国⑤
「それではリッカさま。まずは鍛冶屋に向かいましょう」
「ありがとうっ。その次は市場だね」
「はい。ギルド登録は明日の予定ですから、市場で材料を買って料理をしましょう」
「うんっ。一緒にね!」
早速行動します。リッカさまが喜びながら玄関に向かって行く後ろ姿は、無邪気すぎます。この姿は私だけの物にしたいと、本当に……ほんとーっに思います。
(それに、今の王都では……)
リッカさまは凛とした、剣のような鋭さを持った”巫女”と印象付けた方が得策ですね。優しさを前面に押し出す必要はありません。苛烈でも良いのです。正しく認識されるのなら、問題ありません。
リッカさまの行動、その全ては平和に向いているのです。それを、正しく認識してさえ頂けるのなら……っ。
『刀。現物はないって神さま言ってたし、作って貰うしかないのかな。似たような武器があれば、それで良いんだけど……』
確か――刃が片方にしかなく、剣よりも軽く、持つ場所が木で出来ているのでしたね。その木の部分を核樹にすれば、核樹武器になりえるはずです。アルツィアさまも、そのつもりで木刀状にしたはずですから。
「えと。外に出る時は確か、受付に一度声をかけるんだったかな?」
「逃げたと思われないように、でしょうか。防犯上必要な事みたいですね」
「多分そうだと思う。荷物置いてるし、そうは思われないはずだけど、一応声をかけた方が良いかも?」
「分かりました。では、私がやってみますねっ」
「うん、お願い、ね」
『もっとちゃんと、お父さんの話を聞いておくんだったなぁ』
受付に到着したので、外に出る旨を伝えておきます。外出時のマナーらしいです。リッカさまはお父さまから教えて貰っていたのでしょう。”森”の範囲から出るつもりがなかったからうろ覚えだったと、少し後悔しているようです。
「少し外に出てきます」
「畏まりました。鍵をお預かりしましょう」
「はい。こちらです」
この世界にも鍵はあります。かの世界のような鉄で出来た物ではなく、魔法で閉めるのです。開ける魔法は閉める魔法に対応していて、伝言紙の応用で行います。
当然ながら、どんな鍵も開けられる魔法は存在していますが、それを見越した防犯魔法も完備されているそうです。鍵以外で開けると音が鳴ったり、仕掛けた魔法で迎撃したりです。
「夕飯はどうしましょう」
「自分達で作ろうと思っています」
「畏まりました。もし足りない食材や調味料がありましたらお申し付け下さい」
「ありがとうございます」
夕飯の確認とかもあるのですね。頼めばこちらで食べられるようなので、あのカフェスペースで食事になるのかもしれません。ですが今日は、リッカさまと一緒に料理をするという約束をしていましたから。
「リッカさまのお陰で助かりました」
「役に立てて良かったよ」
リッカさまが覚えていてくれたお陰です。
私は買い物すらした事がないものですから……まさか、ここまで緊張する物とは思いませんでした。
「じゃあ、行こっか」
「はいっ」
リッカさまの隣を歩いて、鍛冶屋に向かいます。ただの移動ですが、重要な仕事をしなければいけません。今の王都が、リッカさまをどう思っているかの確認をしないと。
「巫女様と巫女らしき人よ」
「あの、巫女様だけの魔法を使ったんでしょ? それなら本物なんじゃ」
「でも、巫女様が二人っておかしいでしょ? 陛下から聞いた巫女様はアルレスィア様だけなのよ?」
「そうだけど……」
「つまり片方は偽者って事でしょ」
「でもその巫女様が、あの人も巫女って」
”巫女らしき”。現状では、”光”を使えたから”巫女”としている人と、それでも信じられずに”巫女らしき”としている人の半々みたいです。
「巫女様は駄目でもさ」
「だよなぁ。なんかチョロそうだし、声かけてみないか?」
「やめとけよ。巫女様に叱られるぞ、絶対」
「いやいや巫女様居ない時にさ」
「それなら、まぁ」
「あんなに足出してん――……」
検問から王宮に着くまで、人々の中でリッカさまは得体の知れない方でした。そんなリッカさまが王宮に入り、コルメンス陛下とテラスで談笑していたとなれば、印象は大きく変わります。
得体の知れない方から、もしかしたら本当に”巫女”なのかも、くらいになっているのです。
(しかし、なのかも……止まりです)
だからあんな、男性達の会話がチラホラと起こってしまうのでしょう。
リッカさまが足を出しているのは、戦う為以外の理由がないのですが……。
