冒険者⑧
「本当にありがとうございました! お二人が居なければどうなっていたことかッ……!」
そろそろ帰ろうと思った所、酪農家の皆様がお礼を言いたいと牧場の入り口で整列していました。
「お気になさらないでください。これが私たちの”お役目”。皆様に犠牲者がなく本当に喜ばしいです」
「巫女様に守っていただけなければ、犠牲が出ておりました……! 剣士様に来ていただけなければ、更に被害が……本当に、助かりました」
犠牲が出なかったのは、マリスタザリアの発生が、加工待ちの牧舎に入っていたホルスターンだったからです。そしてそれを管理している者が真っ先に異変に気付き、即座に避難行動に移る事が出来たのも良い方向に働きました。
管理していたのが長年務めていた方だったから、防げたのです。既に何度かマリスタザリアの出現に遭遇した方だったからこそ、異変に気付き、迅速な行動に出る事が出来たのでしょう。
そういった幸運と、酪農家達の経験の賜物です。何度もマリスタザリアに遭いながらも、牧畜を続けている方に敬意を。その方の経験こそが、この事件では必要不可欠だったのです。
『やっぱり、お礼を貰えるのは嬉しいかも。でも、本当に運が良かっただけ、なんだよね。もしマリスタザリアの出現に、酪農家の人達が気付けなかったら……』
剣士様、ですか……。リッカさまはすでに、街中で噂になっています。”巫女”である事は分かっていても、剣による討伐という事を先程の職員に告げられたのでしょう。
魔法による損傷は一切なく、鋭利な刃物による傷という事は見る人が見れば分かります。ですから、”巫女”よりも……剣士、という事に意識が向いているのです。
しかし……何故剣士という言葉が浸透しているのか、不思議です……。この世界に剣士という者が、どれ程居るというのでしょう。少なくとも、南には居ないそうです。オルテさんも、自身を剣士とは言っていませんでした。
(リッカさまに関する事でしたから、アルツィアさまは深く掘り下げませんでしたし……)
この王都にも、剣士が居るのでしょうか。であれば、良い鍛治師を知っているかもしれませんね。前向きに考えましょう。とはいえ……。
(リッカさまが気にしていないなら……良いと、割り切れるでしょうか。私に……)
「皆様、お顔をあげてください。私たちは当然のことをしただけでございます」
言いたい事はいつだって残ってしまいますが、今は皆の無事と、業務再開を祝いましょう。この王都という、初めての場所で行うことが出来た救済。私達がそれを嬉しく思っているのは、本当の事なのですから。
王都に帰る道で、私は少し無口になってしまいました。どうしても、引っ掛るのです。
「……」
「アリスさん、どうかしたの?」
私のそんな気配を感じ取ったリッカさまが、首を傾げています。リッカさまは本当に気にしてないのです。ここで私が告げてもきっと……リッカさまは、剣士である事に疑問を持たず、受け入れるでしょう。
私もそれは、嬉しいのです。酪農家の皆様はリッカさまを剣士と言いましたが、リッカさまへの深い感謝と、敬意がありました。畏れもありましたが……最後まで謙虚に振舞っていたリッカさまを見て、その畏れも薄くなっていたように感じます。
ですから、私のこれは我侭でしかありません……。でも、言いたいの、です。
「皆様に早く……リッカさまも”巫女”であると知って欲しいと、思ったのです」
『そういえば、剣士様って言われてたっけ。戦い方”巫女”っぽくないし、仕方ないかも』
「んー、私は気にしてないよ?」
戦い方が”巫女”っぽくない、という理由で、リッカさまは気にしていない様です。ですがそれは、私の戦闘を見ての感想です。本来”巫女”に戦闘スタイルなんてありません。何しろ、戦う”巫女”は私が最初なのですから。
「リッカさまが、気にしてないようでしたので……訂正はしませんでしたけれど……」
思わず、肩を落としてしまいます。ただ私の想いを知って欲しいだけの会話だったのですが、縋るように、言ってしまいました。
「私と、同じく”巫女”で……同じ”お役目”を賜り、命を賭して戦う大切なパートナーなのです。正しく、知って欲しいと思ってしまうのです」
言葉と一緒に、感情も発露してしまっているのでしょう。泣きそうに、なってしまいます。
