『トゥリア』間隙②
祈りを捧げた後、ライゼさんの家へと向かう事にしました。マクゼルトの事情を知った今、離れた位置にある家にも意味があると感じてしまいます。
(音がうるさいから、という事でしたが――)
「ここだ」
「あんなに嫌ってるって言ってるのニ、場所はしっかり覚えてるんですネ」
「うっせぇ」
重く考えすぎると、良い考えも浮かびません。ここで少しでも情報を得たいので、場を和ませてくれたシーアさんに感謝しつつ――家の捜索を始めます。
「他の家より大きいですね」
「鍛冶屋だからかな」
鍛冶場だけでなく、住む場所もここみたいです。これは集落での経験でしかありませんが――何か理由がないと、離れた場所に住もうとは考えません。
仕事場と住宅が一緒にあるのは便利です。しかし閉鎖的な村で孤立した場所に住むのは、良い顔をされません。掟が厳しい村ですから、その傾向は強いでしょう。それでも尚遠い場所を選んだのは――やはり、村人と一緒に居たくなかったのかもしれませんね。
「埃がすごいですネ。換気しまス」
「うん」
家に入ってすぐに、シーアさんが”風”で埃を飛ばしてくれます。確かに埃が凄いですけど、ライゼさん達が出て行った後のままにしては、埃が少ないです。
「ここ、人が入った形跡があるね……」
「最近の物です。先を越されましたね……」
誰か入ったのでしょう。何を持ち去られたたのかは分かりませんが……一番目立っている形跡は、人の物ではありません。
「あの脳筋が細かくやるとは思えないんだが」
「私も同感でス」
壊さないように丁寧に扉を開け、普通に入って出て行ったようです。確かに、マクゼルトの印象からは外れます。
「あの時居たのは、マクゼルトだけではありません」
「うん。もう一人は抜け目なさそうだったね。あのタイミングでアリスさん達を狙った手腕。正直言って、大っっ嫌い」
『アイツだけは、私が殺す。あんな抜け目ない敵を残してたら、魔王との戦いに支障をきたす。魔王と戦うより先に、絶対に殺さないといけない』
私も、そう思っています。あの敵だけは無視出来ません。戦いに卑怯なんて言葉はありませんが……あの敵だけは、卑怯者と呼ばせていただきます。
「一応探してみよっか」
「では私はこちらを」
居住区の右側を私が、左をリッカさまが担当する事になりました。リッカさまの方は、水回りです。私の担当は箪笥や机がありますね。メモ帳や日誌でもあれば良いのですが、それらは真っ先に処分するものです。残っていないでしょう。
「私達は工房の方行きまス」
「使える道具があったらもらっていくか。刀の整備が楽になる」
「泥棒ですカ」
「元俺の家でもあんだから、ライゼも文句言わねぇだろ」
マクゼルトもライゼさんも、工房に居る時間の方が多かったはずです。もしかしたらそちらに残っているかもしれません。
『こっちにはないかな』
水回りには、ないようです。
『丁寧に整頓されてるけど――レイメイさんの方が几帳面っぽいよね。運転の差で分かるっていうか、想像だけど』
ライゼさんの運転は酷かったですからね……。不器用なはずがないので、運転が荒いのは性格でしょう。
『後は、調理場』
こちらには、目ぼしい物が――無いと思っていたのですが、ありました。
「リッカさま」
「どうしたの?」
「日誌がありました」
「……あったの?」
「はい」
マクゼルトは間違いなく、ここに入っています。私物を処分する為に入った訳ではないのでしょうか。何か探し物? 日誌以外に探さないといけないものがあったようです。
「マクゼルトじゃない?」
「分かりません。足跡はいくつもありました。内一つは、人よりも大きいものであったのは確かです。しかし……」
「日誌は残ってた、と……。だとしたら、まだ見つけられる可能性があるかな」
「はい。探しましょう」
思えば、私達が考えるべきはマクゼルトの物ではなく小さい方だったのでしょう。小さいといっても、私達のものより大きいです。成人男性ですから、村人でしょうか。
「じゃあ私は、地下収納みてくるね」
「気をつけて下さい。埃も多いでしょうから、こちらを――拒絶せよ」
リッカさまの唇を指でなぞります。これで、埃や菌を拒絶する事が出来るでしょう。匂いは嗅げますし、息苦しさもないので、活動に支障はないはずです。
「ありがとう。アリスさん」
「お気をつけて」
「うん」
指を離し、リッカさまを見送ります。私は、他を探しましょう。日誌の表紙に書かれている文字は、ライゼさんの物ではありません。マクゼルトの物です。内容を検めるのは全員と合流してからにして……もう一度見て回りましょう。
他に、日誌のようなものはありません。ただ、家の中を見てみると……気になる事が見えてきました。やはり気にしないといけないのは、村人の足跡です。