(向こうの世界では、”巫女”は殆ど廃れていたのでしたね)
『アリスさんの噂と一緒に、私の噂も広がったのかな。視線が増えてる。男は狼。私からアリスさんにってなるかもだから、注意しておこ』
そんな世界ですと、リッカさまを守れるのはご家族と自分自身だけだったでしょう。それに……全ての男性に毎回視線をぶつけられていれば、男性に対しての認識が極端になるのも理解出来ます。
コルメンス陛下やオルテさんのような、尊敬出来る方に対しては警戒心の一切を感じさせない距離で話します。ですが少しでも悪意を含んだ視線を向けられたら、狼と認識するのです。
(リッカさまには、その間がありません。そうなるしかない程に、男性から劣情を向けられていたのでしょう。無性に、何故か……腹立たしいです)
そしてリッカさまが、男性からの視線を軽視するのも納得出来ます。リッカさまの護身術はまだ見せて貰えていませんが……リッカさまは過大評価も過小評価もしません。特に自身の実力に対しては厳しいくらいに計っています。
(武術のないこの世界で、リッカさまの速さに追いつける人は居ません。狼が理性を捨て、本物の獣になれば……リッカさまは容赦しないでしょう)
自身に刺さる視線が増え、それが不埒な視線である事もリッカさまは分かっています。ですが、何故その視線が刺さるのかを、リッカさまは分かっていません。男性に対し極端で、殆ど無意識下で視線を処理しているから、そこにある卑陋な部分を見つける事が出来ずに分類しきってしまうのです。
(検問時と同様、”拒絶”の準備だけにしておきましょう)
下手に強く反応しては、リッカさまが柔らかい雰囲気を纏ってくれている意味がなくなります。私もまた、”巫女”としての姿で歩きます。それが今の私に出来る精一杯の、リッカさまを守る為の行動です。
(ただし、犯罪紛いな思考をしている者達は覚えておきます)
リッカさまはまだ知らない事ですが、私はかなり――根に持ちます。純朴なリッカさまを、狼から守れるのは私だけです。心と表情を完璧に偽り、女性に近づく完璧な狼も居るのです。リッカさまを”赤頭巾”にはさせませんよ。
鍛冶屋に到着しました。武器屋も兼任しているようですから、購入も可能ですね。
「結構お客さんが入っているようですね」
「そうだね。冒険者っぽい人とか兵士さんは武器を持ってたから」
『マリスタザリアと二回しか戦ってないけど、下手な魔法だと傷すらつけられない。剣の方が信頼出来るっぽい。アリスさんみたいに完璧な”想い”を込められないと、相手を怒らせるだけだし』
リッカさまが感じた剣の有用性は正しいです。オルテさんも、リッカさまと会う前から剣を大事にしていました。技術が追いついていませんでしたが、リッカさま程の技術がなくとも剣は持っていた方が良いです。
「使ってるかどうかは別にして、だけど……」
「この世界では魔法が重要視されています。風で切れるのに、何で剣で切りにいかないといけないのか、という想いが少なからずあるようです」
「これも、文化の違いかな?」
「そうですね。どんな物も魔法で出来るからこそ、自分の力よりも魔法の力を信頼しています。魔法を神格化しているというのは、大袈裟ではないです」
正直、剣は飾りな人が殆どだと思います。鉈代わりに使っている人や、自身の稼ぎを見せ付けている人が殆どです。良い剣が買えるのは、良い冒険者だけです。確か北部由来の風習ですが、こちらでも増えてきているようですね。
『物ならまだしも……者を傷つけるって”想う”のは、難しいはずなんだけどなぁ。でも……人は、色々な意味で脆いから、ね』
殺意を抱いていなくとも、人を殺してしまう場合もあります。それは武器でも魔法でも変わりません。だからこそリッカさまは、安易に剣を抜きませんし、暴力を行使しないのです。
リッカさまが”技”を向けるというのは、明確な敵意の発露です。敵対するなら斬るという、”想い”の体現となります。
(ただし、想いがなくとも剣を向ける事は可能です)
魔法とは違い、脅しにもなりえるのです。脅しの面が強いから、この世界では剣を軽視しているのでしょう。人に敵意を向けて剣を取るくらいなら、魔法を使えという考えが主流なのです。
(剣の有用性はまだ、浸透しきっていません。何よりマリスタザリアに近づく技術が、不足しすぎていますから……)
