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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
5.生活
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国④



 集落の料理とは、全くの別物ですね。お肉やお魚が多く、野菜は付け合せ程度です。


(栄養バランスよりも、味を楽しむ事に重点を置いているようです。リッカさまの体調を整えるのが、食を預かる私の成すべき事ですが)


 食にはやはり、楽しみがなければいけませんね。


(このポワレ、良さそうですね)


 リッカさまに作りたい物一覧に入れておきましょう。


(緊張しているのか、それともこれが自然体なのか、余り表情が変わらない。エルヴィエール陛下との食事を思い出すな。陛下と一緒で彼女達も、食事一つとってもお淑やかだ)

『どれも美味しいけど、アリスさんの味付けが一番だなぁ』


 全部食べて、私の味付けにします。待っていて下さいね、リッカさま!


「リッカさま、こちらも美味しいですよ?」


 それにしても、リッカさまが舌鼓を打つ姿はいつまでも見てられますね。上品でありながら、愛嬌を感じさせます。緊張している所為かいつもよりずっと表情が分かり難いですが、カチカチと凝り固まっている訳ではないのでお淑やかでもあります。


 リッカさまを喜ばせている料理が、私の物ではないのが残念です。ですが、もっと見たいですね。


「ありがとう、アリスさん。こっちも食べてみて? 甘酸っぱくて美味しいよ」

「はいっ」


 ふと、リッカさまの夢を思い出しました。食べさせ合い……。


(い、いえ。自身で取らないと)


 でも……してみたいです。リッカさまの手で、食べてみたいですね……。




 食事を終えた私達は、コルメンス陛下の案内で城内の見学に向かいました。城内には本当にもう何もありません。美術館に全部移していて、国民ならば誰でも見れるようにしているそうです。


「テラスから見た広場と大通りは圧巻でしたね」

「そうだね。人の動きと熱気が伝わってくると、臨場感が段違い。一日中でも見てられるかも」

「大通りを歩いた時は、人の多さにただただ圧倒されましたから」

「あははっ。私も」


 南の崖上から見た時とは違い、人の生活がしっかりと見えると一入ですね。私達は……王都の熱気を楽しむ前に、様々な視線で針の筵でした。リッカさまに向いたありとあらゆる視線に、気が気ではなかったのです。


「お二人はさぞ、目立ったでしょうから」

(今も、こちらに視線が集まっていっているな)


 国王と話題の二人が一緒にテラスに居れば、視線が集まるのも無理はありませんね。


(また変な噂が追加されそうです)

『んー、一日中楽しめるとは言ったけど……こんなに視線が集まると、おちおち観察って訳にもいかないなぁ』


 人間観察とでも言うのでしょうか、リッカさまと私の共通点の一つです。お互い最初は、好きで観察していた訳ではないのですが……今では、人を知る為の行為として受け入れています。


「あのテラスは、先代や先々代が演説をする際に使っていた場所ですね」

「コルメンス陛下も、使った事があるんですか?」

「就任の際、国民に向けて演説をしたと教科書に書いていましたね」

「何分、演説は初めてだったものですから、色々とお恥ずかしい内容でした」

『どんな演説だったんだろ。あの広場を埋め尽くす人達の前でやるって……緊張って言葉じゃ足りないよね』


 陛下の人格を、皆が知った瞬間だったそうです。それまでは革命軍を纏め上げた敏腕戦士といった印象だったのが、ただただ国民の為に頑張っていた青年という印象になったと書かれています。


 その演説があったからこそ、コルメンス陛下の名前は暦と国名になっているのです。そこには、敬愛と歓喜、栄光と光明があったのです。まさに、国に朝が来た瞬間だったのでしょう。


「本日は、王都内に宿を取るのでしたか」

「はい。長期滞在になるかもしれないので、一ヶ月纏めて泊まれる場所を探しております」

「それでしたら、初日だけでもお勧めの宿に泊まりませんか? 旅でお疲れでしょうし、ゆっくり出来ると思いますよ」


 出来るだけ自分達で生活しようと、リッカさまと決めています。ですが、そうですね。初日だけはコルメンス陛下お勧めの宿に泊まりましょう。鍛冶屋と市場は今日中に回っておきたいですから、宿探しは時間が空いた時にします。


「ありがとうございます。そうさせて頂きます」

「はい。すぐに連絡を入れますね」


 コルメンス陛下のご厚意に預かるとしましょう。



「本日はお招き頂きありがとうございました」

「こちらこそ。これからもよろしくお願いします」

「はい。尽力致します」


 魔王を見つけるまでの間ですが、王都にはお世話になる事も多いと思います。


「宿は広場の西側にあります。住所はこちらです」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 王宮を後にし、宿に向かいます。一日だけとはいえ、陛下お勧めですか……。


(値段、大丈夫でしょうか)


 百万ゼル程持たせて貰えましたが……。


(多分、大丈夫ですよね)