「……」
リッカさまが戻って来たようなので、私の考えを話しておきましょう。
「リッカさま。何か変な――」
「ごめん……消臭の魔法とかないかな?」
「今かけますっ」
地下貯蔵庫に、何か……腐った食材があったのようです。リッカさまのお体に、臭いが移ってしまっています。急いで拒絶を施し、リッカさまを清めました。リッカさまのサクラの香りが、あのような臭いで邪魔されるのは我慢出来ません。
ライゼさんが残していったものだと思うのですが……食べ物を粗末にしただけでなく、リッカさまにそんなものを確認させるなんて……やっぱり、再会して最初にやる事は説教ですね。
「十年放置した割には、臭いが弱かった気がする」
「マクゼルトか、村民か。どちらかが入って瓶を開けたのでしょうか」
「多分、ね。あそこまで調べるんだから、熱心な方……。マクゼルトかな?」
「そうですね……私は村民かと」
ここで、私が見つけた物が役立ちそうです。
「くまなく床を見てください」
「うん」
じーっと、リッカさまが床を見ていきます。
「……?」
『あ。確かに、熱心なのは村民っぽい』
私が見つけたのは、家中に残った足跡です。
「マクゼルトは、歩き回ってはいるけど探してるって感じではないね」
「はい。真っ直ぐ、家の中をぐるっと回っています。まるで」
「懐かしむように、だね」
一直線に家の中を回り、一つ一つの部屋を巡って立ち止まるという行動を繰り返しています。それに比べて村人の足跡は、家中にあるのです。それこそ、隅々まで。埃が想像よりも少ないのはその為でしょう。
「久しぶりの自宅を懐かしんだってところかな」
何か目的があって、マクゼルトは家に入ったのでしょうけど――狂気でしかありません。
「それが濃厚です、ね。少なくとも資料等の抹消が目的ではないようです」
「バレても問題ないって事かな」
「すでに手の内の殆どを曝しています。曝して尚勝てなかったのは、マクゼルトにとっては予想外だったのでしょう」
不意打ちで勝っただけでは満足出来ないと、リッカさまとの一対一を望んだと言っていました。万全のリッカさまを倒す事で、更に強くなれるとでも思っていたのでしょう。ですが当ては外れ、リッカさまの勝利に終わりました。不快です。リッカさまは、狂人の為の試金石ではありません。
「風の鎧を弾けさせた魔法は奥の手だね。あれが必殺だと思う」
「リッカさまが上をいかなければ、行動不能となった魔法ですね」
「うん。体の自由が利かなくなる感じがしたよ」
「原理自体は簡単です。高速で相手を乱回転させ、行動を封じるというものなのですけど……他にも、あったようですね」
回転だけならばリッカさまの力に出来ます。実際、止めはそれでした。しかしリッカさまが……自身に発勁を行わなければいけなかった理由が、問題です。
「拘束魔法、なのかな。私の体の中に何かが入ろうとしてた」
「体の内側から行う拘束は、最高峰です。”洗脳”もその部類に入るでしょう」
「防ぐには、アリスさんみたいに入る前に”拒絶”するか、私みたいに勁で弾くか、かな」
「そう、なりますね」
本来、私が”拒絶”すべきものでした。
(リッカさま自身が傷つく、発勁による強制解除はさせたくなかったのに……っ)
「あの魔法を使って勝てなかったのは、マクゼルトにとっては予想外だったと思う」
「リッカさまに押されようとも戦い続けていたマクゼルトが、あの魔法を破られた時は動揺していました。奥の手で間違いないと思います」
「そこまで曝したんだから、今更隠す必要はないって事だね」
「私は、そう思っています」
達人同士の戦いでは、一度使った技はすぐに見切られてしまいます。それがリッカさま程の達人ともなれば、尚更です。マクゼルトにとっては、マリスタザリアになる前の情報しかないであろうこの家の私物には……戦術的価値がないのでしょう。
「私もそう思うよ。そうなると、日誌みたいのが他にもありそうだけど」
「ライゼさんの私物はしっかりと、追放された時に持ち出されているようです。マクゼルトの物はあると思うのですけど、日誌以外見つかりません」
「処分……するとは、思えないんだよね。ライゼさんは人間だった頃のマクゼルトを尊敬してるし……」
「やはり、村民が持ち出しているのでしょう」
「そうなると、村の方で探さないといけないね。保管庫か、村長宅かな」
マクゼルトには確執があるようですが、村人側は歩み寄ろうとしていました。マクゼルトの私物を大切に保管しようとしたのかもしれません。ただ……あの、地獄のような場所で物を探すのは、難しいです。
「シーアさん達のほうに行ってみましょう。工房はここよりも広いですから、まだ探している最中だと思います」
「うん」