私はすでに、何故か、救世の徒として知られているようです。ですがリッカさまは……知られていません。リッカさまの、あの高台での覚悟を……皆に知って欲しい。
「アリスさん……」
『アリスさんが……私のために、心を痛めてくれてる。私の想いを深く理解してくれていて……私の身と、私の心を守ってくれようとしてる。そんなアリスさんが、私はどうしようもなく――愛おしい』
リッカさまが、私の手をとりました。想いが、熱と共に流れてきます。いつもリッカさまは、私に触れる時……太陽のような暖かい想いを抱いてくれています。私はそれに触れると、どうしようもなく――心が、蕩けるのです。
「アリスさん、ありがと。私のために」
本当にこれは、リッカさまの為だったのでしょうか。単純に、リッカさまを蔑ろにされたと、私が勝手に思い込んでいるだけにも思えます。実際リッカさまは、”巫女”として人を救い、人の為に最後まで務めを果たしていました。であれば、リッカさまの言う……剣士でも良いというのは、間違いではないのかもしれません……。
「でも、気にしてないんだ。この前も言ったけど、アリスさんは知っていてくれるから。ね?」
『アリスさんの為に。そして世界の為に。私は戦ってる。アリスさんが私を見てくれるなら、それで良い。それだけで、前に進める』
そこに偽りは、ありませんでした。他人が知らずとも、私さえ知ってさえいれば、リッカさまは前を見続けられる、と。
「――。はい、リッカさま。私は、知っています。今までも、これからも」
私が、間違いだったのでしょう。リッカさまにとって、私が第一。それは変わらないのです。”お役目”の中で、私よりも優先しなければいけない事も、多々あるでしょう。ですが、私が居る事が……全て、なのですね。
でも、それはそれ、これはこれです。私は皆にも知って欲しいと思っています。その為の行動も、静かにやっていきます。
(ですが……そうです、ね)
私だけが知っているリッカさま、というのは……惹かれます。私のお宝。宝玉のような貴女さまの想い。私の中で大切に……ずっと、抱き続けますね。
「あ……」
何か忘れていたのか、リッカさまが立ち止まりました。
「どうなさいました? リッカさま」
「忘れてた……」
やはり何か忘れていたようです。剣と木刀はありますし、忘れ物らしい忘れ物はないと思いますが……。
「あの男の人、まだいるかな」
「――あっ」
私も、忘れていました。帰ってからすぐに、”悪意”と悪意について考えようとしていましたが、その考えに至った原因を忘れていました。不覚、ですね。
”悪意”に感染していた大男は、地面に座り首を傾げていました。まだ、どうやって浄化をしたのかは聞いていませんが、何となく分かります。木刀を手に持っていたので、それで”光”を叩き込んだのだと推測されます。
(怪我をしていませんね。リッカさまの”光”は私と同等ですが、”拒絶”を含まないので、より強く奥へ届ける必要があるはず……)
リッカさまの体術には、まだまだ秘密があるようです。震脚にて発生した力を体内に流し、力を増幅させる技。その震脚は移動においても効果を持ち、人の速度を超えます。更に、相手の力を利用する投げる技、です。
(現在分かっているだけでも、この世界の常識が変わります)
リッカさまだからこそ出来る技術と思っていますが、肉体的な強度があれば行使出来そうな物もあります。体術が発展すれば、近接戦闘に役立つでしょう。そうなれば、マリスタザリア戦での戦死者もきっと、減るはずです。
「あの、ごめんください」
「ん? てめぇ! 行き成り殴りやがって、なんだってん……うおぁ!?」
リッカさまが話しかけると、大男は激昂しました。やはり直接攻撃にて叩き込んだのでしょう。しかし、リッカさまへの数々の非礼。私に、この大男に対する同情はありません。
(驚いたのは――リッカさまの姿に対して、ですね)
痛ましい程に、血で真っ赤です。早く着替えをさせてあげたいのですが……。
「申し訳ございません。どうか弁解を聞いていただけませんか」
まずは、説明をしましょう。謂れの無い怒りをリッカさまにぶつけられるのは我慢なりませんから。