 段々不安になってきました。

 暫く歩くと、教えられた住所は見えてきました。ですが、どう見ても……。


『あれ、かな? アリスさんも見てるし……凄く、驚いた表情になってるし……。驚くのも、無理は無いけど……』


 リッカさまも見つけたようです。私がまじまじと見ていたからでしょう。何しろ……陛下お勧めの宿は……。


「た、高そう……ですね」

「ア、アリスさん……。ほんとにここ?」


 お金を掛けたと一瞬で分かる王宮と違って、今見ている宿の見た目は落ち着いています。ですが、そこに使われている材木や石、レンガは……どれも趣向が凝らしてあります。さり気無い意匠や、仄かに香る材木も……。


「とりあえず、入ってみよ?」

「は、はい」


 最初の宿がこんな場所なんて……私、受付なんてした事ないのです……。


『こんな時は、私が行くべきだよね。私のほうが活動範囲は広かったんだから……リードすべき。アリスさんに格好良い所見せるぞっ』


 リッカさまに丸投げするのは避けたいですが……。リッカさまに引っ張ってもらえるのは、嬉しいです。私だけの、お姫様。


(受付の仕方なんて、皆が当然と思っている事を聞く事が出来なかったんです……)


 昔の自分を叱り付けたいです。かの世界の言葉に、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、という物があったはずですから……私は今まさに、それです。


 リッカさまに手を引かれて、中に入りました。内装は表と違って、高級感を前面に押し出しています。豪奢なシャンデリア、壁には絵画が飾られ、ピアノや楽器が置かれたステージ。端には休憩所と思われるカフェスペースまで……。


(奥には、貴賓室と思われる個室まで)

「リ、リッカさま。どうすれば……」


 受付はあの、カウンターテーブルで良いのでしょうか。


「受付に行ってみるから、ちょっと待っててね?」

『あそこで、良いんだよね。えっとまずは……陛下の紹介って事を話して、泊まれるか確認して……値段聞きたいけど、こういった所で値段を直接聞くのは、ご法度なんだっけ……』

「はぃ……」


 リッカさまは優しく微笑むと、受付っぽいカウンターテーブルに向かって歩いて行きました。何人か居る、待機中のお客さん全員の視線を釘付けにする程に、堂々と歩いています。王宮のカーペットを歩く騎士の如き佇まいに、高級感溢れる空気が更に研ぎ澄まされたように感じます。


 ですが、リッカさまも不安を感じているのは知っています。受付に二人で行っても、意味はありませんし……見ることしか出来ないのでしょうか……。


「……」

「ほう……」

「ふむ」


 流石、高級宿です。入っているお客さんも、所謂お金持ちが殆どなのでしょう。リッカさまの優雅さに目を奪われながらも、劣情を向けないようにしています。見栄と体裁に細心の注意を払っている方達ですから、必死みたいです。


(それだけが、救いですね……)


 ちょっとした注目で済んでいます。堂々と視線を向ける人が居ません。その代わり――。


(あれが、今噂の)

(巫女らしいが――巫女はあちらに居るアルレスィア様のみ)

(ならばあちらの方は?)

(分からないが、巫女()()()という事なら、お近づきに)


 内緒話は、盛んに行われています。その内容が、リッカさまに近づきたいといった物なのは、我慢なりませんね……。巫女()()()と理解しているのなら、手を出さない方向に進んで欲しいのですが。


「ごめんください。陛下の紹介で訪ねたのですが」

「大変失礼ですが、お名前をいただけますか」

「……はい、あるれしーあ・ソレ・クレイドルと六花立花です」


 そう、ですよね。受付ですから、名前を確認されます。私が行くべきだったでしょうか……。リッカさまがちょっとだけ、落ち込んでいます。


『やっぱり、アリスさんの名前だけでも練習しよう。何処かで、大切に、丁重に、大事に、アリスさんの名前を呼ぶ機会があるかもだし、その時にきりっと――』


 可愛い決意をしているリッカさまを、受付の方が見ていました。当然でしょう、ね。天使の様なリッカさまが、少し舌足らずに名前を告げたのですから、心を一瞬で奪われた事でしょう。


「――巫女様のお二人ですね。たしかに陛下よりご連絡をいただいております。どうぞ、こちらへ」


 ここでも、高級宿で良かったと思ってしまいます。

 仕事を優先してくれた受付の方について行くと、貴賓室に到着しました。陛下の紹介ですから、特別扱いになってしまうのは予想出来ていました。ですが……落ち着かないのは、ここでも一緒みたいです。


「陛下より、伝言を賜っております。本日は旅の疲れもあるでしょうから、一晩だけでも当宿へ泊まってください。とのことです。お代もすでにいただいておりますので、ご安心ください」

「ありがとうございます。陛下にお礼を言いたいのですが」

「いえ、お礼はいらないのでどうか、よろしくお願いします。と」


 お金まで払って貰えるとは思っていませんでした。ですからお礼を言いたかったのですが……これからの頑張りに対しての期待を込めて、という事のようです。


(過度な期待感を持たれるのは確かに、恐怖心を駆り立てます、ね)

 

