冒険者②
「あん?」
ギルドから出て行く”巫女”二人を、ライゼルトは見ていた。部屋の奥でアンネリスと会議をしていたようだ。
「どうなさいました?」
「巫女っ娘と剣士娘がギルドに居ったぞ」
「え? どうしてここに……」
”巫女”二人がここに居て、すぐに出て行った理由が判らずに首を傾げている。
「あ。アンネさん、先ほど巫女様方がいらっしゃいまして、冒険者になりたいそうです」
先ほどアルレスィアの相手をしていた受付が、アンネリスに状況を説明している。ただ、世間話程度の報告なので、話を端折っている。
「そうでしたか。では、すぐに証書を発行――」
「なので、試験の概要を説明しておきました」
「……」
報告を終えた受付は、アンネリスの「やってしまった」という顔に首を傾げている。受付としては、巫女様が冒険者になったら、アンネさんが担当になるかもですね。くらいの話だった。
しかし、王都は全面的に”巫女”を支えるという約束をしている。アンネリスには当然伝わっている為、もし”巫女”がやってきたらお願いの全てを聞くつもりでいたのだ。
「試験受けに行ったんか」
「はい。薬屋に行った後すぐに始めようと行っておりました」
「そうか」
ライゼルトは何かおかしいようで、カカカッと笑っている。
「アンネちゃん、試験はさせるべきだ」
「しかし……」
「魔王ってのを倒すんだろ。なら、化けもんの一体くらいぱぱっと倒せんとな」
「それは、そうですが……。既に巫女様方は、この王都に来るまでに二体のマリスタザリアを討伐したという報告が……」
「それはそれ、これはこれだな」
「はぁ……ライゼ様が見たいだけではないのですか?」
「カカカッ」
ライゼルトの笑い声に、アンネリスは深いため息を吐いた。この試験だが、戦闘力と人格を見る物だ。試験に対する態度や心構えを確認する面が大きい。しかし”巫女”二人に関しては、人格も戦闘力も確かめる必要がない。
”巫女”という事を抜きにしても、試験は必要ないと王都は判断している。コルメンスが二人と会って、信頼出来ると判断したのだから。しかしライゼルトは首を横に振る。
「最近馬鹿が増えとるからな。特例は作らん方が良い。試験の徹底に利用しとけ」
「……分かりました。では徹底しましょう」
「おう」
ライゼルトはニッと笑い、”巫女”二人の行動を観察しに行こうとしたが――アンネリスに袖を掴まれ、止まってしまった。
「!? な、なんだ。アンネちゃん」
「ライゼ様」
妙な空気が、二人の間に漂っている。
(あら、あらあらあら! 漸く? 漸くかしら!)
受付がその場から離れ、他の職員達とそれを眺めている。二人の関係は、ギルド内でも有名だった。
(ま、まさか。漸く――お茶に行ってくれるんか!?)
ライゼルトの喉が鳴る。じっと見詰めるアンネリスの瞳は、ライゼルトの視点では潤んで見えているようだ。だが実際は――。
「ライゼ様にはこちらの討伐に行ってもらいます。ここから北に三キロ行った所にマリスタザリアが一体出たそうです」
「……」
半目になっていたアンネリスは、ライゼルトに資料を渡す。そして袖から手を離し、自身の仕事に戻って行った。
「……」
「ライゼさん、残念でしたね」
「仕事、頑張ってください」
「ライゼさんなら、船は必要ないですよね」
職員達に肩を叩かれライゼルトは、ガクッと肩を落とした。
薬屋は、鍛冶屋から少し北に行ったところにあります。普通の住民も利用しますが、主な利用者は冒険者です。
「薬って、要るのかな」
「”治癒”で治す事は出来ますが、治せる範囲にも限界があります。それに、内科の分野は難しいです。病を完璧に認識していないと効果がありませんから」
「その為の薬なんだ」
「はい。ですが、薬が良く効くという訳でもありません。薬の効果に関しては、リッカさまの世界の方が進んでいます」
魔法で治せない程の病や傷になると、薬や外科的な手術で治すしかありません。ですが、時間が掛かる上に治らない場合も……。何より技術がありません。
「でも、病の種類がしっかり分かったら」
「はい。治せると思います。想いさえあれば、ですが」
『やっぱり、魔法には限界がない。科学的な治療には限界があるし、手術は体への負担が大きすぎる……。でも魔法なら――私にもっと、知識があれば……この世界の医療をもっと、発展させられたのかな』
知識と想いさえあれば、どんな病も治せるようになるでしょう。ですが――その知識を得る手段を、この世界は持ちません。大虐殺により、魔法以外の成長を拒んだのですから。
(外科手術を行うための技術も、魔法以外で病を判断する為の知識も、何もかも……この世界は、魔法でしか出来ないのです、リッカさま)
それに、リッカさまの言葉を信じてくれる世界にしなければいけません。大虐殺にしても、偏見による迫害から始まったのです。この世界はまだ、大虐殺から何も学んでいないのです。この辺りで、世界を浄化する必要があるのかもしれませんね……。
「えと、じゃあここで買うのって」
「怪我用の塗り薬と、生命剤ですね」
「生命剤?」
「所謂、栄養剤のような物ですね」
魔力の大元たる生命力を、ちょっとだけ回復させます。ですがそれは、魔法的な回復ではありません。栄養を摂取しているだけですから。
リッカさまの世界で言う所のエナジードリンク? という物です。飲むとちょっと元気になったかも? といった、プラシーボ効果があります。