――大男に起こっていた緊急事態。それを丁寧に、一から十まで説明しました。”悪意”により、負の感情が暴走していた事。もう少しで戻れないくらい固着していたであろう事。それをリッカさまが取り除いた事を、強く念押ししました。
リッカさまが、浄化をした時の事を思い出しながら私の説明を聞いていたので、私も状況を知る事が出来ました。
”光”を叩き込まれた後、この男性から……黒い魔力が体から噴出したそうです。それこそが”悪意”なのでしょう。リッカさまがそう感じているので、間違いありません。
(あの、核樹で出来た堅い木刀で……急いでいる状況下にありながら、怪我させることなく気絶させたのです)
人体がどうすれば意識を手放すのか。どのような強さで、どの場所に当てれば良いのか。リッカさまは、良く知っているのでしょう。自衛の為に教え込まれた、護身術です。他者に最小限の攻撃を加え自身を守る術ですが、リッカさまがその気になれば――刈り取れたのは意識だけではなかったでしょう。
「そういう、ことだったのか……」
暫く私の言葉を吟味した後、大男は納得といった風に項垂れました。これがこの男性の本当なのでしょう。実際はあそこまで攻撃的ではなく、自身の非を認められる方のようです。
(やはり、人型マリスタザリアは問題です)
何とかして、解決策を見つけなければ。少々気性が荒い所があろうとも、理性的なこの人が理性を完全に捨て去っていました。もしこの人が真の悪人だったなら、早々に行動していたでしょう。犯罪者が出なくて、良かったです。
「すまねぇ。嬢ちゃんにも絡んじまってすまねぇ」
「いえ。私が気の触ることを言ったのが最初ですから、その、剣の悪口を言ってしまって、ごめんなさい」
「確かに、イラっときたのは確かだが……嬢ちゃんが本気だったのは、わかってたんだ。まぁ、それもむかついちまったんだが…………なんでイライラしてんのかわからねぇのにもイライラしちまって。それで嬢ちゃんにぶつけちまった。本当にすまねぇ!」
その苛立ちは、劣等感からきているのでしょう。リッカさまの覚悟は、冒険者を目指そうとしているこの方にとって、眩しすぎるものだったはずです。
男性の体は大きく、リッカさまが三人は入りそうなくらい差があります。腕に至っては、男性の指の方が太いかもしれないくらい。
(流石に誇張しすぎましたが……男性と比べるとリッカさまは本当に、戦えるとは想えない姿なのです)
そんなリッカさまですが、覚悟と意志はあの場にいた者全てに通じていたはずです。当然、その剣が飾りではない事も。斬れる剣が欲しいと告げた以上――リッカさまはその剣で、戦う事を示しているのですから。
(ただ、剣を侮辱されたと感じた事に対しては、我慢出来なかったのでしょう)
実際に剣を侮辱した訳ではありません。リッカさまの言っている事は本当の事です。ただ、言葉が足らなかった。それだけなのです。
その劣等感を、否定は出来ません。本来冒険者とは男性の職業。その男の戦場に、女性が立とうとしています。それに対し、男性が劣等感を抱くのも理解出来るかもしれません。これから戦うという事を理解していながらも、リッカさまはあんなにも堂々としていたのですから。
(一度着いた憎しみという火は、簡単には消せません)
それを払拭した先に、精神的成長があります。”人”という人格を高める事が出来るのです。”悪意”がそれを、邪魔していました。人が人で在る為に、浄化は急務です。
男性は先に戻って行きました。まだマリスタザリアを倒せていないでしょうし、チームの人に呼ばれたのかもしれません。
私達は最初から二人で組んでいたので言いませんでしたが、冒険者の試験に関してはチームが基本だそうです。申請書の名前欄が、最初から複数だったのもこれが理由です。
「それでは、私たちも戻りましょう」
「うん、いこっか」
兎にも角にも、リッカさまの着替えが先です。少し休憩させてあげたいですし、ギルドへの諸々の依頼等はコルメンス陛下に連絡して……ギルドに繋いでもらいましょう。早速頼る事になってしまいますが、仕方ありません。
リッカさまは怪我をしない。その前提は脆かったのです。私という要因が加われば、リッカさまは簡単に……。もっと、自覚しましょう。今日で最後に、したいです。もう二度と、リッカさまが血を流す姿を……見たく、ありません。




