アルレスィアはおちる A,C, 27/02/25
昨日のマリスタザリアの件もありますし、一応杖は手放さない方が良さそうですね。
『昨日のマリスタザリア。やはり少し強くなっている』
「そう、ですか」
『オルテが一人で倒しきれなかった。今までの者とは違うようだ』
オルテさんはこの集落の守護長です。私を守るという役目以外では、集落を守る事を常にしています。
だから、鍛錬というものをしています。筋力を上げ、剣を振る力をつけているのです。魔法がある世界では珍しい行為ですが、対マリスタザリアでは効果的という結果が出ております。
『まぁ、今は気にしなくて良い。きみの”拒絶”があれば問題ない範囲だ』
「はい……」
焦りは禁物ですね。旅に出れば、否応無く魔法を多用する事になります。初戦を乗り切れさえすれば、後は成長の一方。まずは、慎重な一手を取る必要があります。
『きみの魔法はバランスが良い。攻撃に使わないが、応用はいくらでも効くんだ。旅の中で想い描き続けなさい』
「はい。アルツィアさまの愛に報いる為に」
創造主として、生きとし生けるもの全てを愛している貴女の為に、私は杖を振るいましょう。
自身の与り知らぬところで生まれたマリスタザリア、更には魔王さえも愛している貴女のお考えは分かっております。
愛という、いくつもの形がある感情。それを天上の視点から理解する貴女ならではの、複雑な感情。
私の”お役目”は魔王の討伐ですが、貴女の愛を再認識させる物と認識しております。
必ずや、成し遂げてみせます。この世界の”巫女”、その最高峰と称してくれた貴女の為に――。
今日は特に予定もないので、早めに”森”へ入りましょう。
「そういえば、今日の分――――アルツィアさま?」
”森”に入ると、アルツィアさまがフッと居なくなりました。偶にある事なので気にしませんけれど、今日の分がまだなのです。早く知りたかったのですが……湖の畔で、瞑想をしながら待つとしましょう。
やはり、湖が綺麗ですね。まるで鏡みたいです。
普段の”神林”は、鳥の囀りと葉の擦れる音が場を支配し、喜びの色が見える程に歓声を上げています。
しかし今は、葉が湖に波紋を作る音すらも聞こえてきそうな程に静かです。瞑想も、ここでなら深く出来ます。
(”神林”は多分、生きています。木々なのですから当然ですが、私が瞑想を始めようとすると、より静かになってくれるのです)
多分、私の為にしてくれているのです。生まれて、歩けるようになって、言葉を理解出来るようになって、自分というものを確立し始めた五歳の頃より――私は”神林”と共に生きてきました。守られた事もあります。
だから私にとってここは……母の腕の中に等しいです。
(世界で一番、安心出来る場所……お母様と和解したいですが…………瞑想を、しましょう)
昨日の魔法、アルツィアさまは確かな効果があったと言っておりました。私も手応えはありましたし、しっかりと想いが通った感触があったのは分かっております。
しかし……。
(最近、伸び悩んでいますが……)
”想い”を高める修行が、最も難しいです。
私の”拒絶”は出来る事が多い分、”想い”の重要度は他の魔法の比になりません。しかし私にとっては、”拒絶”よりも”治癒”の方が難しいと思っています。
”想い”を説明をするならば……”治癒”で例える方が楽ですね。
『この傷を治したい』と想えば、とりあえず”治癒”は発動します。当然傷は治り、出血は止まるのです。しかし、それだけです。患部の消毒は出来ませんし、傷痕は残ります。
もしこの想いを、『”風の剣”による裂傷。その患部を消毒し、自己治癒力を高めよ』と、細かく想う事が出来れば、その効果が発揮されます。ただ治すと想うよりずっと、効果が高くなるのです。
ただし、”治癒”は……難しい……。人を攻撃したいという想いは楽に高まります。しかし”治癒”は特級であっても、相手を少しでも嫌えば効果が薄くなってしまうのです……。
自分に魔法を使う事は出来ません。”硬化”で鎧を硬くする事は出来ますが、自分の体を硬くする事は出来ないのです。剣の切れ味を高めるという”精錬”があろうとも、自分の爪に”精錬”はかけられません。
ただし自分の為に”想う”事は出来ます。『自分を守りたい』そう想えば、眼前に現れる”盾”は強く出来ます。誰だって傷つきたくありませんから。
ですが自分にかける事が出来ない以上、相手の為に使うだけの魔法が”治癒”です。
『この方を絶対に治したい』……そう思えなければ、効果が低くなります。
(何故このような魔法が特級となってしまったのでしょう……”拒絶”は分かるのですが……)
アルツィアさまの意地悪と、思ってしまいます。しかし実際の所、人がどのような魔法を持って生まれるかなんて、アルツィアさまですら知らない事なのですけれど……。
出来る事なら、攻撃系の特級が良かったと思います。そうなれば、”巫女”さまを呼ぶ必要はなかったのでしょう……。私が攻撃魔法を持たなかったばかりに……。
(いけませんね。どうしても、そう考えてしまいます。”拒絶”と”治癒”という、支援向きの魔法を持って生まれた以上、”巫女”さまの為に高める事だけ、考えなければいけません)
戦いの全てを”巫女”さまに負担させる可能性すらありますが、私がやれる事をやるしかありません。
(”拒絶”……悪しき意思を確実に切り離す……剥がす……遠ざける…………)
”拒絶”はやはり、得意です。
世界から孤立する魔法になりえる”拒絶”。それが最も得意というのは、自嘲すら覚えます。
でも、それで良いと思っているのも事実……。
「はぁ……”治癒”の修行が、進みませんね……」
集落の方達の治療は私が行っています。皆お礼を言ってくれますし、王都の医者よりも、と言ってくれます。
しかしそれが、お世辞である事も知っています。多分、同等かマシという程度でしょう。
(現実を見なければいけません。旅の事を考えれば、多少優れている程度に収まるつもりはありませんか、ら……?)
色々と考え事をしていました。向上心を持ち、集中していました。なのに……思考が、止まってしまいました。
目の前の光景に、理解が追いつかないのです。
「光って……? こんな事、一度も――」
『ふぅ……少し疲れたよ……』
湖が光ったかと思えば、アルツィアさまが私の後ろに戻っていました。アルツィアさまに向き直った私は思わず目を見開いてしまいました。
服装が少し変わっています。露出が少し多目で、こちらの世界ではまず見ない服装です。
「一体何を」
「ぷはっ」
私とアルツィアさましか居ないはずの”神林”に、声が……? それも湖から――まるで、福音を告げるかのような、天使が誕生したような……そんな、私の語彙では表現しきれない程綺麗な声が、聞こえたのです。
私はその声に導かれるように、今までの疑問全てを置き去りにして、振り向きました。そうしなければ後悔する。そう、魂が叫んだのです。
そして私の世界はその時――変わったのです。
私の人生、私の運命、私の……私の――全て。
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