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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
6.進化
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冒険者⑤

 


 後ろで起こっている戦闘音に、振り向きたい衝動が抑えられそうにありません。ですが私は……歩を、進めます。


「な、なぁ」

「何だ……」

「あの赤い人さ、化け物をさ」

「後にしろよ……どういう状況か分かってるのかよ……」

「で、でもどんな魔法使ったらあんな……」


 私に聞こえないように、後ろで雑談をしているようです。聞こえていますが……。まだ戦闘領域から離れた訳ではありませんが、安堵している証拠です。まだ安心出来る状況ではないと思いつつも私は、その雑談を止めません。


「な、なぁ」

「うるせーな! 巫女様の気持ち考えろ!」


 心は落ち着きませんが、頭は冴えてきました。後ろの人達が変な勘繰りをしているようですが、別の事を考えます。リッカさまを一人置いてきたのは、皆さんを守るのが私の役目だからです。そしてそれは追い詰められて出した結論ではありません。リッカさまを信頼しているという言葉に偽りはないのです。


(リッカさまならば絶対に、大丈夫です。無事です。私は最適解を……っ)


 私はそれで、思考を変えます。歩調は自然と早くなりますが、早くこの場を離れたい皆さんから文句は出てきません。


(リッカさまの、あの技術は……)


 多分、あれが……リッカさまが言っていた、護身術です。本来人に使う技を、マリスタザリアを止める為に使ったのです。


 あの浮かせて、地面に叩き付ける技の利点は――相手の攻撃を止めつつ、行動まで止められる点です。ただ受け止めたり、攻撃するだけでは行動を止められませんが、あれならば……。


(しかし、どうやって……)


 マリスタザリアはその巨体に相応しく、非常に重たいです。何しろ、筋肉の塊ですから。そんなマリスタザリアは、死体となった後ですら運べません。”運搬”特級であっても不可能らしく、燃やすか埋めるかしなければ処理出来ません。それを、浮かせたのです。


(私は見ています。であれば、あの中に答えはあるはずです)


 私は光景を思い出します。体を削る程の距離で避け、手首を掴み――。


(そう、だったのですか)


 私は驚愕し、歩みを止めそうになってしまいます。


(あの技術を手助けしているのは――マリスタザリア自身だったのです)


 マリスタザリア自身が作り出した拳の勢いを、リッカさまはそのまま使ったのです。手首を掴んだはずのリッカさまの手は、マリスタザリアの勢いを()()()()()()()()()()()()


(リッカさまは、その勢いの方向を変えただけです)


 本来リッカさまを砕くか……空振りで終わったはずの攻撃が、あらぬ方向に向いたのです。マリスタザリアはその変化についていけず、体の制御を無くしました。その無様な体を、リッカさまは更に制御し、空中に浮くように向けたのです。最後にリッカさまは、”強化”された力を全て込め、マリスタザリアを地面に叩き付けました。


(つまりリッカさまが使った力は、叩き付ける際に使った物のみ。それすらも、重すぎるマリスタザリアの自滅に近いのです)


 驚くべき身体制御技術を持つリッカさまは、相手の力の流れを完全に制御し、操る事さえも出来るのですね。それを刹那の時間の中で、一つも間違える事の出来ない状況でやってのけています。


 リッカさま自身の力は、然程強くありません。”強化”してやっと、といった所です。ですが……リッカさまに力は必要ありません。最小限あれば、マリスタザリアですら手玉に取れるのです、ね。


(簡単にやってのけたように見えましたが、そこにはいくつもの関門があります)


 まず、マリスタザリアの攻撃を完璧に避けなければいけません。その後相手の懐に入る度胸を見せ、相手の攻撃が終わる前に手を掴まなければいけません。その後更に、相手の力が残っている間に方向を変え、浮かせる為に制御しなければいけません。


(これを、あの……瞬きすらも致命傷になりかねない時間の中で……)


 もし仮に避ける事が出来、手首を掴む段階までいったとしても……手首を掴めるでしょうか。あの暴力が吹き荒れる手首を、怪我をせずに掴めるでしょうか。


(リッカさまは、頬しか怪我を……っ……して、いませんでした)


 マリスタザリアの攻撃は、掠っただけでも致命傷になりえるのです。あのマリスタザリアの攻撃ならば、リッカさまの手を弾き、場合によっては折れる程の威力を秘めていたはずです。


(それすらも、()()()いました)


 あの一瞬でリッカさまは……人では一生かけても通る事の出来ない死線をいくつも越えたのです。


 あれ程の絶技、賞賛されて当然――とは、なりません。後ろに居る方々は、マリスタザリアを投げたリッカさまを……。


(あんたが聞きなさいよ)

(何で俺が!?)

(お前が一番気にしてたろ!)

(だ、だからってよ……巫女様に何て聞けば良いんだよ……。巫女様はあの人の事、巫女って言ってるんだぞ!? あの人は何者ですか、なんて聞けないよ!)


