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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
6.進化
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冒険者⑦



 ギルドの方がやって来て、被害状況やマリスタザリアの詳細を確認しています。ですが私は、対応出来そうにありません。


(少し欲望に任せて、リッカさまをまさぐりすぎました……っ)


 リッカさまの不安や悲哀を和らげる為の抱擁であったはずなのに、私は只管にリッカさまを撫で回してしまいましたっ。リッカさまの暖かさ、香り、柔らかさに……抑えが利きませんでした。リッカさまはしっかりと立ち直りましたが……私は羞恥やら何やらで、顔を上げる事が出来ません。今凄く、緩んでいます。頬は紅潮し、息が荒くなりそうです。何て浅ましいのでしょうっ!


(巫女様、どうしたんだ? 疲れているのだろうか)

「それでは、確認に入ります。マリスタザリアの種類は」

「ホルスターンが変質したものです。後、魔法を使いました」

「魔法? 誰がでしょう」

「ホルスターンのマリスタザリアが、です」

「……?」


 そう伝えるしかない真実なのですが、ギルド職員は訝っているようです。マリスタザリアが魔法を使うなど、ありえない事です。ですが真実から目を背けていては、事は進みません。すでに、世界の常識は狂ってしまったのですから。


「使った魔法は”火”です。現場を見て貰えれば分かるかと」


 リッカさまは特に怒った様子もなく、現場を見てくるように提案しています。足音が離れていくので、言う通りにしてくれているのでしょう。


(死体の確認と、現場の撮影、聞き込みが仕事なので、確認は既定事項です。ですが、リッカさまを疑ってから向かうのは……やるせないです)


 魔法色が見える私達には、現場に残っている痕跡がより濃く見えています。アルツィアさまは、少し綺麗になる程度と言っていましたが、この魔力色が見えるという特異体質は有用です。


 まず、残留した魔力を色で見る事が出来ます。もっと感受性豊かな方であれば、そこで行われた魔法が何なのかも感じ取れるでしょう。それに――相手の魔法発動を目視で感じ取れます。


(まだあの現場には、煙と一緒に真っ黒な魔力が……立ち上っています)


 それに、残っているのは魔力だけではありません。リッカさまに向けた、殺意も――。


 何とか、あの人が戻ってくる頃には……表情が戻せそうです。マリスタザリアの事。冒険者になってからの事。宿に戻ったら、話をしないといけませんね。宿探しもしないといけませんが……。


(命に別状がないとはいえ、血を流しすぎています。歩き回るのは避けたいです)


 となると――宿の方に尋ねるのが一番ですね。宿泊施設を紹介してもらいましょう。あの宿に泊まり続けるには……少々お金が、心許ないですから。




 現場に到着したギルド職員は、その凄惨な状況に喉を鳴らしていた。


「こ、これは……一体……」


 大きく、円状に凹んだ地面を見て驚愕している。小さい、まるで足跡みたいな凹みもあり、激闘であった事を如実に伝えている。職員は溶けた地面から伝わる熱気に汗を流してしまうが、それだけはない。周囲に飛び散った血は夥しく、先程見た赤い少女の顔がチラつく。綺麗な顔と服を真っ赤に染めているにも関わらず、ケロっとした表情で柔らかく会話していた。そのチグハグさも、職員の汗の原因だった。


(どんな、魔法だったのだろうか……)


 地面を溶かす火力というだけで頭がパンクしそうなくらい、現実から離れている。こんな威力を出す程の想いとはどんな物だったのか、と。


(まるで、溶岩が流れた後のようだ。草が……燃え滓すら残っていない……)


 その範囲たるや――王宮前の広場でも足りない程だ。広い範囲が焼かれている。しかしその地獄のような光景に、逆くの字になるように燃えていない場所があった。そこだけは、守られていた。


(巫女様は確か、守りの専門家という話だったが)


 ”盾”で受けてしまうと、熱気までは防げない為火傷をする場合があるという。地面が溶ける程となれば、蒸し焼きになっていてもおかしくない。


「つまり……」

(マリスタザリアが魔法を使ったのは、本当……?)


