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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
7.複雑な心境
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不審者

A,C, 27/03/02



 今日も、豪奢なベットで目覚める事になりました。昨日宿を探そうとした私達ですが、今日まで泊まって良いと告げられたのです。リッカさまの怪我が理由でしたが、コルメンス陛下が一枚噛んでいるのは解りました。きっとギルドからコルメンス陛下に、リッカさまの負傷が伝わったのでしょう。


 宿探しをする余裕は殆どなかったので、ありがたい申し出ではありました。ですが、申し訳ないという気持ちで一杯です。この宿の最上級の部屋を三日も使ってしまったのですから。


(今日はしっかりと探したいですね。個室のある一部屋で、出来れば厨房もあれば良いのですが……。正直、この宿が一番理想的なんですよ、ね)


 とはいえ、予定を確定させましょう。まずギルドに行って冒険者の合否を確認し、その後街を歩きながら宿探しです。街を歩くのは何れやろうと思っていた事です。人型マリスタザリアが本当に感知出来ないのか、大勢を見て確かめたいと思っていたものですから。


(マリスタザリアが出れば討伐を優先する事になりますが……リッカさまの体調次第です。さて、大まかなな予定も決まった事ですし――)


 そう、ベッドで横になったまま考えを纏めました。起きる必要はありません。今日少しだけ早起きしたのは、この時間を堪能したいが為だったのです。


(さて――リッカさまの寝顔を見ながら、朝の時間をゆったりと過ごしましょう)


 リッカさまが朝の日課を始めるので、その時間で朝食を作れるようになりました。つまり。


(リッカさまが起きるまでずっと眺めていられますね)


 私は知らず知らずの内に、足でリズムを取っていました。私今凄くウキウキとしています。


「すぅ……すぅ……」


 規則正しい寝息をたてているリッカさまは、寝返りをうっています。仰向けになったり、私とは逆の方に体を向けたり。でもそちら向きは長続きしないようで、すぐ私の方に向き直ってくれます。


(あぁ――)


 私は恍惚の笑みを浮かべている事でしょう。寝返りをうった直後に、リッカさまの表情を見る事が出来ます。その後リッカさまは赤子のように私を探し、きゅっと私の服を握るのです。そして、抱きつきます。


(凄く、安堵しているようです)


 私に抱きつくと、漸く落ち着いたのか――「むにゃ」と一言。私の手も自然と、リッカさまを抱き締め、頭を撫でていました。凄くゆったりとした――朝の時間が過ぎていきます。



「……んっぁ?」


 リッカさまが目を開けました。目覚めてすぐ私を見られる事に喜んだのも束の間、リッカさまはしゅんっと落ち込んでしまったのです。


『やっぱり……普通にしてたら見れないかなぁ……』

「ふふ」


 私の寝顔が見れなかった事が悔しいようです。こんなにも和む落ち込み方があるのでしょうか。私だけが知る、リッカさま。独占欲が高まっていきます。一生、私だけの――。


「むぅ」


 どうしても見たいのでしょう。私が二度寝しないかとじっと見ています。リッカさまの期待に応えてみたいというのも、僅かにあります。でも、そうですね。出来るだけもっと、リッカさまとの駆け引きをやってみたいと思ってしまうのです。


(私の寝顔を自力で見られたとなった時のリッカさま。凄く喜ぶはずです)


 その笑顔はもしかしたら……集落で、あの時見た……満面の、翳りのない笑みかもしれないのです。もう一度見てみたい……のです。


 じっと見つめ合う時間も良いのですが、時間のようです。リッカさまが起き上がり、ぐっと伸びをしました。


「よし……。おはよ、アリスさん」

「はい。おはようございます。リッカさま」


 王都に到着して、三日目。始めましょう。冒険者になればまた、生活のリズムが変わるでしょうから――気合を入れます。



 

 昨日服飾店で買った服――動きやすい物として選んだので男物ですが、それを着たリッカさまは軽く地面を蹴り体の感触を確かめています。


『女性物の運動服もあったのかもしれないけど、これが目についたし、動き易かったんだよね。うん、良さげ』


 走りやすいように、スカートではなくパンツルックです。上着が少々……肌蹴易そうな造りですが、インナーとして薄手のシャツを着ているので大丈夫でしょう。


「じゃあ、アリスさん。ちょっと走ってくるね」


 部屋の玄関でお見送りすれば良かったのでしょうけど、宿の入り口までついていってしまいました。


「いってらっしゃいませ。リッカさま」

「うんっ」

『こういうのも、良いかも。ちょっと寂しいけど……』


 ええ。私も良いと感じてしまいました。リッカさまが離れる後ろ姿を見るのは私も寂しいですが、送り出すのも……ふ、ふう……ふ、な景色っぽくて。


「こほんっ」


 リッカさまが走り出しました。ルートは距離にして十キロ程。初日という事で軽めをお願いしていますが――。


(魔法は何も使ってません。昨日の今日ですから、魔力も練らないようにだけ伝えています。ですが、一歩目から速いです)


 集落の高台でも思いましたが、リッカさまの初速と持久力は、圧倒的です。初速から最高速度になり、それを持続したまま走り続けられるのです。


 リッカさまの身体()成長を止めつつあるようですから、心肺機能を上げるのは効果的だと思います。


「さて、それでは」


 リッカさまが大通りを疾走するのを見送り、私は一旦部屋に戻ります。離れようとも、感知外に行こうとも、リッカさまの気配だけは分かります。大丈夫です。異変があればすぐに行けます。その為に杖を傍に置き続けているのですから。