「そう、ですね……キアイを出しやすく? というのでしょうか」
「もうちょっとだけ頑張りたい時に、飲む感じかな?」
「はい、その認識で問題ありません。ないよりは良いという物ですね」
魔法を使えなくなるのが最も恐ろしいです。私は特に、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”を撃てば魔力が殆どなくなるのですから、生命剤は常備しておくつもりです。
普通は、もう少し頑張りたい時に飲むものですが……私はリッカさまの為に、魔法を絶対に使い続けたいのです。
『アリスさんが、怪我……か……』
そんな前提、リッカさまにとっては想像すらしたくないでしょう。ですが、いつか絶対に、その時は来ます。ですから、怪我の可能性を知っていて欲しいです。私が怪我をしても、リッカさまが気に病む事はないと、伝えたいのです。
「……アリスさん」
「はい、リッカさま」
「私の回復魔法は使い物にならなかったから……。だから守るよ。薬が必要ないように、絶対に」
リッカさまの決意は、硬いです。その硬さは、リッカさまが握ってくれた手から、伝わってきます。熱と想いが流れ込んでくるのです。
「薬買うのは賛成だけど、前衛は任せて。一歩もアリスさんには近づけさせないから」
『その為の――剣だから』
リッカさまの想いを、否定したくありませんね……。オルテさんとの約束によって加熱した想いですが、元々リッカさまが、高台で決意していた物なのです……。私が、気付けなかったのです。ならば――。
「もちろん、安心しております。リッカさまなら、必ず守ってくださると」
私の熱と想いも、リッカさまに伝わるでしょうか。伝わったら良いな、と私もリッカさまの手を握ります。
(私はリッカさまだけを受け入れ、リッカさまの想いで……最高に喜んでいます)
ですが、私の想いも知って欲しいです。
「私も、リッカさまを守ります。そのための、盾です」
私の言葉に、リッカさまはぽかんとした表情を浮べ、優しく微笑みました。心だけで想ったはずの『剣』という言葉に、私が応えたからぽかんとさせてしまったのでしょう。
(私達は薄々気付いています。お互い、魔法とか能力とか関係なく――心が繋がっていると)
リッカさまの微笑みは、自身の想いが伝わった事の嬉しさからです。私も、リッカさまに伝わって嬉しく思います。
まだ少し、足りませんが……致命的になる前に、何とか……したいです……。
『って、ここ薬屋さん……。回り凄い見てるっ! やっちゃった!』
そうでした。もう店内で……。しかも、冒険者の試験をやっているからか、人が多いのでした。
(やってしまいました。リッカさまとのこれは、人に見せたくなかったのですが……)
ですが、ええ。私は構いません。リッカさまが私にとって、どれ程大切な人か、理解してもらいましょう。見せ付けます。リッカさまに不埒な視線を向ける全ての男性に。
「そ、それでは……買ってきますね」
「う、うん」
極力、店内の様子を確かめずに会計を済ませます。確かめた所で、想像通りの光景が広がっているだけでしょう。頬を染めたり、興奮していたり、呆然としたりです。
リッカさまも恥ずかしがっています。迅速にお店を後にして、マリスタザリアが出そうな所を確認していきましょう。
(戦闘前に、お互いの気持ちを確認出来たのは良かったです)
「では、まずは外にいってみましょう。外の家畜がマリスタザリア化しているかもしれません」
「わかった、いつでもいけるよ」
王都周辺で、一番マリスタザリアが出るのは牧場です。確か南西でしたね。
リッカさまを疑っていた南門の検問官にも、王都からの報告があったのでしょう。敬礼をしています。
この人がリッカさまを疑った事はまだ、私の中で燻っていますが……。
(リッカさまの想いを伝えるのなら、私はちゃんとした”巫女”にならなければいけません)
世界の現状に、私の気持ちはどこかブレていたようです。しっかりと、アルレスィア・ソレ・クレイドルとして振舞います。
「本日は牧場のほうに人はいますか?」
「はい。食肉加工が今日だったはずです。人がいつもより多かったと記憶しております」
総出で加工をしているようですね。もしかしたら、悪意を溜めすぎた人を見る事が出来るかもしれません。浄化出来るか、試す機会がありそうです。”神林”では、人の浄化だけは練習出来なかったものですから。
(牧場は特に溜まりますから、ね)
離職率の高い職業ですが、就職率も高いです。食肉の需要はなくなりませんし、常に求人を掛けています。マリスタザリアが出ても、死人が出ない限りはなんとかなるのがこの世界ですが、牧場のストレスは大きいです。現状の世界では、そのストレスが何を巻き起こすか分かりません。
恐怖を整理する前に、次のマリスタザリアが出る可能性があるのです。だからこそ、恐怖を切り捨てるだけでは対処出来ません。一体目の対処を間違えれば、牧場全ての家畜がマリスタザリア化することも……。
(そしてその光景は確実に、人のマリスタザリアを生み出します)
アルツィアさまが決めた事ですが、人と動物のマリスタザリアは……名称を変えるべきですね。区別がつきやすいように、考えておきましょう。
牧場が見えてきましたし、キアイを入れます。何が起きても対処出来るように。