剣に対して魔法では、人を傷つけるという”想い”を抱かなければいけません。それはとても難しいものでしょう。ですがリッカさまの言う通り……人の心は傾きやすいです。簡単な事で振り切ってしまう可能性を、否定出来ません。なので魔法を向けられる方がずっと、恐ろしいのです。
扉を開けると、冬とは思えない熱気と共に様々な匂いがしました。鉄と汗、炎と埃です。
「アリスさん、ちょっと待っててね」
「え――」
私が何かを言う前に、リッカさまが入って行ってしまいました。多分、先程の匂いが関係しているのでしょう。私をここに入れたくなかったのだと思います。
「いらっしゃい」
この男だけの世界に、女性が入る事は余りありません。ナイフや包丁は雑貨店でも買えると聞いているので、女性がこちらに来る事は余りないのでしょう。
明らかに、”場違い”と言わんばかりの声がいくつか聞こえます。
リッカさまはまだ入り口近くに居るようです。店内を見渡して、目当ての刀に似た物がないか見ているのです。
置いていかれる形になってしまいました。リッカさまですら”場違い”と思われるのなら、私は完全に邪魔者と認識されるでしょう。ですが……リッカさまを一人には……。
「お嬢ちゃん、ここに花は売ってないぞ」
「知っています」
店員ではない、お客と思われる方がリッカさまに声を掛けています。嘲笑の混じった、下卑た笑みを浮かべていると分かる声です。
私だって、リッカさまに花屋を楽しんで欲しいですよ。ですけど、リッカさまと私は覚悟しているのです。使いもしない、ただ箔をつけるだけの剣しか持たない人に、リッカさまを馬鹿にされたくありません。
(リッカさまが全く気にしていないので、何も言いませんが……)
場違いなくらい可憐な少女とはいえ、リッカさまの腰にある剣を見れば一目瞭然のはずです。もっといえばお客に対し、店員でもない人が何て言い草なのでしょう。
「遊びなら他行けよ。ここはお前みたいな女が来る所じゃねぇ」
暫く我慢していましたが、この声の主には釘を刺す意味を込めて一睨みしなければ納得がいきません。リッカさまは早々に無視を決め込み、店内で考え事をしているようですが、この男の罵詈雑言は続くでしょうから。
「どうです? リッカさま。ありましたか?」
「ダメだね。やっぱり作ってもらうしかないみたい」
私が入ると、リッカさまに向いていた不穏な視線の数々が逸らされました。
(み、巫女様か)
(巫女様の連れかよ、クソ……)
(あいつが変な絡み方するから)
いくらなんでも、露骨な変化です。私が居るとか居ないとか、私の連れだからとか、そんなのが関係あるのでしょうか。リッカさまは、一人の女性なのに。
「……」
(何だ、こいつ。睨みやがって)
あの人ですね。身長は二メートルに行くかどうかといった大男です。腰には剣がありますが、この人が持つとナイフみたいです。オルテさんの剣を見た事がある私には分かります。あれは一度も使われていません。何故剣を買ったのか、理解に苦しみます。
(巫女だかなんだか知らねぇが、ムカつく奴共だな。チッ)
私に睨まれてイラつきを覚えているようです。ですが、リッカさまの想いを貶すのは許せません。
一人の少女が鍛冶屋に入って来た意味を考えようとすらしていません。その少女が真剣な表情で剣を見ている事に気付いておきながら、気に食わないという理由だけで貶しています。
(この人がどんな誇りを持って、剣を携えているのかは分かりません)
ただ、その誇りは他者を貶すに足る物とは思えないのです。
何度も言いますが、私は根に持ちます。
『あの人、着流しの。居たんだ。気配消すの上手いなぁ――って、それってつまり……私達を観察してるって事だよね』
(俺に気付いとるな、あの剣士娘。そんな奴、今まで居らんかった。益々面白い娘っ子だな。巫女っ娘の方は――あの馬鹿を睨んどるんか。剣士娘の一件、聞いとったな)
『注意しとこ。アリスさんのストーカーかもしれないし』
これ以上リッカさまに食って掛かるなら、私にも考えがあります――――リッカさまが、剣ではない物を見てますね。何でしょう。
『ん。お店の奥に行っちゃった。……お店の人に刀を作れるか聞こう。店内には、似たようなのないし……』
店員さん、でしょうか。お店の奥に行った人を気にしていましたが……。
店内に目当ての物がないから、作れるか聞くようです。もし作れなかったら、捜索範囲を王都外にしなければいけませんね。しかもお店ではなく、職人探しにしなければいけません。
王都にないのなら、他の街にもありませんから……。




