冒険者⑥
後続が出ない事を感知により確認した後、私はリッカさまに詰め寄りました。
「え、えと」
「まずは治療です」
『あ、あう……やっぱり怒って、るよね……』
怪我をさせたのは私です。怪我をした事は怒っていません。むしろ、私は……悔しさと感謝と悲しさで、頭の中がぐちゃぐちゃです。なので、私が怒っているのは――。
「ご無事ですか! 巫女様!」
何故か、医者を連れた検問官の人が向かってきています。私のお願いは半分も伝わっていなかったのでしょうか。いえ――魔法による攻撃は大抵が大きな音を伴います。リッカさまの戦闘は静かで確実ですから、戦闘が終わったと勘違いさせたのかもしれません。
「そちらの……お連れの怪我を」
「私が治します」
医者がリッカさまの治療をしようとしていますが、私は止めます。リッカさまの怪我は深いです。私が治さないと、痕が残ります。リッカさまには傷痕一つも残しません。
「私の無二なる想いで癒す。宝玉の如き輝きを今――再び」
完璧を越えて完璧に、リッカさまの頬を治しきります。傷痕一つありません。血液を大量に流していましたが……命に別状はないようです。今日の夕飯は、鉄分とカルシウムを豊富に――。
(何と、早い……正確さも、桁が違う。我々本業が霞む程の”治癒”……。噂通り、最高峰の”治癒”を持っているようだ)
「傷痕一つ、残さないとは……我々では治すことが出来ても、痕が残ったでしょう」
(完治まで時間がかかったやもしれない……)
集落で練習していた時でしたら、この傷を治すのに時間が掛かったでしょう。ですが今や……いいえ、リッカさまに施した場合に限り、完璧な”治癒”を行えるようです。
『痕も消えたんだ。アリスさんはやっぱり凄いなぁ。まだじんじんしてるけど、触っても痛くない。あんなに裂けてた、のに』
それこそ、裂けているように見えるくらい……削れていました。まだ違和感は残っているでしょうけど、痛みは感じないはずです。
『アリスさんの”治癒”って、暖かくて……きもちい、かも』
(”治癒”に暖かさはないはずですが…………想いが、強すぎたでしょうか)
少し恥ずかしい、ですが……。
(リッカさまが、気持ち良いと思ってくれるなら……それで……)
リッカさまの頬を撫で、異常がないか再度診ます。頬以外の傷がないかを確認して…………ありません、ね。最初の傷以外ないようです。最初の……。
「今日は安静にしてもらいます。これ以上の戦闘は絶対に許しませんよ」
リッカさまの手を取り、その場から離れます。私の剣幕に、リッカさま以外は動く事が出来ないようです。
(その方が、都合が良いですけど)
私は怒っています、リッカさま。”治癒”の暖かさでリッカさまの表情は綻んでいましたが、私の声を聞いて強張りました。私はリッカさまに――説教をするつもりです。
戦場跡から大きく離れ、柵に二人で腰掛けます。正直、立ちっぱなしは私も辛いのです……。リッカさまにこれ以上心配させない為に……気丈に、振舞います。
「いいですか、リッカさま。無茶を、しないでください……。もっとやり方があったのではないですか……? 到着後剣を持ち替え、私に夢中だった敵を後ろから斬ったりですね。あんな目の前に出てくる必要はなかったのではないですか?」
ほんのり撫子色だったローブは血に塗れ……赤く染まっています。肩から脇腹、太腿付近までべっとりと、濡れているのです。私を守る為についたものです……。袖に流れた血は、服が吸いきれなかったのか、手の甲に滴って……。
最初の一撃時、マリスタザリアを浮かせた技術。最適解のように見えて、そうではないと思えました。相手はリッカさまに気付いていなかったのですから、いくらでも奇襲をかけられたはずと、思ってしまうのです。
「……アリスさんが盾張ってたけど、アリスさんが殴られて、苦しんでるのみて……我慢、できなかった」
「~~~っ」
分かっていましたが、実際にこう告げられると……どうしても喜んでしまいます。苦しんでいたのは確かです。選択を間違え、押し込まれそうになっていましたから。ですが、リッカさまの一撃を待つくらいは出来ました。
「コホンっ……ですけど、それでリッカさまが傷ついては意味がありません」
「……ごめん」
『思わず、怒りに任せて……投げちゃった……。アリスさんを心配させちゃったら、意味ないよね……』
どんなに喜んでしまっても、リッカさまを心配させてしまったのは私です。説教をしていますが、リッカさまへの謝罪も……含んでいるのです。
「私の治療がもっと、便利なら……」
”盾”の選択を誤り、顔を顰めてしまいました。その所為でリッカさまを心配させてしまいましたが……一番は、これなのです。
確かに、本職の方が驚くくらいの”治癒”を見せる事が出来ました。ですが……触れていないと、出来ません。当然、”盾”との併用も出来ません。もし、それらが出来ていたなら……あの場で”治癒”を施しながら……退避出来たのです。
私が未熟だったばかりに、どちらかを選択しなければいけませんでした。傷ついたリッカさまを置いていかなければいけませんでした。
(本当は…………リッカさまの”治癒”をしたかった……)
全てを投げ捨て、リッカさまの血が流れるのを、止めたかったのです……。私は、”巫女”失格でしょう。後ろに居る人ではなく、リッカさまだけを守りたいと、あの時思ってしまいました。
(それが私の本質ですが……)
”巫女”の役目を蔑ろにする選択をしてしまう程とは、思いませんでした。
リッカさまの頬を撫でながら、私は懺悔をします。人の救済を願いながらも、それを全うしようとしなかったのですから。