リッカさまの手を取り、引き寄せます。少し抵抗されてしまいましたけど、構わずに抱き寄せました。地下に降り、臭いを浴びてしまって……拒絶したとはいえ躊躇ってしまったのでしょう。でも、私はそんな事を気にしません。
「参りましょう?」
「う、うん」
少し頬を赤くさせたリッカさまに微笑みかけ、工房に向かいます。物探しは、難しいかもしれませんが……私達は、行くでしょう。だから少しでも、今のうちに――私を、感じてください。
「何かありましたカ」
「金床、鉄槌、砥石」
「そっちじゃないでス」
「無ぇ」
刀の整備用品は見つけたようですけど、他はないみたいです。工房になければやはり……村の方なのでしょう。
「そちらハ、何か見つけたみたいですネ」
「日誌が一冊程ありました。もしかしたら、村の方に保管されているかもしれません」
「遺品整理でもしたんですかネ」
その可能性を考えています。ならば何故この日誌だけ残っていたのか、という疑問はありますが――もう、この疑問に答えられる人はいません。
「持って行ってなかったのに、なくなってるっていうものありませんか」
リッカさまが、追放前後で変わっている物がないか尋ねています。もはやレイメイさんだけが頼りです。少しでも思い出してください。
「覚えてねぇな。ライゼの私物は殆ど持って行ったはずだが、あん時はキレてたからな」
ライゼさんに付随する形でしかありませんが、レイメイさんはこの村の為に怒り、喧嘩をして追放となりました。その事でライゼさんと喧嘩になってしまった訳ですから、レイメイさんにしてみれば思い出したくない過去でしょう。怒っていたというのも無理はありません。何も考えずに飛び出してしまうくらい、絶望していたのですから。
「村の方に行ってみましょう。もしかしたら、誰か来ているかもしれません」
「教会とか出来てるから、外との交流を始めてるかもしれないしね」
「そこまで簡単に意識が変わるとは思わんが、教主くれぇは居るか」
教会がある以上、祈りが捧げられます。村の人達だけでも出来ますが、教会だけ立てて後は自由に――なんて、信用出来ません。巡回形式かもしれませんが、司祭が居るはずです。駐在していれば一緒に殺されていると思いますけど……確かめておく必要はあるでしょう。
「説明が難しい状況ですシ、余り来て欲しくないですネ」
「そういう訳にもいかないので、何とか王都に連絡を入れたいところです」
地方の警察機関で対処出来る状況ではありません。犯人は分かっていますし、事後処理だけして貰う他ないのです。
「今の私達って、他人から見たらどう写るんだろ」
「村人を皆殺しにした後物色する強盗ってとこか」
「冗談になりそうにないですネ」
「一回出ようか」
『すでに村に人が入ってる。真っすぐにこっちを目指してるから物音に気付いたのかな。タイミング的に、この村の人……』
衣擦れすら、大きく聞こえてしまう村になってしまいました。村の方なら、説明しないといけません。正直――説明出来る状況には……ならないと、思います。
「あんた等……そこで何してる」
家を出るとすぐに、村民と思われる方と出くわしました。顔は強張り、瞳は揺れ、歯は噛み合っていません。典型的な……恐慌状態です。
「待って下さい。怪し」
「あの村で何した!? 何処にやったかって聞いてんだよ!」
この村の方達は思い込みが激しいそうですが――この村の方でなくとも、あの村を見た後では冷静な判断を下す事は出来ません。家の壁には血がこびり付き、元の色が分からなくなっています。手足は散乱しているのに、当の本人がいません。
血の量から、霧散したと考えられる人などいません。マクゼルトを知らなければ、手足を切断された上で監禁されていると考えるはずです。人では出来ない犯行ですが、村の状況だけ見れば――猟奇的な人による犯行現場と言えなくもないでしょう。
「私達が来た時には、すでに」
「そんなの信じると思ってんのか!? だったらなんでそんな冷静なんだよ!」
説明を試み続けますが、やはり話は聞いて貰えません。冷静なのは、私達がマクゼルトを知っているからです。そして……リッカさまも、私も……心がざわつけばざわつく程、冷静になるよう訓練しています。
落ち着いて見えるだけです。ここの奥底では常に、『恐怖』と『怒り』が渦巻いています。人でなしでは、ありません。
「おい、いい加減落ち着けよ」
「お前も仲間なんだろ……!? そんな奴の――お前……」
見兼ねたレイメイさんが加勢してくれますが――状況が、悪くなったようです。どうやらこちらの村人は、レイメイさんが「ウィンツェッツ」だとすぐに分かったのでしょう。驚いた後すぐに、怒りが燃え上がりました。
「ウィンツェッツ……か!?」
「あ? 誰だお前ぇ」
「恨みはあるだろうがここまですることかよ!!」
「……はァ?」