 アルレスィアの”盾”に守られたという事は、この火は敵が作り出した者という事に他ならない。疑ってしまい申し訳ないという気持ちはあるが、視線は既に、牧場の更に奥に向いている。


「燃やして、良いのか?」

「まだギルドが来てないから……」

「でもさ、早く処理してーよ……不気味すぎだ……」


 酪農家達と思われる男達が、人だかりを作っていた。女性陣も居るはずだが、今は加工場の方に行っているらしい。ここに男しか居ないのは、処理されていないあるモノがあるからだ。


「失礼。ギルドから来ました。通していただけませんか」

「あ、ああ。検死っていう奴か……」

「それを討伐した巫女様達は、冒険者試験中でしたので、その調査も兼ねております」


 人垣が分かれ、それが露わになる。職員は再び、言葉に詰まってしまった。


(多くの、マリスタザリアの死体を見てきたが……)


 ”巫女”担当の試験官となった職員は、それなりに古株だ。多くのマリスタザリアを見てきたし、処理もしてきた。そんな職員でさえ、絶句する死体だった。


(腕と、首がない。切断面……これは、ライゼさんの物に、似ているか?)


 サイズからして、過去を遡っても類を見ないほどに大きい。腕は男性の肩幅以上に太いし、首は斬り落とされているにも関わらず岩よりも硬い。ライゼルトであっても、ここまで鮮やかに斬れたかどうか。


「これを、あの赤い巫女様が……?」

「この化け物と戦ったのは、あの赤い人です」

「途中から巫女様が参加したようですが……あの人、それを投げ飛ばしたんす」

「……?」


 職員は再び、何を言っているんだ? といった視線で発言者を見る。だが、この場において異端者は職員だ。現実を受け入れきれない者として、憐れみの目で見られている。


「あの大きく凹んだ場所。あそこに、ずどーんって」

「その化け物の腕持って、地面に叩き付けた、んだよな?」


 結局アルレスィアに詳細を聞けなかったからか、酪農家達は独自の解釈で盛り上がっている。アルレスィアが説明したところで、”技術”という物を理解出来ない者達には半分も伝わらなかっただろう。むしろ、そういった魔法と適当に言った方が信じる。


(巫女様の”盾”にも驚きだが……あの赤い巫女様……何者なんだ……?)


 ライゼルトでも出来るか分からない切断に、人ではまず出来ない投げ。戦闘直後で、自身も大怪我したらしいのにあの落ち着き。それは、熟練の戦士(ライゼルト)と重なった。十六、または十八くらいと思われる少女が、少女に見えなくなりそうになっている職員は、考える事を止め掛けていた。


 マリスタザリアが魔法を使う事に関してもそうだが、常識は簡単に覆らない。常識とは、人々が積み上げた城壁だ。理性や心の安寧を守る為に、強固に創り上げた、人々の標だ。「常識だから」この言葉に込められた意味とは、ルールの強制と行動の抑制だ。逸脱した行動を取らぬよう、常識という城壁で異物を排除する。


「調査って事ですが、何でまたそんな事するんで?」


 冒険者を目指すものでもない限り、調査する理由など知る由もない。なぜマリスタザリアの死体や現場を調査する必要があるのか、気になったようだ。


「ああ……マリスタザリア討伐を試験にしようと決まった時、いくつかの規則が作られたんです」


 思考が追いつかず、一休みしたいと思っていた職員には渡りの船だったのだろう。酪農家の素朴な疑問に、職員は答え始めた。


「最低二人のチームで、マリスタザリア一体を倒せるというのが、第一の条件であり、絶対の規則です」

「それで調査を?」

「なんで、二人なんだ? ライゼさんは――」

「そのライゼさんが決めたものです。マリスタザリアを個人で討伐出来る者は殆どいません。冒険者の敗北は自身の死だけに留まらず、守るべき対象も危険にさらされます。その責任感があるのなら、チームを組んででも確実に倒して欲しい、という物だそうです」


 冒険者は確かに、便利屋だ。しかし、多くある依頼の中に、マリスタザリア討伐は余りない。冒険者試験で獣狩りが含まれているのは、選任と一般の線引きをする為だ。


「この調査は、戦闘の質を見たり、被害状況の確認が主です。マリスタザリアを倒せても、犠牲者を出していたら意味がありません。その犠牲者とはチームの者であったり、護衛対象であったりですが、マリスタザリアを確実に倒せる者を選定しようとしているのです」