 マリスタザリアの恐怖から逃れたからでしょう。次に注目するのは、リッカさまです。噂になっている謎の美少女が、謎の力でマリスタザリアを浮かせたのです。現実では起こりえない光景すぎて混乱していた方達が落ち着いた結果――畏れています。


 何を考えているのか、表情だけで分かります。私に聞きたいけど、失礼に当たるのではないかと危惧しているのです。私がリッカさまを大切にしている事も、リッカさまの元に一秒でも早く戻りたいと思っている事も、私の後姿からでも伝わっているでしょう。私は一切隠していません。()()()()()()()()()()


「ご無事ですか!」


 検問官であるはずの、あの兵士の方がやってきました。どうやら、最初に張った”城壁”に気付いた方が兵士を呼んでくれていたようです。ですが、後ろの方達の護衛をしてもらいましょう。戦場に戻るのは私だけです。


「ここまでで良いですね。出来るだけ全力で、門まで戻ってください。私の連絡があるか、余りにも連絡が遅い時以外近づかないよう、冒険者組合に伝えて下さい」

「は……はい……」


 リッカさまから、伝わってきているのです。これは私の感覚的な物で、能力や魔法ではありません。感知でもありません。ですが何か、伝わってくるのです。胸がざわめくような、脳を刺されるような。


(リッカさま……っ)

「巫女様!?」

「あの……巫女様が連絡をするまで、来るなって――」


 しっかりと、役目は果たしました。本来リッカさまは、王都内部までの護衛を想定しているのかもしれませんが、私は――!



 小さい点のようになったリッカさまの元に、私は駆け出しました。見えている限り、優勢でしたが――まるで、闇がそのまま現れたような、黒い魔力が――リッカさまの眼前に広がりました。


「――」


 私はそれを見ると同時に、”疾風”を最大距離で使用しました。自身の限界を引き出し、この後疲労で歩けなくなる事を自覚しながらも、私はただ只管に――リッカさまの前に、躍り出ました。


(アリス、さ――)

私に水を纏い(【シルテ・ウォル】)し強き盾を(・オルイグナス)……!」


 水を纏い、衝撃を吸収する形を取らせた”盾”を作り出します。その”盾”に――”()()()が、襲い掛かりました。


(――っ)


 圧倒的な火力は骨まで溶かしそうな程です。”水”を纏わなければ、私が簡易的に込めた”拒絶”が間に合わない程の熱量。熱気は一瞬で汗を滴らせ、周囲の酸素を奪いながら燃焼しています。詠唱に時間が取れない程、ギリギリでした。


「アリ、ス……さん」

「リッカさまを、死なせたりなど――しません」


 リッカさまは、炎とは別の理由で汗を流し、肩で息をしていました。こんなにも衰弱したリッカさまを目の当りにしたというのに、私はむしろ落ち着いていっています。


 私は初めて――激情を越えた先にあるのは冷静なのだと、知ったのです。私は過去含め最高に……キレています。


 炎が収まり、魔法を使った者が見えてきました。マリスタザリアが……魔法を、使ったのです。


(リッカさまが聞いた声はやはり、間違いではありませんでした)


 もしあの時、リッカさまの言葉を杞憂と流していたら、私は間に合わなかったでしょう。感じ取った”火”の予感を信じきれず、ただの”盾”にしていたでしょう。詠唱するには余りにも短い時間の中で最善手を選択出来たのは間違いなく、リッカさまのお陰です。


 私の稚拙な”水”であっても、詠唱に組み込む事で効力を上げます。魔法は、後に述べた方に力が篭ります。倒置法によって、後に述べた言葉を強調するように、です。何とか、止め切りました――!


「ほかの人は……?」

「無事です。私の”盾”を見て様子がおかしいと思った方が、警備の方たちを呼んでくれたようです。大きな盾を張ったのは正解でした」


 こんな時でさえ、他の方の心配を……。私が来なければ、リッカさまは……っ……。


「……無理して、こんなっ。後で説教ですよ……。リッカさまっ」

「ご、ごめん……」


 頬からは未だに、ぼとぼとと血が滴っています。このままでは出血多量による、死が……。


「一撃で、仕留めるから……。手伝って、ね?」


 ここは、止める場面ではありません。リッカさまを想うなら――。


「リッカさま。いきます――光陽よ(【フラス・サンテ)拒絶を纏い(・ルフュ】・)貫け(イグナス)――!」


 すぐさま討伐します。矢ではなく槍を選択し、三本程”光陽”で放ちます。これは、ただの”光”ではありません。もし相手が”火”を放ち、この”光の槍”を落とそうとしても――”光”に”火”を纏わせた”光陽”ならば突破出来ます。相手の”火”を受け、更に強く燃えるのです。


 ですが相手は、魔法を使おうとはしていないようです。あれ程強力な”火の壁”を使ったというのに……。


(リッカさまは――)


 私の槍は、矢よりは遅いですが、風のように相手に飛んでいっています。その槍の後ろを、リッカさまは――追従していっていたのです。リッカさまならば出来ると、確信に近いものはありました。だからこの作戦を取ったのです。でも――実際に出来るのを見るとやはり、驚いてしまいます。


「グ――ッ」


 三本の内二本は避けられました。ですが、それを狙っての配置です。既に相手の動きは確認済みなのですから。


「――!」


 リッカさまは加速していきます。槍が一本、脚に当たりました。元のホルスターンの脚では、あの巨体を支えられません。


「――シッ!」


 マリスタザリアはリッカさまに漸く気付きますが、その時には既に――頭を、斬り飛ばされていました。



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