困惑顔のレイメイさんと違い、村人の怒りは加熱していきます。なるほど、この人は……レイメイさんにとっても因縁の相手みたいです。
「まだ恨んでんのか!?」
「だから、何の話だよ」
「追放の話だ! 俺等が嘘ついたこと、まだ恨んでんのかって言ってんだよッ!!」
「あぁ、あいつ等か。恨んでねぇ。こんな村、出て行きたくて仕方なかったからな」
恨んでないというのは嘘だと思いますけど、出て行きたくて仕方なかったというのは――本当なのでしょう。これ以上蒸し返すなと、レイメイさんが顔を顰めています。
「顔すら覚えてねぇのに、恨むも何もねぇだろ」
これもある意味、罪を憎んで人を憎まず、なのでしょうか。
「ここはサボリさんに任せテ、連絡を入れにいきましょウ」
「でも、届かないんじゃ」
「コランタンさんになら届くはずでス。通報してもらいましょウ」
ゾルゲにはもう居ないと思いますけど、ダルシュウ辺りに滞在してくれていたら届くかもしれません。
「私達は一応、ここを見てるから。お願いできるかな」
「分かりましタ」
シーアさんが”伝言”をかけてくれている間、私達はレイメイさんの方を見守ります。間に入っても加熱させるだけですし、暫く様子を見ましょう。
「………あ、先日はどうも。実はですね」
”伝言”は繋がったようなので、後は村人とお話をするだけです。
「もういい加減にしろよ。てめぇ」
「何だ殺すか!? 他の奴等みてぇによッ!!」
「人間は殺さねぇっつってんだろ」
「お前にとっちゃ俺等は人間じゃねぇってか!?」
「狂ってんのかてめぇ」
冷静な受け答えが出来ていますが、レイメイさんもいつ激怒するか分かりません。
「大体お前等は何なんだよ!!」
平行線を辿っているレイメイさんでは話にならないからと、私達に矛先が向いてしまいました。
「私達は――」
「待て。教主様から聞いた事がある。巫女っていうのは、銀髪と赤髪だってな……!」
あの教会の、「教主様」という方は……私達の事を信徒に話しているようです。ライゼさんの事や王都での出来事をトゥリアの人に話したのも、その人でしょう。
宗教となっている以上、トゥリアだけでなく他の町にも……教義が、広がっているかもしれません。私達についてどのような内容が語られているのか、このまま黙っていれば聞けるでしょうか。
「異教の人間は、人間じゃねぇってか!?」
異教であろうとも、アルツィアさまの愛を届けるのが私達の”お役目”です。それに……アルツィアさまの教えに、人の定義などありません。人間じゃないから殺すなんて教えは、どの宗教でもありえないと断言出来ます。
思い込みもそこまでいくと……無感情になってしまいます。説明する暇すらくれないので、何も言えません。
「おい」
「はい」
「こいつは俺が対応しとく。お前等は続きを始めろ」
「……良いんですか?」
「大事にはしねぇよ」
昨日、シーアさんから聞いています。煽り、煽られしていたものの、レイメイさんは比較的冷静に話が出来ていたそうです。私達の話を聞いてくれない以上、この人との会話を続ける事は出来ません。
「待てよ……! 話すらしねぇってか!?」
「さっきまで話そうとしてたろうが。それを悉く潰したてめぇが何言ってやがる」
「あんだと!?」
根気強く対話を試みたい気持ちはありますが、その時間も心の余裕も、ないのです。
「コランタンさんに頼んで通報してもらえる事になりましタ。到着は明後日になるようでス」
「分かりました。では、私達は捜査をしましょう」
「あの人はレイメイさんが対応してくれるみたいだから、その間に」
「はイ」
もし仮に、私達がこの人よりも後に来たとしても……この人は私達を疑ったでしょう。レイメイさんにすぐ気付き、その後私達にも気付きました。復讐と、異教徒狩りと決めつけられてしまう未来は、変わらなかったと思います。それでも……対話する余裕はあったのではないでしょうか。
「……」
リッカさまも、そう考えているようです。私と同じく……この先もこうやって、”巫女”というだけで敵視されるかもしれないという不安を抱えているのです。
そして、当然……「あの時、倒れなければ」と、「マクゼルトを倒していれば」と、「もっと早く目覚め、感知していれば」という後悔を抱いているのでしょう。私も、この虐殺は防げたかもしれないと……考えています。
(他でもなく、私が止めを刺していれば、という後悔を……)
マクゼルトを取り逃がした事で起きてしまった虐殺に、乗り越えようという決意は揺らぎ……後悔が首をもたげてきました。私達には前進の道しかありません。この事件も、また……乗り越えなければいけないのです。
手を、握りましょう。リッカさま。これで不安を和らげられる事を……私達は、知っています。
ブクマ評価誤字報告ありがとうございます!