 そしてリッカさまは、その何十……何百倍も大きい物を……。


「分かりました」

「では、しばらくお待ち下さい」


 期待には応えます。陛下の期待通り程度で、頑張ります。陛下の期待は国民の期待へとなりえます。国民全員の期待がリッカさまに降り注いでしまうと……っ。


(今日一日、私は間違えなかったでしょうか)


 リッカさまを知って欲しいという想いと、期待感を持たせたくないという想いは矛盾しています。リッカさまを知れば知るほど、人々は期待するでしょう。ですから、線引きが難しい……。


(ちゃんと、適度だったでしょうか。私と、等倍だったでしょうか)


 リッカさまに背負わせていないでしょうか――。


「結局、御世話になっちゃったね」

「そう、ですね。まさか代金まで払っていたとは、思いませんでしたが……」


 期待値の高さと思って、()()()()()()()()()。給料分の働きは、すぐにでもしてみせます。


「ありがとうございます、リッカさま。こういった経験はないもので……」

「んーん、気にしないで。アリスさんにしてもらったことに比べれば、全然だよ?」


 受付をリッカさまに丸投げにしてしまいました。こちらの生活は全て私に任せてと、自信満々に約束したのに……。明日からは――いえ、これからはちゃんと、私がリッカさまを引っ張って行くのです! 


(受付の仕方はちゃんと覚えました。次からは私も出来)

「私の全部あげても足りないくらいだよ」

「えっ!?」


 何かの、慣用句でしょうか。向こうのことわざや四字熟語に、そういった物が…………ダメです。私の知っている範囲ではありません。ですからこれは、そのままの意味でしょうか。


「……は、はぃっ。ありがとうございます」


 そのままの意味なら、その、えっと……。


『アリスさんの声が上ずって……? どうしたんだ、ろ…………私の全部を、あげ……? あ』


 言葉の真意に気付いたらしいリッカさまと、頬を染めてしまった私の耳にノックの音が聞こえました。


「どうぞ」


 みるみるほっぺを自身の髪よりも赤くしながら、平静を装ったリッカさまが招き入れました。私は少し、喉が渇いてしまって、声が掠れそうです。


『でも、本当の事だし、いっか』


 ああ、リッカさま……私はもう、腰が抜けてしまいそうです。喜びでも腰って、抜けそうになる物なのですね――。




 再び受付の方の案内を受け、六階建ての宿、その最上階の最奥にある……特等室に到着しました。途中で見た部屋ですら、私の家の部屋よりもずっと大きかったのに……この特等室、家と同じくらい広いです。


『広……』

「退室の際はご連絡下さい」

「何時までに出たら良いでしょう」

「この部屋のお客様に関しては、自由退室となっております。是非、ご堪能ください」

「は、はい。ありがとうございます」


 まさか、そこまで特別扱いな部屋に通される、なんて。


 宿の方が一礼してから、部屋を後にしました。連絡用の伝言紙を受け取ったので、これで連絡しない限りはここに来る事はないのかもしれません。


 早速部屋を少し見て回ります。個室が二つもあり、浴室、調理場、物置完備……大広間には大きなテーブルと、大きな、ベッド……。


(個室があるのに、ベッドがここにも……というより、このベッド、二人で寝るにしても大きいですね。個室が二つという事は、二人部屋のはずですが……)


 めくるめく、というには少し過激な想像をしてしまっています。大きなベッドで、リッカさまと眠る想像です。もう、何度も一緒に寝ています。ですが、その想像のリッカさまは何故か、衣類を身に着けていなくて、その――。


 思わず、リッカさまに視線を向けてしまいました。


『もう何度も一緒に寝てるんだし、だいじょうぶ。変な想像なんて、してない、だいじょうぶ。何でアリスさんが服着てないのか分からないけど、だいじょうぶ……っ』


 リッカさまも、私を見ていました。どうやら、似たような想像をしていたようです。


 私達は、同時に視線を外しました。そして個室に荷物を置いてから、大広間に一度座る事にしたのです。


「個室にも、ベッドあったね」

「はぃ」


 もしかしたら、同じ考えかもしれません。一緒に住むのですから、隠し事はなしです。


「あ、あの」

「あの!」


 ほぼ同時に、リッカさまと声が重なりました。


「アリスさんから……」

「リッカさまから、どうぞ」

「えと……」


 ――私が引っ張っていく。ですね。


「リッカさま」

「ひゃいっ」

「一緒に寝ましょう、ね」

「っ! う、うん! 一緒に寝よっ」

『やったっ』


 個室のベッドでも良いでしょうけど、私はリッカさまと、寝たいです。裸じゃなくて良いです、当然です。ですけど、リッカさまの温もりを……感じさせて下さい。


「その、リッカさまの用事の方は」

「あっ」

『い、一緒のお願いだったんだけど……えと……』


 ちょっとだけ、リッカさまにいたずらしちゃいました。


「あっ! アリスさんっ」

「ふふ、バレてしまいましたね」

「もー…………ふふっ」


 もう少しリッカさまと談笑してから、外に行きましょう。朝からまだ数時間しか経っていませんが、漸く二人きりになれたって気分ですから。



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