(まずは部屋に戻り、スープの仕込みをしましょう。その後朝食の準備ですね)


 今日は少し、素材を活かす調理に挑戦してみましょう。お魚は塩を少々、酒で臭みを取り、皮目はパリっと――。


(そういえば、炙るというのがありましたね)


 皮目を火でガッと炙ると香ばしさが出るそうです。ポワレを普通に作った後、皮目を炙ってみましょう。脂の多い魚を選んだ方が良さそうですね。確かサーモンがありましたから、それにしましょう。であればスープはサッパリ目が最適でしょうか。


 お肉は最小限で、具材のお野菜を切った際に出たへたや切れ端、皮を煮込みます。今回は香草ではなく野菜を味付けの主としましょう。お野菜は一度少量の塩で揉むと甘味が残り、短時間の調理でよくなります。シャキシャキ感を残したいですから。


(もう一品欲しいですね。確か、物珍しくて買った、ヨーグルトなるものがありました。それをお出ししましょう)


 ドルラーム、向こうの世界でいう所のヒツジ? のミルクで作ったそうで、酸味と甘味が特徴の発酵食品、らしいです。南にはありませんでしたから、思わず買ってしまいました。


(下準備は終わりましたから)


 屋上の使用許可を貰い、そこで瞑想をしましょう。リッカさまが広場でストレッチをするらしいですから、そこから見えるはずです。


 

 リッカさまが丁度広場に戻って来たところのようです。下準備に二十分も掛かっていないのですが……。


(リッカさまにとっては、それでも調整段階のようです)


 息が荒くなる所か、汗も流していないように見えます。十キロを二十分かからずに走りきってやっと、身体が動き始めた、といった所でしょうか。もしかしたらリッカさまならば、百キロ以上走り続けられるかもしれません。


(と、ストレッチを始めましたね。私も精神を集中させながら、見学しましょう)

 

 リッカさまは深呼吸をしているようです。そうする度に、魔力が全身を流れていきます。魔力を使った運動は止めてもらいましたが、これは……自然ですね。魔力が血液のように、自然と流れています。


 私達が無意識下に行っている事を意識的にやっているのです。意識的にするだけで、こんなにも力強く流れるのですか……。良く、あの流れを制御出来ているな、と思ってしまうのです。


(確か、”気”という物でしたね)


 リッカさまが早くから魔力の操作に長けていたのは、”気”という概念が向こうの世界にあったからです。震脚も本来、”気”を使うそうです。


(そんなリッカさまでさえ、”強化”の制御は難しいようです……)


 魔力が全身に流れた辺りでリッカさまは、掌で空気を押すように動き始めました。足を開いていき、ぴたっと止まり――動き出し、片足立ちになって、再び足を開いていきながら手を伸ばす。それを深呼吸と一緒にしていくと――。


(魔力がどんどん、高まっているのでしょうか)


 私の瞑想のような効果が、リッカさまのストレッチにはあるようです。舞のような動きですが、力強さがあるからか、厳格さを伴っているように感じます。あれが、武術の型? というものでしょうか。

 

 色々な動きをした後リッカさまは再び、深呼吸をしました。暫く目を閉じた後――震脚し、上段への蹴りを一つ行いました。空気を裂き、爆ぜました。ぱんっという音と共に、リッカさまの足元に……二つに割かれた羽根が一枚はらりと落ちたのです。


(リッカさまの蹴りで驚いた鳥が飛んだようです。その際落ちた羽根を……蹴りで、割いたようです)


 それだけでなく、蹴りと同時にリッカさまの赤い魔力が見えた気がしました。魔力を、飛ばしたのでしょうか。ですが魔力を出す時は魔法を発現させる時です。それ以外で、()()()というのは……。


(後程、聞いてみましょう)


 準備運動は先程の蹴りで整ったようです。リッカさまは次に木刀を手に取り、振り始めました。最初は規則正しく、上段から下段、中段と。それさえも空気を切裂いています。その後リッカさまは、木刀をくるくると回し始めました。回しながら、リッカさまも回っています。途中途中で斬撃を行っているのか、偶に落ちてくる羽根が真ん中で斬られているようです。


 リッカさまの回転斬りは、少ない筋力を補う為の技術です。リッカさまだからこそ回避と攻撃が両立出来ていますが、本来隙の大きい行動。それをせざるを得なかったのは……ある時点からリッカさまの力が、つかなくなったからです。


 ただ――リッカさまの動きはもはや、補う為の苦肉の策ではありません。技術として確立されています。斬撃の正確さや威力もさることながら、動きに迷いがありません。


(迷いのない剣術の動きは、舞になるのですね。凄く綺麗……)


 静寂の広場で、リッカさまの木刀を振る音だけが響いています。木刀をまるで、自身の腕かのように振っているからでしょうか。リッカさまの背後に落ちたはずの羽根までも、切断されていました。後ろを向いた訳ではなく、木刀をくるりと回したのです。


(朝陽が漸く、王都の壁を越えてきましたね)


 その明かりに照らされ始めたリッカさま。天使降臨のようです。身体が漸く温まってきたのか、動きが大きくなっていきました。広場が演劇の舞台になったかのようです。


 このままずっとリッカさまの剣舞を見たかったのですが、そろそろリッカさまが戻ってくるでしょうから料理の準備を進めておきましょう。


(帰宅後シャワーを浴びるはずです)


 その後リッカさまの身体をもう一度診せてもらいます。そこで問題ないと判断出来たら、マリスタザリア討伐も視野に入れられる、でしょう。出ないのが一番ですが……。



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