 現場の確認で、戦闘の規模と敵の強さを見る。死体を見れば、戦闘能力が分かる。マリスタザリアは人が居る場所でしか発生しない。なので確実に、護衛しなければいけない対象が出来る。それをしっかり守り、戦闘出来たか。これが試験内容だ。


「逃げ出すのは論外ですし、一般人に犠牲者を出した時点で選考から外れます」

「そりゃ……」

「難しいのは分かっていますが、()()冒険者になれる者には、必須の条件です」


 怪我人程度なら選考から外れない。あくまで死亡者を出してはいけないというものだ。


「それじゃ、巫女様達は合格って事ですか」

「それは……ギルドで調査内容を精査し、決めます」

(だが、これなら……)


 怪我人らしい怪我人は、リツカのみ。戦場の傷跡は凄惨な物だが、致命的な被害は出ていない。後続のマリスタザリアも出ず、戦闘時間も短い。対象が魔法を使うという異常事態に遭いながらも、マリスタザリアはご覧の有様だ。


(ライゼさん以外の選任では、対処出来なかったかもしれないというのに……)


 証言と現場の調査を終えて尚、職員はリツカが戦ったとは思えない。あの血を見れば明白なのだが、一向に頭に入ってこないのだ。それも全ては、リツカの優しい表情の所為なのだが。


 職員も、酪農家達も気付かない。もしリツカが勝ちに歓喜し、自身の行いを勝ち誇っていたとしたら――今以上の畏れを抱いていただろう。それは負の感情だ。何れはマリスタザリアを生む。しかしリツカは本当に戦ったのか? という疑問が湧く程に、戦闘の痕跡を見せない。


 アルレスィア以外の者がリツカを畏れている事など、本人は十二分に承知している。”恐怖”を誰よりも知るリツカは、他者の恐怖にも敏感だ。自身に向いた畏れを和らげる為に、自身の印象を削りとる。


 鮮烈な光景だっただろう。驚きと畏れを抱く投げだっただろう。だけど今のリツカを見ると、夢だったのではないかとさえ思えるはずだ。リツカはそれだけ、自身の存在を制御しているのだから。




 職員の方が戻ってきて、調査の終了を告げました。


「確認いたしました。お二人の評価を上へ伝えます。明日には選任冒険者認定書が発行されると思いますので、明日の正午にギルド本部までご足労願います」


 選考というくらいですから、まだ確定ではないでしょう。ですが、マリスタザリアの討伐は完遂しました。犠牲者も出ていません。加工場が少し壊れてしまいましたが、既に修復を進めている様子。すぐにでも作業を再開させられるでしょう。

 

「はい、ありがとうございました」


 まだ少し頬は熱いですが、静々と告げる事が出来ました。一向にリッカさまに対する謝罪がない事で、熱が冷めたというのもあるのでしょう。


(仕方ない、ですよね……)


 私だって、理解しています。人々の常識は、そう簡単に変えられないと。ですから……ええ。私は早速、誓いを発揮しましょう。ただ不快感を示すだけでは、交流になりません。救済者が人の心を理解出来ないままというのは、真の救済の妨げでしかありません。私の”巫女”としての在り方も、ここから始めます。


(浮き足立っていた在り方に、明確な土壌を――)

「ごめんね、アリスさん無理やり……」

『いきなり抱きついちゃったから……嫌われて、ないかな』


 私の頬が少し赤いのと、私が少し考えていたからでしょう。リッカさまが不安になってしまっています。

 

「い、いえ。リッカさまにならいくらでもっ」


 だから、私は……言葉を飾る暇を持てなかったのです。


「ありがとう、アリスさん。私もアリスさんにならいくらでもいいよ?」


 リッカさまが手を広げ、私を促しています。抱きつきたいです。抱きつきたいですが……。


「い、今は……」

「で、では私は、ここで」

「ご、ごめんなさい。ありがとうございました」


 足早に立ち去る職員に、リッカさまが一礼しています。

 早速浮ついてしまいましたが……リッカさまと抱き合えるというのは……「常識」以上の絶対不変な、魅力があるのです。


(それに、しても……)


 私が言葉を飾らなかったからとはいえ、リッカさまはその……偶に、言葉足らずになる事が、ありますね。人によっては誤解を招きかねないものですが……そんなリッカさまも愛らしく、また――()()()()です。



ブクマありがとうございます!


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