抜きとして、楽しんでくれるでしょうか……。


『アリスさんが森を出るまで、この世界で多くの人が自分の意思以外で罪を犯してた。絶対に犯罪なんてしないような人が、”悪意”なんてものに取り憑かれて……。これを一気に、取り除くチャンス』


 隣に居るリッカさまは、いつも見せてくれる……決意の炎を瞳に宿して、想いを、昂ぶらせていました。


『アリスさんは心を痛めてた。アリスさんより前の巫女達が出来なかった救済をしたいって。人が人として、自分の意思で歩める世界。そんな当たり前の世界にしたいって。じゃあ、私は頑張るだけ』

(リッカ……さま……)


 私はまた愚かにも、迷っていたようですね。結果的に浄化は絶対するけど、リッカさまにだけ負担を強いたくない。そんな気持ち、リッカさまに対し失礼でした。


 やりましょう。ですが、私が出来るのなら私がしますよ。給仕の時間は日常なのですから。リッカさまが最大限アルバイトを楽しめるようにします。それは絶対条件です。


(救済というのであれば、リッカさまを……救いたいです)


 建前として、リッカさまの掌底打ちは痛みを伴うという物がありますので。それを活用させていただきます。何としても、息抜きの場を用意します。


「はい、断る理由がありません。ぜひお願いします」

「ありがとうございます。本日のマリスタザリア依頼はひとつですが、もう一人信頼できる選任がおりますので、そちらにお願いしようと思っております」


(多分、王都に居るという英雄で――あ)


 ああ……漸く、思い出しました。あの着流しの男……英雄のライゼルト・レイメイさん、ですね。何度も新聞に載っていたのに、忘れていました。


(……正体が分かったところで、今更警戒を解く事はありません。リッカさまに対し興味を持っているのであれば、対応を変えるつもりはないので)

「わかりました。ではすぐに宿に戻り準備いたします」

(”拒絶”の瞑想で、しっかりと考えないといけませんね)


 広範囲を一度に浄化する為の”光”を生み出してみせます。リッカさまの負担を減らす為の魔法なのです。私なら、問題なく出来るでしょう。後は――人々を救いたいと、私が本当に想えるか、です。


(やります。絶対に。私は、人になった時に……決意したのですから)


 この世界の”巫女”として、アルツィアさまの愛を全ての人に。そしてリッカさまの想いで、世界に光を――。




 私達は急ぎ宿に戻っていますが、人の波も宿に向かっているようです。リッカさまを信じていない人がまだまだ居る中で、御触れでどれ程集まるか不安でしたが――結構、居そうですね。


「アリスさん、私が対応するね」

「しかし……分かりました。お願いします、ね?」

「うん。任せて」


 リッカさまの決意は分かっていましたが、いざ言われると躊躇してしまいます。でも、まずはリッカさまの想いを大事にしたいです。


(全ては宿についてから、ですね。状況を見極め、私が浄化出来るようにします)

『アリスさんの魔法なら痛みはないけど、見た目はかなりショッキングだから、ね。私のなら静かにいけるはず。極力痛みが出ないようにも、うん、するから』


 んー……。リッカさまと私の思考はかなり似ています。どちらもお互いを大切にしながら、国民に害がないように、です。ただ、リッカさまの思考はまだ、向こうの世界が基準となっています。


 こちらの世界ではきっと、リッカさまの掌底打ちの方が……ショッキングです。触れて、脚を踏み込むだけで衝撃が人を襲うのですから。


(それも、宿についてからです)


 宿に向かっている人の波を観察する限り、得体の知れない”悪意”というものに恐怖を感じているようです。

 

 それは当然でしょう。自分の意思ではどうしようも出来ない犯罪衝動が、知らず知らずの内に発生するかもしれないのですから。


(私達の事を、まだまだ信用しきれずとも……とりあえず受けてみようと思えて貰えただけ、初日よりはずっとマシです)


 もしかしたら、昨日の――リッカさまと少女の一幕が効いているのでしょうか。少なくとも人に害する者ではないと伝わったのであれば、これ程嬉しいものはありません。


(この浄化で、リッカさまが皆の為に動いていると確定出来るかもしれませんね)


 ああ、ですが……そうなると、リッカさまも浄化に参加しないといけませんね……。


(まずは私が浄化とはどういう物なのかを知らせて、それで――)


 大まかな流れは決まりました。後はその流れに、リッカさまを乗せるだけです。

 

 人々の救済とリッカさまの救済。私はこの浄化の場で、”巫女”としての役目を果たしてみせます。

 幻想の中で居なかった”巫女”を、現実に根付かせます!



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