(そしてそれを、善しとしている自分がいます)
世界を救うリッカさまを護るのが、私の救済。ですがそれは、世界の救済です。人の救済を願い、想うのなら、私はあの時――躊躇してはいけなかったのです。ですが――私は……リッカさまを……。
「ごめん、アリスさん。私、アリスさんをこんなに心配させて……」
心配でしたし、今も心配しています。貴女さまは誰よりも、救済者というものを理解しています。救済者に、個はありません。人々を救う為の……生贄のような、ものなのです。
「怪我、治してくれてありがとう。戦う以上傷ができるのは仕方ないけど……。その傷すら残ってないんだもん。アリスさんの回復魔法、すごいよ。それに……一応私も、女の子だしね」
『顔に大きな傷残ってたら、流石に、落ち込んじゃったかも』
「一応、なんかじゃありませんよ……」
冒険者になるというのは、そういう事です。なのに私は……やはり、リッカさまが傷つくのは……嫌です。ですが……。
「一応、なんかではありません。リッカさまも女の子です。ですから……っ、傷は絶対残しません、よ?」
私が敷いた道は、リッカさまが傷つく道です。冒険者だって……必要だから、所属するのです。私が選んだのです。そんな私が……傷つくな、なんて……言えません。だからせめて、治します。
「ありがとう、アリスさん」
お礼を言われても、私は……笑顔になれているか……分かりません。私は……それを貰える……権利を持たないのですから……。
暫くすると、牧場の方が戻ってきました。なので今は、マリスタザリアが追加で出ないか観察している最中です。
「アリスさん、あのマリスタザリア……」
「あの殺意の塊みたいな魔法は、マリスタザリアがやったのですか……?」
リッカさまは頷きましたが、顔を上げる事が出来ないようでした。
「あんなこと、あるの?」
リッカさまは……震えています。
「最初は、聞き間違いだと思ったの。でも……はっきりと言葉を発した………私への、殺意だけで……魔法を発動した」
『あんな、殺意……初めて浴びた……。言葉を発する動物ってだけでも、こわ……気持ち、悪かったのに……』
最初のマリスタザリアは、嗜虐性が強く……リッカさまは嫌悪感を抱いていました。”恐怖”は当然ありましたが、殺意を向けられてはいなかったのです。次の戦いでは殺意が高い者ではありましたが、言葉を発するまでには至らなかったのです。
(ですが今回はそれを、真っ向から受けたのです)
心は読めずとも、リッカさまの感覚は明確に、相手の殺意を見たでしょう。言葉に込められた殺意を、一身に受けたでしょう。向こうの世界では経験しない程の……純然たる殺意。それがリッカさまの”恐怖”を刺激しています。
(それを今リッカさまは、閉じ込めようとしています)
少しでもお手伝い出来ればと、リッカさまの手を握りました。そんな事で手伝えるとは、思っていませんが……握らないという選択はありませんでした。
「マリスタザリアほど……強力な魔法を発現できるのはいないでしょう」
ゆっくりと、リッカさまの疑問に答えようと思います。落ち着く時間が必要です。
「魔法は強い想いで発動します。強ければ強いほど、より強力な魔法を……混じりけのない殺意によって放たれる魔法の威力は……私たちが体験したとおりです」
リッカさまを、強敵を殺そうという想いで発現した魔法は――ご覧の通りです。若葉は燃え、焦土と化しています。土すらも溶かし、未だに熱気がそこにあるかのようです。
「これから先、もし魔法を使うマリスタザリアが出るようになれば、犠牲者は増えるでしょう」
今回犠牲が出なかったのは、リッカさまが選択したからです。私の言葉の裏側を、しっかりと受け取ってください、ね。
『アリスさんが避難を選んでくれなかったら……犠牲が、出てたかもしれない、か……』
「すぅー…………はぁー…………」
リッカさまは深呼吸をすると――震えは止まっていました。
「今回も、危なかった。アリスさんが居なかったら、私死んでた」
……自身の死を感じ取りながらも、リッカさまの瞳は真っ直ぐです。”恐怖”を閉じ込めたのです、ね。
「私は、無自覚に……自分の力を過信してしまっていた――――私は、まだ全然弱い」
リッカさまは、まだまだ発展途上です。何しろ魔法を知ってからまだ、数日なのですから。
(むしろ、私の方がずっと……弱いです)
「アリスさん」
「はい、リッカさま」
「抱かせて?」
「はい。リッカさ……え?」
抱……? え?
私の思考が止まっている間に、リッカさまは私を抱き締めました。
「り、りりりリッカさま?」
「アリスさん、暖かい。この温もりを、守りたいの」
リッカさまの腕に力が入っていきます。そして――私の肩に……暖かい、雫が……。
「アリスさんを、守りたい」
『守りたい……守りたい……っ! なのに、私は……斬る事しか、出来ない……! もっと強くなりたい……でも、戦うの、怖い……っ。だから――アリスさん、私に……勇気を、頂戴……?』
再び震えだしたリッカさまを、私は抱き締めます。こういう時はしっかりと……抱き締められるのです。背中を撫で、頭を撫で、リッカさまが落ち着くまで。私を抱くことで勇気が湧くのなら、もっと強く……してください。リッカさま。
(普段もこうやって抱き締められたなら……もっとリッカさまを、癒せるのに……。理由がないと、出来そうにありません)
しかしリッカさま……だ、抱かせて、は……ちょっと、その……際どい発言すぎ、なのですよ? 当然リッカさまになら、私を捧げる事に――私は一体何を言おうとしているのでしょう。いえ、でも……リッカさまの温もり、気持ち良く、て――。




